悪役局長まいる!
最初に謝っておきます
新選組好きな方、ゴメンナサイ
「まいりましたわ」
思わずまた呟いてしまいました。
いけませんわね。最近口癖になっている気がするのですわ。
私は芹沢鴨。
ええ、そうですわ。新選組局長として有名な芹沢鴨なのですわ。
悪役?
……ええ、ええ、そうですわ。
こちらでも悪役のようなのですわ。
この世界は私が前世で嗜んだゲームと酷似しているのですわ。
だって、芹沢鴨が女性なんですもの。
今も愛用しているこのバラのオシャレ眼帯と出会った時に私は自分の前世を思い出したのです。
あの時はよりにもよってあのイロモノゲームかと嘆いたものですわ。
そのゲームの名は『幕末救世主伝説マコトの剣』……こんな名前で乙女ゲーだったのですわ。通称『マコ剣』はバカゲーとしての知名度の方が高いゲームでしたけれど。
メーカー側が謳ったジャンルは『ピカレスク恋愛格闘ゲーム』……どこを目指しているのか全くわからないですわね。
主人公はタイトルにもなっている宮本マコト。二天一流の使い手ですわ。
一周目は彼女しか操作できませんが、二周目以降は他のキャラも操作できるようになるのです。だって格闘ゲームに力を入れていましたから。
二周目以降で選んだキャラはグッドエンドでマコトと結ばれるのです。……ほとんどの場合は。
芹沢鴨はアップデートでプレイアブルキャラに追加されたのですが、有料DLCではなかったためかシナリオが短く、しかも殺されてしまうエンドのみ。いくら悪役ポジだからって酷いと思いませんか?
あのゲームでの芹沢鴨は金髪で眼帯の美女。ついでに巨乳。すでにモデルのイメージが崩壊しています。だいたい、新選組で眼帯なら別の人がいるでしょう!
ですが、この程度のキャラ崩壊はまだマシだったりします。マコ剣ではマジで誰これ? な方たちばかりでしたから。
……現在の私の周りにいる方たちなのですけどね。
マコ剣の芹沢鴨は外見と性別以外は一般のイメージに近く、農民出身の方たちを馬鹿にする武士階級至上者だったのですわ。それが原因かどうかはわかりませんが、たいていのシナリオですぐに殺されてしまうキャラでした。
あんまりではないでしょうか。
面倒な資金繰りを任せていたくせに、その取立てで悪名を負ってしまったからといって邪魔者扱いするなんて。
ゲームによく似た世界とはいえ、私にとってここは現実。殺されるなんて真っ平ごめんなのです。絶対に生き残ってやるのですわ!
そう誓ってここまで暮らしてきました。
新選組には関わりたくないので浪士組には参加しませんでした。
キャラデザも声優陣も豪華で美形、美少年揃いなのはわかっていますが『命を大事に』です。いくらイケメンでも自分を殺すのがわかっている相手なんてノーサンキューですわ。
なのになぜか、京都に行っていないのにも関わらず壬生浪士の筆頭局長にされていました。
これが強制力というやつなんでしょうか?
近藤勇と新見錦が是非私をと推薦したらしいです。余計なことを!
「どうしたの芹沢さん?」
可愛らしい少女、いえ、少年が私の顔を覗きこんでいます。
このあざと可愛い男の娘が近藤勇です……。
年齢はちゃんと成人らしいのですが、どう見てもランドセルが似合いそうです。
マコ剣ではヒロインと悪役令嬢である私を抜いて、一番可愛いと評判の方です。
だけど強いのです。ゲームではその低身長から当たり判定が小さく、それでいて「こよいの虎徹はねぇ、血に餓えちゃってるの」モードになると頭身が伸びて男前になるという謎仕様。
飛び道具、突進技、無敵対空も揃えた初心者に優しいキャラで全国のお姉さま方に広く愛用されていたのですわ。
「世の不条理を嘆いていたのですわ」
「ふーん。もしトシくんにイジメられてたら言ってね。やめさせるからね!」
トシくんとはもちろん土方歳三。
イジメどころではございません。マコ剣では芹沢鴨を断罪し暗殺する危険人物なのですわ。
「その時はよろしくお願いいたしますわ。特に私が陰険眼鏡に暗殺されそうになった時は止めてくださいませ」
言って暗殺を止めてくださるのであれば是非お願いしたいところです。
まあ、あの陰険眼鏡のことですからこの子には隠して行動に移すので期待はできないでしょうけれど。
「まっかせてー」
とん、とあまりにも頼りない細い胸を叩く男の娘局長。その小さな拳では口に入るのも当然というものです。
これが局長ではなめられすぎるので、私に筆頭局長の座が回ってきたのは仕方のないことなのでしょう。
自分で言うのもなんですが、今生の私は大柄で巨乳のキツメの美女なのです。ちょっと睨んだだけでも町人が逃げ出すほど。
マコ剣でもそうでしたけれど、悪名がつかないように気を使っているのになんででしょうね?
