表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/65

第三話 それぞれの心に刻まれた風紋(2)

 正樹は瑞樹と別れて入国手続きを済ませた後、緑目トウキに273号室へ案内された。中には機内で見た大脳コンタクトに出てきた紅い瞳の人物が待っていた。

「初めまして、僕がカナメ・P・グラブラだ」

 その人は右を差し出す。

「初めまして、マサキ・カイヅカです」

 ほぼ完璧なハル語で答えると、正樹はカナメの右手を軽く掴んだ。

「その様子だと、僕が渡してもらった大脳コンタクトの情報をすべて聞いてくれたようだね」

 カナメは嬉しそうに言った。


 その部屋で、正樹はハル共和国でのシステムの説明を受けた。正確に言えば、それぞれのエリア説明、法律、マナー、そして、さまざまな設備の使い方に至るまで、事細かに大脳コンタクトでインプットされたのだ。まるで自分がパソコンになって頭がそれを記録するハードウェアになったみたいだった。次々とソフトウェアがインストールされていく感じ。情報の氾濫、その中でアップアップする自分……。そんなイメージがぴったりだった。


 実際、瑞樹が部屋へやって来た時はホッとしたのだ、機械になってしまった脳みそが人間に戻ったような気がしたから。嬉しいと感じたのは最初だけ、そう、二人が抱き合うまでの短い間だった。


 正樹は複雑な気持ちでカナメを見つめる。こいつの配偶者の記憶を瑞樹が持ってるって、それって……。こいつにとって瑞樹はどんな位置にいるんだろうか。

 正樹はさっきまでのカナメとのやりとりを思い出す。

 

 大脳コンタクトには、記憶映像を見せるだけではなく、映像を記憶させる定着モードがあるのだとカナメは説明した。ただ、ある程度の予備知識がないと、必要以上に定着に時間がかかるし、大脳の疲れ方も倍以上になるらしかった。


 正樹は機内で聞いた情報で、ある程度頭が慣れていたらしく、ハル語の単語や熟語や文法などは定着モードで難なく定着させることができた。それでも脳の疲労は凄まじく、一時間も定着させたところで眩暈がしたので休憩を申し出た。カナメは快く承知したが、その顔はなんだか楽しそうだ。

「なんか、俺楽しいこと言いましたか?」

 怪訝そうな顔をして正樹はカナメに問いかける。

「いや、僕、楽しそうに見えた?」

「見えますよ」

 正樹は憮然と答える。

「そっか、君にはいずればれることだろうから、言っておこうかな」

 カナメは悪戯っぽく笑むと続けた。

「君にそっくりなイブキってハル人の事を聞いたことがあるかな」

 正樹は頷く。

 初めてアーマルターシュとニシキギにあった時にも言われたし、この部屋に来るまでにも、すれ違った何人かが呆然と自分を見ながら『イブキさん?』と口走ったこともあった。

「彼は僕の友達だった、幼馴染と言ってもいいかな、君たちみたいなね」

 カナメは優しい瞳で瑞樹を見下ろした。

「イブキは僕と正反対の性格で、面倒見がよくて兄貴肌で……実際兄貴だったんだ。妹がいた。何もかも君とそっくりだ」

 カナメは小さく笑んだ。

「最初イブキと出会った時、嫌なやつだと思ったよ。あいつは僕が欲しくても手に入らなかったものをたくさん持っていたから。そんな風に僕が思っていることも知らずに、あいつは持前の人の良さで僕の世話を焼いた。僕が楽しんで分解しているものを壊してしまったと思いこんで、こっそり組み立てなおしていたり、学校の先生をわざと怒らせようと仕組んでいた悪戯をいつの間にか解除していたりね。あいつにとっては親切のつもりだったみたいだけど、僕にとっては迷惑なお節介だった。当然の結果として、イブキは優等生で、僕は問題児だった」

 カナメは楽しそうに正樹を見つめた。

「そんな僕たちが友達になったのはハルの最後の地上、アール・ダー村に行った時のことだ。懐かしいな。今でもアール・ダーに行った時のことは鮮明に覚えている。苦手な相手が親友になったり、好きだと思っていた相手を憎むようになったり、人ってよく分からないよね」

 カナメは少し哀しそうに笑った。

「イブキは脱出した六隻の船のうちガルダという船に乗っていたんだが、ガルダは脱出直後に行方不明になった。それ以来イブキとは連絡がとれていない。実は、君があんまりイブキに似ているもんだから、一部のハル人はガルダが地球に着いていたんじゃないかって考え始めているんだ」

