番外編 星ぶどう狩りの夕べ(1)
久々の番外編です。たぶんこれで番外編も終わり…でしょう。たぶん…。実は、もう一話書いておきたいことがあるのですが、こちらは超短なので、番外編のどれかに、こっそり、付け足しているかも知れません(^^ゞ。「星ぶどう狩りの夕べ」四話ほどの作品です。よろしかったら少しばかりお付き合いくださいませ~
『これはゆゆしき問題ですぞ、議長!』
かなり年配に見える厚生省大臣が、顔を赤くしてまくしたてた。
『早急に、物品に関する所有制限法の復活をお願いしたいっ』
ぜいぜいと肩で息をしている。厚生省大臣がこんなに血圧の高い様子では、国民が不安になるかもしれないと、カナメは小さくため息をついた。
『物品に関する所有制限法の復活は認めない。その代わりにいくつか別のルールを定めよう。物品の保管の為だけのスペースの貸与に関しては、従来通り、地下都市では認めない。そのような事例が見つかった場合は、見つけ次第ペナルティとして保管している余剰物品の没収を行えるようにし、没収した余剰物品は、政府の判断で分解処理することを可能にしよう。しかし本人への罰則はなしだ、そして……』
会議は思ったよりも長引いた。ハル共和国の議会は、夕刻から始まる。議会が行われる場所はメインコンピューターの最深部。関係者以外は完全にシャットアウトされ、侵入禁止となるが、議会の内容は逐一全国民に中継される。
大脳コンタクトを使用しての出席となる為、基本的には何処にいようと構わない。装置があるところであれば、地球の地下都市ハル共和国にいても、火星のアグニシティにいても、もちろんナンディーにいても参加可能だ。ただし場所によっては、会話に多少のタイムラグが発生することは否めない。
システム上、議会へは、自分のコンパートメントからも参加できるわけだが、大抵の人は気分を切り替える為に、職場のデスクを使うことが多い。それに自室から参加可能とはいえ、さすがに寝室で横になりながら……と言う訳にはいかないようだ。リラックスしすぎていると顰蹙を買うことになるからだ。
カナメは、職場があるエリアGのデスクの椅子に寄りかかりながら、背伸びをする。正直疲れた。
「議長、お疲れさまでした。お茶をどうぞ」
ノックの音とともに、イベリスが入ってきた。カナメは顔をしかめる。
「イベリス、議会以外で議長と呼ぶのはやめてくれないか?息がつまりそうになる」
カナメの弱り切った顔に、イベリスは肩をすくめて笑った。
宇宙船ナンディーが地球に着いてから、ハルでは色々なルールが変わった。否、変えてきた。ハル連邦からハル共和国へ、人種隔離政策の撤廃、メインコンピューター主導から議会主導へ切り替える為の様々な権限移譲、エクソダスの為だけに敷かれた細々とした規制法の緩和……。
惑星ハルでの窮屈な暮らしを一新すべく、『物品に関する所有制限法』をいち早く撤廃することを提案したのはカナメだった。この法律は、惑星ハルの狭い地下都市で、お互いに軋轢なく暮らす為に、個人が所有できる物品量を制限する法律で、かなり厳しい罰則が設けられていた。撤廃は全会一致で承認され、国民もこの政策を歓迎した。
ところが、それを撤廃した途端、地下都市に個人所有の物品があふれ出した。更には、物品の保管の為に、政府は、もっとゆとりのあるスペースを全国民に支給すべきだ、などと抗議集会まで行われるようになり、結果として、居住区の管理を管轄していた厚生省大臣の血圧を上げる事態にまで発展したと言うわけだった。
個人のコンパートメントは、ハル政府が管理・貸与している。だから職場の異動や居住区管理上の都合で、住居変更させられることは、よくあることなのだ。運べるだけの荷物にしておいた方がいいことくらい、ちょっと考えれば分かりそうなものを……カナメはイベリスが淹れてくれたお茶をすすりながら、大きな溜息をついた。
「色々な物品を所有できるようになって、みんな喜んでいるんですよ」
イベリスがとりなすように言った。イベリスの人懐っこそうな茶色の瞳が、細められるのを見ると少し心が和らぐ。カナメは小さくため息をついた。
「しかし、何事にも限度と言うものがあるだろう?」
カナメは眉を寄せる。
物がドアの外にまであふれ出している、という通報があって行ってみると、こいつは一体どこで暮らしているんだ?と疑問に思うほどの物品が、コンパートメントの中に積み上げられている。処分するように指導しても、どれも必要なものだからと処分することに抵抗する。物品に関する所有制限はないはずだと居直る。個人所有物となると固有財産となる為、いくら政府と言えど勝手に処分することができない。『物品に関する所有制限法』がなくなったので、政府はお手上げ状態となった。
「どうして、そう考えなしに物を所有しようと思うんだ?ハル国民は子どもか?」
カナメは、情けない顔をしてイベリスを見上げた。
「子どもというものは、ルールを知りません、もしくは知るだけの能力が未発達なんです。だから子どもらしい行動をとるのですよ。色々なルールが変更されて、ハル共和国国民は、子どもにならざるを得ないような環境におかれているのです。ルールがあろうとなかろうと自分の信念のままに生きて、それでも問題なく過ごせてこられたカナメさんとは違うんですよ」
イベリスはにっこり笑った。
「……君に、そんな皮肉を言われるようになるとは思ってなかったな」
