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第二話 常夏の島ハル共和国の光と闇(5)

「瑞樹、瑞樹、そろそろ着陸するらしいぞ。起きとけよ」

 飛行機の座席でばっちり熟睡していたらしい、正樹に起こされた。


 サンゴ礁に囲まれたエメラルドグリーンの海が続く中に細長い三日月形の島が見えた。三日月が途切れた場所から、幾つかの小島が点在しているその先、ちょうど三日月が玉を抱くような位置に、比較的急峻な山を頂いた丸い大きめの島があった。もしかしたら、この島は昔一つの大きな丸い島だったのかもしれないと思わせる形だ。三日月島と丸島の間の海の色は一段と淡く、浅いということがわかる。


 緩やかに弧を描いた三日月形の島の中央部に向かって飛行機は高度を下げた。三日月島の内側の弧の側には、山がある丸島へ向かって砂浜が張り出していて、鳥が羽を広げているような模様が見えた。三日月島はそのほとんどが木に覆われていて、三日月の中央に背骨のように道路が敷かれている。鳥の模様は高度が下がるにつれて、何かの建造物が集まってその模様を描いていることがわかった。

「なんだか、すごいヘンテコな島だね」

 瑞樹が窓際で目を見張る。

「ドバイのパームアイランドみたいだな」

 正樹が隣から覗き込んだ。

「あの砂浜の鳥みたいなのどこかで見たことあるな……」

 瑞樹が呟いた時、トウキがにっこり笑って前の座席から顔を出した。

「アグニシティで見たのでしょう? あれはハンサという鳥をイメージしているんですよ」

「ああ、そうか!」

 瑞樹は納得してうんうんと頷いている。正樹は瑞樹のその言葉を少し落ち着かない思いで聞いた。



*   *   * 



 正樹はカナメからだと渡された大脳コンタクトの器械を、飛行機に乗っている間中付けていた。その器械を取り付けてスイッチを入れるや否や、頭の中にさほど低くない良く通る若い男の声が聞こえた。


『初めまして、僕はカナメ・フォティニア・グラブラ。目を閉じてくれると僕の顔をお見せすることができるんだけど……』

 その声は少し間をおいた。目を閉じろと言うことだろうと正樹が目を閉じると、目の前に自分と同じくらい長身の男が立っていた。銀色の髪に深紅の瞳、石像かと思うくらい白い肌の色、正樹はごくりと唾を飲んだ。

『我々ハル政府の申し出を受けてくれてありがとう。感謝している。飛行機に乗っている間、できれば、この大脳コンタクトからの情報をすべて聞いておいてもらえるとありがたい。これから説明することはハルが置かれている現状を理解して貰う為に役に立つと思うからね。ニシキギから君がとても勘の鋭い人だと聞いている。君が現状を理解してくれているということは、瑞樹にとって非常に心強い味方を得ることになると僕は考えている。今回、無理をして瑞樹をハル共和国に連れてくることにしたのは、彼女が現在進行している事件に巻き込まれている可能性が極めて高いと判断したからだ。その事件は、ハル共和国の前身である、惑星ハルでのハル連邦時代の政府のやり方に対する不満から引き起こされていると我々は考えている。君は、我々が惑星ハルから来た事を瑞樹から既に聞いただろうか。きっと信じなかっただろうね』

 カナメは小さく笑んだ。

『……もっとも瑞樹が話して周囲が信用するようなら、瑞樹はまだ日本には帰れていなかったはずだ。僕はどうしても瑞樹を地球に帰してやりたかった。瑞樹と約束をしたからね。瑞樹がハルの国民になることは彼女が日本に帰るための必要絶対条件だった。やむを得なかったことだとはいえ、瑞樹をハルに巻き込んだまま、完全な形では開放してやれなかった自分を不甲斐ないと思っている。更に君まで巻き込むことになってしまった。申し訳ないと感じている。そこで……ハル国籍を入手する二人目の地球人となる君に、惑星ハルのことを少し説明させてほしい』


