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第二話 常夏の島ハル共和国の光と闇(7)

ハル共和国に到着したので、「」はハル語、[]は日本語、『』はダイレクト意思疎通語に設定変更いたします

 カナメの説明がすべて真実ならば、アグニシティを見たことがあるという瑞樹は火星に行った事があるということになる。正樹は複雑な思いで着陸態勢に入った飛行機のシートベルトを締めなおした。


 二年前、自分の前から突然消えたこの幼馴染が火星に行っていたと信じるには、相当な想像力を必要とした。瑞樹はいつも自分の後ろから付いてきて、自分が守っている、そう思っていたので、自分の想像を遥かに超えた場所に行っていたのだと思うと、瑞樹がやっぱり見かけと同じに別人になってしまったんじゃないだろうかと落ち着かない気分になるのだった。


 暖かな日差しの中、飛行機は軽いショックと共に軟らかく着陸した。すでに到着している飛行機が何機か空港ターミナルに接岸しているのが見えたが、瑞樹たちを乗せた専用機はターミナルとは別の方向へゆっくりと進んだ。接岸されたタラップは日よけ付きの階段になっていて、それを降りたところで車が待っていた。


[あっちの空港ターミナルへは行かないの?]

 後部座席に正樹と紫目のトウキに挟まれた瑞樹は窮屈そうにトウキに話しかけた。

[あちらには入国管理事務所があるのです。外国から来た人はあのターミナルを通らなければなりません]

 トウキは運転手に出発の指示を出した。車は微かなモーター音をたてて走り始める。

[でも、私たち外国人でしょ?]

[事情が事情なので入国手続きは済ませてあります]

[ふぅん]

 瑞樹は腑に落ちない顔をする。


 運転手は飛行場のゲートに立っている監視員としばらくやりとりをした後ゲートを潜り抜け、T字路になっている道路を左に曲がった。

[右折と左折で様子が少し違うようですね]

 きょろきょろと左右を見ていた正樹ちゃんが呟くように言った。

[ふふ、やっぱりあなたは気付きましたか? 右に曲がるとあの飛行機から見えていたハンサビーチに行く事ができるのですよ。右の道をどこまでも進めば島の最西端に着きます。ハンサビーチは別荘地になっていて、いくつかの公共施設と娯楽施設が完備されています。最西端にはサンセットビーチがあって、ここは短期滞在者用の宿泊施設と娯楽施設が完備されています。我々が向かっている左の道は、主にハル共和国の公共施設が集まっているエリアへ続いています。右と左で雰囲気が違うのはそのせいでしょう]

[ふぅん]

 右に行きたかったかもと、瑞樹は未練そうに右の道を見つめた。

[いずれ時間がとれればサンセットビーチに行けることもあるでしょう]

 トウキは苦笑しながら瑞樹に話しかけた。

 しまった、心読まれてるし……と考えたところでトウキが更に苦笑したのを感じる。

[ハンサビーチに行けるのは、やっぱり別荘を持ってるお金持ちの人だけ?]

 心で考えても言っても同じなら、黙ってることには何も意味がないと瑞樹は開き直った。

[別荘所有者が同伴しているなら、身分証明書を提示すれば入れますよ。基本的には入れるのは所有者だけですが……]

[そんなお金持ちに知り合いはいないな、正樹ちゃんが将来お金持ちになったら買って入らせてよ]

 瑞樹はひたすらシールドを張って心を読ませないようにしているらしい正樹にちょっかいを出す。

[仮に俺がそんな金を手にしたとして、別荘なんか買うと思うか?]

 正樹は呆れたように瑞樹を見つめた。

[ははぁ、確かにね、正樹ちゃんがお金持ちになったとこ想像しても、あんまりリッチな生活してるって思えないなぁ]

 町工場とか買い取って、ごちゃごちゃと色々な物に囲まれて、嬉々としてヘンテコな物を作ってる、そんなイメージが浮かぶ。

[なかなか面白い想像ですね]

 トウキが隠す事も無く感心してみせる。

[お前、どんな想像したんだよ]

