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第五話 穿たれた薄闇で拮抗する力(1)

 その男は明らかに不機嫌な様子でカウンター席についた。

「トム、ラメデムをロックで」

 ラメデムは物凄く強い酒だ。『突き棒の水』という意味で、棒で突かれた痛みほど強いのだと言われる。瑞樹の隣、椅子を二つ空けた場所に、その男は座った。


 あの後ナイトビーチを一気に飲んでしまっていた瑞樹はやたら陽気になっていて、当たり障りのない……つまり、どうでもいいことをベラベラとニシキギに喋りまくっていた。

 その瑞樹が興味津々な顔で、その不機嫌な男の顔を覗きこむ。緑色のその肌を見ればファームの民であることは明らかで、それなのに瑞樹はその不機嫌な顔には気づかない様子で不躾なまでにその男を見つめた。

「……瑞樹、そろそろ行こう」

 危険を察知したニシキギが瑞樹を促す。

「ねぇ、あなたファームの民なんでしょ?」

 瑞樹は屈託のない顔で話しかける。その男は瑞樹をじろりと睨みつけた。

「あんた誰だ?」

「私はミズキ・ヒュウガに決まってるでしょお? あんたは?」

 瑞樹も負けずに睨みつけた。両者とも完全に酔っぱらいだ。

「あんたみたいなのに名乗る必要はない」

「なんらって? 人の名前聞いといて、名乗れないとは何事だぁ!」

「あんたが勝手に名乗ったんだろうが、俺には関係ないね」

 無視を決め込んでラメデムを煽る。

「感じ悪っ! サイテー。あんたみたいなのがミントと同じファームの民だなんて信じられない」

 そう言った瑞樹をその男は噛みつくような目で見つめた。

「ミントだって?」

「そうよ、ミント・ペニーロイヤル。感じのいい、かっわいい女の子なのっ。私の友達。あんたとは真逆だぁ!」

「あんたファームの民のミントを知ってるのか?」

「知らない人を友達だって言うほど私はおめでたくないよ」

 そう言った途端、その男は態度を変えた。

「俺の名前はセージ・オフィキナリスだ」

 すっかり意気投合して、たわいのない話題で盛り上がる酔っぱらい二人を傍で見ながらニシキギは溜息をついた。


「トム、ナイトビーチはアルコール弱めで作ってくれって言っただろ?」

 ニシキギがぼやく。

「弱めで作りましたよ。ほんのスプーン一杯入れただけなんですけどねぇ」とトムも溜息をついた。



* * *


 第一エリアEのゲートの前で二人の酔っぱらい達は騒いでいた。

「なんらって? 私の備考欄にEMって書かれているから入れられにゃいだとぉ?」

「この備考欄には森の民だって印が書き込まれているはずなんです。ですから、あなたは森の民なんでしょう? 森の民の立ち入りは断っているんです」

「私は地球人だよ、森の民じゃないしぃ。大体そのEMって何の意味なのよぉ? EMぼかしか? 私は肥料じゃないぞー」

「そうだそうだ、こいつは肥料じゃないぞ! ってEMぼかしって何だ?」

 セージもろれつの回らない舌でがなりたてる。

「EMってなんの略なんだ?」

 ニシキギが口を挟む。ゲートの見張り番らしいファームの民は、その質問に肩を竦めた。

「EMていうのはねぇ、Effective Microorganisms つまり有機微生物群の英語名だぁ」

 瑞樹が答える。

「そっちの略を訊いてるんじゃない」

 ニシキギが顔を顰める。

「お前の備考欄に書いてある方のEMだ」

「私は微生物なんかじゃないぞー」

 ニシキギは瑞樹を無視して見張り番を見つめた。

「ほとんどの森の民の欄にはHRと書いているんですがね、その略の意味も私は知りません。とにかく、そこの欄に記号が書いてあるのは森の民だから入れるなと私は言われているだけですから」

「なんで森の民は入ったらいけないのよぉ?」

 瑞樹は不思議に思って訊いてみた。

「我々ファームの民は根気よく植物の世話をすることによってエリアEを管理して来ました。それが正しいやり方なのだと信じています。ここで、我々は森の民の力なしにそれが可能なのだということを証明しようと考えているのです。数年後、森の民が管理している第二エリアEとここを比べた時にその答えが出るはずです。だから今森の民を中に入れて力を使われるのは迷惑なのです」

「……森の民とファームの民が協力して、互いに手を取り合ってやっていくって言う考えはないの?」

 見張り番の説明に酔いが醒めていく。

「最初はそのように努力してきましたよ。我々だって理由も無く森の民を排除したりなどしない。しかし、森の民は自身の力を過信しています。いくら力を使っても手入れをしなければ植物はうまく育ちはしないのです。それを彼らは理解しようとしない。彼らとは文化が違うんです」

