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第十話 水の檻を壊す術(3)

「だーかーら、ヌンを捜せって言ってるだろぉ?」

 セルシスは、鉄格子の向こうでうんざりしたように繰り返した。

「トラップの性質とか、大体こういう感じのだとかいう話をヌンとしなかったのか?」

 ニシキギは、しつこく食い下がっていた。

「なんか言ってたかなー」

 セルシスは考えるふりをする。こういう交渉をしにくるのは医者か……カナメだと思っていた。面白い。セルシスは心の中でニヤニヤする。

「瑞樹はどんな具合だ?なんでも言うことを聞くだろ?」

 セルシスは身を乗り出して訊いた。

「……瑞樹はシオンになってる。あんたのお母さんだ。会いたいか?」

 ニシキギは意地悪そうに嗤った。

「……」

 一瞬セルシスは絶句した。

「あのままなのか?なんで……」

「シオンは聡明だ。なんでも言うことを聞く操り人形になっているよりましだ。医者がそう言った」

 ニシキギはセルシスを睨みつけた。

「なるほどねぇ」

 セルシスは薄く笑った。

「そうだな、会いたいなぁ。連れてきてくれるなら、ヌンが言っていたヒントの言葉を教えてやってもいいかなぁ」

 セルシスの言葉にニシキギは大きくため息をついた。やっぱりこいつは何か知っているのだ。しかし瑞樹をここに連れてくるのは危険ではないか。どうするか。

「……少し考えさせてくれ。俺の一存で瑞樹をここに連れてくることはできない」

 ニシキギは用心深く返答した。

「もちろん、いつまででも、好きなだけ考えなよー」

 含み笑いをしながらセルシスは、格子の奥の部屋へと姿を消した。あいつの顔には見覚えがある。セルシスは一人、記憶をまさぐる。瑞樹を痛めつけたとき、彼女が一番強く助けを求めたのはカナメだった。その次に名前を呼んだのは誰だったか。やつは知りたいだろうなぁ。セルシスはくくっと一人笑んだ。


「だから、あんたからも訊き出してみてくれよ。あいつは絶対知ってるんだって」

 エリアGで、金星フローティングシティ基底部の新材質の負荷試験を行っていたカナメを捕まえて、ニシキギは頼み込んでいた。新素材はじわじわと目の前で浸食されていく。

「これは駄目だ、使えないな」

 正樹が、横でデータを取りながら呟いた。

「この分子構造では結束が弱すぎる。今使っている物の方がまだましだな」

 カナメが苦笑する。

「いい線いくって思たんだけどなぁ」

 正樹は残念そうに言った。

「なぁ、聞いてるか?」

 ニシキギはイライラした調子で言う。

「僕は絶対会いに行かない」

 まるで子供の喧嘩(けんか)後みたいだと、ニシキギは呆れかえる。

「なぁ、それを聞き出したとして、やつが本当のことを言ったのかどうか確認する方法はあるのか?」

 正樹が口を挟む。

「それは……」

「あいつが本当のことを言う訳がないだろう?話すだけ無駄だって」

 カナメは厳しい顔をして言葉を投げだした。

「ヌンの言葉ならば信じられると言ってるのか?」

「大脳コンタクトの使い手はセルシスだ。ヌンは大した使い手ではない」

 つまり大脳コンタクトで情報を引き出すつもりな訳だ、ニシキギは考え込む。

「でもヌンの行方は皆目掴(つか)めていないんだろう?」

「瑞樹の安全が第一だ」

 カナメはきっぱりと言い切った。

「あんた、最近、瑞樹に会いに行っていないだろう?」

 睨みつけるニシキギをカナメは、ざわついた気持で見つめた。

「何かあった……のか?」

「シオンの人格が不安定になってきている。推測だが、彼女の中の時間が進んでいるんだと思う」

「ああ、それは俺も感じてたよ。最近ぼんやりしてることが多くなったなぁって……」

 正樹もニシキギに同調する。

「どうして時間が進んでいると思うんだ?」

 カナメが呆然とした声で問う。

「彼女が話す内容が進展してるからだ。昨日は大脳コンタクトが実験段階に入ったらしいと言っていたぞ。と言うことは彼女が実験台になる時期が来たということだろう?」

 ニシキギは不安を隠さない。

 瑞樹の病室から、カナメの足が遠のいていたのは事実だった。瑞樹に会いに行っても、実際にいるのはシオンの人格だ。複雑な気持ちになるのが嫌だった。当然のように、シオンはカナメをセダムとして認識する、しかし、自分から見れば、シオンは母親なのだ。彼女がセダムに求めるものと、カナメがシオンに求めるものが異なる。むしろ他人の誰かに間違われている方が、ずっと良かったと思う。夫婦間にあるものと、親子間にあるものは、同質のようでありながらベクトルがずれている。

