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番外編 ハルの魔術師(3)

割り込み投稿をしてみました。


「なんだ、またお前か……」

 セルシスは、瑞樹を一目見るなり顔を顰めた。

「……」

 瑞樹は少しびくりとした様子で、それでも小さく、ごく小さく、こわばった笑みを浮かべる。

「昨日も来たのに、また何をしに来たんだ?」

 セルシスは、薄青い瞳に、嘲りの色を湛えて薄ら笑う。

「本当のことを……話して欲しいんです。ドクターヌンが何をしようとしていたのか、どうしてこんな事件を起こすことになったのか……。公安の人が言ってました。このまま事件に関して黙秘を続けて、何の情報も提供しないのなら……」

 瑞樹の言葉を、セルシスがさえぎった。

「金星で、一生苦役を受けるってやつか?それとも分解処理か?それとも発狂するまで大脳コンタクトで情報を搾りとるってやつか?どれにするって言ってた?」

「どの罰を受けてもおかしくない状況だって言っていました」

 瑞樹は悲壮な顔で、口を引き結ぶ。

「それで?」

「そんな目に遭いたいんですか?」

「そんな目に遭いたいやつがいたら、相当なマゾだな。重症だ。サドの俺には、ぴったりな人材だが……、もしかして、おまえ、そうなのか?」

 セルシスは、身を乗り出して問いかけてから、せせら笑った。

「どうして?どうして、自分を救おうとしないんですか?」

「やっぱりだ、おまえ重症のマゾだよ。あんなに痛めつけられておきながら、俺にここから出てきてほしいと思うってことは、かなり重症だぞ。カナメはこのことを知ってるのか?弟もびっくりだろうなぁ。あ、それに、あの、おまえが二股かけてるやつ、何て言ったっけ……たしか、ニシキギだ。ニシキギもびっくりだろうな」

 セルシスは意地悪げに嗤った。

「私は二股なんてかけていませんっ」

「無意識でやるなんて、大した女だなぁ。もしかして俺のことも誘ってんの?早く出てきて、もう一度、あの時みたいに痛めつけてくださいってか?もう処置なしだな」

 セルシスは大笑いする。

「……っ」

 瑞樹は、堪え切れずに口を押えると、面会室から走り出た。怖くて震えが止まらない。恐怖で涙が零れ落ちる。


「瑞樹!」

 外の廊下にニシキギが立っていた。

「……ニシキギ……」

 ニシキギにしがみついたまま、がくがくと震える。ニシキギは何も言わずに瑞樹を抱きしめた。

「もうやめろ。見ていられない」

 やめたい……瑞樹だって、そう思う。でも、でも、でも……もう一人の自分が、心の中で反論する。


 セルシスは、もう大脳コンタクトを操れる状態にない。そうと分かっているのに、竦んでしまう、怖気てしまう、震えてしまう。言いたいことの半分も言葉にできない。伝わらない。

「……ニシキギ、どうしてここに?」

 ここに来ることは、誰にも告げていない。ここ数日は、カナメとも意識が干渉しないように、距離をとっていた。

「ここ数日、おまえがセルシスに面会に来ていることが、噂になってる。今日来たら、俺に連絡するようにと看守に頼んでおいた」

 そっか、噂……人の口に戸は立てられないと言うことだ。ということは、当然カナメの耳にも届いているに違いない。

「あんなやつを説得して、どうしたいんだ?」

 罪がないなんて言うつもりはない。それなりの罰を受けるべきだと考えているし、その罰を厳粛に受け止めて、心を変えてほしいと思っている。そう、瑞樹は、セルシスに更生してほしいのだ。傷つけた人たちに、心から謝罪する気になってほしいのだ。

 セルシスは、誰かを殺したわけじゃない。心を傷つけて、利用しようとした。ある意味、救いようがなく悪質とも言えるのだけど、彼の生い立ちを鑑みるに、更生の余地がある気がしてならなかった。治療を受け、罰を受け、更生してほしいと、瑞樹は考えていたのだ。

「……永久分解とか、発狂するまで精神攻撃して情報を取るとか、永久過酷労働刑とか、そんな敗者復活が望めない刑じゃない刑を受けて、更生して欲しいんだよ」

 カナメの肉親として、という言葉は胸の奥にしまう。この言葉は、ハル内では、ほぼ禁句になっていた。

「あんな根性の腐ったやつが、更生なんてできないさ」

「……そうなのかな……」

 瑞樹はため息をつく。

「ほら、もう行くぞ。もうお前は、面会禁止だ。看守にもそう伝えておいた」

 ニシキギは瑞樹の背中に腕を回すと、強引にその場から歩き出した。

「そんな!」

 そんなニシキギを瑞樹は、哀しげに見上げる。

「カナメからも、そうしてくれと頼まれた」

「……」


 灰色のゾーンは、厳重管理ゾーンの証だ。このエリアには、法を犯した者、法を犯したと疑われて取り調べを受けている者たちが収容、管理されている。

 カナメは、看守に軽く肯くと、一番奥の独房へと歩を進めた。

 鉄格子越しに会う兄。薄青い瞳が、鋭くカナメを一瞥し、すぐに薄ら笑いの表情に変わった。

「これは、これは、議長候補で、最高技術責任者で、俺の最も愛すべき弟じゃあないか?」

「……セルシス・G・フォティニア、おまえの処分が決定した。永久労働刑は免れたが、基本的には、似たようなものだ。無期永久労働刑、つまり、おまえの今後の態度次第で、永久にも半永久にも長期にもなる。三日後に、金星へ向けて船が出る。それに乗ることになるだろう」

