第九話 復讐と破壊と…そして願い(4)
「正樹!大丈夫か?瑞樹は?」
カナメは瓦礫をガラガラとどけながら、正樹と瑞樹を掘り起こした。
「大丈夫だ。瑞樹も無事だ」
正樹は自分の下に庇った瑞樹を抱き起こす。瑞樹は人形のように反応がない。正樹は顔を顰めて瑞樹の汚れた顔を自分の袖でごしごしと擦った。カナメは二人の無事を確認すると、逃げ出したアドニスとドクター・ヌンを追って部屋を出た。部屋の外も中と同様瓦礫だらけで、舞い上がった粉塵が立ち込めていてむせ返るようだ。
カナメは粉塵の中で目を凝らす。小さくなっていくアドニスとドクター・ヌンの後姿の手前に、その場に相応しくなくのんびりとした様子で、とってつけたような笑顔を張りつけた男が立っていた。
「カナメか?」
その男は言った。
「……」
カナメは険しい顔をしてその男を見つめた。
「兄弟の感動の対面なのになんて面だ?」
セルシスは眉間に皺を寄せた。
「感動の対面が聞いてあきれる。よく僕の前に顔を出せたものだね」
カナメはセルシスを睨みつけた。
「おまえ……その目と髪の色はどうしたんだ?なんかの罰でも受けたのか?」
セルシスは面白そうにニヤついて、ゆっくりと歩み寄って来る。
「公安に何をした?それ以上僕に近づくな!」
カナメは銃を構える。
「俺が怖いのか?近づいたらどうする?」
「撃つ」
「おお、怖い怖い」
セルシスはあまり怖そうな様子ではなかったが、歩みを止めた。カナメは注意深くセルシスの身に付けている物を確認する。
「どうやってる?どうやって大脳コンタクトを使ってるんだ?」
「そんなことを訊いて、すぐに答えてもらえると思って訊いてるのか?」
セルシスは呆れたように問い返す。
「答えたくなるようにしてやるさ」
カナメは銃口をセルシスに向ける。さっき倒れていた公安から拝借した銃だ。殺傷能力の高い光線銃。カナメはセルシスに照準を合わせる。
「お前、誰に銃を向けているのか分かっているのか?」
セルシスは余裕の表情でカナメに微笑みかける。
「何?」
照準を合わせていたはずのセルシスの顔が、ゆらりと揺れたような気がした。カナメは霞む視界に思わず瞬きをした。視界が澄むと、セルシスがいたはずの場所に背の高い見知らぬ男が立っていた。
「誰?」
その男は灰汁色の髪に薄い青い瞳をしている。厳しそうな瞳に深く眉間に刻まれた皺、不快感をあらわにした口元から、今にも怒声が飛びたしそうだ。その男の顔はカナメに良く似ていた。
「あっちへ行っていなさい」
その男は深い声で命令する。
「……お父さん?」
カナメは小さい頃に会ったきりの父を呼ぶ。いや、違う、これは父ではない。幻だ。カナメは自分に言い聞かせて、もう一度強く目を閉じると再び開けた。
そこに男の姿はなく、すぐ左隣から拳が飛んできた。ガツンと嫌な音がして、カナメは二三歩よろめいた。口の中が切れて血の味がする。
セルシスは、すばやく後方に退却してニヤついて立っていた。
「どうだ?父親に会えて嬉しかったか?お前はあいつにそっくりだ。見かけもやってることも傲慢なところも。見ているだけで気分が悪くなる」
セルシスは吐き捨てるように言った。
カナメは体勢を立て直し銃を握りなおす。こいつは大脳コンタクトを改良して器具なしに使えるようにしているのだ。自分の体のどこかに組み込んだのか……どこだ。目まぐるしく考えるカナメのこめかみに汗が一筋流れる。
「撃てよ、さっさと片をつけようぜ?」
セルシスの茶色の瞳が妖しく光る。カナメはセルシスの脚めがけて発砲した。セルシスが絶叫して崩れ落ちる。カナメが駆け寄ると、そこには脚を打ち抜かれてのたうちまわる公安兵がいた。
「おいっ、大丈夫か?」
どうして?カナメは混乱して辺りを見回す。ずっと後ろにセルシスがニヤニヤして立っているのが見えた。既に大脳コンタクトのイメージの中に引き込まれていたのか……。カナメは唖然とする。
セルシスは次々と瞬間移動のように立っている場所を変えた。変わっていないのは、その、人を馬鹿にしたようなニヤニヤ嗤いだけだ。カナメは舌打ちをする。どれだ?どれが本物だ!気を失ってしまった公安兵を後ろに庇うように立ち、カナメは銃を何度も構えなおした。光線銃は公安兵のふくらはぎを貫通してしまったようだった。早く手当をしなければ……カナメは焦りの色を濃くする。
こんなことならショック銃を借りれば良かった、カナメはほぞを噛む。ショック銃ならば間違えて撃っても被害は最小限で済む。
カナメは心を落ち着ける。大脳コンタクトを使用するには、ある程度距離を縮める必要があるのだ。だからセルシスはカナメを刺激しないようにゆっくりと歩み寄って来たのだろう。ならば本物は近くにいるはずだ。カナメは一番近くに近寄って来たセルシスに銃口を定めた。
「おい!誰を狙ってるんだ?」
