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第十三話 海の宝玉 蒼穹の欠片(1)

 どうしてここへ来てしまうのか。ふらつく足を酷使(こくし)してまで、回らぬ頭をフル回転させてトウキを巻いてまで、少しの運動で早鐘を打つように拍動してしまう心臓に吐き気を覚えてもなお、ここに来てしまう。

 もしここが地球ならば、私は間違いなく海に来ている。エリアEの湖のほとりに(うずくま)って切なく思う。

 潮の匂いがしたらいいのに。少し湿った砂の上に、小さな生き物たちがサワサワと走り回っていたらいいのに。

どこまでも続く水平線が、穏やかに、ただ広がっていればいいのに。そうしたら、どんなことだって大したことないって、少なくとも、その瞬間は思えるのに……

 瑞樹は膝を抱えて丸くなる。

 自分で自分を抱きしめて守っているみたい。まるでキャベツだと思ったら、また哀しくなった。


「瑞樹……」

 ニシキギは丸まった小さな背中に声をかけた。ぴくりと体が反応したようなのに瑞樹は振り返ろうとしない。

「瑞樹」

 ニシキギは、瑞樹の頭をくしゃっと撫でるとその横に座った。

「事情はカナメから聞いた。お前にも分かっているんだろう?カナメが何を俺に話したか。どう対処するつもりなのかも……」

 瑞樹はニシキギを見ないまま頷いた。

「おい、こっちを見ろよ」

 ニシキギの言葉に、瑞樹はノロノロと顔をあげる。

「だったら何故悲しんでる?」

 瑞樹は何事かをしゃべろうとして口を(つぐ)み、それを三回繰り返して、頭を抱え込んだ。今のカナメならば、瑞樹が何を言いたくて、どうして言えなくているのか、すっかり分かるんだと思うと、ニシキギは言いようのない気持ちで胸がザワザワする。

「……さっき、お前は、俺に会いたくてこちら側へ戻って来たのだと言った。嬉しかった。あれは嘘なのか?」

 瑞樹は無言のまま首を横に振る。

 しばらく待つが瑞樹は口を開かない。ニシキギは足元の小石を湖に投げ込んだ。小さな水音がして湖面が小さく波立つ。波紋が岸にたどり着いたころ、瑞樹は重い口を開いた。

「……カナメの考えていることが伝わってくるよ。どんなにディモルフォセカを愛していたか、一緒にいた地下都市での暮らしがどんなに大切な時間だったか……。その面影を持つ私を見るたびに切ない気持になることも、そのせいで必要以上に私に手を貸してしまうことも、時々これじゃいけないと距離をとることも……。私は、日向瑞樹であることが……苦しい」

「それは……仕方がないことだな」

 ニシキギは深刻な顔で呟いた。

「……それに、ニシキギが捜し続けて、待ち続けていた人はディモルフォセカなんだよね?

ハルのアール・ダー村ですれ違った、あのディモルフォセカ・オーランティアカをずっと捜してたんでしょ?だから、私は、ディモルフォセカの姿をしていることも……辛い。私は自分に何の価値も見いだせない。やっぱり私はディモルフォセカにこの体を譲るべきだったんじゃないかと……」

 瑞樹は言葉を詰まらせて、更に小さく(うずくま)った。

「……お前、俺をいつでも投げ飛ばせると思ってるだろう?」

 何の脈絡もなく飛び出したニシキギの質問に、瑞樹は(うつむ)いた顔を上げた。 かつて瑞樹は、出会ったばかりのニシキギの行動に腹をたてて、投げ飛ばしたあげく、脱臼させたことがあった。

「今、ここで俺を投げ飛ばしてみろよ」

「なんで?」

「お前に、そんな力はない。それを証明するためだ」

「怪我人にそんなことできないよ」

 瑞樹はニシキギの右手をちらりと見た。

 瑞樹は小さい頃に、今は亡き祖父に柔道を習った。相手の力を利用して技をかける柔道は、小柄な瑞樹が身を守るのに役に立つと、祖父が基本を教え込んだ。

「いいから、やってみろって」

 瑞樹はしぶしぶとニシキギの手をとり、深く懐に入り込むと技を掛ける。

「あれ?」

 何度仕切りなおしてもニシキギの体はびくともせず、そもそも前回技が決まったことが不思議なくらいだ。ニシキギは、逆に瑞樹の足を払うと、バランスを崩して転倒しかけた瑞樹を支えると、そのままゆっくりと地面に押し倒した。

