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番外編 ハルの魔術師(1)

苦労して書いた割には、あまり良い出来ではない気が自分ではします(泣)。惑星ハルの荒んだ状況と法律のもつ二面性を描こうと思っただけなのですが(汗)

二話完結の小品です。


 誰かが入ってくる気配がした。真っ暗やみの部屋の中。ネモフィラは身を固くして、暗闇の隅っこで身を固くする。小さなランプの明かりがネモフィラの顔を照らす。

『さあ、おいで。仕事だ』

 底冷えのする声だと何度聞いても思う。ネモフィラは唇をわなわなと震わせ、首を横に振る。男は無言でネモフィラの二の腕を掴むと引きずるように部屋から連れ出した。

『いや、もういやよ!帰りたい。アール・ダーに帰してぇ!』

 ネモフィラの悲鳴にも似た叫びに耳を貸すものなんて誰もいない。なぜなら、ここは惑星ハルの奈落の底の底なのだから……

 汗びっしょりになってネモフィラは目を覚ました。辺りは柔らかな明かりで満たされている。肩で息をしながらネモフィラは周りを見回した。ここは……どこ?ああ、ここはナンディーだ。神聖なるナンディー(雄牛)の背に乗っているのだとネモフィラはほっと息をつく、と同時に湧きあがってくる涙。もう何もかも嫌だ……こんな自分なんていらない。イラナイ。


「センナ、ネモフィラの様子はどうだい?」

 ブラキカムの問いかけに、看護アンドロイドのセンナが首を横に振った。

「成人女性に必要なカロリーの半分も摂取できていません。カロリー補充済みです。また、気分の浮沈が激しく、不安定な状態が続いています」

 やっと患者が途切れた昼下がり、医療センターの診察室でブラキカムは大きなため息をついた。瑞樹とネモフィラを会わせるべきではなかったのかもしれない。最近ではそう思う。瑞樹とネモフィラが何を話したのかは知らないが、それ以降ネモフィラは泣いてばかりだ。初めは、それが良い傾向だと思っていたのだ。心の中にわだかまっている悲しみをすべて吐き出してしまえば、少しずつ回復するのだろうとそう思っていた。それまでのネモフィラは人形のように反応が薄く、ぼんやりした状態が続いていたから。

 ネモフィラを医療設備が整ったエリアHに戻した方がいいのかもしれない。仕事を終えたブラキカムは居住区へと向かいながら考える。ネモフィラを少し落ち着かせたいと思って、居住区の一室で治療を行っていた。医療センターにいれば、被害者であるニシキギと不用意に顔を合わせる可能性もある。彼女が再び動揺することをできるだけ回避したかった。

 来訪を告げるベルを鳴らすと、看護アンドロイドのセンナが現れた。

「さっき目を覚ましたところです」

 センナの言葉に頷くと、ブラキカムは室内に入った。


 中ドアを細く開けて、手にしていた鳥のオモチャの顔だけをドアの中に突っ込んだ。丸い顔をした地球の鳥で、瑞樹の国ではフクロウと言うらしい。幸運を呼ぶ鳥なのだとか。

「こんにちは~、僕の名前はオウル。今日はご機嫌いかがかな?」

 声色を変えて中の少女に話しかける。中で小さく吹きだす声がしたので、ドアをぐっと開けて入った。

「具合はどうだい?」

 すっかりやつれて、瞼を腫らしている少女を見下ろす。もう少し肉付きを良くして、微笑みでもすれば、どんな男だって彼女にメロメロになるだろうにと思う。しかし同時に痛ましくも感じて、ブラキカムは小さく溜息をついた。なぜなら、その美貌は彼女にマイナスの効果しかもたらさなかったからだ。あの荒んだ惑星の地下都市では、仕方のないことだったのかもしれないが……

