第31話 危機には敏感に対応すべき。
一年経ったにも関わらず合計38話分しか投稿できてない奴がいるらしい。
何やかんや書き続けてますが何時のまにか一周年。このまま続けていきたいですね。
ともあれ31話目です。
「――ん」
眩い光を瞼越しに感じ取り、ノービスは目を覚ます。
ノービスが目を覚ました場所は王都の平民街に存在する大聖堂。その中の長椅子の一つに横たわっていた。
体を起こしたノービスを、相も変わらず歪な十字架が出迎える。白昼夢戦では助かったものの、自身に祝福を授けた時の名状し難いあの感覚はそう何度も受けたいと思えるものではない。自然ノービスの顔も険しくなる。
「あ、そうだアーテルは――」
己の相棒の名を口に出したノービスは顔に濡れた感触を覚えた。名を呼ばれたアーテルがノービスの頬を舐めた感触だ。何処となく抗議の眼差しをノービスに向けているように思えるが、それも仕方無いだろう。真の意味で死ぬ事は無く、基本テイムした相手の下に任意で移動出来るとは言えアーテルを残して勝手に死んだのだから彼の不安はかなりのものだった筈である。
アーテルに謝罪の意を示しつつノービスは思考に没頭する。
「コストは私のHPだったか……」
てっきりステータスとは全く関係ないものと、関係あったとしても精々MPぐらいだろうと高を括っていたがコストが丸々HPから引き出されるのであれば自分の想定していた以上に死活問題だ。せめてHP半分で実用可能なレベルであれば戦闘でも使えそうではあるが、初手最大火力で自爆したのでまだそこまで試せていな――
「あ、やっばドロップアイテム回収しないと」
死亡によるランダムドロップはノービスのLUKで被害を最小限に抑えられているかもしれないが万が一という可能性もある。ほぼ容量無限のストレージに詰め込んだ大量のアイテムから無くなった物を探し出すのは面倒なので、アーテルの背に体を預け先ほどの森の奥地へと向かった。
◇◇◇◇◇
初の遺留品は石ころであった。
杞憂も甚だしい所だったが面倒で貴重なアイテムを失うよりもマシである。道中の疲労に吊り合わないなとも思うが。
度々空腹によるペナルティを背負うノービスだが死に戻り自体はこれが初だったが、やはり死から蘇る代償とでも言うのだろうか。空腹とは比べ物にならない倦怠感がノービスを包み、道中は無気力にアーテルの背に体を預けっぱなしで移動せねばならない程には体を動かせなかった。
「直接的なステータス減少は無いにしてもシステム上の疲労がここまでつらいとは……」
だるいという感覚は存外厄介な物で、何も出来ないのではなく何もする気が起きないのだから自ら取れる選択肢を狭めてしまう。もう二度と死に戻りは体験したくないなとノービスは決意を改めた。
閑話休題。
先程一瞬だけ見えたが【死線】の境界線は可視出来たので別にモンスターを呼ばなくても良いなと思い直し検証を続行する。
HPが完全回復している事を確認し【死線β】を発動。内訳は範囲10、確率10、間隔10の総コスト30で行い、まずは効果範囲を確かめる。センチメートルかメートルかで天と地ほどの差がある訳だし。
「……あ、これってもしかしてフィート単位?」
展開した死の結界は見た限り半径約3メートル程度の範囲を維持している。アーテルに頼んで結界の境界線に爪で印をつけて貰ったがやはり効果範囲は3メートルと少し。これを10で割ればコスト1辺り約30センチとなる。
厳密には違うのかもしれないが真っ先に浮かんだものの中で一番近しい単位が1フィート(30.48cm)だったので妥当な所だろうと確定させる。
即死効果の発動確率は相手がいなければ分からないままだが、幸いな事に発動間隔のほうはアーテルが察知出来た。親が似たような力を持っていたからかは不明だが、ともあれ即死効果発動の瞬間にアーテルに吼えてもらう事で間隔を測ることに成功した。
発動間隔に割り振るコストを10から20、20から30へと徐々に増やしていき、HP回復ポーションを嚥下しながらコスト増加による違いを確かめる。飲んだポーションが5本を越えた辺りでその法則性の大まかな輪郭は見えてきた。
一分間に何回――いや、恐らく300秒の中で何回即死効果が発動するかの数値であり、コスト1=効果発動1回である様に感じた。
