第7話 己の異常性は自覚しておくべき。
7話目です。やや長いかも?
(どうすれば良いのかしら……)
シード・オブ・ユグドラシルの中で双葉――ノービスが悩んでいたのは、医者に言い渡された可能性の話についてだ。
(普通に考えれば、すぐにでも頼むべき。……そうすれば――)
昨晩のログアウト地点である草原の深部に寝転がるノービスは自身の足を見る。
唯一この世界でのみ自由に動く己の足を。
(――現実でも、この世界と同じ様に、足が動く様になるかもしれない、か……)
「……はぁ」
ため息を吐いたノービスは、とりあえず街に戻ろうと上体を起こし、声を掛けられた。
「浮かない顔をしているじゃあないか」
記憶にある声、口調、その特徴的な隠密性をフル活用して知らぬ間に背後に近寄られた事実よりも何でこんな所にいるという驚きよりも何よりもあの日の誓いを思い出す。
即ち、“とりあえずあの馬鹿ミタマは次見掛けたらぶん殴る。勿論【死の接触】を使いながら。”
そう思うとノービスの行動は早かった。
まず座っている今の姿勢で出来る事、上体を捻りながら“穿鉄の細剣”を振り抜き相手の足下を抉る。
「わっ、ちょっ!?」
身体を捻った勢いをそのままに、地面を蹴って下段蹴りを敢行。
「あっぶねぇ!?」
下段蹴りを真上に跳んで回避した相手に向かってしゃがんだ状態からの【死神の接触】使用したアッパーカット。
――ミタマの前に突然現れたハルバードによって防がれる。
「やっぱりミタマだった」
「話し掛けただけなのに随分とご挨拶だなぁ、何か嫌な事でもあったのかい?」
「そうね。貴方私の事を秘密にするって言っておきながら一葉――シェイカーにあっさりゲロった事とかは腹立たしいわね」
「カッカッカ、まぁ、団長殿に聞かれちまっちゃぁ答えない訳にもいかんだろう? 許してくれや」
「次会ったら一発殴ろうかと思っていたのだけれど、流石に高レベルプレイヤーね。さっきの不意打ちは上手くいったと思ってたのに」
「こう見えてユニークハンターとして名を連ねる者の一員だからな」
ミタマから聞き慣れない単語が出て来た。
ユニークハンターって何だとノービスが思考を巡らせていると、ミタマが己の手をぽんと叩いた。
「そうそう、お姉さんに伝えたい事があったんだ」
「……伝えたい事? 初めて会ってからまだ三日と経って無いのに」
「とりあえず、イワンに戻ろうや。我らが団長殿が待ってるぜぃ」
◇◇◇◇◇
始まりの街イワン、その正門付近にて。
この街と草原深部の往復はいつまで経っても慣れそうにない、とミタマに背中を擦って貰いながらノービスは思う。
「相変わらず体力無いねぇ。CON上げようとは思わんのかい?」
「後でシェイカーにでも、私のステータスを聞いてみなさい。あの日に見せた時のステータスだけど、多分教えてくれるわよ」
それより、とノービスは辺りを見渡し、いつもよりざわついている街中について言及する。
「何なのかしら、この視線は。貴方の、というかシェイカーと関係でも?」
「ん~、というかお姉さんに関係があるんだが、まぁ、そこらへんも団長殿と話すつもりなんでな」
さっさと行こうや、とミタマがイワンの街中を迷わずに進む。
周りのプレイヤーもミタマとノービスを見て「“静寂”のミタマじゃねぇ? あれ」「“灰燼”もこの街にいるらしいぜ」「おい、あの美女昨日の動画の奴だろ」と、随分と噂している様だった。
前回と同じ装備をしているにも関わらず、周囲のプレイヤーがミタマの存在を認識しているのは何故か。
(簡単な事、前回とは違って気配を消すスキルを使っていないから。それは? ……隠す必要が無い。前回ミタマは【ヴァルハラ】の副団長がここにいるのはまずいと思っていたから気配を消していた、筈。
では、今回は? ……ミタマが近くにいない、というか私が一人でいる事が誰かの、私かミタマかシェイカーの不利益に繋がる?