 正樹が瑞樹を問い詰めたところで、車は巨大なゲートの前に到着した。


 やはり運転手が、しばらく中のセキュリティとやりとりをした後、重そうな金属製のゲートが開いた。かなり奥まで進んだところのコンクリート打ちっぱなしといった雰囲気のごつい建物の前で、車は止まった。車から降りて建物の中に入ると南国特有のゆったりした雰囲気は消えて、しんとした人気のない広間に靴音だけが固く響く。少し薄暗い感じが宇宙船ナンディーの中の雰囲気に似ていた。エレベーターに乗る前のゲートで、正樹ちゃんがチェックの為にしばらく足止めされた。


 ゲートの人は、心得たようにトウキから小型大脳コンタクトの器械を受け取ると、奥の事務所へと消えた。カナメから預かったというあの器械だ。正樹ちゃんもその手続きの意味を知っているのか動じる様子も無く待っている。

[ねぇ、私は大丈夫なのかな、あの器械が正樹ちゃんの何かを証明かなんかするの?]

[まぁ、そんなところだな]

 やっぱり正樹ちゃんは理由を知ってるみたいだった。

[私は何であーゆーの無いんだろう?]

[気にするな、そのうちわかるよ]

 正樹ちゃんがそう言った時、ゲートの人が戻って来た。トウキも一緒にゲート内に入る。

 

 エレベーターは深く深く沈んでいく。奈落の底まで降下しているように瑞樹には感じられた。

[安定した地盤に到達するまで、かなり掘り下げなければならなかったのです。もう間もなく着きますよ]

 瑞樹の不安を読み取ったトウキが説明する。エレベーターが着いたところに緑目のトウキが待っていた。

[お待ちしていました。マサキ・カイヅカ様ですね。どうぞこちらへ]

 緑目トウキは正樹を左の通路へと案内した。

[瑞樹は?]

 正樹は紫目トウキを見つめる。

[彼女は私と一緒に別なところに行ってもらいます。でも、宿泊する部屋を隣にしてありますから、それぞれの用事がすんでからそちらで会えるでしょう。どうぞご心配なく]

 正樹は少し心配そうな顔で瑞樹を見つめて、

[じゃあ……後でな]と言い残すと緑目トウキと行ってしまった。


「ねぇ、正樹ちゃんはどこへ行くの?」

「正樹さんはハル共和国が初めてですから、入国の手続きと、ここのシステムの説明を受けるための部屋へ行きます」

 なるほどと納得する。瑞樹はハル共和国こそ初めてだが、ナンディーに行った事があるのだ。ハルのシステムのほとんどをミントが教えてくれた。ミントはファームの民の女の子で、ハルでできた初めての瑞樹の友達だ。

「じゃあ、私はどこへ行くの?」

 正面の通路を歩きだしたトウキに瑞樹は声をかけた。

「着いて早々、申し訳ないとは思うのですが、医療センターに行ってもらいます」

トウキは紫色の瞳でまっすぐ瑞樹を見つめた。

「……それってイベリスの所ってこと?」

「ええ」

 トウキの緊張した目に瑞樹は心を引き締める。

 大けがをして言葉を失ってしまったイベリス。人懐っこい笑顔で、いつも瑞樹の面倒をニコニコしながら見てくれていた彼からはとても想像ができない。


 医療センターはナンディーでもそうだったが、ザワザワしていて活気がある。病院に活気があるのはある意味困りものだが、看護師たちがてきぱきとしているせいか雰囲気が活気づいてしまうみたいだ。

 ナンディーと違い広々していて清潔感がある医療センターの最奥の個室で、イベリスはぽつんと取り残されたようにベッドの上で眠っていた。


 瑞樹は痛々しい気持ちでイベリスの傍に歩み寄った。すっかり痩せて、青白い顔色になってしまったイベリスを見下ろす。

「少し待っていてもらって構いませんか? ドクター・ヌンに状況を聞いてきますから」

 トウキはそう言って部屋から出て行った。

 瑞樹はベッドの傍らにある椅子に腰かけると掛け布団の上に出ているイベリスの右手に触れた。明らかに付け足したとわかるほど、手首の先と腕側で皮膚の色が違っていた。手先は少し紫がかっていて、見るからに血のめぐりが悪そうだ。

