第5話 やるならやり返される事も想定すべき。
5話目です。
「――ッ!」
咄嗟に横に駆け出したノービスは、先程まで自身がいた場所を見る。
即座に突き刺さる三本の矢。
「……ちっ、【危機察知】でも持ってやがったか」
突き刺さった矢の方向と、聞こえてくる何者かの声から大まかな相手の位置を特定したノービスは、咄嗟に足元の石ころを幾つか拾って山なりに放り投げた。
放物線を描く石ころの行き先を確認せずに腰に提げていた“穿鉄の細剣”を引き抜く。
「ぐあっ! な、何だ!? 石か!?」
隠れる場所など無い筈の草原で、ノービスは声が聞こえた方向に警戒の眼差しを向ける。
この辺りの動作がスムーズに出来ている辺り、ノービスがこのゲームに慣れて来たと言えるだろう。
そんなノービスは殆ど一葉から聞いた情報で埋め尽くされているゲーム知識をフル稼働させ、目の前の存在が何者かの目星をつける。
即ち、
「プレイヤーキラー《PK》、かしら?」
ノービスの独り言は、周囲に潜む者達にも届いた。
ノービスとしては特に返事を期待した物では無かったのだが、先程のPKという単語に反応したのか、あっさりと三人のプレイヤーが姿を現した。
「バレちまった様だな、手前ぇの言う通り俺達はPKだ」
「それもちぃとばかし有名なPKギルドの一員だ。【砂塵の蠍】っつったら有名なPKの集まり何だぜ?」
「最近は獲物がいなくなっちまったが、丁度良い。ここら一帯を狩り場にしてる俺らに出会っちまったのが運の尽きよ」
……随分と親切に説明してくれるのだなぁ。
ノービスに現れた三人組の男プレイヤー達は、剣使い、槍使い、弓使いとそれなりにバランスが良く、装備も整ったパーティーである。
が、弓使いが右肩を押さえている所を見るとノービスが先程放り投げた石は中々良い所に命中した様だ。
それにしても、ここら一帯にプレイヤーの姿が見えなかったのはPKが原因なのか、とノービスは一人納得する。
(別に人のプレイスタイルに口出しはしないし、こっちは良い狩り場が出来た上に人もいないから私は構わないのだけれど、こっちがPKの被害にあうのはゾッとしないわね。
……というか、いつまで喋っているつもりなのかしら)
「――が為、俺らに大人しくPKされる事だ」
やっと話が進みそうである。
「お断りよ。貴方達を返り討ちにして上げる」
「ほぅ、初期装備の奴が生意気な事を」
あくまでも自分達が有利であると疑わないPKに対し、ノービスは腰を深く落とし――ついでにもう一度足元の石ころを二つ三つ拾いながら――臨戦態勢を整えた。
今回の対人戦でスキルの実験が出来る。
そう考えながら。
「人を外見で判断しちゃ駄目、よ!」
ノービスがそう言い放った直後、相手の三人パーティーの後列に位置する弓使いに対し再度持っていた石を投擲、すかさず前列の槍使いに向けて走る。
「ぐっ! ま、またかよ!?」
「おい、どうした?」
放物線を描いて投げられた石は【投擲】スキルによる軌道修正を受けて弓使いに命中し、視界外からの攻撃に動揺の声を上げた弓使いに前衛二人の注意が僅かにノービスから逸れる。
その隙にノービスは槍使いの胴体に攻撃を当てた。
意識をノービスに戻したPKの前衛二人だったが、ノービスは槍使いの横なぎを身を屈めて回避――さりげなく【投擲】に使う石を確保――しつつ、剣使いの切り下ろしを“穿鉄の細剣”で防御――はノービスの筋力的に不安が残るので極力攻撃をいなす事に専念する。
弓使いからの攻撃は飛んでこない。
「くそっ、こいつ本当に初心者か?」
「さて、どうかしらね?」
身体的なステータスにポイントを何一つとして振り分けていない為に現実と同じ速度でしか走れず、加えて現実世界で長い間ろくに歩く事すら出来なかったノービスにとって、ここまで急激な戦闘を行なう事は無茶とも言える物だった。
しかし、移動速度や筋力、そもそも人数すら相手に劣るノービスが持つ強み、異常な程高いLUK(幸運)のステータスが戦線の均衡を維持していた。
転びそうになる足の補助、外れそうになる石ころの軌道修正、当たりそうになる敵の攻撃の知覚、そういった戦闘の補助も幸運ステータスの高さによって発動する為にノービスもPKに食いついていけるのだ。
しかし、敵も伊達にPKを専門にやってきた訳では無い。