……先程「昨日の動画の奴」と聞こえた。私は昨日何をした? レベル上げと、……PK退治、かしらね)
ミタマの後を追いながらノービスは街のざわつきについて考える。
おおよその原因を察した時には、ミタマの目的地に到着していた。
そこは、
「……カフェ?」
ノービスの疑問の声をスルーしてミタマはしれっと店の中へと入って行った。
「ほれノービス、まずは店ん中に入れ。話はそれからだ」
何が彼をそこまで駆り立てるのか、ため息を吐くノービスがミタマと一緒にカフェの中に入ると途端に響く女性の声。
「いらっしゃいませー! 何名様でしょうかー!」
「あぁ、二人だけど、団長殿のツレだ。シェイカーの席まで案内してくれ」
「かしこまりましたー!」
元気なウェイトレスである。
「はぁ~、もうプレイヤーが作った飲食店まで出来てるのねぇ」
「ん? あぁ、違うなノービス。ここはNPCが経営しているカフェだぞ?」
「え」
ウェイトレスの案内で店内を歩きながらノービスはミタマを見る。
前を進むウェイトレスの女性を見て、ミタマに視線を戻す。
「……あのウェイトレスも?」
「ウェイトレスも」
「……バイトのプレイヤーではなく?」
「ではなく」
軽く放心状態となりながらもウェイトレスの「シェイカー様、お連れのお客様がお見えですが」と言う言葉を聞きながらノービスはポツリ、と一言。
「最近のゲームって凄いのねぇ」
そう、他人事の様に呟いた。
ミタマがカッカッカと笑うのが聞こえた。
◇◇◇◇◇
ノービスがこの“シード・オブ・ユグドラシル”の世界について知っている事は少ない。
これも先程シェイカーに言われて知った事だが、このゲームにはどうやら“空腹度”なる物があるらしい。
一定時間毎にプレイヤーが食事を摂らなければペナルティが着くとの事。
故に、ノービスにとってどう生計を立てているのか不明だった飲食店もちゃんと重宝されてはいるのだ。
ノービスがその様なシステムを知らなかったのは情報収集不足もあるだろうが、ペナルティの殆どがノービスに対して効果が薄い物ばかりだった為だろう。
空腹によって生じるペナルティは三種類。
軽度な物は、行動力の低下及び常時生じる倦怠感(元々行動力は無いに等しいので瞬発力さえあれば良いノービスには効果なし)。
中度の物は、軽度のペナルティに加えてSTR、CON、DEX、AGIの身体的ステータスの一時的な低下(LUK以外は元から0なのでノービスには効果なし)。
重度のペナルティともなると、軽度、中度のペナルティに加えて五感にランダムに影響が出る(馬鹿高いLUKのお陰で影響が出る五感が大体味覚か嗅覚に絞られるのでノービスにはほぼ効果なし)。
といった具合である。そして、ここまで来ればお分かりだろうが、ノービスには現在重度の空腹ペナルティが付いている。
「……ノービス、自分のステータス画面開いて、HPバーの隣にバーが一本あるの見える? 紫色じゃなくて黄色い方なんだけど、そのバー今どれ位ある?」
「……え、どれくらいあるっていうか0なのだけど」
テーブルに突っ伏す二人。
「体調管理くらい自分で出来んのか!? よく生きとったな!?」
「ウェイトレスさーん! 何でも良いから料理持ってきてー!」
「かしこまりましたー!」
少し大袈裟過ぎやしないかと、そもそもちょっと怠いで済んでいるのだから別に構わないと思うのだが。
そんなこんなで三分後、ノービスの前にでんと置かれたポトフの鍋。
どう見ても小鍋一杯分はある。
「……カフェよね? ここ」
「こんなのも出る」
そう言われてしまっては何も言えない、とノービスは大人しくポトフをスプーンで一口すくって飲む。
「味がしないわ」
「あれ、おかしいな。味覚は導入されてる筈だけど……」
「落ち着け。ペナルティで味覚引き当てちまっただけだろ」
オロオロするシェイカーにミタマはそう言った。
「まぁ、いいわ。それより私に話があるらしいわね。聞くわよ?」
「あぁ、そうだった。それ食べながらで良いから聞いてくれ。……というか食べながら聞いてくれ、ノービス」
会話中に食事を要求するとはこれ如何に。
「単刀直入に言わせて貰う。ノービス、うちのギルドに入らないか?」
「――いいわよ?」
「いきなりこんな事を言われても困ると思うけどこれにはちゃんとした訳が……ん?」
「おや、てっきり少し考え込むかと思ったが、即答かい」
「えぇ、言ったでしょう? いいわよって」
ミタマはともかくシェイカーが執拗に「え、良いの? 本当に?」と聞いて来る。
余程ノービスが快諾した事が信じられない様だ。
「というか、私の方こそシェイカー達のギルドに入っても良いのかしら? 足手纏いになりそうで恐いのだけれど……」
そんなノービスの疑問に問題無いと答えたのはミタマだった。
「や、そこら辺は全く問題ない。つーか戦い方次第では俺や団長殿より強いぞ?」
「え、二人共即死耐性とか持って無いの?」
「え」
「え」
聞けば、即死攻撃など使って来るプレイヤーなど出会った事が無く、今まででユニークモンスターというシードオブユグドラシルの世界で40体しかいないモンスターが使っている所を見ただけらしい。
どうやらノービスが全プレイヤー中唯一即死効果を持つ攻撃手段保有者の様だ。
「そのユニークモンスターについても聞きたいけど、話を戻しましょう。何で私をギルドに入れたいのかしら」
「それは――」
ノービスの味覚が復活し、ポトフを八割方平らげる程の時間を要して行われたシェイカー達による説明を纏めるとこうなる。
どうやら昨日のPK撃退戦を覗き見られており、その一部始終を録画された上にプレイヤーの情報交換場所で晒されて有名になりトッププレイヤー勢がノービスを自分のギルドに加入させようと躍起になっているらしい。
【ヴァルハラ】もその内の一つだったが、ノービスと懇意な間柄と思われるシェイカーがいたので誰よりも先に話せるのではと思っていた様である。
「街中のあの視線はあれが原因なのね。……全然気付かなかったわ」
「まぁ、相手がサカマキなら仕方無いよ」
「サカマキ?」
「俺と同等以上に隠密に特化したプレイヤーの名前だよ」
ミタマの説明にノービスは納得した。
気付かなかったのも無理は無い、と。
「まぁ、私が【ヴァルハラ】に入りたいのは変わらないから」
「良かったぁ。じゃあノービス、今からギルド加入許可画面を出すからイエスを押してくれるかな?」
シェイカーがノービスには見えない何かを操作していると、ノービスの目の前に半透明の画面が出現した。
―――――
“シェイカー”からギルド【ヴァルハラ】の加入許可が降りています。
ギルド【ヴァルハラ】に加入しますか?
YES/NO
―――――
ノービスは迷わずYESを押した。
「……これで良いのかしら? じゃあ、改めてこれからよろしくお願いしますね、ギルドマスター?」
「こちらこそ、歓迎するよノービス」
そこで、ノービスは何かを思い出したかの様にシェイカーに確認を取る。
「あぁ、多分私パーティー組んで戦えないわよ?」
「……えぇ!?」
次回、共闘