筆頭局長を受け入れる条件として、私は金策をしないということと、隊士が金策を行う場合も私の名前を出さないことを約束させています。だって、ようはカツアゲですよ。せめて町内会費の集金レベルにしないといけません。
あと相撲も要注意です。相撲取りには近づきません、絶対。
無理でした。
私がなんとかしないとすぐに資金不足になってしまいました。
強引な取立てをしようとするお馬鹿さんな隊士もいたので、ちょっとお仕置きしただけですのに、他の隊士も金策に動かないようになってしまったのです。
お前らビビリすぎ。
陰険眼鏡はお前のせいだから責任取れとか言ってくるし。
はい喜んでと責任取って辞任しようとしたら近藤君が泣き出す始末。どないせいっちゅうんじゃ、な状況です。
仕方ないので、私が金策を指示することにしましたわ。
ただし、ただお金を融資させるわけではありません。むこうからお金を出してもいいと思わせるのです。もちろん、脅すなんてもっての他。
せっかく顔と声だけはいいイケメンが揃っているのです。これを利用しない手はありません。
目指したのはファンクラブ。提供してくれた金額に応じて各種グッズを配布したのですわ。
一番人気は隊士のブロマイドならぬ版画絵。半脱ぎ当たり前のお色気を感じさせるサービスたっぷりのイラストですわ。
これが売れました。ステータスや必殺技入りのトレカ形式にしたところ、ターゲットであった若い女性のみならずお子様たちにも人気が出たのは嬉しい誤算でした。さすがバカゲー世界なのですわ。
サイン会や握手会等の各種触れ合いイベントも定期的に行っております。このイメージ戦略のおかげで壬生狼なんて恐れられずに済んで一石二鳥ですわ。
今日は一番隊が握手会でしたわね。
「カモさんたいへんです!」
握手会に参加しているはずのマコトさんが屯所へやってきました。なにかあったのでしょうか?
彼女こそマコ剣の主人公であり、私と同じく前世の記憶を持っている人物。私とは名前で呼び合う仲ですの。
「沖田さんが倒れました!」
「また、ですか。どうせあれなのでしょう?」
「はい。何度もお止めしたのに聞いてくれなくて……」
悲しそうな顔を見せるマコトさん。彼女の推し隊士は沖田総司なのだから当然でしょう。
マコ剣では沖田総司のシナリオに入ると、彼は病に倒れてしまいますがペニシリンで完治します。
はいそこ、ペニシリンじゃ沖田総司は治らないだろうという野暮なツッコミはいけません。マコ剣はそういうゲームなのです。
マコトさんにペニシリンの開発を依頼されたのが、彼女が私と同じ前世の記憶を持つと知ったきっかけですわ。
「この暑さです。沖田君が倒れるのも当然でしょう」
「沖田さん、猫をきるのが大好きだから」
今回、沖田総司が倒れたのは病のせいではありません。まあ、心の病とは言えるかもしれませんが。
彼は『猫をきる』中毒です。
斬るではありません。着るです。
マコ剣はDLCで衣装追加もできました。
その中にあったのです。沖田総司用の追加衣装、通称『壬生にゃん』が。
ゆるキャラ然とした猫の着ぐるみでした。面白半分でそれを再現したら彼はことの他気に入ってしまい、要請してもいないのに着たがるのです。
「マコトさん、沖田君のどこがいいのですか?」
「やだなあ、可愛いところに決まってるじゃないですかカモさん」
可愛いのは着ぐるみなのか沖田君なのか私には聞けませんでしたわ。
◇
沖田君は軽い熱中症でしたがすぐに回復しました。
「沖田君にも困ったものですわ」
「あんたがあんな着ぐるみ作ったからだろうが」