簡単に言えば発動間隔にコストを100割り振った場合、三秒に一回即死効果が相手に適用されるという事だ。1秒1回は出来るのだろうがそこから先どうなるかは分からない。
あと数回試行錯誤している最中に【死線】の効果時間が一律五分で設定されており、五分のクールタイムを挟まないと再使用出来ない事も明らかとなった。スキルの効果を考えればクールタイムの事を考慮にいれたとしても破格の性能ではあるが、これで隠されたデメリットでもあれば笑えない。
「うぅむ、一先ずこっちのスキルはこんなもんでいいかな? お疲れアーテル」
「■ァウ」
通常の狼と比べてやや歪ながら元気そうな鳴き声に微笑み、ノービスは次なる検証へと挑む。
白昼夢の黒夜外套、一見体全体を覆いつくせる程の大きさを持つだけのボロ布のように見えるが、磨耗や劣化は見当たらず、この外見こそが“白昼夢の黒夜外套”の完成された姿なのだろう。
夜が凝縮されたかのようなその外套を身に纏い、着心地を確かめる。
「あ、割と快適だわ、どう? アーテル、似合ってる?」
「■■ゥ?」
両手を広げたり腰を曲げたりしているノービスのそばに近寄り鼻を近づけるアーテル。暫く不思議そうにしていたが何かに気付いた様に一度咆えるとノービスの体にぴったりと張り付いて大人しくなってしまった。
親と同じ匂いであるかは定かではないがアーテルがこの外套を嫌いにならずに済んでよかった。出来る事なら常時羽織っていようかと思っていたのでこれなら外套を羽織った状態でアーテルに跨っても無駄な軋轢は生まれないだろう。
「さ、て。まずは【幻惑結界】……って――」
発動の鍵を口にした直後するりするりと、まるで布の切れ目から覗く糸を引っ張るようにノービスの周りの空間がほつれ始めた。空間を構成する糸一本一本は解かれていき周囲の空間が変質していく。
そして――
――バキリ、と。
強引な空間の変質に耐え切れなくなったノービスの周囲の空間に罅割れが幾重にも広がるのと、ノービスの首元が熱を持ち始めたのは同時であった。
「痛ッ!?」
「■■■ゥァ!!」
痛みすら感じるほどの熱を帯びた首を手で押さえていると、警戒故か先程以上に緊張したアーテルの咆哮が広がり行く空間の罅を押し留めていった。
ここまで来てようやく危機を察知したノービスはアーテルに飛び乗りその場から全力で退避した。直後、先程までノービスが立っていた場所を中心としてほつれや罅割れを押し留めていた力が消え、限界を迎えたのか罅割れは崩壊へと形を変え、半径5メートル程の空間を塗り潰した様な黒で染め上げ、やがてその空間は元通りの景色を取り戻したのだった。
「【危険感知】が発動しなかった……」
原則として、自分の管理下にある現象によるダメージには【危険感知】が発動しないが、自分の管理下を離れて相手に利用された物、ちょっとしたミスで暴発してしまった物には【危険感知】が発動する。
例としては壁に石を投げて跳ね返ってきたものには【危険感知】は発動しないが投げた石が相手に剣やら盾やら魔法やらで打ち返されたものには【危険感知】が働く。自分を範囲に巻き込んで発動させる範囲魔法には【危険感知】が発動しないがそれをトリガーとした外的要因――例えば自分の魔法が原因で起爆した地雷原など――には【危険感知】が発動する。
発動条件が結構難解なスキルの一つではあるがその分誤作動する事はありえない。
で、あれば。あの見るからに危険な領域に【危険感知】が発動しなかったのは、危険だと見なされなかったから? ノービスの【幻惑結界】は明らかに暴走し、ノービスの手からはかけ離れあの場に少しでも居座れば誰彼構わず牙を向いた筈……。
「謎だわ……」
しかし、このまま謎で終わらせては【幻惑結界】は使えない。少なくとも戦いの切り札にはなりはしない。
故にノービスはアーテルの背に体を預け、ゲーム内で閲覧可能な掲示板に目を通した。
◇◇◇◇◇
「――あ」
なんて事は無い。自分の命に関わるような事ではなかったからだ。
掲示板や自身の記憶を掘り返した結果【危険感知】が働く可能性、逆に言えばそれが発動しないケースが分かった。それは精神に作用する力や状態異常。HPを減らす事を目的とせず、相手に幻を見せたり混乱させたりする力に対しては【危険感知】は沈黙を貫き通す。
考えてみれば【危険感知】が働かなかった事は前にもあった。大聖堂にて例の歪な十字架に加護と狂的な信仰心を植えつけられた時、“白昼夢”戦にて幻影で形作られた白狼に体が触れた時。
