表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/65

第三話 それぞれの心に刻まれた風紋(4)

 カナメに言われたことは以下の通りだった。

(1) 一人でハル共和国内を歩き回らない。コール0で誰かに付いてきてもらうようにすること

(2) 医療センターと第二エリアEに行く時は二人以上の護衛をつけること

(3) 当然、ハル共和国内から勝手に出国しない

(4) 自分の部屋または273号室以外から自宅に連絡をしない

(5) 何か異常を感じたら273号室に逃げ込んで救援を待つこと

(6) 部屋以外、特に人前で、仕事中のカナメに話しかけない


「なんでカナメに話しかけたらいけないの?」

 瑞樹はちらりと正樹の背中を見つめてから質問した。

 部屋には正樹もいたが、彼はさっきから部屋の隅の端末の前に座っていて、大脳コンタクトの器械を頭にはめて瑞樹を見ようともしない。


「僕と接点があると思われない方がいい。僕は次の議会の議長をすることになっていて、何かと目立つことが多い。議会が始まるのは一月後だ。今、君に注目を向けたくない」

「……」

 瑞樹は絶句する。

 議会の議長、それって……。絶句する瑞樹には気もとめず、カナメは続けた。

「正樹と違って、君はハル共和国では目立たないはずだから、それを最大限利用しよう。安全第一だ」

 実際、黒髪のハル人はいない。一度でも分解再生の洗礼を受けると、色素が抜けて黒髪ではいられないのだ。黒髪の正樹はどうしても人目を引いてしまう。

「安全第一って……」

 工事現場じゃあるまいし……。瑞樹は心の中で溜息をつく。ビジネスライクのカナメは、ニシキギに輪をかけたように雰囲気が冷徹で表情が薄い。

「第二エリアEって何ですか?」

 なんとなく言葉が改まってしまう。議長って……。カナメと自分の間の距離を感じてしまう。

「現在、地球の地下都市でだけエリアEが分裂している。第一エリアEはファームの民が管理していて、第二エリアEは森の民が管理している」

 カナメは小さく溜息をついた。

「彼らは今微妙に反目しあっていて、どちらがエリアEの守人に相応しいかを競っている。さっきは、第二エリアEに行く時は二人以上の護衛でと言ったけど、第一に行く時もそうした方がいいかもしれない。君が力を持っていると知れば、彼らはあまりいい顔をしないと思うからね」

「コブやミントは、来てないんですか?」

「来ていない。今ミントは妊娠していて、コブは片時も離れないくらい心配している。あいつは祖父馬鹿だからな」

 コブの名前が出てカナメの顔が少し和らぐ。

「えええー? ミント、ママになるの?」

 改まった言葉使いはあっという間に吹っ飛んだ。

「そうだけど?」

 カナメは怪訝そうに首を傾げた。

「ミントって、私と同じくらいの年だよね。早っ! ……くないですか?」

「だって、もう十九だろ? 普通だと思うけど」

 それを聞いて瑞樹は眩暈を覚えた。

 そうか、そうだった。ディモルフォセカが結婚させられそうになったのだって、それよりは何歳か下くらいの時だったのだ。恐るべし、ハル政府。てゆーか、世界的に見たら、日本が晩婚化が進んでいて変なのかなと思い当たる。


 あれ? 突然湧き上がる喪失感。私、何か大事なことを忘れてないだろうか。ふと目線をあげてカナメの視線とぶつかる。

「どうかした?」

「ううん、なんでもない……」

 カナメには否定したけど、とても強い不安を感じる。きっと忘れると悪い事が起こるからだと直感する。ソーマ……心の中にキーワードのように浮かび上がる。でもそれがどうしたというのか、瑞樹には説明できない、だから口を噤んだ。

「私は、普段は何をしていたらいいんですか? あれはするなこれはするなってのは分かったけど、これじゃ、何をしてればいいのかさっぱり分からないよ?」

「君は高校生なんだよね。だったらすることは一つだろ?」

「高校生がすること……」

 高校に行くこと、これは無理だ。友達としゃべること、これも無理っぽい。ミントがいてくれてたら良かったんだけど。学校帰りに寄り道すること、不可能だ。ショッピング……ハル共和国には店自体がなさそうだ。必要なものは何でも再生装置で手に入れられる。食べ物でも服でも本でも……。考えたら、楽しみの無い国だよなぁ。楽しみと言えば……。

「昼寝?」

 瑞樹の間抜けた答えに、カナメはがっくりと項垂れた。

「瑞樹……勉強を忘れてるよ」

「ああ、そう言うのがあったよね」

 努めて考えないようにしていた項目だ。

「ここのも使えるけど、君の部屋の端末も勉強に使えるようにしている。数学、化学、物理、生物、歴史、地理……君が高校で習う程度のものは、すべて学べるように設定している。アーマルターシュが調整してくれたからね」

「アーマルターシュが……」

 瑞樹は呻いた。一年前、ナンディーから帰して貰うときアーマルターシュが地球まで送ってくれた。その間、地球上にある国の地理や政治をみっちり叩き込まれた。お陰で地理と政治のテストは楽勝だったけど……。

「それって大脳コンタクトで、勉強するってことなんだよねぇ」

 あれは疲れるのだ。脳味噌が筋肉痛……脳に筋肉はないらしいけど、らしきものになるのだ。

「君のペースでやればいいから」

 カナメは心得たように微笑んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