(弓使いが石ころのダメージから立ち直ってる。もう【投擲】しても意味ないわね)
「ォオオ!! 【パワースラッシュ】!」
次はこちらの番と言わん許りに突撃してくる剣使いの、大上段からの振り下ろしを右に避けると即座に鳴り響く【危機察知】の警鐘。
「【連射弓・参式】ィ!」
後方から飛んで来る三本の矢に対し、ノービスは己のスキルである【強運】を使用。
パッシブスキルである【幸運上昇】と合わせて一時的に幸運値が1000となったノービスは首を少し捻っただけで全ての矢を回避する。
手に持っていた石ころを弓使いに投げようとしたノービスだったが、怯まないのなら意味は無いと思い、目の前の剣使いに投げつける。
「くっそ、石か!」
(へぇ、至近距離なら当たるのね)
そんな事を思いながらもノービスは剣使いに肉薄し、――“穿鉄の細剣”越しに【死神の接触】を使用する。
――武器使用時【死神の接触】最終スキル発動確率50%
「ぐっ!?」
ドサリ、と剣使いの男が倒れる。
ノービスの【死神の接触】による即死効果が完全に発動した結果だったが、そうと知らない残りのPKからして見れば何か良く分からない攻撃に見えた筈だ。
「エラン! 急に倒れてどうした!?」
「お前、一体何をした!」
混乱してそこを動かない槍使いと弓使いに、これ幸いと剣使いの死体に細工を施すノービス。
プレイヤーが死ねば、五秒間の蘇生猶予時間が過ぎた瞬間に、モンスターの死体と同じ様に消える。
だからこそ五秒が経っても消えない剣使いに戸惑いながらも声を掛けている。
パーティー用のステータスにある剣使いのHPはとっくに0になっているのに、まだ死んではいないのだろうか、と。
無論、剣使いは既に死んでいる。であるにもかかわらず、死体が消えていないのは何故か?
これはノービスが持つスキル【死霊術】の影響だ。
【死霊術】は死体の消滅を防ぎ、その死体を自らの所有物とし、色々な効果を死体に付与して、自身の武器とするスキルである。
現在ノービスの【死霊術】のスキルレベルは3であり、付与出来る効果はかなり少ないが、それでも――
――死体を爆弾に変える事は出来る。
死体に掛けた細工を施し終わったノービスは剣使いの死体の足を持ち、槍使いの方に投げた。
(おお、本当に投げられるんだ。私STR0のままなのに)
シード・オブ・ユグドラシルの世界ではプレイヤーの所持品全てに《軽量化システム》が働く。
ホームメニューから所持品の重量を軽減させる事が可能であり、最大まで軽減させればまるでひのきの棒を持っているかの様な軽さになる。
勿論プレイヤーを直接軽量化させる事は不可能だが、今の彼はノービスの所有物だ。
木の棒程度の重さにできればノービスにも【投擲】は可能である。
ノービスの投げたそれは距離を取ろうとする槍使いの元へ寸分違わず飛んでいった。
「え、うわ!」
槍使いが思わず剣使いの死体を受け止め、
起爆。
「カッファッ!?」
「あら頑丈」
【死霊術】レベル1の時に使えるアーツ(スキルレベルが上がると使用できる戦闘用の技能)の《損傷維持》でHPが0になった相手の蘇生猶予時間を引き延ばし、レベル2の時に使えるアーツの《肉体定着》で死体を自身の所持品とする。
そしてレベル3の時に使えるアーツの《死霊爆弾》で所持品である死体に爆破属性を付与して爆弾に、などの三つのアーツを併用した物が先程の人間爆弾である。
プレイヤーに使った事は無かったノービスだったが、おそらく体が勝手に動くような感覚なのではないだろうか。
当然ではあるが、そんな事を律義に教えてやる謂われも無し。
飛来する矢を馬鹿みたいに高いLUKと【白霧の導き】に任せて強引に回避、ついでに石ころを拾って【死神の接触】を込める様な感覚で槍使いに向けて投擲して使用してみる。
が、
「な、んで、爆発するんだよ!?」
(あら、不発かしら)
遠距離からの【死神の接触】はやはり発動その物が不可能と見るべきか。
確かに接触はして無いが。
すかさず槍使いとの距離を詰め、槍使いの横なぎを両手で構えた“穿鉄の細剣”を使い防御。
横なぎの防御に成功したノービスは、軸足を残して右足で槍使いの脛を思い切り蹴りつけ、【死神の接触】を使用。
(説明欄に書いてあったけれど、本当に素手での接触だけが発動のトリガーとなるのかしら? 蹴りは? 体当たりや頭突きも“接触”の内よね?)