「……」

 瑞樹は溜息をつく。

 そこへ一人の年老いたファームの民がやってきた。


「今、話が聞こえてしまったのじゃが。あなたは地球人であるとか。それは本当のことですかな?」

 濃い緑色の肌にいくつもの皺が刻まれている。白い髪に幾本かの深緑の髪が混ざっていた。

 ドクター・ヌンもかなりな老人だと思ったが、比べものにならない。たくさんの年輪を刻んだ大木だけが放つことのできる威厳と静謐が彼の周りを取り巻いているのを瑞樹は感じとっていた。

「私は地球の日本という国から来ました」

 この人、年をとる前は緑色の髪だったのだろうかと、瑞樹はその髪を見つめながら答える。

「そうですか……。地球の植物は手強い、人の手を拒む。地球と太陽に任せておけば生き生きとしておるのにな」

 老人はくつくつと笑ってから続けた。

「しかし我々は地球の植物も管理できるようにと今勉強中なのです。その辺の所をお詳しいようならぜひ色々教えて頂きたいものですな。私はカシ・ケルクスと言います。お見知り置きを」

 そう言ってカシは瑞樹にごつごつの緑色の手を差し出した。

「私はミズキ・ヒュウガです。よろしく」

 カシの手を軽く握って微笑んだ。

「確かコブもケルクスという苗字だったと思うんだけど、ご存知ですか?」

 瑞樹が問いかけると、カシは驚いたように瑞樹を見つめた。

「コブは私の甥にあたる男です。コブを知っているとは……。いやいや、驚きました。コブの知り合いならば無礼なことはできないぞ、なぁ、特にセージはそうじゃろ?」

 カシは意味ありげにセージを見て笑った。セージも驚いている様子だ。

「兎に角中にお入りなさい。中で話しましょう。見学なされるとよい」

 急展開で和やかな雰囲気になり、唖然とする見張り番とニシキギはそっちのけで、ぞろぞろと中に入って行った。

 ニシキギは慌ててそれを追って、エリアE備え付けのサングラスを瑞樹に渡した。

「ああ、忘れてた、ありがと」

 太陽に比べればエリアEの人工ジタンの光は弱い、遮光服までは必要なさそうだったが、さすがにサングラスを掛けないで入るのは危険なようだ。

「気をつけないと視力を失うぞ」

 ニシキギはしかめっ面で言った。


「ええー? あなた、ミントの配偶者なの?」

 カシから説明されて瑞樹は驚く。セージは一年前にミントと結婚したのだそうだ。

「なんでミントをナンディーにおいてこんな所にいるのよ?」

 少し言い方が非難めく。ミントは妊娠中だと聞いていたから。

「セージも仕方なくなんじゃよ。彼はファームの民の優秀な医師でな。やはり未知の惑星にファームの民が行くとなれば優秀な医師が必要になってくる。ミントには可哀相なとは思ったのじゃが、あちらにはコブもいるからな。ま、ちと無理を言うて来てもらっておるわけじゃ。(こた)えておるのはむしろミントよりもセージの方かもしれんがな?」

 カシは苦笑気味に笑った。さすがに酔いが醒めてきていたセージがお茶を淹れてくれた。

「ま、ゆっくりここを見て行ってくだされ。第二エリアEはもう見られたのかな?」

「いえ、まだです」

「そうですか、どちらもじっくり見学なさるといい。地球人の目から見て、我々ファームの民は、森の民はどのように映ったか、是非今度教えてくだされ」

 そう言い残すとカシは他のファームの民に呼ばれて行ってしまった。

「参ったな、ミントの知り合いってだけじゃなく、コブのことも知っているとはな」

 セージが苦笑しながら言った。

「ここの見学をしていくか? 案内するけど……」

「うん、お願いします」

 少し居心地の悪い思いをしながら瑞樹は頷いた。力は……使わなければいいのだ、そう自分に言い聞かせる。


 第一エリアEはパーフェクトに管理されていた。無駄な雑草は一本も生えておらず、土は適度な湿度を保っており、均一に人工ジタンの光が当たるように、葉は刈り込まれている。花がらは摘み取られ、虫食いの葉など全く無い、当然病気にもかかっているものはない。パーフェクトという言葉以外見つけられない。

「手入れが行き届いているね」

 瑞樹は目を見張る。

「そうだろ? みんな勤勉で真面目だからな」

 セージの言葉には少し棘が含まれているような気がして、瑞樹は首を傾げる。本当にパーフェクトなんだけど、何か違うと具体的に感じ始めたのは、セージの言葉の棘を感じた時だった。そのセージの不満に呼応するかのように、突然植物たちが不満の溜息をつき始めたのだ。

