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第七話 虚空を駆けるネメシス(2)

(ネメシス=復讐、義憤の神)


 瑞樹は、堅いベッドの上で目を覚ました。

「あれ?私、死んだんじゃなかったっけ……」

 呆然と起き上がって腹部を確認する。刺さった痕も血で汚れた様子も無い。確か髪を切られたはず。髪を手で撫でてみるが、髪も切られていなかった。手の傷も確認する。左手も何事も無く、少し冷えた頬に当てると温かくてほっとした。

「ここ、どこだろ」

 気を失う前にいた倉庫のような場所とは違って、きちんとした部屋になっていた。ドアを確認するがやはり鍵がかかっている。しばらくすると靴音がして、誰かがドアの向こう側に立っている気配がした。しかしドアを開けて入って来る様子がない。

 瑞樹は不審に思って、ドアの前まで静かに近寄ると気配をうかがった。

「誰か居るの?」

 小さな声で訊いてみる。ドアの外で誰かが動いた気配がした。

「瑞樹……」

 それは弱弱しい声だったけれど、イベリスの声だった。

「イベリス?」

 瑞樹は安堵の声を上げる。

「イベリス、無事だったんだね、良かったー。怪我は大丈夫なの?」

「……ごめん、怪我なんてしてないんだ。あれは君を部屋からおびき出すための……演技だった」

「え?」

 瑞樹から表情が消える。

「僕は警告したよ。日本に帰れって。どうして帰らなかったの?」

 イベリスの声に少し怒気が混ざる。

「イベリス?」

 イベリスはこうなることを知っていたんだろうか、あんな前から……。

「帰らなかった君が悪いんだ。君が悪いんだからね!」

 イベリスは怒気を含んだ、でも震える声で瑞樹をなじると、走り去って行った。

「イベリス……」

 瑞樹は悲しい気持ちで名前を呼んだ。イベリスがいるということは、やはり森の民が瑞樹を拉致したということなのだろうか。だったらドクター・ヌンとターウは一体何なのだろう。二人も森の民なんだろうか……。

 ターウの本当の名前は…セルシス・G・フォティニア。順序は違うが、カナメと同じファミリーネームを持っている。親戚なんだろうか。瑞樹は深い溜息をついた。



 *  *  *



 ネモフィラはニシキギに付いてきて、部屋に戻ってもまだ泣き続けていた。

「鬱陶しい、泣くなら出て行け!」

 ニシキギは煩そうに云い捨てる。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 ネモフィラは泣きやみもしなかったし、出て行く様子も無い。ニシキギは溜息をついて別の部屋へ入ってドアを閉めた。



 *  *  *



「ネモフィラ、ごめん、しばらく会えそうにないよ。ディモルフォセカはまだ見つからない。もしかしたら……」

 シーカスは辛そうに眉間に皺を寄せた。

「もしかしたら、彼女はもうアール・ダー村にいないかもしれない、公安が来てそう言ってた。まさか彼女がこんなことをするなんて……少しも考えていなかった……」

 シーカスは、それ以上何も言わなかったけれど、ディモルフォセカが失踪したその原因が自分たちであることを言外に示していた。

「ねぇ、私たちはどうなるの?もう会えないの?ディモルフォセカが見つかっても見つからなくても、もう会えないの?」

 ネモフィラは泣きながらシーカスに問いかける。

「わからないよ。どうしたらいいか、分からないんだ……」

 シーカスはぽつりと言った。

 当時、ネモフィラとシーカスは誰もが知っている恋人同士だった。


 ディモルフォセカは明るくて、どちらかと言えばお転婆(てんば)。ネモフィラが木陰で儚く咲く花ならば、ディモルフォセカはカンカン照りの日向(ひなた)で生き生きと輝く花だった。シーカスから見れば、ディモルフォセカは妹のような存在だったかもしれない。

 政府と親の意向でディモルフォセカとの結婚が決まった時、シーカスが真っ先に心配したのはネモフィラの方だった。

 ネモフィラは小さい頃にした病気のせいで、子供を望めない体になっていた。だから森の民の人口を確保したい政府と、孫を望んでいた親は、ネモフィラとの結婚を認めなかったのだ。