 カナメの姿が消えて、青い地球に良く似た惑星のイメージが広がる。地球と違うと分かるのは大陸の形が全く異なっているからだ。地球に比べると圧倒的に陸地の面積が少ない。


 透きとおった女性の声が静かに説明を始めた。

『惑星ハルは、八つの大陸を浮かべた青く美しい水の惑星です。ジタンの周りを398日かけて回り、三つの月、赤い月ルシフェル、黄色い月ウエスペル、そして、いびつな形の月フォボスを従えています。ジタンの光は、地上に降り注いで光と熱を惑星ハルにもたらしました。海の水は豊饒ほうじょうで、あらゆる生物を育みました。人類は文明を築き、海と森を守りながら暮らしていたのです』


『これは子供用の教育映像なんだ。美しかったハルのイメージを植え付ける為のね……』

 ナレーションの声の後にカナメの声が再び聞こえた。

『この地球に良く似た青く美しい惑星ハルのイメージを、ハルの人間は人工的に植え付けられている。次に見せる映像がハルの現実だった。末期のハル。これを地球人に見せるのはハルが気の毒で心が痛む……』


 代わって、低い男の声が説明を始めた。

『最初に極冠の氷が解けた。解けた氷は、さして大きくはない惑星ハルの大陸をじわじわと飲み込んだ。

六千メートル級の高山の頂を残し、一旦ハルは青い水球となった。逃げ惑った人々は、わずかに残った山頂の陸地を拠点として地下都市を形成し、細々と暮らしていた。次いで大地は干上がり、惑星ハルは完全に生物を拒絶する不毛の大地となった。ジタン末期の大災害である』

 正樹の目の前に火星に似た赤褐色の茫漠とした惑星と、ギラギラと燃え上がりハルを照り焦がす紅いジタンのイメージが広がる。説明は続いた。


『人類を含め生物が生きていけたのは、地下都市と、僅かに残った山頂にシールドを施すことのできた三つの地上。それがハルに残された最後のオアシスだった。

 三つの地上のうち一つは人を寄せ付けぬジャングルになってしまったヴェスヴィウス、一つはエクソダス以前、流星群に直撃されて壊滅したダイモス、そして最後の一つが僅かばかり残されたハルの森、アール・ダーだった。そのアール・ダー村に住んでいたのが森の民だ。森の民は植物を操る不思議な能力を持っていて、ハルの最後の地上を守りながら暮らしていた。大半の者は体が弱く、寿命も短かった。日増しに苛烈さを増すジタンに、その力を使いながら植物とともに生きている種族だった。その特殊な能力の故に政府からは手厚く保護されていた。地下都市ハデスのバイオラングである、エリアEの植物は地下の寂光の下でも光合成ができるように改良されていたが、それは森の民によって改良された植物群だった。不思議なことに森の民の力の源は未だに解明されておらず、森の民を分解再生するとその力が失われてしまうことが確認されている。地上と地下都市は隔絶されていた。一般人とファームの民が地上で暮らすことはなかったし、森の民が地下都市で暮らすことは、一部の例外を除いて、なかった。それがハル連邦政府の方針だった』


 赤い末期の惑星ハルのイメージは消え、再びカナメが現れた。

『惑星ハル最後の文明に存在した人類は三種類。一般人、ファームの民そして森の民だ。一般人は地球人とほぼ同種の人種だと思ってくれていい。一方、ファームの民はその体に葉緑体をもっていて自らの体で光合成を行う。そして森の民は、先ほどのイメージにあったとおり、見かけは一般人とほとんど変わらないが、植物を操る力を持っている。一般人は、地下都市で科学技術を発展させ、六隻の脱出船を造った。

森の民は、植物を操って寂光下で機能するバイオラングを造った。ファームの民は、持前の忍耐強さで、地下都市と脱出船にあるバイオラングの維持・管理を行った。この三つの力が合わさって初めて、我々はエクソダスという不可能に見えた大事業を可能にすることができたんだ。


 エクソダス計画は、無事にハルを脱出し、新しい惑星を見つけ出し、そこに定住することによって完了する。我々は地球を見つけ出し、太陽系に新たな足がかりを築いてきた。火星のアグニシティ、月のセレーネシティ、まだ完成には程遠い状態だが、金星軌道上にもフローティングシティを建設中だ。アグニシティもセレーネシティも地下都市だから、現在の状態ではまだ地球のどの国も気づいていないだろうね』

 カナメは薄く笑う。


 正樹はあっけにとられる。そんなこと信じられるかよ。しかも、森の民を分解再生って……分解再生装置が生き物を再生できるなんて聞いたことがない。


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