「セージはお医者さんだったんだね。ファームの民のお医者さんもやっぱり忙しいの?」

 ナンディーで一般人の医者だったブラキカムが、いつも忙しそうにしていたのを瑞樹は

思い出した。

「ファームの民ってのは丈夫にできていてな、滅多なことでは医者はいらない。だから俺はあまり必要とされないんだ。いればいいって感じでな。正直に言うと俺は医者になりたくてなった訳じゃない。ファームの民に生まれたからには、やはり植物を育てることを専門にしたかった。だけど、植物を育てるのが苦手なファームの民だっているんだ。俺にその才能がないと判断した親は俺に医者になれと言った。正直ショックだったよ」

 セージの告白に瑞樹は言葉に含まれていた棘の正体を見たような気がした。

「そうだったんだ、それで昼間からお酒を?」

 クスリと小さく笑ってセージを見上げる。

「ま、そう言う訳だ。馬鹿にしてくれていいぜ」

「馬鹿になんかしないよ。医者は立派な職業だもん」

「……ミントもそう言ってくれる」

 少し照れたような、でもとびきり優しい瞳でセージはそう言った。

「そっか……」

 瑞樹も嬉しくなる。

「そうだ! 俺の星ぶどう棚を見せてやるよ。少しだけ場所を借りて作ってるんだ。端っこの方だから日当たりがいまいちで、ちょっと元気がないんだけどな」

 セージは少し恥ずかしそうに言ってから、瑞樹とニシキギを案内してくれた。


「ここだ」

 セージの星ぶどう棚は確かに元気がなかった。

 ひょろひょろの蔓が建てつけの悪い棚にヨロヨロと掴まっている。星ぶどうは力を欲しがっていた。光を水をミネラルをもっと安定した棚を全身で要求していた。

 

 第一エリアEの植物が放っている不満、この星ぶどう程ではないけれど、それが不足に対する不満であることを瑞樹は感じ取っていた。水でも肥料でも光でもない、何か生命力のようなもの。その決定的な不足。ひたひたと引き寄せるような触手の感触を全身で感じる。

「セージ、水をやったのはいつ?」

 瑞樹は溜息をついて問う。

「えっと昨日だっけか? いやいや、その前かな……もっと前だったかも……」


 瑞樹は、せめてユラユラ揺れる棚を固定しなおそうと手を伸ばした。その時、それは唐突に起こった。棚に這っていた蔓が瑞樹に触れた瞬間、星ぶどうを眩い光が包み込んだ。

 共に光に包まれながら、瑞樹はセージとニシキギが目を見張ったのを呆然と見ていた。

 次の瞬間、星ぶどうは縮こまっていた葉を大きく広げ、蔓は不安定な棚をものともせず絡みつき、自身の力で棚を固定するように巻きつき、あまつさえ、蕾をぶら下げることまでしたのだった。

「お、お前……森の民じゃないか!」

 セージが蒼白な顔で呟いた。

「ご、ごめん、私……」

 瑞樹は動揺してよろめく。

「やめてくれ! 俺の星ぶどうが……」

 セージの声は震えていた。

「ごめん、ねぇ、この星ぶどう、どうなる? 切ったりしないよね、ねっ!」

「森の民の力を受けた植物が、ここで生きて行ける訳がないだろ?」

 吐き捨てるように言うセージに瑞樹は真っ青になる。

「やめて! お願いだよ、私、もうここには絶対来ないから、この星ぶどうを切ってしまう事だけは堪忍してよ!」

 瑞樹はセージに取りすがった。

「無理だ」

 セージはオロオロして言った。

「ねぇ、お願い、今の見たのはあなたとニシキギだけだよ、黙ってたら分からないよ、もしばれても私は森の民じゃないよ。地球人だもん、森の民の力を使った訳じゃない、そう言ってよ。お願いだから……」

 瑞樹の懇願にセージは困り果てた顔をした。

「俺は何も見なかったぜ」

 ニシキギが口を開いた。セージは困惑した瞳でニシキギと瑞樹を交互に見つめた。

「……とにかく、もうここから出て行ってくれ。そして二度とここには来ないでくれ」

 セージはしばらく考えた後、静かにそう言った。

 

 とぼとぼと273号室に向かう廊下を歩きながら瑞樹は何度も溜息をついた。

「……ついてない日もあるさ」

 いつになく優しい言葉を掛けてくれるニシキギが、逆に怖いと思いながら瑞樹は再度溜息をついた。


 273号室では、正樹に勝手な行動を叱られ、カナメとアーマルターシュには困っているような、怒っているような複雑な表情で見られ、トウキには哀しげに微笑まれた。


 最悪な一日だった。


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