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第六話 蛇を踏む(4)

この回は後半に少々痛い表現があります。苦手な方はご注意ください。

 瑞樹はドアの向こうに複数の足音が近づいてきているのに気づいていた。全く反応のなくなったトウキにしがみついたまま、ドアが(きし)みながら開くのを見つめる。

 入って来たのは二人。一人はドクター・ヌンで、もう一人は、どこか見覚えのある顔だったが、右と左の瞳の色が違うオッドアイの男で、瑞樹はオッドアイを見たのは初めてだった。

 ドクター・ヌンは面倒臭そうに瑞樹をトウキから引きはがすとトウキの後頭部を開いた。

「おい、トウキの記憶装置が焦げちまってるぞ、お前がやったのか?」

 ヌンは舌打ちをすると瑞樹を鋭い視線で睨みつけた。瑞樹は竦みあがる。一瞬目の前の景色がぐらりと揺れたような気がした。

「おやおや、ヌン。君ともあろう人が……この地球人を見くびっていたようだね?」

 オッドアイの人は逆に楽しげに口を挟んだ。

「ドクター・ヌン?なんであなたがここにいるんですか?ここはどこです?私をどうするつもりなんですか?」

 瑞樹は矢継ぎ早に疑問を口にした。自分を誘拐するのは森の民のはずではなかったか。瑞樹は混乱する。苦手なドクター・ヌンがいることが、何かもっと悪いことに巻き込まれたのだということを知らせている気がした。

「そんなことに簡単に答えがもらえるようならば、お前の末路は知れたようなものだぞ」

 ドクター・ヌンは意地悪そうに鼻で笑った。

「……簡単に答えないってことは、無事に帰れる望みがあるって言ってるんですか?」

 瑞樹は震え声で確認する。

「君次第かなー」

 オッドアイの男が間延びした声で答えた。

「ところで、僕、君に会ったことがあるんだけどー、覚えてる?」

「どこで会いましたか?」

 瑞樹は怯えてオッドアイの男を見上げた。穏やかなしゃべり方とは裏腹に、その瞳には何か(すさ)んだものが潜んでいた。捨てられて野性を取り戻したシェパードのような、あるいは獲物を追い詰めた時のハイエナのような、他者を傷つけたい、傷つけることが楽しいと考えている目。

「ヒントぉ、ハル共和国のどこかー」

 男は悪戯っぽく微笑んだ。

「……」

 オッドアイの人を見たのは始めてだ。目の色を隠していたんだろうか、サングラスを掛けていたんだろうか、それとも変装をしていたんだろうか、瑞樹は考えを巡らせる。

「はい、時間切れー」

 男は腰のポケットから鋭利なナイフを取り出した。瑞樹は目を見開く。

「あの炎天下に、親切に車に乗せてあげるって言ったのに、覚えてないんだ。罰を与えなきゃね?」

 その男は微笑んだまま瑞樹の髪を掴むと、一房、躊躇無く切り取った。切り取られた栗色の髪が床に散乱する。瑞樹は声も出せないまま震え上がった。

「僕はターウ・エル、思い出したかな?」

 瑞樹ははっとしてターウのオッドアイを見つめる。

「あの時は、サングラス仕様のブラウンコンタクトレンズをつけていたからね。それでわからなかった?〉

 ターウは面白そうに瑞樹を見つめる。

「どうして……」

「どうして僕がここにいるのか訊きたいの?」

 ターウのナイフが瑞樹の首にかけられている銀色の鎖を(すく)い上げる。鎖の先にはハル玉が付いている。カナメが以前ナンディーでくれたものだ。これは地球玉と対になっていて、もしまだ捨てられていないならば、カナメがそれを持っているはずだ。もしかしたら今はアーマルターシュが持っているのかもしれないけど。瑞樹は唇を噛む。


 ターウはハル玉を、ナイフを持っているのとは反対の手で握り締めると、鎖を断ち切った。

「君をね、こんな風にしがらみから断ち切ってあげようと思ってね」

 瑞樹は小さく息を呑んだ。

「おい、俺はもう行くぞ。トウキが使い物にならないならここにいてもしょうがない。虐めるのはほどほどにしておけよ。絶望させるとそいつも使い物にならなくなって森の民からギャラをもらえなくなるぞ」

