第九話 復讐と破壊と…そして願い(2)
「カナメさん、これを持って行って下さい」
ナンディーを出発する前に、ミントがカナメに白い種が入っている小瓶を差し出した。
「これは君が持っておきなさい。もうすぐ出産だろう?」
お腹の大きくなったミントは、カナメの言葉に首を横に振った。
「瑞樹に無事に戻ってきて欲しいんです。何かあった時にはきっと役に立つはずだから」
ミントは涙を溜めた瞳でカナメを見つめた。カナメは思いつめた様子のミントを柔らかく見つめる。
「……ありがとう。でも、これはやはり君が持っておくべきだ。僕はソーマの白い種をすぐに手に入れられる。必ず瑞樹を無事に連れて帰るから。その時には元気な顔で出迎えられるようにしておいてくれないか?そうしないと瑞樹が悲しむ」
カナメはミントを抱きしめた。
コホン、とわざとらしく咳払いする声が後ろでする。セージはカナメ達と一緒にナンディーに帰還していた。
「俺からも、瑞樹のことをよろしくお願いします」
セージはカナメと握手をした。
「……僕は、君が瑞樹の事を嫌っているのだと思っていた」
カナメは苦笑する。ニシキギから第一エリアEで起きたことを聞いていたからだ。
「俺は、瑞樹が目の前でしたことに驚きはしたが、嫌った訳じゃない。今では、むしろ感謝している。お陰で俺が育てていた星ぶどうは、誰のよりも豊作になりそうだからな」
セージは鼻の頭をカリカリと掻いた。
瑞樹が力を使った後、星ぶどうは順調に実を結んだ。ファームの民の誰もが目を丸くし、彼の仕事を褒めた。黙っていることに耐えられなくなって、瑞樹がしたことを白状したのは、瑞樹が拉致された次の日だった。
正直に話したセージを、みんなは複雑な目で見つめた。がっかりするもの、褒めたことを取り消すとあからさまに言ってくるもの、森の民の力を受けた星ぶどうを切り倒せと怒鳴るもの……そして、森の民の力を認めるもの。
ファームの民の長老、カシは言った。
「セージの星ぶどうはエリアEの隅っこにある。問題の星ぶどうを見たものは、どのくらいおるかの?」
長老が見回すと、ちらほらと手を挙げる者がいた。
「この話の議論を再開する前に、一度セージの星ぶどうを見に行くことにしないか?実はわしも最近、全然見ておらんのでな」
カシの言葉に、みんなでぞろぞろと星ぶどうを見に行った。
セージの星ぶどうは、つややかな葉っぱを気持ちよさそうに伸ばして、彼が作ったヨレヨレの支柱をものともせず蔓を絡みつかせ、小さな米粒ほどの黄緑色の実の房を、それこそ数えきれないくらいたくさんぶら下げていた。
生命力が、その星ぶどうの周り一体を包み込んでいるようだった。
「これは……」
切り倒せと怒鳴っていた人でさえ息を呑んで見上げた。カシは無言のまま、目を細め、皺だらけの指で星ぶどうの房をそっと掬いあげた。
「わしは……この星ぶどうをずっと前に何度か見たことがあるのじゃが、いつ見ても、しょぼくれておって、ここまで生命力に溢れているのを見るのは初めてじゃ。セージはファームの民としてはあまり上出来な方ではなかったからのう」
周りのみんなからどっと笑いが起こる。
「この星ぶどうは、ここでも、ナンディーのエリアEでも見たことがないほど、たくさんの実を実らせることになりそうじゃ。しかし、切り倒せと言うておるものもいる。確かに切り倒す事は簡単なことじゃが、さて……それはファームの民にとって、この星ぶどうにとって、最善の策かの?」
カシの言葉に返答するものは誰もいなかった。
「我々ファームの民と森の民は、元々違う方法で植物と接してきた。誰か第二エリアEを見に行ったものはおるか?」
これにも返答はなかった。
「……実は今朝、森の民の子供たちが、この第一エリアEにやってきた。彼らの目的は、ファームの民に植物の手入れの方法を教えて欲しいというものじゃった」
ファームの民のみんなから、どよめきが起こる。
「わしは彼らへの返答を保留しておる。今日、セージの告白を聞いて、わしは正直嬉しかった。なぜなら、この一連の出来事は、森の民には我々が、我々には森の民が必要なのだということを示しておると感じたからじゃ。惑星ハルでは、我々はお互いに接することはなかった。しかし、もう何年も、否、何百年もの長きに渡って、目にこそ見えはせなんだが、この二つの種族は、互いにその力を縄のようにより合わせながら、ただ一つのものを守ってきたのではなかったか。それをこの星ぶどうが教えてくれておるのではないかと、わしは考えたのじゃ。もし、わしの考えに賛同してくれるならば、今から第二エリアEに使者をたて、森の民の子供たちに協力する旨を伝えに行かせたいのじゃが、どうかな?」