そこらへんは要検証だな、と考えるノービスを余所に、――スキルは発動した。
――直接接触時【死神の接触】最終スキル発動確率100%
爆弾となった剣使いの後を追う様にHPが0になる槍使い。
「う、うわぁぁああ!?」
前衛二人が謎の攻撃によって倒れた事に混乱したのか、弓使いが標準を合わせずに放った矢がノービスの周りの地面を穿つ。
その間に、先程と同じ様にHPを全損させた槍使いの側にしゃがみ込み、石ころを拾いつつ、死体を爆弾に仕立て上げたノービスは弓使いに向かって人間爆弾を投げ付ける。
弓使いの方も死体が爆弾となったのは学んだのか、その場から逃げようとするが、
「そぉい!」
気合い一発。
大空目掛けて打ち出した石は美しい放物線を描いて弓使いの頭頂部へとクリーンヒット。
でもって起爆。
「へぶぅ! ってちょっとまっ、ゴッファッ!?」
「おぉ、ここまで上手く決まると嬉しくなって来るわね」
弓使いのHPはそこまで高くないのか、俯せ状態でピクピクしたまま動かない。
丁度良いので倒れている弓使いの背中に腰掛け、言いたい事を言わせて貰おうと考えたノービス。
「ぐえっ」
何か蛙が潰れた様な声が下から聞こえた気がしたが、気のせいだろう。そこまで重くない。
「人のプレイスタイルに口出しする気は無いけれど、他人を害するのなら他人から害される覚悟を持つ事ね」
そう言ってノービスは座った状態で【死神の接触】を使用するが、特に何も起こらない。
(あ、そう。【死神の接触】は手足等の末端機能からしか発動しない、と)
仕方が無いので右手をポンと弓使いに置いて発動する。
――直接接触時【死神の接触】最終スキル発動確率100%
「――きゃ!」
数秒後、弓使いの蘇生猶予時間が過ぎた瞬間ノービスの身体の支えが消え、草原に身を投げ出す事になる。
「――あぁ」
そのままノービスは草原に寝転んだ状態で、万感の思いを込めて――叫んだ。
「つっかれたぁ!!」
対人戦の余韻をそのままに、ノービスはその場でログアウトを行い現実世界へと戻った。
――戦闘中、ずっとこちらを遠くから眺めていたプレイヤーに全く気が付かないまま。
◇◇◇◇◇
《軽量化システム》
・プレイヤーが自身が所有者に設定されているアイテムを所持する際、実際の重量から幾らか重さを軽減させるシステム。ストレージはこれの完全上位互換。
・重戦士はこれを利用してフルプレートメイルでもそこそこスムーズに動く。
・ノービスの場合【死霊術】のアーツ効果で触れた死体を自身の所持品に設定しているのでこのシステム効果が働く。
・これがノービスがプレイヤーの死体をSTR0の状態でぶん投げられたカラクリ……の半分。
◇◇◇◇◇
作中で出てくる謎設定をここで解説していこうかなと。
次回、掲示板。




