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第六話 蛇を踏む(2)

 目覚めたのは薄暗い倉庫の中だった。荷物に囲まれた中に、瑞樹とトウキは転がされていた。ドアを確認すると案の定、鍵が掛っている。

「トウキ、トウキ? 大丈夫?」

トウキを揺するが反応はなく、目は閉じられたままで、機能停止したムラサキさんにそっくりだった。

 かつて、ナンディーで瑞樹を導いてくれたムラサキさんは、ニシキギが故障させ、カナメが機能停止させた。その時のムラサキさんに、トウキが重なる。

 機能停止したんだろうか、トウキも別のトウキになってしまうの? 瑞樹は、なんの反応もせずに荷物のように転がっているトウキの背中を、掌で何度も撫でた。

「トウキ……私、どうしたらいい? 部屋を出てはいけないって言われてたのに……。私、失敗しちゃった。どうしたらいい?」

 涙が溢れて来る。少し重力が違うのだろうか、それとも体調が元に戻っていないだけなのか、不快な浮遊感があった。ここはどこなのだろう。

 その時、幽かな声が頭の中で響いた。

『瑞樹、聞こえますか?』

 それはトウキの声に似ていた。

「トウキなの?」

 瑞樹は耳を澄ます。

『そうです。あなたは植物の微弱な意識をキャッチすることができると聞いています。私が機能停止に陥った時でも、あなたとコンタクトできるようにとカナメが機能を追加しておいてくれたのです。電池が尽きるまでですが、どうやら役に立ったようですね』

「私、どうしたらいい?」

 瑞樹はトウキに縋りついて耳を澄ます。

『瑞樹、残念ですが、私は、ここからあなたとは別行動をとらざるを得ないようです』

「いや! なんで? なんでなの? そんなの嫌だ、私を一人にしないでよ」

 トウキに縋りつく。

『機能停止させられてしまったら、私はもうあなたを守ることができません。せいぜい記憶装置を取り出されて情報源として利用されるだけです。そうなる前に記憶装置を破壊する必要があります』

 トウキの言葉に、瑞樹は息をのんだ。

「それって、トウキ、死んじゃうじゃない。そんなの嫌だよ、そんなの……そんなの駄目に決まってるよ。何かほかに方法が……」

 妄言のように繰り返す。

『瑞樹、私はアンドロイドです。私の記憶は他のトウキにすべてコピーされています。機能停止された直後に自動的にセーブされていますから、そこまでの記憶はすべてのトウキに伝えることが可能です。だからあなたが次に別のトウキに会った時には、初めましてではなく、お帰りなさいから始まるはずです。その言葉から始められるようにあなたは無事に地球に帰らなければならないのですよ』

 トウキの言葉に凍りつく。

 地球に帰らなければならない?

『我々は、かなり大型な宇宙船に乗せられています。おそらく荷物を運ぶタイプの貨物船でしょう。記憶装置を破壊した時点で、私は自分の位置とセーブデータを他のトウキに知らせることができます。だから、あなたは何も心配しないで、今から私の言う通りにしてください』

「嫌だ、トウキはトウキしかいないよ、他のトウキはあなたと違う」

『瑞樹……私を困らせないでください。私はあなたにお帰りなさいを言いたいんですよ』

「でも……」

『瑞樹、あなたを苦しめることで誰が一番苦しむのかを考えてみてください。恐らくそれが犯人の狙いの一つです。ほんの一瞬ですが、あなたを拉致した人の思考をつかむ事に成功しました。その人物と森の民がどのようなつながり方をしているのかはわかりません。この事件に森の民が関与している以上、あなたに危害を加えるようなことはないと考えていましたが、連中の中に、あなたを傷つけたいと考えている人間がいるのは確かです。だから私は一刻も早くあなたの居場所を知らせたいのです』

