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番外編 ソーマ幻想(1)

カナメと瑞樹が「時空の狭間」から戻って間もなくの頃です。舞台は宇宙船ナンディー。瑞樹はまだ地球に帰りついていません。

「霊薬ソーマの賞味期限?まーた何を企んでいるんですかぁ?」

 ソーマの管理官が胡散臭そうにニシキギを見つめた。

「何も企んでなどいないさ。単なる好奇心だ」

「霊薬ソーマは作ったらすぐに消費してしまうので、賞味期限も消費期限も品質保持期限も分かりかねます」

 管理官は面倒臭そうに言った。

 ニシキギのポケットには乳白色の液体が入った小瓶が入っている。ミントが出産して霊薬ソーマを使った後、残りをセージから渡された。ミントが服用したのは、たったの一滴。小瓶の中には、ほんとんど手つかずの霊薬ソーマが入っていた。

「ソーマの管理官が聞いてあきれる。何も分かってないじゃないか」

 ニシキギは思い切り嫌味を言い返した。

「生憎、霊薬ソーマを無駄にしたことがないんでね、そんなデータはないんですよ。無駄にしてもいいような白色ソーマを手に入れられたら、あなたが実験してみてくださいよ。その時は詳細なデータをとってくださいねっ」

 管理官はギロリと睨んでから、さっさと踵を返した。

 ニシキギもしかめっ面で踵を返すとソーマ管理室を後にした。


 白色ソーマを作るには、森の民の命を代償にしなければならない。ニシキギは白色ソーマを偶然ハルから手に入れることができたが、その時の一粒が瑞樹の命を救い、もう一粒がミントの寿命を延ばした。もう一粒は、まだニシキギが持っている。

 霊薬ソーマは白色ソーマから作られる。一般人は霊薬ソーマを一滴でも口にしてはいけないとカナメは言った。理性の力で沈めている心の奥底にある欲望を引きずりだす力があるのだと言っていた。

 ポケットの中には霊薬ソーマ。消費期限を知るのと、服用して自分の奥底に沈んだ欲望知るのと、どちらが良いか。いや、望めば両方選択はできるのだが……。ニシキギは廊下を歩きながら小さくため息をついた。


 今、瑞樹は、カナメとつながってしまった意識を遮断するべく訓練を受けている。だから大半の時間をカナメと過ごすことになっていた。

 やっと見つけた自分の半身とも思える存在、自分が守りたいもの、守れるもの……そして、やっとの思いでこちら側に取り戻したもの……であるハズなのに……ニシキギは深いため息をついた。

 廊下の先に半身がいた。しかし男付きだ。それも性質の悪い男だ。

「ニシキギー、お待たせ」

 瑞樹は屈託なく微笑んで手を振った。

「待たせちゃったかな?」

 性質の悪い男は爽やかに微笑む。

「で?どうだったんだ?大丈夫だったのか?」

「全然大丈夫じゃない、泣きそう」

 瑞樹はしょんぼりと俯いた。

「なんだって?何がどういう風に大丈夫じゃなかったんだ?」

 ニシキギは目を見開いて、瑞樹の肩をがっしりと掴み揺さぶった。瑞樹の頭が前後にガクガク揺れる。

「瑞樹……そんな言い方したらニシキギが勘違いするだろう?」

 カナメは気まずそうに言ってからため息をついた。


 昨晩、眠っている間も意識を遮断したままでいられるように訓練するとカナメが言った。だから、ベッドを接近させて眠るが構わないかとニシキギは訊かれた。そんなの構うに決まっている。しかし、無意識下でも、意識を遮断したままにできないと後々困ることは分かり切っているので、ニシキギは仕方なく承諾した。

「昨夜はうまく行かなかったけど、別の方法を考えてみるから、もう少し訓練を続けてみよう」

「……うん、ごめんね」

 カナメは、小さく微笑んで瑞樹の頬に軽く触れてからエリアGへ入っていった。

「ニシキギは?仕事ないの?」

 瑞樹の問いかけにニシキギはガックリと肩を落とす。こいつ、俺が少しでも長く一緒に過ごしたいが為に、仕事のシフトを組んでいることに、いつ気づくんだろうか。きっと、ずっと気づかないに違いない。

「今日の分の仕事はもうない。食事まだだろ?エリアEのカフェテリアに行くか?」

「うん!」

 木に実った果物が食べられるカフェテリアはエリアEだけだ。急に元気が出た様子の瑞樹にニシキギは小さく笑った。



「だからね、意識がない時に領域侵犯しちゃうんだよ~。でも、そんなのどうやって制御すればいいと思う?」

 エリアEのカフェテリアでフルーツ盛りを嬉々として食べながら、瑞樹はニシキギに愚痴を零していた。

「意識が繋がっているという状態さえ想像がつかないのに、それを遮断する方法なんて俺が分かる訳がないだろう?」

 ニシキギは渋面で返答する。

「私たち、ずっとこのままだったらどうなるんだろう」

 二人で一つなんて、恋人同士じゃあるまいし……。そりゃ、カナメの事は好きだけど、そういう対象じゃないというか、そんなレベルで考えられるような安易な人じゃないと言うか……。大切で、尊敬してて……でも、かつての配偶者で……ああ、違う。それは私じゃない……私ではない。突然、薄い膜を隔てた向こう側から、(なだ)めるような、落ち着かせるような、旋律のような、リズムのような波動が伝わってくる。私の動揺をカナメが察知したんだと気づく。カナメはいつも厳しいけれど、でも、その厳しさは優しさに裏打ちされたものなんだと分かってる。


