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第十話 水の檻を壊す術(4)

 シオンが現れるのは、急速に間遠になっていった。

「セダムも一緒なら良かったのに……」

 シオンは残念そうにそう言って面会室に入った。トウキとブラキカムが一緒に入る。シオンは面会室の中をきょろきょろと見回して不安そうな顔になった。

「こんなところに本当にセルシスがいるのかしら……」

 そうシオンが呟いた時、格子の奥のドアが開いてセルシスが出てきた。

「……セルシス?セルシスなの?」

 シオンは格子に手をかけて中を覗き込んだ。

「シオン……なのか?」

 セルシスは面白そうな顔をして答える。

「シオンじゃないでしょ。お母さんって呼びなさいっていつも言ってるのに……」

 シオンはむっとした様子で言った。

 セルシスは一瞬はっとした顔をしてから、くすくすと笑った。

「本当にシオンなんだ」

 セルシスはなおもくすくす笑いを続けた。

「あなた、何をしたの?こんなところにいるなんて……あなたが、お父さまと喧嘩をして出て行ってから、私たちがどれほど心配したか……あなた分かってるの?」

「何もしてないさ。あいつが開発した機械を使って商売をしている。親孝行な話だろ?なのにこんなところに入れられちまった。あいつが作ったものが、どれほど悪徳なものか証明されたって訳だ」

 セルシスは皮肉っぽく嗤った。

「お父さまのことをあいつだなんて呼ぶのはよしなさい。どんな便利な道具だろうと使い方次第で、無用の長物にも凶器にもなります。あなたの使い方、ひいてはあなたの心根が、その道具を通して判断されているのですよ」

 シオンは感情を抑えて、丁寧に言葉を選びながら話した。

「こんな年になって、シオンお得意の説教を聞くことになるとは思ってなかったな」

 セルシスは苦笑する。

「セルシス……その目はどうしたの?」

 セルシスの片方の目は黒い眼帯で覆われている。

「事故った」

「大丈夫なの?」

「ああ……」

 シオンはセルシスの頬に指を伸ばした。

「セダムそっくりのきれいなブルー。大事にしてね?あなたが生まれた時のセダムの喜びようったらなかったのよ?自分と同じ瞳の色だって……」

 セルシスは顔を反らしてシオンの手を避けた。

「あいつが喜んだ訳がないだろう?」

「あら、どうして?」

「あいつは子供なんて欲しくなかったんだ。俺を見る目がいつもそう言ってた」

「お父さまはね、確かに子供好きな方ではなかったわ。でもあなたは特別なのよ。そう言っていらしたもの。自分の子供は誰だって特別なの。あなたも子供を持てばわかるわ」

「……気分が悪い」

 セルシスは憎々しげにシオンを睨みつけた。

「セルシス、これを……」

 シオンは持っていた紙袋をセルシスに手渡した。中を覗いてみると中には掌サイズの濃い茶色の星クマと薄い茶色の星クマが入っている。星クマはハルの森に暮らしていたと言われる小型の動物で、見たものに幸運をもたらすと言われている。

「……」

 セルシスは絶句する。このシオン人格は、俺のことをいつくだと思っているのだろうか……。

「一つはあなたのよ。もう一つは……」

 ここまで言うとシオンは絶句して黙り込んだ。

「?」

 セルシスはシオンの言葉の続きを待つ。

「嫌だ……もう一つは誰のためだったかしら……」

 シオンは深く深く考え込んだまま沈黙し、やがて、静かに涙を流し始めた。

「誰へだったか、思い出したのか?」

 セルシスが意地悪そうに呟いた。

「セルシス……カナメを……カナメをお願いね。あの子はまだあんなに小さいのに、私にはもう時間がないのよ。私は、もう……私でいられなくなる。きっと不安で心細い思いをさせるわ。あなたが力になってあげて……セルシス、お願いよ」