 トウキの言葉が焦りを帯びる。

「そんなこと言われても……」

 ぐずぐずと反論を考えているのは、自分に危害が加えられる恐怖よりも、トウキがいなくなる恐怖の方が勝っていたからだ。

『私の左胸のファスナーを下ろしてください。そこにキーボードが出てきます。早く!』

 トウキの有無を言わさない声に、瑞樹はしぶしぶファスナーを下ろした。

『私が言う順番に番号を入力していってください、いいですか?』

 瑞樹は震える指でトウキがささやくナンバーを入力して行く。やがて赤いランプが点滅を始めた。

『では、赤いランプの下のボタンを強く押してください』

「トウキ……嫌だ。できないよ、これ押したら……」

 瑞樹は途方に暮れる。

『……瑞樹、それを押したら三分程時間があります。その間に私の秘密を教えてあげましょう。最後にあなたに聞いてもらいたい秘密です』

 トウキがさらに幽かな声で言った。

『さあ、押して……』

 トウキの静かで強制力を持った声に、瑞樹は泣きながらスイッチを強く押した。赤いランプの点滅が止まり、赤い光の丸になる。


『あなたはディモルフォセカ・オーランティアカの記憶を持っていますね。彼女の記憶の中にアイリスという女の子がいると思うのですが……』

 瑞樹は頷いた。ディモルフォセカは、アイリスの記憶をカナメから見せてもらったことがあるのだ。カナメの子供のころの記憶。

『私は……トウキというアンドロイドは、元々このアイリスという女の子の為に造られたものだったんです。彼女は初めて森の民の力を獲得した人間で、その人間を守るために私は開発されました。力を使いすぎないように、有用な植物を効率よく作り出せるように、彼女の命が少しでも長らえるように、当時開発されたばかりの大脳コンタクトを組み込んで、私は造られました。激しやすい彼女の心を静め、時には高揚させ、あらゆる心理コントロールを駆使して彼女を守っていました。否、彼女を守るというよりも操っていたという方が当たっていたかもしれません。どのトウキにもその時の記憶があるのです。ただ、私は……私だけは、実際に彼女に触れ、彼女と共に暮らした初号機のトウキでした』

 瑞樹は目を見開く。

『……アンドロイドとして、してはならないことがいくつかあります。その中に、作動中に得られた情報のすべては共有であり、それを独占してはならないという項目があるのです。ですから、私たちトウキは、すべての情報をメインコンピューターと共に共有しているのですが、アイリスと暮らしたアール・ダー村での記憶の内、どうしても共有に出来ない、したくない記憶を私は隠し持っていました。それを今、あなたに託します』

「トウキ……そんな大事なことを、人間の私に託しても……」

 人間は忘れてしまう生き物だ。どんなに強烈な悲しみも喜びも時を経れば色褪せてしまう。

『人間の記憶が曖昧なのは百も承知の上です。それでいいのです。綺麗な思い出の中にも不釣り合いなものが映りこんでいたり、優しい記憶の中に残酷なものが紛れていたりするものなのです。私たちアンドロイドは、それさえもすべて記憶してしまう。人間なら、綺麗な思い出だけ、優しい記憶だけ、それだけを切り抜いたように記憶できるでしょう? 私も本当はそうしたかったのかもしれません。だからこの記憶は共有にしたくなかった、ただの記録にしたくなかったのです。私の額に触れてもらえますか?』

 トウキの額に触れた途端、瑞樹の頭の中にトウキの記憶が送られてきた。


 微笑んで振り返るアイリス

 大きな青い瞳から涙を零して見つめるアイリス

 喜びに瞳を輝かせるアイリス

 手を振りながら笑顔でトウキを呼ぶアイリス


 記憶の中のアイリスは美しい亜麻色の髪で、とても大きくて愛らしい瑠璃色の瞳をしていて、どのアイリスの瞳にも、優しく微笑むトウキが映り込んでいた。


 次の瞬間、小さな衝撃と共にトウキから送られてくる映像が途絶えた。瑞樹はトウキにしがみついたまま号泣した。アイリスの瞳に映るすべてのトウキが語っていた。


『アイリス、愛してる』と……。


「トウキの嘘つき! 他のトウキとあなたは同じものなんかじゃないじゃない。アイリスを愛してたのは、あなただけじゃない。他のトウキは別のトウキだよ……。トウキ、ごめん。ごめんなさい。私のせいだ、私のせいだぁ」

 瑞樹はトウキに縋りついたまま、いつまでもいつまでも泣き続けた。


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