 正樹はなんと返事をしたらいいのか戸惑った。

「そこまではわかったけど、あんたが楽しそうにしてるのは俺が弱音を吐いたり、間違ったりしている時のような気がするんだけど、それは気のせい?」

「さすがだね。そのとおりだよ」

「……」

 正樹は府に落ちない顔をする。

「考えてもみろよ、あのイブキが困ってたり、弱ってたり、ミスってたりしてたら、ざまーみろって思うだろ?」

「性格悪っ!」

 正樹は眉間に皺を寄せる。

「冗談だよ。でも、それくらいパーフェクトなやつだったんだ。憎らしいくらいにね。イブキに似ている君が弱音を吐いてくれると人間らしくてほっとするんだ」

 そう言ってカナメは破顔した。

 

 それがカナメの中にある俺の立場らしかった。じゃあ、瑞樹は?


「ガルダで死んだって……なんで? ナンディーに一緒に乗ってたんじゃないのか? 配偶者だったんだろ?」

 瑞樹を一人ベッドルームに残してリビングに引き上げてから、正樹はカナメに問いかけた。

「ああ、乗ってたよ。でも彼女はガルダへ救援に向かった。彼女の守りたかったものを守りにね」

 哀しそうな顔でカナメは言う。

「それで、なんで瑞樹に彼女の記憶があるんだ?」

 正樹の質問にカナメは大きく溜息をついた。

「君は……恐らく信じないと思う。信じない人には話したくない」

「信じるかどうかあんたに決められたくはないな。まあ、もっとも、あんたが話さないんなら、瑞樹に聞くまでだけどね」

 正樹はカナメを睨みつける。

「……」

 カナメは何かを計測するように、しばらく正樹を見つめていたが、諦めたように言葉を投げだした。

「瑞樹の中にディモルフォセカの人格がいたんだ。瑞樹はナンディーで病状が悪化して死んだ。その時に分解再生して治療をした。そうしたらディモルフォセカの人格が出てきた」

「まさか……まさか、見た目も、そのディモルフォセカそっくりって訳じゃないよな」

「そのとおりだよ」

「そんな……それって、あんたの陰謀じゃないのか? そうなったんじゃなくて、そうしたかったからそうしたんじゃないのか?」

 正樹はカナメに詰め寄る。

「それは断じて違うよ。腫瘍ができやすい体質を改善する為に、確かに少々遺伝子はいじった。だけど、腫瘍を抑制できるタンパク質を造りだせるようにする、それくらいの変更だ。あんなに面変わりするはずじゃなかった。記憶だってそうだ。確かにここのメインコンピューターにはディムの記憶が記録されているけど、彼女は再生する為の条件をあらゆる点でクリアしていない。なぜなら彼女は森の民タイプオリジンだったんだ。再生は不可能だ。再生される条件はさっき大脳コンタクトで君にもインプットされているだろう? 彼女の記憶が瑞樹に入り込むはずがないんだ。しかも、瑞樹が持っている記憶はディムがガルダで死ぬ直前まである。それはここのメインコンピューターにも記録されていない」

 正樹は信じられないと首を振る。

「だから、君は信じないと言ったんだ」

 カナメは傷ついたように呟いた。


「……ごめん、逆の立場で俺だったらどうしてたかって考えてた。俺なら、恐らく瑞樹を再生するだろうと思ってしまったんだ。だから……悪かったよ疑って」

 しばらくの沈黙の後、正樹は一つ一つ言葉を選ぶようにそう言った。

 カナメはふと視線を正樹に合わせる。

 そうだった。彼はあの黒目がちだった元の瑞樹の面影を失ってしまったんだと思い当たる。幼馴染……その言葉だけで二人の関係を推し量ることは不可能だろうが、特別な思い入れがあることは想像に難くない。その上、そう言う状況下で瑞樹を再生したいと彼が考えるならば、彼の気持ちもまた明確だ。カナメは自分でも説明ができない感情が込み上げてくるのをぐっと抑えて言った。

「否、謝るべきなのは僕の方だったようだ。瑞樹の姿をあんなに変えてしまった。申し訳なかった」

 この感情は嫉妬だろうか……。カナメは心の中で自問する。


「……仕方がなかったと言えば、そうなんだろう。俺が言っていいことじゃないかもしれないけどな。あいつは、そう言う運命だったんだろうとは思う。本当は助からないって言われていたらしいからな」

 無理やり自分を納得させるように正樹は言葉を紡いだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