 カナメは表情を変えずに、淡々としゃべった。

「……なぁ、俺の名前からGの文字を取り去りたいんだが、三日の間にできるかな?」

「……不可能だろう。その名前のまま刑を受け、万が一、復帰することができたら手続きをするがいい。その場合は三日あれば変更可能だ」

「これも刑のうちってか?」

 そのまま無言で立ち去ろうとするカナメに、セルシスが声をかけた。

「カナメ、おまえは女運がないやつだよな。あの女に伝えておけよ。もうここに来ても俺は会わないからってな」

「……瑞樹のことを言っているのなら、心配には及ばない。彼女はもうここには来ないだろう」

 カナメは、醒めた瞳でセルシスを見下ろした。

「やけにあの女と親しそうだな。でも知ってるか?あいつが好きなのはおまえだけじゃないぜ?」

 セルシスはニヤニヤしながら言う。

「……言いたいことはそれだけか?」

「おまえも苦労するよなぁ、あんなマゾで浮気な淫乱女、どこがいいんだか……」

 ガシャンっ

 突然、鉄格子を殴りつける音が鳴り響く。

「何も知らない癖に、瑞樹のことをそんな風に言うな。おまえなんかには、何も分からない。瑞樹のことも、セダム・グラブラのことも、シオン・グラブラのことも……」

 カナメの怒声が面会室に響きわたった。

「そうだとも!俺は何も知らなかったよ。何も知らないまま、ただ現実と向き合わされたんだ!あの地獄のようだった現実とな!おまえなんて、この世に存在さえしてなかった癖に!」

 セルシスも立ちあがって、怒鳴り返す。

 ――徐々に壊れていく母親と暮らす経験など、誰がしたいものか。

「……俺は、一人ぼっちだった。周りにたくさん人はいるのに、俺は一人だけのけ者にされて、できることは耐えること、もしくは逃げること、それだけだった」

 子供時代の無力さは、たぶん誰もが感じるものなのだろう。カナメだって例外ではない。その絶望的な、圧倒的な、無力感。

「……」

 カナメの紅い瞳とセルシスの青い瞳がぶつかり合う。

「……兄弟がいればいいと思ってた。せめて孤独を分け合える兄弟がいればいいと思ってた。どうせ、俺はその程度の甘ちゃんだったんだ。だけど、もう二度とおまえに会うこともないだろうさ。まぁ、せいぜいハルの為に働けよ、おまえもな」

 セルシスは視線を外して、気まずげに吐き捨てるようにそう言った。独房の奥に立ちさろうとしているセルシスを、カナメが呼びとめる。

「……あんたは犯罪者で、僕の大事なハルの人々や瑞樹を苦しめた悪人だ。もし、瑞樹が、あんたを更生させたいと本気で願ってくれなければ、僕は、今日、この場に来てはいなかっただろう」

 カナメは、一つ大きく深呼吸をしてから続けた。

「……僕は、ずっと、ここへ来るべきではないと、来てはいけないと思っていた。あんたは犯罪者だ、大事な人たちを傷つけた悪い奴だ。話し合う余地なんてない……そう何度も何度も自分に言い聞かせた。……そうしないと、会いたいと思う気持ちを押えられなかったからだ。僕には、兄がいた、一人ぼっちじゃなかった、そう思うだけで……気分が楽になる自分が許せなかった……」

 哀しげな瞳が、宙でぶつかり合う。

「……、甘ちゃん加減が似ているな……」

 セルシスが弱く笑った。

「あんたは、金星に行って、もう僕に会うこともないと思っているようだけど、僕はフローティングシティの最高技術責任者として、しょっちゅう行くから、せいぜいこき使ってやるよ。楽しみにしてろよ」

 カナメも小さく笑った。


 瑞樹が、とぼとぼと当てもなくナンディーの廊下を歩いていると、前方からカナメが歩いて来るのが見えた。推測するに、瑞樹とカナメの意識レベルには、かなりな差があるようだ。しかし、今さら逃げだす気力もなく、瑞樹は立ち止まったまま、ぼんやりとカナメを見つめる。

 カナメは、小さく笑んで、手を高く掲げた。ハイタッチの合図だ。瑞樹もつられたように手を上げる。カナメは、通りすがりに、軽く瑞樹の手に触れると、そのまま何事もなかったように歩き去った。

 その瞬間、瑞樹の心の中にカナメの意識が滑り込む。その圧倒的な充足感に、瑞樹は、息を飲んだ。ぼうっとしたまま目を見開いて立ち止まる。瑞樹の脳裏に次の言葉が浮かんで、心の表面に心地良いさざ波をたてた。

 ――救いは一歩踏み出すことだ。更にもう一歩。そして、たえずその同じ一歩を繰り返すことだ。(サン・テクジュペリの言葉より)

 瑞樹は、カナメの背中を追いかけて駆けだした。


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