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第八話 砕け散る翠玉(1)

 出発の日になっても正樹とは連絡がとれないまま、シャトルは火星の軌道上を回るナンディーを目指していた。

「カナメはまだ部屋に閉じこもっているの?」

 アーマルターシュはメインデッキでニシキギに問いかけた。中型のシャトルには、いくつか部屋があって、カナメはその一室を占領して何かを作り続けていた。ニシキギが作戦を練るために声をかけても、アーマルターシュが話しかけても、「ああ」とか「うん」とか簡単な返事しか返ってこない。

「カナメは……カナメと瑞樹は、そう言う関係なの?」

 アーマルターシュがぽつりと零す。

「そう言う関係とは?」

 ニシキギが問い返す。

「誘拐されたと聞いたら、自失して人格が変わるくらい心配してしまう関係よ」

 アーマルターシュは溜息をついた。

「あんたが誘拐されたとしても、やつはそうしてくれるかもしれないだろ?」

 ニシキギは小さく笑った。

「そうかしら?私は、カナメがあんな風に取り乱しているのを見たのは初めてだわ。彼はただ心配しているんじゃない、自分のものが奪われたように怒っているみたいだわ」

 ハルでカナメ・グラブラと言えば、良くいえば冷静沈着、悪くいえば冷徹。ごく僅かな知人以外には心を開いたことがない……そう聞いている。再生回数三回と比較的長い人生を送っているアーマルターシュではあるが、ハルでカナメとの接点はほとんどなかった。

「それなら俺だって心配して怒ってる。瑞樹が何をされてるのかと考えただけで、胸糞悪くなる」

 アーマルターシュは、瑞樹という人をイメージする時、カクレクマノミという魚を思い浮かべてしてしまう。地球人の記憶の中にあった海の生き物だ。オレンジ色と黒の縞柄の小魚で、毒をもつイソギンチャクという生物の中で暮らしている。

 そのカクレクマノミと同様に、ニシキギの持つ毒も、カナメの持つ刺も、彼女には無効化なように見える。

「あら、あなたは瑞樹の事が好きなんでしょ?当然じゃない?」

 邪気なく言うアーマルターシュに、ニシキギは溜息をついた。

「……あんたには言っておいた方がいいかな。俺は誰よりも瑞樹の事を分かってる、分ってやれると思っている。大事にしたいと思っているし、守ってやりたいと思う。でもどんなに、俺が力を駆使しても、瑞樹とカナメの間にある絆みたいなものを切り離すことはできないとも思っている。今回のカナメの態度を見て確信した。あいつらは、既に何かしらの力で結ばれているんだ、おそらくな。だから、もしこの先、俺が瑞樹と愛し合うようになったとしても、それはカナメに譲られたに過ぎないんだと思う。あんたがカナメと付き合う事になっても同じだ。それは瑞樹に譲られただけなんだ。やつを手に入れたいと思っているのなら、そのことを肝に銘じておいた方がいい。それでも手に入れたいと思うかどうかだ。俺は、瑞樹をあきらめるつもりはないけどな」

 ニシキギはそう言って苦笑した。

「やっぱりカナメと瑞樹の間には何かあるのね?」

 アーマルターシュは寂しげに笑んだ。

「……まあな」

「そう言えば、あなたの義妹はどうなったの?」

「義妹のなりそこねだな、それを言うなら」

 ニシキギは顔を顰めた。

「俺の籍からとっとと放り出した。別の部屋も用意させたから、もう関係ないだろうと思ったら、付いてきてるんだ」

 ニシキギは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「えー、このシャトルに乗ってるの?」

 アーマルターシュの言葉にニシキギは頷いた。



*   *   *



 ネモフィラはシャトルの小部屋でしょんぼりと座っていた。ニシキギがナンディーに行くらしいと聞いたのは本人からではなかった。教えてくれたのはレンだ。

 籍から抜かれ、部屋も別に用意され、することもなく訪れた第二エリアEで、ネモフィラはその情報を耳にした。第二エリアEには力を使えるようになった森の民の子供たちと、力を使えない大人たちがいた。大人たちは自分たちに割り当てられていたソーマの種をほぼ使い果たしていて、嘆いて悲観的な目をしていた。一方、子供たちは、少しばかり力が使えるにもかかわらず、水撒き、草取り、花がら摘みと、まるでファームの民のように働いていて、その目は希望で輝いていた。