 ネモフィラが可哀想で仕方がなかったシーカスは、ディモルフォセカとは結婚前夜まで、ろくに口もきかず、彼女を放っておいてしまった。周囲から冷たい目で見られているとか、意地悪をされているとか小耳に挟んだことはあったものの、彼女なら大丈夫だろうとシーカスは高をくくっていたのかもしれない。

 それはネモフィラも同様だった。体が丈夫で、将来を約束されているディモルフォセカ。兄弟も、親も、丈夫な体も、なんでも持っているくせに、どうして私からシーカスまで取り上げようとするのだろう。

 ネモフィラには兄弟がなく、母親は三年前に亡くなっていた。元々病弱な家系だったのだ。だから結婚するまではと、ネモフィラはシーカスがディモルフォセカと話をすることを嫌がった。シーカスの心は自分にあるのだと、わざとディモルフォセカに見せつけるような行動も取った。そして、その結果、ディモルフォセカは失踪したという訳だ。


 これは自業自得なんだろうか?ネモフィラは、あの日からずっと自分に問い続けていた。

ディモルフォセカがとった行動が、自分に対する当てつけなのではないかという気持ちを、どうしても払拭(ふっしょく)することができないでいたのだった。

 何故なら、あの日からシーカスが思いつめているのは、自分の事ではなく、ディモルフォセカの事だということが明白だったから。


 声を掛けられたのはそんな時だった。

「おまえ、名はなんという?」

 アール・ダー村では見かけたことがない人だった。薄い褐色の瞳、光の加減で金色に見えるその人は、地下都市ハデスから来たのだと言った。

 初めはただの好奇心だった。地下都市の人と話すのは初めてだったから。その人は調査の為にアール・ダー村に来ていて、すぐに地下都市に帰るのだと言った。その人の名前はヌン、医者をしていた。

「私も地下都市に行きたいな」

 すっかり打ち解けて親しくなったヌンにネモフィラは言った。

「地下都市に行って何をする?許可なしに地下都市に行けば、森の民は罰せられるだろう?」

 ヌンはネモフィラだけには比較的優しげな態度をとった。

「ここにいても何もないわ。望むような結婚もできないし、仕事と言えば植物の世話だけ、何の楽しみもない。こんな村で私は一生を終えるのかしら」

 呟くように言うネモフィラをヌンは猛禽類(もうきんるい)の瞳で見つめる。

「地下都市とて同じだ。黙々と働き、黙々と一生を終える。惑星(ハル)に生まれた者の宿命だ」

 ヌンは言い放った後、少し表情を和らげて続けた。

「しかし、今の政府のやり方を変えたいと考えている者はいる。お前のように、自分の人生に不満を持っている者たちは地下都市にもいるからな。俺はそんなやつらをたくさん知っている。お前も地下都市でその者たちと共に闘ってみるか?」

 ヌンの言葉には、何か危険な匂いがあって、でもワクワクするようなスリリングな響きがあった。

「何をすればいいの?私にできることがあるかしら?」

 ネモフィラはヌンの話に飛びついた。ヌンが地下都市に帰る時のガイアエクスプレスに忍び込んで地下都市に潜入したのだ。


 そこでネモフィラを待っていたのは、不満分子である人たちとの出会いと、鬱憤(うっぷん)晴らし、そして馬鹿騒ぎの果ての悪夢……それだけだった。ネモフィラは利用されるだけされて、なんの説明もなしに分解されてしまったのだった。

 そして、目覚めれば、このおとぎ話の中にいたという訳だ。利用されたのかもしれないと思ってはいるが、頼るものはヌン以外になかった。

 そのヌンに、シーカスの兄に会いたいかと問われて驚愕した。シーカスにお兄さんがいたなどとは知らなかったから。

 期待に胸を膨らませて部屋で待っていたあの時間だけが、この世界で味わった唯一の幸せな時間だった。



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