「ドクター、私、いつまでここにいなければなりませんか?私はもう治っています。治すところもないのに、どうしていつまでもここにいるんでしょう?」

 素人が見ても、治療が必要だろう思う様子の少女は、せっぱ詰まった口調で言った。

「ここを出て、何かしたいことでもあるのかい?」

 彼女を刺激しないように穏やかに問いかける。

「私、働きたいんです」

「何をして働きたい?」

「もう一度、医療スタッフとして働かせてはくれないんですか?」

 ネモフィラの青い瞳が潤んでいる。

「……難しいだろうな」

 ブラキカムは眉間にしわを寄せる。ネモフィラは心を病んでいる。医療器具を凶器として、つまり他者を傷つける道具として振り上げてしまった彼女が、再び医療従事者として復職するとこは極めて難しいことだった。ブラキカムの言葉に、ネモフィラの大きな瞳から大粒の涙が流れ落ちた。

「では、エリアEで……草取りでも、水やりでも何でもします」

 小さな肩を震わせて、小さな声でネモフィラは言った。しかし、ここナンディーではエリアEの維持管理はファームの民が一手に行っている。森の民である彼女は歓迎されないだろう。しかも、更に彼女の場合は問題があった。

「ネモフィラ、君は地球に戻るのが一番だと俺は思うよ。あそこのエリアEなら森の民が管理している第二エリアEがある。ここのエリアEを管理しているのはファームの民だ。君も分かっていると思うけど……」

 ネモフィラが地球に戻りたがらないことを知っていて、これを提案するのは本意ではなかったが、事情が事情だけに仕方がない。

「最近では、森の民とファームの民の融和が進んでいるって聞きましたよ?ナンディーのエリアEでも森の民の数人が働き始めたって、ニュースで言ってたのを聞きました」

 ニュースか……ブラキカムは溜息をつく。

「ネモフィラ、君がそこまで言うのならば、これは話しておかなければならないと思う。君も知っての通りファームの民というのは元々頑固な種族でね。身内の結束が固い。だから一旦、心を許した者にはとことん信を寄せる。人種隔離政策撤廃のお陰で、だいぶ排他的なところは治ってきたが、それでも元々あった性質というものは根強いものだ」

「……私では受け入れられないと……そう言うことですか?」

 ネモフィラの切羽詰まった様子を見れば、これ以上説明することが良いことなのかどうかブラキカムにも判断がつかない。それでも、いずれ彼女の知るところとなるのならば、今知らせても先で誰かから聞いても同じことだろうとブラキカムは判断した。

「ネモフィラ、君は……実に厄介な人を傷つけようとしたんだと言うことに、いずれ気づく時が来るだろう。だから今、少し説明をしておくよ」

「……厄介な人?」

 ネモフィラは怪訝そうに言った。

「……瑞樹のことだ」

「瑞樹なら、もう許してくれて……友達になったんですよ?それがどうして……」

 ネモフィラはさっぱり分からないという様子で言った。

「そうだ。君たちは友達になった。瑞樹からもそう聞いているよ。これからもずっと良い友達でいてほしいと俺も思っている」

「なら、どうして?」

 ブラキカムは、ベッドサイドの椅子に腰を下ろすと、ネモフィラを見つめた。

「特にここナンディーのエリアEではね、ファームの民の瑞樹への信頼は絶大なんだ。惑星ハルの守り神が彼女に宿っていると本気で言うファームの民もいるほどだ。馬鹿げた話だよ。俺は、単に彼女が森の民の力を持っている珍しい地球人だと思っているんだけどね。それで、彼女を傷つけようとした君のことを快く思わないファームの民が、ここのエリアEにはたくさんいるんだ」

「でも、瑞樹と私は……」

「もちろん、俺は君たちが仲良くなったことを知ってるし、瑞樹もファームの民には、いちいち説明をしているようなんだが、彼らは彼女の言葉を心からは信用していない。もし、瑞樹が嫌なことを嫌だとはっきり言うタイプの子ならば、もう少し彼女の言葉は信用されるのかもしれないんだけど、あの通り自分よりも人のことを優先するタイプの子だから、心にもないことを言ってる、もしくは言わなきゃいけないと思い込んでると勘違いされてしまうようでね……瑞樹もなぁ、もう少ししっかりしててくれるといいんだけど……」

