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第一話 秋にやってきたハルの使者(4)

「」内の言葉は日本語、[]内の言葉はハル語という設定になっています

 実家に帰る電車の駅で正樹は母親から連絡を受けた。雑踏の中で受けた電話だったにも関わらず、母親がひどく動揺していることが震える声から伝わってきた。

「正樹? 今どこ?」

「もう駅ついた、今から歩いて帰るよ。母さん? どうかした?」

 家まで歩いて十五分くらいだ。いつもなら母親に車で迎えに来てもらうが、今日は自分のためにパーティーの準備をしてくれているだろうからと気を使って到着する時間を連絡しなかった。

「早く帰って欲しいのよ。歩いてじゃなくて、タクシーで帰ってくれない?」

「ん? いいけど……なんかあった?」

「今、日向さんから電話あってね。なんでもハル共和国の人が瑞樹ちゃんを訪ねて来てるんだって。日向さん、ものすごく動揺してて、また瑞樹ちゃんがどこかへ連れて行かれるんじゃないかって。ほら、瑞樹ちゃん帰って来たばかりの頃、ハルの宇宙船に行ってたって言ってたでしょ、誰も信じなかったけど……」

「日向の小父さんには連絡したのか?」

 正樹は眉間に皺を寄せる。

「今、連絡とってるんだけど、今日に限って外回りに出てるらしくて、まだ連絡つかないって言ってるのよ」

「すぐ帰る」

 正樹は携帯を切るとタクシー乗り場に走った。


 もうごめんだ、二年前みたいに突然瑞樹がいなくなってしまうのはもう嫌だ。

二年前、しし座流星群を見ていた真夜中、瑞樹は忽然こつぜんと正樹の前から姿を消した。家が隣同士で一つ年下の幼馴染。泣き虫で病気がちで面倒ばかり拾ってくる瑞樹。小さい頃から自分の両親からも瑞樹の両親からも瑞樹を頼むと言われ続けて育ってきた。本当の妹よりも先に妹のようだった瑞樹。自分が守らなければいけないんだとずっと思ってきた。

 それを自分の目の前で見失ってしまったあの日、正樹は生まれて初めて自分の無力さを味わわされた。学校も、受験も、将来のことも、一時、意識から吹っ飛んで自分を見失った。受験を控えた正樹を思いやってか、一緒にいて守れなかった彼のことを瑞樹の両親は一言も責めなかった。いっそ責めてくれればいいのに、そんな弱音を吐くことも許されないのは分かっていた。実際、ふっと火の消えてしまったようになった隣家を見るのは辛いことだった。

 誰が責めなくても自分が責めてしまう。息がかかるくらいの距離にいながらどうして瑞樹を守れなかったのかと。成績良し、スポーツ万能、人望ありで、人から見れば順風満帆だったはずの正樹の人生の初めての挫折だった。人一人失っただけでここまで道を失うものかと正樹は自分のことながらあきれ果てる。

 瑞樹にはいつも「最後まであきらめるな」と口癖のように励ましておきながら、何にも手をつけられずに呆然としている自分がいた。


 毎日町中を徘徊して瑞樹を探すこと以外何もできなくなっていた。なんとか立ち直れたのは父親の言葉だった。

「なぁ、正樹よ。瑞樹ちゃんのことはお前のせいだぞ」

 父親は静かに正樹の目を覗き込んで言った。

「真夜中に瑞樹ちゃんを一人で連れ出すような約束したのはお前の責任だ、そうだろ?」

「ああ、そうだよ」

 正樹は掠れた声で肯定した。

「あの日の流星群は素晴らしかったんだってな」

 正樹は静かに涙を流しながら頷いた。

「父さんはな、周りの人が言ってるみたいに、お前が悪くないなんて思ってないんだ。それと同じに、瑞樹ちゃんがもう死んでるとも思ってない。きっと帰って来るって、そう思ってる。帰ってきた時にお前が人生投げ出してたら瑞樹ちゃんはどう思うだろうな。自分のせいで正樹を苦しめたと苦しむんじゃないかな。違うか? 瑞樹ちゃんはそういう子だっただろうが……」