 金星のフローティングシティ基底部の不具合は、カナメをその煩わしさから逃避させるのに十分な大義名分だった。


「……今日、様子を見に行ってみるよ」

 カナメは項垂れた。



*   *   *



 瑞樹は人形のようにベッドの上に上半身を起して座ったまま、微動だにしなかった。

「瑞樹?」

 カナメの呼びかけに反応がない。

「……シオン?」

 躊躇(ためら)いがちに呼びかけた名前にも反応を示さなかった。

「お手」

 正樹の言葉に反応して、瑞樹は手を差し出した。カナメは正樹をじとりと見つめる。

「お手はないだろう?」

 カナメは正樹を睨みつけた。最初は、瑞樹を守れなかったことに責任を感じて落ち込んでいた正樹だったが、元の瑞樹に戻す方法があるとブラキカムに診断されてからは、少しずつ普段の正樹を取り戻していた。

「ほんとに言うこときくなー」

 あっけにとられた様子で正樹は呟いた。

「瑞樹、こいつの言うことをきくなよ」

 カナメは正樹を指さして言った。そうすると、もう瑞樹は正樹の言うことを全く聞かなくなるのだった。

「命令どおりだ」

 正樹は更に驚いた様子で言った。

「命令の内容で優先順位があるのかな。それとも時系列なのかな」

「知るか」

 カナメは腹立たしそうに呟いた。


 ドアをノックする音がしてブラキカムが入ってきた。

「おう、来てたのか」

 ブラキカムの後ろには紫目のトウキが控えていた。

「トウキ?」

 カナメは(いぶか)しげな顔でトウキを見つめた。

「ここ数日、瑞樹の中のシオンの人格が薄れ始めてきたんだ。シオンが機能していない時、瑞樹は全くの無防備だ。それでトウキを見張りとして付けることにしたんだ。善からぬやつが善からぬ命令をしないようにね」

 ブラキカムの言葉に相槌を打つようにトウキが頷いた。

「シオンはどうなるのかな」

「はっきりは言えないが、恐らくこのまま自然消滅するんだろう。今は二、三日おきくらいしかシオンは出てこないが、ちょっと前は一日おきだったんだ。だんだん現れる期間が短くなっている」

「……そうか」

「おまえさえ了解してくれれば、シオンをセルシスに合わせてみたいと思っているんだが……どうだ?」

「……」

「シオンはあいつに会いたがっているし、セルシスも会いたがっている。例えシオンが過去の記憶に過ぎないとしても、いずれ消えてしまうのならば、その前に会わせてやった方がいいんじゃないか、いや、会わせてやるべきだと俺は考えている。当然俺が立ち会う。いいか?」

「任せるよ」

 カナメは思いのほか静かに言えたことに内心、自分でも驚いていた。

「ニシキギが会わせるようにと言ったのか?」

 カナメはブラキカムを軽く睨んだ。

「あいつは少しでも早く瑞樹を元に戻したいんだ」

 そう言うとブラキカムは小さく肩を竦めた。

「あんなに誰かのために必死になっているあいつは、正直言って気味が悪い。しかし、良い傾向だとも思ってる。俺は、あいつがアール・ダーを追放されて地下都市にやってきた十歳の時から知ってるが、人に懐かない野生動物みたいなやつだったんだ」

 ブラキカムは小さく笑んだ。

「大脳コンタクトさえ使わせなければ、セルシスは危険じゃない……と思う。安全には十分配慮する」

「会わせる日が決まったら、僕にも知らせてくれ。立ち会うつもりはないけど、心配だから様子を見たいんだ……」

カナメはブラキカムを見つめた。

「もちろんだ」

 ブラキカムは破顔した。


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