 どこからかヌンの声が響いた。

「分かってるさ」

 ターウは微笑んで、どこかにいるヌンに向かって返事をした。

「次の質問はなんだったかな、ここはどこか……だったかな?」

 ターウが楽しげに続けた。

「ここはね宇宙空間。次の質問は……」

 すべての質問に答えるつもりらしいターウを瑞樹は震えながら遮った。

「も、もういいよ。もう訊きたいとは思わない。私、聞きたくないっ」

 瑞樹は両手で耳を塞いだ。

「聞いておいた方がいいよ。さもないと後で後悔するかもしれないだろう?だって、君はもう無事で、地球になんて帰れないんだからさ」

 ターウはにっこりと笑った。

「どうして……」

 瑞樹は呆然とターウを見上げる。涙が勝手に流れ出して止められなかった。ただ、ただ、怖かったからだ。

「いいことを教えてあげようか、僕の本当の名前はターウ・エルなんかじゃないんだ。本当の名前はね……」

「いやだ、聞きたくない!」

 瑞樹は耳を強く塞いだ。聞いたら、もう元の場所に戻れない気がした。

 その手を引きはがすようにして、ターウが耳元で囁く。

「僕の本当の名前はね、セルシス・G・フォティニアって言うんだ」

「フォティニア?」

 その名前に聞き覚えがあった。

「そう、聞き覚えがあるかい?ちなみにGはグラブラ、これは僕の名前から消去してしまいたかったんだけど、元々名前にあるものから削るのは手続きが煩雑らしいんで止めた。この名前にそこまで労力を割くのも癪に障るからね」

 耳元で囁くように言われた言葉に、瑞樹は凍りついた。トウキの言葉が頭の中で響く。『瑞樹、あなたを苦しめることで誰が一番苦しむのかを考えてみてください。恐らくそれが犯人の狙いの一つです』

 カナメの姓はグラブラ、ミドルネームのPはフォティニアではなかったか。瑞樹は混乱したまま、瞬き一つできずに震えていた。

 つながりが何もない人を対象にした犯罪は、通り魔的犯行と言われて恐れられるが、そもそも犯罪というものは、つながりがある人に向けられたものの方が圧倒的に多い。特に血縁で揉めることはよくある事だ。

「君をどうするつもりなのか……だったよね?」

 セルシスは瑞樹に言い聞かせるようにゆっくりと言った。

「君がね、何一つ考えられないようにしてあげる。君はただ存在するだけで、何一つ自分の意志でできないようにすることが僕の仕事なんだ。なかなか腕がいいんだよ?」

 セルシスは狂気じみた微笑みを浮かべた。瑞樹は、見てはいけない物を見るように恐る恐るセルシスを見つめる。

「そうだ、トウキを壊した罰をまだ与えていなかったな……」

 セルシスは突然思い出したように瑞樹を意地悪そうに見つめた。

「あの用心深いヌンでさえ、地球人である君がトウキを破壊できるなんて思わなかったようだね。誰に入れ知恵をされたの?カナメかい?」

「……」

 やっぱりこの人はカナメの事を知っているのだ、ならば私を傷つけたいと思っているのはこの人に違いなかった。トウキの言葉を信用するならば、この人は最終的にはカナメを傷つけたいと考えていることになる。どうすればいい?どうすればカナメにまで被害を及ぼさずに済む?捕まったのがアーマルターシュではなくて良かったと思う。何かの勘違いで自分を拉致したのだということが分かれば、その段階で交渉の余地ができるかもしれない。

 そんなことを、ごちゃごちゃと考えていると腹部に衝撃が走った。

 酷い痛みに息が止まる。手を腹部に当てて、頭の中が真っ白になった。腹部は生暖かい液体で濡れていて、それは手に付着して鉄錆の匂いを辺りにまき散らした。刺された?

「色々考えたって無駄なんだよ。下手の考え休むに似たりというだろう?」

 セルシスは手に持った血濡れたナイフをぺろりと舐めた。

「どうして……」

 瑞樹は、がっくりと床に膝をついた。床一面に赤い色が広がる。

「罰だよ、そう言ったはずだけど。これから先、僕たちの妨害をしたり、命令を聞かなかったり無視したり、反抗したりすれば、僕は容赦なく罰を与えるよ。覚えておくといい」

「嫌だ、触らないで、やめてぇ!」

 左手を掴まれて、瑞樹は慄いた。まだ何かする気だ。瑞樹の本能が警告を発する。

 セルシスはニヤリと嗤うと、瑞樹の左手にナイフの刃を当て一気に引きぬいた。左手に衝撃が走って、左手の掌からぽたぽたと血が流れ落ちる。瑞樹は声にならない悲鳴をあげる。痛みは、雷鳴のように後からやってきた。

「痛いぃ!痛いよ、やめてぇ……」

 手を引こうとしても、セルシスが掴んでいてびくともしない。ついこの間、金色の光をまき散らした左手は、今度は赤い血をまき散らしている。瑞樹は苦痛に震えながら涙を零した。

 次の瞬間、瑞樹は背中にも衝撃を感じて意識を手放した。


『助けて!カナメ!』最後に頭に浮かんだのはその言葉だった。



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