 正樹はこの時初めて人前で号泣することができた。


 そのまま父親と朝まで話し合って、それこそ色々なことを語り合って、それまで目指していた進路を変更した。父親は無理をして家業の会社を継ぐ必要はないと言った。自分が好きなことをして立ち上げた会社だ、お前はお前が好きなことをして会社を立ち上げるなり、どこかに勤めるなりしたらよかろうと言った。そして正樹は都内にある大学の工学部に進んだ。正樹は子供のころから物作りが好きだったのだ。それを正直に話したとき、「やっぱりそう言うと思ってたよ」と父親は言って小さく笑った。



 目の前にいるハル人二人はのんびりと瑞樹が作ったクッキーをつまみながらコーヒーを飲んでいる。とりあえず瑞樹を連れ去られる心配がないように瑞樹から目を離さないでおこうと、正樹もキッチンの椅子に腰かけた。隣の部屋で瑞樹の母親が心配そうにちらちら目を配りながら取り込んだ洗濯物を畳んでいる。

「小母さん、小父さんはいつ帰って来るんですか?」

 正樹は瑞樹の母親に問いかけた。

「さっき連絡とれたから、もうこちらに向かってるはずなんだけど……」

 瑞樹の母親は失踪前の瑞樹に似ていて黒目がちで儚げな印象の人だ。不安の為か今はより一層儚げに見えて正樹は胸が痛くなる。

「うちの母親を駅まで迎えに行かせましょうか?」

 正樹はたまらず口にする。

「正樹ちゃん、小母さん忙しいのにそんなことしなくていいよ。そんな急いでどうするの?」

 瑞樹が吹き出した。


「正樹さん、少しお話をしたいのですが、あなたのお部屋に連れて行ってはもらえませんか?」

 アーマルターシュが突然正樹に提案した。正樹が目を見張る。瑞樹の母親もぴくりと動作を止めた。

「正樹ちゃん、先に行っといていいよ。次のが焼き上がったらもう持っていくだけだし、私もすぐに行くよ」

 瑞樹はオーブンレンジをちらりと覗いてから言った。正樹は瑞樹をじっとりと睨んでから小さく溜息をついた。瑞樹が怯えたり、うろたえたりしているのなら決して傍を離れまいと思って慌てて帰ってきたが、いつもどおりののんびりした瑞樹に正樹は密かに脱力する。

「わかりました、どうぞついてきてください」

 正樹の言葉に、アーマルターシュは優雅に立ち上がると正樹に続いた。

「あなたは行かないんですか?」

 正樹はニシキギを見つめた。

「私は瑞樹と後で行きます」

 ニシキギは薄く笑った。正樹は一瞬不安そうに顔を歪めた後、瑞樹の母親と視線を軽く合わせて会釈するとアーマルターシュと出て行った。


[ものすごく警戒されてるな。無理もないが……]

 二人が出て行くとニシキギは苦笑してハル語で言った。

[警戒って?]

 後、十五分で焼き上がる。瑞樹はプレーンクッキーを花模様のついた透明な袋に詰めて大きなリボンをかけ、チョコレートクッキーは焼き立てなのでお皿に盛ったまま持っていこうと花模様のナプキンをお皿に敷いた。

[本人は暢気なものだ]

 ニシキギは呆れた顔をした。

[あんたは何故俺達がここに来たのか、その目的が気にならないのか?]

[目的? そっか、何しに来たの? 私、てっきりヒュウガミズキを持ってくために来たんだと思ってた]

 何気なく言った瑞樹の言葉にニシキギはびっくりした表情を浮かべた。

[なんで知ってる? なんで知っていてそんなにのんびりしてるんだ?]

 ニシキギも驚いた表情になる。

[なんでって、さっきアーマルターシュがそう言ってたじゃない。ヒュウガミズキを私のせいで国花にしてしまったからくれって……]

 瑞樹の返事を聞いてニシキギはがっくりと肩を落とした。

[なに? 違うの? 何をそんなに脱力してるわけ?]

[あんたの護衛は大変そうだ]

 ニシキギは小さく呟くとそれきり黙りこんだ。


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