「なっ!」

 ニシキギがニヤリとして瑞樹を見下ろす。

「無理だろ?」

 ニシキギはやけに嬉しそうだ。ニシキギの体の下で瑞樹は息を弾ませた。

「ひ、ひ、卑怯なっ!こんなに体格差があったら無理だって……」

 瑞樹はニシキギを睨みつける。そして、気づく。じゃあ、あの時、何故私はニシキギを投げ飛ばすことができたのか。

 ニシキギは軽く瑞樹の額に口づけると体をどけた。瑞樹は赤くなって、上体を起こした。

「じゃあ、どうしてあの時は技を掛けることができたの?」

「それは、俺がお前に見とれてたからだな」

 ニシキギは照れ臭そうに髪をかきあげると、服についた土をパタパタと掃った。

「え?」

 ニシキギを投げ飛ばしたあの時、瑞樹は、元の日向瑞樹の姿だった。

「お前、蜃という伝説の魔物を知っているか?」

 ニシキギの話に瑞樹は目をぱちくりする。どうもさっきから会話がすこーんと予想外の方へ飛んでいく。スーパーボールを床にたたきつけた時みたいだ。

「シン?何それ?」

「蜃は海にすむ怪物で、巨大な二枚貝の形をしている。この蜃が息を吐き出すと、空中に楼閣(ろうかく)が浮かび上がるという。蜃気楼という言葉の語源だ。お前の国にも、この話の伝承があるはずだが……蜃とは幻影を吐き出す巨大な(はまぐり)だとされているようだったぞ」

「へぇ、知らなかった」

「ハルにも同じような伝承があるんだ。ただハルではシンは怪物ではない。海を守っている神獣であるとされていた。やはり幻影を生み出して人を惑わすが、それは、その人間が海に仇をなすものだと認められたものに限られていた。蜃はその体内に漆黒の宝玉を抱いていると言われる。その宝玉に海に仇なすものが映し出され、それによって蜃はそのものを罰するのだと言われている。蜃が死ぬとその宝玉が海に零れ落ちて黒真珠となると言われている」

「ふーん、そんな話が……」

「蜃の宝玉は海の宝玉と呼ばれて、海で生業を立てているものに崇められていたそうだ。身に付けていれば、海難を防ぐ不思議な力があったらしい。しかし、傷つきやすく、頻繁に新鮮な海水に浸す必要があって、それを怠るといつの間にかひび割れて粉々になってしまうのだそうだ。俺は、初めてお前に会った時、海の宝玉だと思った」

「へ?」

「お前は黒曜石のような漆黒の瞳を持っていた。それを間近で見ようと引き寄せられるままに近づいたら、投げ飛ばされたんだ。まさに蜃に幻影をみせられたようなものだな」

 ニシキギの言葉に瑞樹は、苦笑する。私はハマグリかい?

「でも、それなら日本とか、アジアの国に行ったら海の宝玉だらけってことに……」

「蜃の宝玉には続きがあってな、数百年、海の底で誰にも見つかることなく沈んでいた宝玉は、やがて翠玉に変化(へんげ)するのだそうだ」

 瑞樹はニシキギを見上げる。

「俺がどんなに言葉を尽くしても、俺の気持ちを信用するかしないかは、お前の判断だ。俺は無理強いはしない。だけど、俺は当分お前を諦めるつもりはない。ゆっくり考えるといい。ただ、もう病室に戻れ。トウキが事を大きくして厄介なことになる前にな」


「瑞樹ぃ!」

 突然名前を呼ばれて振り向くと、巨大なクマが大股で走ってくるところだった。もとい、コブが走ってくるところだった。

「生まれた!生まれたんじゃけど、ミントにどんだけソーマを飲ませればいいんか聞くのを忘れちょったんじゃー」

 コブはワアワア言いながら、走ってきているのだった。

「きゃああああああ、ソーマを忘れてたんだー」

 瑞樹が絶叫する。瑞樹は真っ青になる。ハル共和国に来たばかりのころ、ミントの妊娠をカナメから知らされた時に感じた不安はこれだったのだ。

 ソーマ。子供を産んだミントにソーマを飲ませろとハルが言っていたのをすっかり忘れていた。隣を見るとニシキギがうるさそうに耳を両手で塞いでいる。

「ニシキギ!ソーマを手に入れなきゃ」

 瑞樹はアワアワと辺りを見回す。あんなのどこに行けば手に入れられるのか。

「ソーマはもう渡してある。行くぞ」

 ニシキギは瑞樹の手を握ると管理棟目指して走り出した。


読んでくださってありがとうございました。

し、しかし…タイトルの半分がこんなオチだとは…後の半分ももしかして…(^^ゞ(に、逃げる準備をしなくっちゃ!!(汗))  招夏

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