セルシスが目を丸くして驚いた仕草をする。カナメは、両手を挙げて降参の姿勢をとりつつ笑っているセルシスに照準を合わせなおす。しかし、確信が持てない。
「カナメ!やめろよ!俺を撃つ気なのか?」
カナメは舌打ちを一つすると、光線銃を投げ捨てた。
「間違ってたら許してくれ!」
カナメは拳でセルシスの鳩尾を殴りつけた。しかし、気絶して横たわる人物は公安兵で、カナメは唇を噛む。カナメは次々に公安兵を気絶させていった。カナメに対し、抵抗するもの、反撃するもの、逃げ出すもので、その場は混乱を極めた。もう一人、カナメと同様に周りの人間を殴り始めたセルシスがいた。カナメはそのセルシスに近づく。
「君は誰だ?」
本物のセルシスならば、人は一人でも多い方が現場を混乱させるのに有利だ、それを減らすならば、それはセルシスではないだろう、カナメはそう推測した。
「カスピダタです。タクサス・カスピダタ。以前ナンディーの牢でお会いしましたね」
カスピダタは胸倉をつかんでいたセルシスの鳩尾を殴って気絶させた。しかし倒れた人物はセルシスではなく、まだ若い公安兵で、少年のようにも見える。
「あの時の……」
カナメは掴みかかってきたセルシスの拳を避けると、後ろに回り込み腕を締め上げる。
「半分は俺が片付けます。早い所、あの幻覚野郎を捕まえてください」
「悪いね……」
「カナメさん、あなたは俺に約束してくれた。理不尽な思いをしないで暮らせる国になるように力を尽くしてくれると……」
「……議長は返上してしまったんだ。申し訳ないが……当分約束を果たせそうにないよ」
「いつまでも待ちますよ。そして、いつでも俺がその約束を思い出させて差し上げます。会期毎に選出はあるんだ。逃がしませんよ。覚悟してください」
言いながらカスピダタは、次のセルシスをノックアウトした。
「参ったな……そうだ!タクサス、この中に一人女の子がいるんだ。小さめな子だから掴んだらすぐに分かると思う。その子は殴らないでやってくれ」
「了解しました」
そのセルシスを掴んだとき、随分軽いと感じた。これは瑞樹だ、カナメは直感する。ためらった一瞬、セルシスの銃口がカナメの左のこめかみに当てられた。
「ゲームセットだ、弟君。君は随分強いんだな。驚いたよ。でも、これで終わりだ。誰も動くなよ!動けばハルの議長殿は木端微塵だ。再生もできないように粉々にしてやるよ?」
カナメは静かに目を閉じると、手の中にいた瑞樹を突き放した。
「最後のはなむけに、父親の姿を見せてやろう。父親に撃たれるんだ。忌まわしい機械を作りだした親子に相応しい最期の演出だろう?運が良ければ再生できるくらいにはしておいてやろうかな?」
青い瞳をしたカナメそっくりの男が、銃口の照準をカナメに合わせた。キリッと光線銃の安全装置を解除する音がして、カナメは目を閉じた。
その時、父親のイメージの隣にいた女性が突然、カナメを庇った。
「あなた!セルシスを連れていくのはやめて、お願いよ!」
茶色の悲しげな瞳がセルシスを見上げて続けた。
「セルシスは私の命なの、私の大事な宝物、私達の大事な息子なの。お願い、離れ離れになんてしないで……」
カナメは凍りつく。お母さん?
「……やめろ」
唸るように怒気を孕んだセルシスの低い声が響いて、カナメの目の前から父親と母親のイメージが消えた。カナメはセルシスの一瞬の隙をつき、銃をセルシスの手から蹴り飛ばし、セルシスの顔面を強打した。茶色い眼球が宙を舞い、地面にコトリと音をたてて転がった。
カナメの傍には、涙を流している瑞樹が立ち尽くしていた。妄言のようにセルシスを呼んでいる。片方の目を手で押さえたまま、セルシスが瑞樹を驚愕と憎悪の目で睨みつけていた。
「これで皆を操っていたわけだ」
カナメは転がり落ちた義眼を拾い上げた。はっと我に返ったようにセルシスがカナメを睨みつける。
「茶色の瞳は母親の瞳だ。母親の代わりに復讐でもしている気分だったのか?」
憎悪の瞳で睨みつけているセルシスをカナメは後ろ手に縛った。
「不審な動きをすれは即座に撃つ」
カナメはセルシスを睨みつけた。
「正樹、悪かったな。今、救援隊に連絡をとるよ」
カナメに殴られて呻いていた正樹に気づくと、カナメは声をかけた。
アグニシティからの救援隊はすぐに到着した。救援隊の捜索で、アドニスが、シャトルの離発着エリアで、頭を撃ち抜かれて死んでいるのが発見された。自殺なのか他殺なのかは不明だ。凶器がないところを見ると、他殺の線が濃いらしい。ドクター・ヌンの行方が不明だった。
カナメはうつろな瞳の瑞樹と、捕らえたセルシスを連れてアグニシティへ戻った。セルシスの名を呼び続けている瑞樹を、セルシスが時々憎々しげに睨みつけていた。他の森の民は予想以上に抵抗なく捕まり。エニシダとイベリスは倉庫のような場所に監禁されているところを救出された。