「おい、もしかして、カナメと交信中なのか?」

 ニシキギが忌々しそうに言った。

「交信してるわけじゃないよ。でもカナメに私の不安が伝わっちゃったみたいで……」

 瑞樹は項垂れた。

「もう、あいつと交信できなくなったのか?」

「……絶対できない訳じゃないよ。方法はあるけど……電話をかけるみたいなイメージ?呼び出し音を鳴らして、相手が出れば繋がるみたいな……」

「あいつを呼び出すことができるのか」

「今のところは……望めばだけど……」




 瑞樹とニシキギはエリアEの一般人用医療施設の診察室にいた。

「何?やってみたいことって」

 瑞樹はニシキギに問いかける。

「とりあえず、カナメを呼び出してみてくれよ」

「……うん、分かったよ」

 なんだかよく分からなかったけど、とりあえずニシキギの言う通りにしてみる。間もなくして、カナメが応答した。

『用事って何?』

 瑞樹の声を借りて、カナメがニシキギに問いかける。

「カナメなのか?」

『だから、用事はなんだって聞いてるんだろ?』

 声は瑞樹でも、しゃべり方や、声の抑揚がカナメそっくりだ。

「俺、今、霊薬ソーマを持ってるんだ」

 ニシキギの言葉に瑞樹カナメは首を傾げた。

「ええ?霊薬ソーマ?なんでニシキギそんなの持ってんの?」

 瑞樹が素っ頓狂な声を上げた。

「……今のは瑞樹か?なんだかごちゃごちゃしいて、分からなくなりそうだから、手っ取り早く説明する。これはミントが使った残りの霊薬ソーマだ。余ったから返すとセージから渡された」

『では、それは瑞樹が作ったソーマだな?』

正確には、瑞樹に宿っていたハルが作ったものだ。

「そうだ。俺はこれを使ってみたいと思ってる。以前、あんたは霊薬ソーマを一般人は一滴たりとも口にしてはならないと言った」

『そうだったね』

 理性をぶっ壊し、心の奥底に沈めていた欲望を引きずり出してしまう作用があるのだと、カナメは言った。


「もちろん、廃棄することも考えた。しかし、霊薬ソーマに関しては解明されていないことも多い。たとえば、その効力の期限だ。それに……白状すると自分が何をしたいのか、その心の奥底の欲望とやらを知ってみたいという好奇心もある」

「えええ~、変な欲望がでちゃったらどうすんの?」

「変な……欲望?」

 ニシキギが怯んで問い返す。

「裸で走りだしちゃったりとか、逆立ちして踊りだしちゃったりとか……」

『瑞樹、やめてくれ。頼むから、そんな変な想像するの……』

 瑞樹カナメが声を震わせる。

「それでだ!瑞樹にとりついた状態のあんたに監視をお願いしたい訳だ」

 むっとしながら、ニシキギが言った。

『それなら僕がその場にいた方がいいだろう?今どこにいるんだ?』

 瑞樹カナメは辺りをグルリと見回した。

『エリアEにいるのか……今から行くと少し時間がかかるな』

「いや、やめろ。来なくていい」

 ニシキギは慌てたように制止した。

『なんで』

「あんただと、どんなひどい目に遭わされるか分からないからな」

『……ずいぶんな言われ方だな』

 瑞樹カナメは不貞腐れた顔をする。

「そうじゃなくて、俺はちゃんとグレイプニルを用意しているんだ。俺自身を拘束する為にだ。だが、グレイプニルは扱いに慣れていないと危険だ。だから使い方に習熟している人であれば誰でもいいんだが、できるなら、あまり……」

『他の人間には見られたくない……ってことか』

「まぁ、そういうことだ」

 ニシキギは決まり悪そうにそう言った。


  グレイプニルはものすごく丈夫な繊維でできた紐状の拘束具だ。しかも形状記憶繊維になっていて、すばやくターゲットを拘束することができる。そして、ひとたび拘束してしまうと、拘束した本人でしか解除できない仕組だ。だから、まかり間違って自分自身の手を拘束してしまうと、専用の工具を使ってでしか解除できなくなる。おもに公安で使う道具なので、しばしば新入りの公安員が失敗して騒ぎになるが、それは新入りに施される洗礼のようなもので笑い話で済まされる類のものだ。しかし、公安以外の人間が、しかもエリアEの診察室でそのような事態に陥るのは、あまり都合の良いものではなかった。



後書き

番外編を書いてみました。二話完結の小品です。よろしかったらおつきあいください。

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