柔らかい口調だが、確固としたカシの主張に皆は納得した。
「瑞樹のお陰で、ファームの民と森の民はうまく行きそうなんだ。これで瑞樹が無事に帰ってきてくれたら一気に融和ムードが加速するだろうに……」
もし森の民が瑞樹に何か危害を加えていたとしたら、どうなるのだろうか、セージは不安を隠せない。
「融和なんてどうでもいいわ。瑞樹が無事でさえいてくれたら」
ミントはセージを睨んだ。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「気を付けてくださいね。お祖父ちゃんが心配していたわ。今日は見送れなくて悪いって」
「うん、コブによろしく伝えておいて」
コブはナンディーで司令塔になってくれている。見送れないのは当然だった。
* * *
「俺も行く」
ニシキギは譲らなかった。先にアグニシティに着いていたニシキギは、カナメの為の小型シャトルを用意してくれていた。
「君はここで待機していて欲しいんだ。何があるかわからないからね」
「しかし……」
ニシキギは納得のいかない様子で唇を噛みしめる。何かを言いたそうにしているニシキギの表情に、カナメは苦笑する。勘の良い彼の事だ、何かの情報を掴んだに違いない。そうであるならば、それに触れずに説得することは無理なんだろう、カナメは軽く目を閉じると息を吸い込んだ。
「君は……気づいているんだろうね?」
カナメはニシキギを見つめた。ニシキギもカナメを見つめる。
「……メッセージを送って来たやつのことか?」
ニシキギは躊躇いながらその言葉を口にした。
「やっぱり気づいてたか。相変わらず勘がいいな」
ニシキギの反応にカナメは苦笑した。
「しかし、情報は手に入らなかった。悪いが、あんたの親戚筋を探らせてもらった」
声というものは、本人が自覚している以上に血縁ではよく似ているものだ。メッセージを送ってきたやつの声はカナメ・グラブラにそっくりだった。
「普通のやり方じゃ手に入らないんだ。僕の両親の記録にはセキュリティが掛けられていたし、さらに兄に関しては一旦情報が抹消されていた。戻すのにかなり時間がかかったんだ」
「あんた、お兄さんがいたのか?」
ニシキギが驚く。
「驚いた?僕も驚いた。僕には兄弟なんかいないと思っていたからね。両親は早くに亡くなって、親戚も、血のつながりがあるような人は一人もいなかったし、最近では自分よりも年が上の人間にさえ、あまりお目にかかったことがなかったから……正直言って二重に驚いた」
「そうだったのか……」
「名前はセルシス・G・フォティニア、反政府主義者でお尋ね者だった。脱出間際に一度、公安に捕まったが、脱獄。その後行方不明だ」
「フォティニア?」
「僕の母方のファミリーネームだ。僕はミドルネームとして使っている」
「……聞くまでもないとはもうが、あんた、自分の両親のことは、知っているんだろうな?」
「もちろんだ。抜かりないよ」
カナメは薄く笑う。
「あんたの父親が大脳コンタクトの開発者だったなんて……知らなかった。お母さんはその実験台になって……亡くなったそうだな」
痛々しい表情でニシキギはカナメを見つめる。
「そんな状況なら、尚更、俺はあんたを一人でガイアシティになんか行かせる訳にはいかないだろう?」
「かなり高度なセキュリティが掛っていたのに、よくクリアしたね。さすがだ」
「おい、聞いているのか?」
「……だからだよ。だから君には僕と同じ場所にいて欲しくないんだ!」
カナメはニシキギを睨みつける。
「セルシスは大脳コンタクトの使い手だそうだ。もっぱら悪用専門だ。どんな風に使うのかデータがない。そんな危険な場所に君に一緒にいて欲しくない。もし、僕になにかあった時は……君に瑞樹を守ってもらいたい」
「……」
「君を信頼している。後を頼む」
カナメは唇を噛みしめた。
ニシキギは眉間に皺を寄せて、しばらく沈黙していたが、やがて観念したように小さくため息をついた。
「……必ずここに無事で帰って来ると約束するなら、その頼みを聞いてやってもいいぞ」
「当たり前だろ、そんなこと。僕を誰だと思ってるんだ?」
カナメは不敵に笑う。
「自信がないのかあるのか、さっぱり分からない人だ」
気弱な事を頼んだかと思うと、この尊大な発言。ニシキギは眉間を指でつまみながら大げさなくらいの大きなため息をついた。そんなニシキギに微笑むと、カナメは小型シャトルに乗り込んだ。