 瑞樹は悲しい思いで手先を柔らかく擦った。擦り続けて少し手先の色が良くなってきたかなと思った頃、突然ベッドから言葉が降って来た。

「……瑞樹……どうしてここにいるの?」

 瑞樹は驚いてイベリスを見つめた。

「どうしてって……イベリスが大けがしたって聞いて、心配だったから……。イベリス? あなたしゃべれるようになったの?」

 瑞樹の言葉にイベリス自身がびっくりしたように目を見開いた。

「……本当だ……僕しゃべれる……」

 少し呆然とした様子のイベリスに瑞樹も驚く。

「よかったぁ、よかったね」

 心底ほっとして、にっこり微笑んだ瑞樹を難しい顔で見つめていたイベリスが、静かに言った。

「……瑞樹、ここから離れて」

 突然イベリスの茶色い瞳に強い意志が宿る。

「へ?」

 豹変した雰囲気のイベリスに瑞樹目を瞬かせた。

「……どうして来ちゃったの? 君はここに来てはいけなかったんだ」

 イベリスは突然苦しそうに喘ぎ始めた。青白い頬に濃い茶の髪が被さる。

「イベリス? 具合が悪いんじゃない? ドクター呼ぶ?」

「駄目だ! 帰れ! 君の国に帰れ! 早く!」

 イベリスはすごい剣幕で、でも苦しそうに脂汗を浮かべながら瑞樹に怒鳴った。

「イベリス?」

 

 瑞樹が驚いて椅子から立ち上がったところにトウキとドクター・ヌンが入って来た。

「今の怒鳴り声はイベリスか?」

 ドクター・ヌンらしい人が驚いたようにイベリスの瞳を覗き込んでしわ枯れた声で問いかける。ヌンが声をかけ、イベリスの瞳を覗き込んだ瞬間、何か呪文のような言葉を呟いたのに瑞樹は気がついた。ほんの幽かな声だ、微弱な電波のような……。それでも瑞樹にはそれを聞き取ることができた。ヌンはこう言ったのだ「母なるハルの大地のもとに」と……。


 瑞樹はトウキを振り返る。トウキはイベリスに注目していた。ヌンには気付かなかったかもしれない。それくらいの僅かな動作だ。トウキの瞳はイベリスを睨み据えている。スキャンしているらしい。


 ドクター・ヌンは瑞樹が今まで会ったどのハル人よりも年をとっているように見えた。おじいちゃんといった風情だ。

「……」

 イベリスは二人に怯えたように黙り込んだ。

「イベリス、しゃべれるようになったんだな。なぜ黙っている?」

 ドクター・ヌンが静かにイベリスに話しかける。

「……僕は…」

 イベリスはぼんやりとしているように見えた。 ドクター・ヌンは振り返ってトウキを見たが、トウキは何も言わずに首を横に振った。

「イベリス、何があったのか、事件の事をしゃべれるか?」

 ドクター・ヌンは用心深く話しかけた。

「……」

 イベリスは無言のまま首を横に振った。

「よく……思い出せないんです……」

 イベリスは力なくそう言った。

「そうか、とりあえずしゃべれるようにはなったようだ。今のところはこれでよしとしようじゃないか」

 ヌンは穏やかに微笑んだ。

「無理に思い出すことはない、まずは体を元に戻すこと、それを優先させよう」

 ヌンの提案にイベリスはうつろな瞳で頷いた。


「君……瑞樹とか言ったかな? 日本という国から来たのだそうだね」

 ヌンは瑞樹をしげしげと見つめた。

「そうですけど……」

 瑞樹はドクター・ヌンの瞳を見つめた。とても薄い褐色の瞳で、光の加減で金色に見える。猛禽類の瞳に似ていると瑞樹は少し怖くなる。

「少し日本の話でも聞かせてもらえるかね」

 ヌンは瑞樹を探るように見下ろした。

「ドクター・ヌン、残念ですが瑞樹はこの後予定があるのです。日本の話はまた今度にお願いできますか」

 瑞樹ではなく、トウキが答えた。

「そうかね」

 ドクター・ヌンは不愉快そうにトウキを一瞥すると、今度は逆にとっとと帰れとでも言いたげにドアを開けて帰り道を作った。

 

 なんだろう、何かが引っかかる。イベリスは何故私にあんなことを言ったのだろうか、ドクター・ヌンも気にかかる。彼のあの言葉は……何だったのだろう。イベリスはどうして黙りこんだのだろう? トウキが来たから? それとも、ドクター・ヌンが来たから? 何かが腑に落ちない気がした。