 子供たちを指導していたのはファームの民で、植物の世話をする方法を学びたいと、子供たちだけで大挙して第一エリアEに押しかけたらしい。毎日、誰かしらファームの民がやってきて指導してくれる約束になっているのだと言う。子供たちにならって、ちらほら大人たちも手伝うようになって来たと、子供たちは嬉しそうに言った。ネモフィラも早速手伝った。そうしているうちに偶然耳にした情報だった。

「一昨日、ファームの民の長老に直談判してきたんだ」

 レンは得意気に言った。

「瑞樹が帰って来るまでに、第二エリアEをばっちりにしておきたいんだってね」

 レンは悲しそうに言った。

 瑞樹が失踪したのは三日前だ。事件はあっという間に共和国内に広がっていた。失踪するほんの少し前、瑞樹は森の民の子供たちに植物の世話をすることの楽しさを教え、いつの間にかファームの民の森の民への警戒心を解くことまでしていたらしい。レン達が、瑞樹の為にエリアEをなんとかしたいとファームの民に交渉しに行った時、ファームの民もまた瑞樹を心配してくれて、力を貸してくれると約束してくれたのだ。

「今日の午後には、ニシキギ達が瑞樹を助けにナンディーに行くらしいよ。瑞樹は恐らく、アグニシティにいるだろうって昨日言ってた。心配しないで待ってろってニシキギが言ってた」

 ネモフィラは慌てた。もうすぐ午後だ。



 *   *   *



「あなたどうして付いて来たの?」

 女性用に当てられた小部屋にネモフィラはひっそりと座っていた。アーマルターシュの問いかけに、ネモフィラは途方に暮れたように見上げる。

「……傍にいたかったから……」

 消え入るような声でネモフィラは答える。

「それって、もしかして、ニシキギのこと?」

 ネモフィラは頬を染めて頷いた。

「なんで?」

 呆れたようにアーマルターシュはネモフィラを見つめる。

「……似ているんです」

「弟に?」

 ネモフィラは頷いた。

「どこが?」

「……顔が……」

 ああ、とアーマルターシュは納得する。

「ニシキギの弟が、どんな人だったかは知らないけど、似てるのは顔だけだと思うわよー、ニシキギときたら、常に仏頂面してるわ、皮肉屋だわ、一緒にいるだけで肩がこるわ、腹はたつわ、胃は痛くなるわ、寿命まで縮む気がするのよねー」

 アーマルターシュはここぞとばかり言いたい放題を言ってみる。

「そうなんですか?」

 ネモフィラは逆に嬉しそうな顔をした。

「あなた、なんで喜んでるの?」

 アーマルターシュは胡散臭そうに見つめる。

「それが普通なら、私だけにあんな風に辛く当たるんじゃないって思えるから」

 ネモフィラは、はんなりと微笑んだ。アーマルターシュは盛大に溜息をつく。この人は植物みたいだ。辛抱強く、あきらめることを知らない。そんな様子がアーマルターシュの目には痛々しく映ってしまう。森の民によくいるタイプ。

 ファームの民と比べてしまえば、さほどではないのかもしれないが、忍耐強いと思う。自分や周りの一般人と比べれば、その違いは歴然だ。

 ハルで森の民の監理官をしていた経験から、森の民が事件を起こすということは、かなりな事情を抱えている場合が多いことを知っていた。今回の事件も、耐えきれなくなった森の民が暴走してしまった結果なのかもしれないと、アーマルターシュは思っている。

 どういう事情かは知らないけど、いくら顔が似ているからとはいえ、あの毒舌家のニシキギと一緒にいたいと思い続けられるということが、厳しい環境に耐えて咲く一輪の花にも似て、健気というよりも、ほとんど神々しいとまで思ってしまう。

 ニシキギは、この花のような女性をどんな風に見ているんだろうか。距離をとるのは本人の勝手だが、無闇に踏み荒らさずにやってほしいものだと、アーマルターシュは心の中で溜息をついた。



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