 ブラキカムの言葉にネモフィラは項垂れた。

「では、私の居場所は、ここナンディーにはどこもないってことなんですね?」

「君の居場所はここだろ?きちんと心と体を治して、次のことは次に進んでから考えることだよ。きちんと治せば職も見つかるだろうし、君のことを大切に思ってくれるやつだって現れるさ。君は若くて綺麗なんだから……」

 黙り込んで俯いてしまったネモフィラを見つめて、ブラキカムは小さく微笑んで見せる。

「……ドクターは、私のことを何も知らないからそんなことが言えるんです。私がハルで何をしてきたか知ったら、誰も私を大切だなんて思ってはくれないわ」

 ネモフィラはブラキカムから目をそらして小さく言った。

「……」

「私は……あの惑星ハルの地下都市で……それこそ数え切れないほどの男たちに抱かれたんですっ……あの暗い地下都市で……」

 ネモフィラの全身が痙攣するように震え始めた。

「ネモフィラ、いいから、その話は……」

「私は……私は汚れてるのっ、誰からも愛される資格なんてない……」

 ネモフィラは両手で顔を覆って号泣した。


「ネモフィラ……君は……何故そんな目に遭わされたのかということは分かっている?」

 ネモフィラが少し落ち着いてきたのを見計らって、ブラキカムは重い口を開いた。

「何故かですって?それが地下都市で私が唯一できる仕事だったからよ。ヌンがそう言ったわ。私にできることはそれくらいだって……地下都市で私が生きていくためには、そうするしかないって……」

 ネモフィラの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。ネモフィラの言葉にブラキカムは小さく溜息をついた。

「やっぱり分かってないな……君は、ヌンに利用されたんだよ」

「利用……された……」

 ネモフィラは瞠目する。

「ヌンが欲しかったのは、ハル連邦政府に反抗する反逆者集団だった。惑星ハルで、もしくは新天地で、自分が一国を支配したいとでも思っていたのかもしれない。だから自分の言葉に従うもの、もしくは従わざるを得ないものが必要だった。その人集めの為に君は利用されたんだ。自分の思い通りに動かせる人間を手っ取り早く作るにはどうしたらいいと思う?」

「自分の思い通りに……動く人間?」

「簡単だ。相手の弱みを握ればいい。ドロップアウトした連中の弱みを握ることなんて、ヌンにとっては朝飯前だっただろうさ。しかし、ヌンは君を最低の形で利用した。君は、ハル連邦で、ああ、ハル共和国でもこの法律は変わってないな、婚姻関係にない男女の性交渉は違法とされることは知っている?ああ、当然、一部の生業として政府に認められていた人たちは除くけどね」

「知ってるわ。でも、良くないことだけど子供ができてしまえば結婚すればいいんだって……聞いてたわ」

 ネモフィラは俯きながら小声で言った。

「そこが森の民と一般人の違うところだよ。一般人がそんな事態に陥れば、即座に法律に則って厳罰が下されていることだろう。ヌンはその法律を利用したんだ。わざと法に触れさせて、弱みを握る。しかも同じ穴のむじなにしてしまえば、互いの結束力も強まる。ヌンの考えそうな薄汚いやり方だ」

「え?」

 ネモフィラの視線が宙をさまよう。

「力を必要とされ、増えることを望まれていた森の民と、地下都市の狭い居住区を奪いあいながら暮らしていた一般人とでは、この法律の運用が違っていた。森の民だった君は知らなかったんだろうと思っていたよ」

「ドクターは……知っていたんですね。私が何をしていたか……」

 ネモフィラは涙を流しながら静かに言った。

「……俺は医者だから……」

 ブラキカムは小さくため息をついた。




読んでくださってありがとうございます 招夏

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