 そう考えているとトウキと目が合った。トウキは深刻そうな顔をして瑞樹を見つめている。

「瑞樹、今日のところはこれで失礼しましょう」

 トウキが深刻な顔のままそう言った。

「……瑞樹」

 イベリスが何か言いたげに瑞樹を引き留めた。

「ん? 何?」

 イベリスは何かを言いかけては止めてという仕草を二回繰り返してから、諦めたように首を振って「……ごめん、なんでもない」と言った。

「また、来るね」

 瑞樹が言うとイベリスは少しだけ力なく笑った。

 こんな不可解な態度をとる人ではなかっただけに、イベリスとの再会は想像していた以上に瑞樹を混乱させた。



 *   *   *



『瑞樹、イベリスに何を言われましたか?』

  医療センターを出て居住エリアに行く途中の通路でトウキが訊いた。居住エリアに入ると通路の色がブルーになる、その色をきれいだなと見ていた時だったので、瑞樹はえっ? と慌ててトウキに視線を合わせた。ここまでトウキが何も訊いてこなかったので、もう何も訊かれないのだろうと思っていたところだ。

『……イベリスは私に日本へ帰れって言いました。けど……』

 瑞樹は言葉を濁す。

『けど、なんですか?』

 トウキに鋭く突っ込まれて口ごもる。

『なんだかよく説明できないんだけど、何かが違う気がして……』

『何が違いましたか?』

 トウキの声が頭の中で響く。

『イベリスが……イベリスらしくないって……それにドクターもなんか、変……』

 瑞樹は眩暈を覚えた。

 ドクター・ヌンは、イベリスが事件を思い出せないと言った時、ほっとしたように見えなかったか? 瑞樹はぼんやりと思いだす、と同時に、ぐらりと体が傾いた。今、私は言葉に出してしゃべっただろうか。頭がくらくらする。トウキの瞳を見つめたまま目が離せない。


「瑞樹? 大丈夫ですか?」

 トウキが心配そうな顔をして瑞樹の腕を掴んでいた。

「あれ? 私、今トウキと話してたよねぇ」

 さっきのトウキと今のトウキが別人に見える。

「瑞樹、気分は悪くありませんか? 大丈夫ですか?」

 トウキが鋭い瞳で瑞樹を見つめる。

「……」

 瑞樹はごくりと唾を飲み込んだ。

「瑞樹?」

 トウキは険しい表情で訊いた。

「ごめん、なんでもない。大丈夫」

 私は歩きながら夢でも見たんだろうか。


「ここがあなたの部屋になります。そこに手を翳してください。あなたの指紋と静脈を認証するように設定してあります」

 瑞樹が手を翳すとドアは静かにスライドした。

「荷物は既に届いていると思います。部屋から出る時は必ず0コールをして私を呼び出してください。決して一人では出歩かないでくださいね。正樹さんの部屋は右隣の211号です。彼はまだ戻っていませんから後であなたの部屋へ寄るように伝えておきましょうか?」

「うん、お願いします」

 トウキは一礼すると部屋を出て行って、瑞樹は一人、部屋に取り残された。


 トウキは瑞樹の部屋を出たその足で、斜め向かいの部屋のセキュリティに手を翳すと中へ入った。

「どうだった?」

 カナメは端末に向かって何かしら情報を引き出しているらしく、ヘッドホンのような機材を頭に付けて目を閉じていたが、トウキの入って来る気配に物憂げに目を開けた。深い緋色の瞳が紫色の瞳を見つめる。

「あなたの言ったとおりイベリスが起動しました。瑞樹への精神波干渉も認められました」

 トウキが心配そうな顔で深紅の瞳を見つめる。

「そっか、やはりな」

 カナメは少し眉を顰めた。

「この後はどうしますか?」

「トウキ、記憶しておいてくれ。今から瑞樹に認証番号を書き込む、君は常に追跡しておいてくれ。一人で医療センターと第二エリアEへは近寄らないようにガードして欲しい。それから、外で僕を見かけても近寄らないように、僕からも言っておくけど、君の方でも気を付けてやってくれ。以上だ」

 トウキは表情のない瞳で聞き取った後、言葉を終わらせたカナメに焦点を合わせた。

「了解しました」

 トウキは一礼すると部屋を去って行った。



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