何れもノービスのHPが直接削られる事は無かったが片方は吐き気を催す程の畏怖を、もう片方はこの先これ以上の痛みを覚える事は無いと思える程の尋常ならざる幻痛をノービスに感じさせた。
ゲームとしてどうなんだという観点からは目を逸らす事にして、一先ず【幻惑結界】が暴走した際のデメリットには見当が付いた。元々は“白昼夢”の力なのだから十中八九【幻痛】の状態異常付与だろう。……正直あの痛みは暫く味わいたくは無いので少しの間封印すべきかもしれない。
まぁ性能の調査はある程度できた訳だし別にいいだろう。うん。
「もう一個の方は……【幻惑――おっと、さっきのスキルよりは扱いやすそうかな?」
危うく【幻惑結界】の発動条件を満たしそうになりつつも白昼夢の黒夜外套が持つもう一つのスキルである【存在希釈】を発動させようと試みる。
「あぁー……【存在希釈】」
先程の失敗はもうすまいと、何かしらの不具合があれば即座にその場を離脱できるようにアーテルを近くに待機させてノービスはスキル名を口にした。
だがノービスの懸念するような不都合が起こる事は無く、気を張っていたノービスは一先ず安心とばかりに息を吐く。
「■■ゥ?」
「あぁ、ごめんごめん、アーテルもありがとう……アーテル?」
謝罪を口にするがアーテルは辺りを見渡し、鼻を鳴らしながら歩き回っていた。まるで急にノービスを見失ったかのように。
(これもある意味敵味方の区別なく発動するスキルなのかしらね)
アーテルの顔の前で手を振るノービスはそう思うが、【幻惑結界】とは違い自分の制御下でスキルを発動出来ている感覚がするので先程と比べれば暴走しないだけ可愛いものである。
スキルの解除を念じるとアーテルがびっくりした様にこちらに顔を向けた。
「■■」
「ふふ、ごめんってば」
アーテルからすれば突然自身の使役者が姿を消し、瞬間移動でもしたかのように目の前に姿を現したのだから驚くのも無理はないだろう。どこか不満げに鳴いたアーテルにノービスは微笑み混じりに謝った。
しかし先程の反応を見るに完全にノービスの気配を追えなかった訳でも無さそうだ。アーテルクラスのモンスターが嗅ぎ取れるレベルの匂いでも漏れていたのか、はたまたアーテルがノービスのテイムモンスターだからかは不明だが。
さて、次なる検証はアーテルに乗った状態で【存在希釈】を使用した場合、アーテルにも【存在希釈】が適用されるのかどうかだが……ノービスとアーテル以外に誰もいないこの場所ではちゃんとスキルが発動しているのか分からないのでアーテルに跨ったまま場所を変える事にした。
一応今回はアーテルもこちらを知覚出来ているようだが、正常にスキルが発動出来ているのかそもそも第三者に触れた時点でスキルが無効化されているのかの区別が付かなかった。
結論から言えばアーテルに跨った状態でも問題なく【存在希釈】は使用できた。わざわざ探しに行かずとも逆鱗弾を使えばいいやと思い至ったので【幻惑結界】の時と同じく狂気に満ちたモンスターがこちらに向かってくるのを待つことにするノービス。
口から泡を吹きながら血走った目で辺りをキョロキョロと見渡す6体のマーダーグリズリーが細い木々を薙ぎ倒しながら姿を表したのは逆鱗弾を打ち上げてから数十秒後の事だった。
いよいよもって逆鱗弾の主原料が気になってきたノービスだがさておき。
狂気的にこの場に集まったマーダーグリズリーはその全てがノービス達を知覚する事無く、逆鱗弾を打ち上げた何者かを探し続けていた。ノービスを乗せたアーテルが近づいても、ノービスが首元に指を添えてもマーダーグリズリーが気付く様子はない。
(これはもしかして、かなり強いのでは? ここまで近づいても全く気付く気配が無い……、いやこの手の力は大抵攻撃された痛みから相手の正体がバレるパターンを良く見るから【存在希釈】もそうであるかもしれない。だとしたら流石に剣で突いたりしたら気付かれそう――)
ノービスの心中に一つのアイデアが浮かぶ。気付かせる暇も無く倒せればよいのではないか、幸いノービスはその手段を持っている――というかそれを使って今まで戦って来た。
誰も見当たらず落ち着きを取り戻してきたマーダーグリズリーの一頭に触れていたノービスはそのままスキルの名を思い浮かべる。
(【死神の――!?)