「あんたではなく局長と呼ぶようにいつも言ってるでしょう土方君」
フン、と鼻で笑ったのは陰険眼鏡こと土方歳三。そうですわ。マコ剣ではなぜか眼鏡男子なのです。
前世ではその属性は私に効く、状態でしたので推し隊士だったのですが彼に暗殺される芹沢鴨となってしまった以上、そんな甘っちょろいことは言ってられないのですわ。
「もう、トシくん芹沢さんイジメちゃダメだよ」
「イジメてなどおりません。当然のことを言っただけですよ近藤さん」
「だからなんで……あれ? トシくん首のとこ赤くなってるよ」
近藤君に指摘されて慌てて手で首を隠す陰険眼鏡。そっちじゃない、反対です。
「ずいぶんと派手にやっているようですわね。女、それとも男かしら?」
「くっ」
あらあら、そんなに睨んでも怖くはありませんよ。
あなたは眼鏡がない時の方が怖いって昨晩思い知りましたから。
そのキスマークつけたの、私ですし。
実は私、芹沢鴨なせいか酒癖が悪いらしいのですわ。それも非常に。
近藤君がこんなに懐いているのも酔った席で私が彼の唇を奪ったからだそうです。覚えてませんけど。
それだけならまだいいのですが、マコ剣でも泥酔したところを暗殺されているのでお酒は危険です。
でもお酒、大好きなのです。
ストレスもだいぶ溜まっていますし、お酒に逃げるのもしかたありませんわ。
こっそり一人酒が日課になっていたりします。
それなのに昨夜は買い置きのお酒が切れていまして。しかたなく変装してお酒を飲みに出かけたのですわ。
私のこの眼帯はダミー。この豪華な金髪もカツラだったりします。いつ暗殺されるような状況になっても、死んだことにして別人として生きられるように普段からこんな格好をしているのですわ。
眼帯とカツラを外して、胸をサラシできつく縛って男装すれば私とはバレません。
なお、言っておきますが男装は趣味ではなく必要だからです。
遅い時間でも女性が一人で飲みにいける時代が早くきてほしいものですわ。
これで酔って万が一ちょっと暴れても芹沢鴨だとは気づかれない!
それが油断でしたわ。
久しぶりの外飲みに浮かれていたのでしょう。
目覚めた時、私は男と布団で寝ていました。見知らぬ男ではなかったのが幸い……いえ、この場合は最悪と言うべきでしょう。
眼鏡を外していて一瞬誰かわかりませんでしたけれど、隣で寝ていたのは土方歳三だったのです。
記憶がぼんやりと戻ってきました。
眼鏡を修理に出していた土方君と酒場で遭遇した私はもう既に出来上がっていて、彼の唇を奪ったようです。
挑発と受け取った土方君はそういう宿に私を連れ込んで……妙に手馴れてましたわね。行きつけなのかもしれません。
そして私は抵抗空しく……眼鏡なしの彼はとても怖かったですわ。ただ、ド近眼なせいか、最後まで私が女だと気づかなかったようですの。
正体隠しているから今なら殺せる!
眠りこける彼を前にそう思いましたが、殺すことはできませんでしたわ。
肌を重ねた直後なのでちょっとだけ情が移っていたのかもしれません。
私は彼が目覚める前にそこを去ったのですわ。腹いせとして目立つ場所に特大のキスマークを残して。
「芹沢さんもお顔赤いよ。お熱ある?」
「フン、おおかた隠れて酒でも飲んでいるのだろう」
「なっ」
まさか私の一人酒がバレていた?
油断なりませんわね。こいつやっぱり暗殺を狙っているのかも。
やはり殺しておくべきでした。
まいりましたわ。
殺さないといけない相手なのにドキドキしてしまうなんて。
芹沢鴨ってTSしたら悪役令嬢だよな
ふとそう思いつき書き出したはずが……
どうしてこうなった