カナメは、恨めしげにイベリスを見上げた。
「いっ、いえ、僕はそんな……皮肉だなんて……」
イベリスは慌てた。
「冗談だよ。意見はどんどん言ってくれ。色々な意見を聞かなければ、僕はもう一歩も前に進めそうにないからね」
カナメは弱弱しく微笑んだ。
「あ、そうだ、ニシキギさんがお待ちですよ。なんだか大事な話があるとかで……。でもカナメさんは、少し休憩が必要だからと言ったら、遅くなっても構わない、いつまでも待つと言ってました」
「ニシキギが?」
彼とは、さっき議会で会ったばかりだ。何か重大な事案でも持ち上がったんだろうか。カナメは表情を引き締めてニシキギに連絡をとった。
ニシキギのコンパートメントに呼び出されたので、居住区へ出向く。直接会って話さなければならない要件とは何だろうか。カナメは緊張した面持ちで、ニシキギのコンパートメントの呼び鈴を鳴らした。
ドアが開いた途端に、南国ムード漂う緩やかな音楽が、耳ざわりでない程度の音量で流れてきた。部屋の隅には、地上で時々見かける植物の鉢植えが置いてあって、ふっくりとした白いつぼみを重そうにつけている。リビングのテーブルの上には、お茶の準備がしてある。甘い匂いがすると思ったら、お茶に添えてある焼き菓子の匂いらしい。
「議長殿、悪いな、わざわざ呼び出して」
ニシキギはティーポットを片手に持ったまま現れた。
「……だーかーら、僕のことを議長と呼ぶのは、議会中だけにしてくれと何度も言ってるだろう?」
カナメはイライラして文句を言う。
「あー、悪かった悪かったよ。そう怒るなよ。まー、ソファにでも座ってくつろいでくれ」
ニシキギは、とってつけたような笑顔で、駄々っ子をあやすような口ぶりでカナメをなだめた。
「で?話って何だ?」
カナメは真剣な面持ちで問いかける。
「まー、その前にお茶でも……」
そう言いながら、ニシキギは、ぎこちない手つきでティーポットからお茶を注いだ。深く濃く紅いお茶が、ティーカップの中でたゆたう。
「このティーセットは?購入したのか?」
白いポットに優美なユリの花が描かれていた。
「ああ。どうだ?こういうのは好きか?」
ニシキギが心配そうに問いかける。
「……別に、好きでも嫌いでもないけど……」
カナメは怪訝そうに答えた。
「そうかー」
ニシキギのがっかりした様子にカナメは首を傾げる。
「じゃあ、これはどうだ?」
ニシキギは焼き菓子を取り上げてカナメにすすめる。
地球産の焼き菓子は、ハル共和国で大いに流行っているらしく、特に女性や子供から熱烈に歓迎されているらしい。
「うん、これは結構いける」
焼き菓子は、バターがよく効いていて風味がよく、甘さもしつこくなく美味だ。議会で疲れているせいで、甘いものがいつもより美味しく感じられるだけなのかもしれないが……。ところが、お茶をすすって顔をしかめた。
「これは渋すぎないか?」
「なに?そうか、茶葉をどれくらい入れればいいか分からなかったからな」
ニシキギは本格的に茶葉まで購入したらしい。
最近では、ハル共和国でも地球産の輸入品を簡単に手に入れられるようになった。ハンサビーチとサンセットビーチの中間辺りに巨大なショッピングモールが建設されて、そこに入っている地球産の輸入品の店が、大人気なのだそうだ。ハル製のものならば、モルオーブンから簡単に取り出せるし、比較的安価なのだが、「地球産の天然もの」という響きにハル国民は弱いらしく、多少高くても購買意欲を損なわれることがないらしかった。
モルオーブンから取り出したものだって結構イケるとカナメは思うのだが、分解再生装置の開発者の一人である自分がそれを言うと、ひがみっぽいととられそうなので、口には出さないことにしている。
ティーポットの蓋を開けて見て、カナメは遠い目になった。中には、どこにお湯が入るのかと首を傾げるほど、ぎっしりと茶葉が詰まっている。
「こりゃ、入れ過ぎだろう?誰が見ても……」
カナメは顔を顰めて、手にしていたティーカップをテーブルに戻した。
「ややっ?こんなに入れなかったんだが……膨らんだのか?」
ニシキギは茫然とする。
茶葉がお湯を吸って膨らむことなど、知る由もない宇宙人のニシキギである。
「で、話はなんだよ。さっさと話せよ。寝る前に明日の議会の資料を読んでおきたいんだから」
カナメは、ソファーにズルリと沈みこんで溜息をついた。
「この部屋の居心地を聞きたかったんだ」
ニシキギは、身を乗り出して、カナメの顔色をうかがう。
「は?」
カナメは、ソファーに沈みこんだまま唖然とニシキギを見上げた。
「来週、瑞樹が帰ってくるんだ」
ニシキギは照れ臭そうに顔をほころばせた。他所では、あまり見ることのできない珍しい表情だ。
「……それと僕となんの関係があるんだ?」
カナメは首を傾げる。カナメの問いに、ニシキギは一拍間をおいてから顔を顰めた。
「あんたが言ったんだろ?瑞樹の好きなものは自分も好きになるし、自分が嫌えば瑞樹も嫌いになるようだって!瑞樹が、ここを気に入るかどうか感想を聞かせてくれよ」
「……」
カナメは、呆然と心の中で問いかける。それは今、この議会で忙しい時期に、わざわざ呼びつけて訊かなきゃならないことなのか?そして心の中でうめいた。自分が余計なことを言ってしまったのかもしれない。わがハル国民は、子どもだと思っておいた方が、間違いはないようだ。