 シオンは泣き崩れて、そのまま人格が後退した。

 セルシスはシオンが握り締めたままになっていた手をそっと外した。


「お前、ニシキギと約束をしたんだろう?シオン人格に会わせたらヌンが仕掛けた精神トラップのヒントを教えるって」

 ブラキカムが言った。

「そうだっけな」

「お得意の嘘って訳か?」

 ブラキカムはセルシスを睨みつけた。

 ブラキカムの強烈な皮肉にセルシスは、軽く吹き出す。

「いいよ、教えても……」

 セルシスは、睨みつけるブラキカムを面白そうに見つめた。

「ヌンはね、時間を戻すと言っていた。いつって言ったかな……数日前、確か拉致する前の日だったかな?それでどうしてトラップになるんだって聞いたんだけど、ニヤついてて教えてくれなかったなー」

「嘘を言っている訳じゃないだろうな」

 ブラキカムはセルシスを鋭い目で探るように見つめた。

「信じるか信じないかは君たちが決めることだ」

 セルシスは薄く嗤ってから、急に感情を殺した表情で、

「瑞樹、もう二度とシオン人格を発動するな、命令だ」

と言い放った後、何かを小さく呟いた。

 俯いていた瑞樹が、びくりと顔を上げ、感情のない翠色の瞳がセルシスの言葉に従うことを了解する。

「おいっ!」

 ブラキカムは慌てて瑞樹を(かば)うようにセルシスから離した。

「いずれにしても、もうシオンは用済みだ」

 セルシスはそう言い残すと、奥のドアに消えた。

「瑞樹、今セルシスが言ったことには従わなくていい」

 ブラキカムは慌てて瑞樹に声をかけるが、瑞樹はブラキカムの言葉には頷かなかった。

「瑞樹……」

 ブラキカムは途方にくれる。

「ブラキカム、いいんだ。もうシオンは瑞樹を守ることはできない」

 カナメが突然入口の方から声を掛けた。

「カナメ……」

「僕を思い出した時点で、シオンはもう……瑞樹を守ることはできないさ。彼女はそういう状態だったんだからね」

 カナメは寂しそうに笑った。



*  *  *



「つまり崩壊させるトラップを仕掛けている訳だな」

 ニシキギは眉間に皺を寄せた。ブラキカムは項垂れたまま頷く。

「そんなことが可能なのか?時間を戻したからと言って、別に崩壊させる原因ができる訳じゃない。それともトラップを仕掛けられているのはエニシダの方で、解除した途端、現れることになっているとか?」

「そんなこと分からんよ。そもそも崩壊するメカニズムが分かってないんだから。しかしエニシダは移動不可能だ、彼が絡んでくることはないだろう。ろっ骨折れてるわ、大腿骨にひびが入ってるわで身動きが取れない」

 エニシダはアドニスともみ合った時に、かなりひどく負傷していた。

「崩壊なんてさせない。俺が触れていればいいことだ」

「前回のとおりならそれでいいんだろうがな」

 ブラキカムはため息をついた。

「今回は違うと?」

 不意を突かれたように、ニシキギは動揺した。

「分からない、ただ、トラップとして仕掛けられていることが気になるんだ。この前エニシダが触れたのは偶然だ。なんの悪意もなかった。もし万が一、ヌンが崩壊のメカニズムを解明していて、それを何らかの方法でコントロールしているとしたら、事態は深刻だと思う」

「……だからと言って、このままにはできないだろう?」

 それまで黙りこんでいたカナメが口を開いた。

 あれ以来、シオンの人格は一度も現れなかった。命令は、その命令の強さによって継続時間が異なっているらしかった。命令の強弱は、特定の言葉がそれを決めているようだ。

 しかし、強くかかっているものでも、ほとんどの場合、一晩眠ればリセットされているようなのに、セルシスが放った命令は解除される気配がなかった。何か特別な言葉で命令されたのか、あるいはシオン自体がもう人格を保てていないのか、あるいはその両方なのか、分からなかった。

「……そろそろ限界なんだ」

 正樹が困り切ったように言った。

「瑞樹の両親が心配してる。本人からの連絡がないからな。治療中で連絡が取れないと言ってはあるんだが……」

「ご両親に、説明しておいた方がいいだろうな」

 カナメは眉間に皺を寄せた。

「俺が説明しよう。面識があるしな。正樹だけではもう納得できてないんだろう?」

 そう言いだしたニシキギを、ブラキカムが胡散臭(うさんくさ)そうに見つめた。

「お前……別の人格が入り込んでないか?」

 ブラキカムの言葉に、ニシキギは渋面で睨んだ。


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