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第一話 秋にやってきたハルの使者(5)

 正樹はアーマルターシュと二人で自分の部屋にいた。日向家の庭にラークスパーがいたので、彼も自分の家に連れて行った。瑞樹の周りから一人でも多くのハル人を離しておきたかった。ニシキギは大柄な男で力も強そうだが、たった一人では瑞樹の母親の目の前から抵抗する瑞樹を連れて行くのは無理だろう。瑞樹の父親もそろそろ着くだろうと正樹は考えた。

 ラークスパーは正樹の母親を手伝うと言ってキッチンに消えたので、二人きりで話したいと言うアーマルターシュを二階の自分の部屋に連れて行った。ラークスパーにキッチンを手伝うと言われて困惑しているだろう母親のことはとりあえず放置することにする。


「瑞樹の部屋よりも随分物がなくてすっきりしているのね。落ち着くわ」

 アーマルターシュは正樹の部屋を見回しながら言って、黒いキルティングのベッドカバーが掛っている正樹のベッドに腰を下ろした。

「で? 俺に話ってなんですか?」

 正樹は机に押し込んであった椅子を引っぱりだして腰掛けた。

「大学で工学を専攻されているとか」

 アーマルターシュは文句のつけようがない微笑を正樹に向けた。

「ええ。それが何か?」

 正樹は警戒しながら問い返す。

「来年の夏には米国へ留学をなさるとか……」

「……そういうことをどこで、どうやって調べるんですか?」

 正樹はアーマルターシュを睨みつけた。

「ハル共和国はそういった情報を集めるのが得意でね。ニュースとかで聞いたことがありませんか? ハル共和国の特殊な科学技術について……」

「無論、ありますよ。分解再生装置には俺も非常に興味を持っています」

 正樹の言葉にアーマルターシュは心得顔で頷いた。

「ハル共和国に来ませんか?」

 微笑を湛えたままアーマルターシュは問いかけた。

「え?」

 正樹は一瞬ポカンとしてしまう。


「米国で学ぶのも良いことだと思いますよ。すばらしい科学技術を持っている国です。核兵器とか迎撃ミサイルとか上手に作ってますものねぇ。残念ながら我ハル共和国では兵器については、全くと言っていいほど未開発分野であると言わざるをえません。しかし、それ以外の分野では他の国には見られない稀有けうな技術をたくさん開発しています。興味はありませんか?」

「それは……ないわけではありませんが、ハル共和国は現在鎖国のような状況になっていて、他国からの入国がままならないと聞いていますよ」

「そのとおりです。現在のところ観光でなら外国人を幅広く受け入れていますが、技術を学びたい、ハル共和国を知りたいという意味での学生、政府関係者および一般人は一切受け入れていません」

「なら、無理じゃないですか」

 正樹が勝ち誇ったように言った。

「あなたをハル共和国の国民として迎える用意があると、私は申し上げているのですよ」

 アーマルターシュは正樹を真っ直ぐ見つめて言った。

「国民として……」

 正樹はあっけにとられる。

「もちろん、日本国籍を捨ててハル共和国の国民になれと言っているわけではありません。世の中にはダブル国籍の人なんてたくさんいるのでしょう?」

「しかし……」

 突然の申し出に正樹はたじろいだ。

「実は瑞樹もそうなのですよ」

 アーマルターシュは何気なく言う。

「瑞樹がハル共和国の国民?」

 正樹は唖然と問い返す。

「本人は知らないでしょうけどね」

 アーマルターシュは軽く吹き出してから続けた。

「知らずにとはいえ瑞樹はあまりにも深くハルにかかわり過ぎました。ハル共和国の内情を知りつつ、他国民であるという状態を認めるわけにはいかなかったのです。特に現在の状況では……」

「瑞樹は……瑞樹は、本当はハル共和国に行っていたってことですか?」

 瑞樹が失踪していた間、今でこそ記憶がないということになっているが、最初瑞樹はハルと言う国の宇宙船にいたと言い張っていたのだ。

 誰も信じなかった。

 それが、もしハル共和国に行っている間、それを瑞樹が宇宙船にいたと勘違いしていたのであれば、アーマルターシュの説明ですべてに納得がいく。

「瑞樹の言葉は信じられませんでしたか?」

 アーマルターシュはあでやかに微笑んだ。正樹はごくりと唾を飲み込む。

「我々がここへ来た目的をあなたは感づいてらっしゃるのではないですか?」

「目的って……なんですか」

 正樹は掠れる声で問い返す。

「瑞樹をハル共和国に連れて行く為に来たのです」

 アーマルターシュの言葉に正樹は真っ青になって立ちあがった。

「落ち着いてください。瑞樹を今、無理にさらって行こうなどとは考えていません。二年前、瑞樹を誘拐するように連れ去ったのには訳があったのです。申し訳なかったと思っています」

「そんな風に謝られても困ります。俺らがあの一年間どれだけ悲しんで苦しんで瑞樹の不在を耐えてきたか想像つきますか? 謝罪なんて欲しくないんです。どうか瑞樹をもう二度と連れ去らないと約束してください」

 正樹は立ち上がったままアーマルターシュに懇願した。握りしめた拳が小刻みに震えている。

「瑞樹がハル共和国に行きたいと望んだら、あなたはどうしますか?」

「瑞樹が行きたがるわけがないでしょう?」

「さあ、どうでしょうか」

 アーマルターシュは小さく溜息をつくと微笑んだ。


「そろそろ下に行きましょうか。瑞樹達がやって来たようですよ」

 無言で立ち尽くす正樹を残してアーマルターシュは階下へと降りて行った。


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