「ヴォア――!?」
ノービスのスキル効果が発揮されるよりも早く何かに気付いた様にマーダーグリズリーが脇目も振らず逃げ出した。我武者羅に振り回したマーダーグリズリーの腕がノービスに直撃しHPの8割が削られるもノービスの関心は今の出来事に向いていた。
直前でこちらの存在がバレた訳では無い。だとすれば振りかぶった腕はノービスの顔を的確に捉えていた筈、過去に何回か相手したノービスは感覚的にそう思った。
であれば……。
「スキルの発動だけを気取られた?」
一目散に逃げ出した敵に続いて他のマーダーグリズリーも散り散りになっていったので【存在希釈】を解除する。
今までに無い出来事に混乱する頭を落ち着かせ、何故こうなったかを考える。
原因は言うまでも無く【存在希釈】の筈であり、考えられるケースは二つ程。【存在希釈】使用中は【死神の接触】を始めとしたスキルの使用不可、又は【存在希釈】使用中は攻撃しようという意思――言い換えれば敵意や殺気――を相手に気取られる。
今回のケースが仮に後者だった場合、この先【存在希釈】を使える場面がかなり限られてくるのでこれに関しては後々明らかにせねばなるまい。というか解決できる問題なのかすら分からないので今すぐにどうこう出来る様な事でも無いが。
「スキル使用不可だったらお手上げだけど、【存在希釈】中の殺気に気付く方だとどうすれば……ん?」
脳内に【危険感知】とはまた別のアラームが鳴り響く。電子音染みて響くその音はフレンドからのメッセージ、そして同じギルドに所属するプレイヤーからのメッセージが届く音だ。
見ればノービスの所属するギルドヴァルハラのギルドマスター、シェイカーからの召集のメッセージだった。
「まぁ、行かない訳にはいかないわよね。アーテル、王都に戻りましょう?」
「ア■ゥ」
シェイカーの、『今回のイベントに関して伝える事がある。ノービスのスタイルは理解しているし基本それを妨げる事はしないが今回ノービスの力が必要になる。あと顔合わせもしたいから来てくれるならば王都のギルドハウスまで来てくれ』というメッセージに添付されていた王都の一角を示す地図を見たノービスは、その場所へと向かうべく自分を乗せたアーテルを翔けさせた。
◇◇◇◇◇
平民街から貴族街へと繋がる通用門を潜るには最低限度の身分証明が必要だが、外から王都の平民街に入る際にプレイヤーが止められる事は基本的に無い。例えそのプレイヤーが危険なモンスターを連れていても何かあれば責任を取るのはその危険なモンスターを連れたプレイヤーだけであり、つまるところノービスがアーテルに乗って王都に帰って来ても咎められはしない。
そもそも王都から出る時には既にアーテルを連れていたので今更な問題ではあるのだが。
さておき。
スムーズに王都へと帰還したノービスはさしたる障害も無くシェイカーから指示された集合場所へと辿り着いた。
そこで目にしたのは、酷く久しぶりに思える黒い炎の揺らめきを思わせる金属鎧を身に纏ったシェイカーの姿。紅い大剣を佩いた彼の隣にはドリアードを肩に乗せたミタマ、――そして薄布を幾枚も纏い金色の装飾具を身に着けた踊り子の様な女性。
「――天城?」
「……え、もしかしてお姉様!?」
小麦色の肌と銀髪のツインテール、現実には無かった泣き黒子などノービスの記憶の中の彼女からはかけ離れた容姿ではあるが間違いない。かつてのノービス――一条双葉の高校時代、自分を慕い快活な性格で周囲を和ませていた“天城晴香”だ。余談ではあるが双葉が知らず、双葉以外が周知していた双葉ネットワーク三銃士の一人であり双葉に近寄る男関係を取り締まっている。高校時代事ある毎に一葉が私怨混じりの暗殺をされ掛けた事があったが特に問題は無かった事をここに明記しておく。
閑話休題。
「ノービスにとっては久しぶり、いや始めましてになるのかな? こっちはナディア、うちの八人いる最大戦力の一人。他にも“流麗”なんて呼ばれてるけど、まぁその辺りはギルドハウスの中で話そうか」
釣り目が印象的なナディアの顔が目に見えて崩れ、腕に抱きついてくる彼女を軽くいなしながらノービスは“ギルドハウス”に入ったシェイカーの後を追った。
集合場所に辿り着いた時、外から見た“ヴァルハラ”のギルドハウスは一見ただの民家、精々二階建てに屋根裏部屋があるレベルの規模だったのだが、中に入った途端明らかに外側の体積と吊り合わないと分かる程に空間が広がった。ゲームのあるあるなのだろうなと無理矢理に理解しギルドハウスの中に目を向ける。
先導するシェイカーの後を追い玄関からリビングと思しき空間に出た。二階三階が吹き抜けになっており、そこを飛び回る数匹の巨鳥がノービスを見詰めるが腕に抱きついているナディアの姿を確認して何事も無かったかのように警戒を解く。
「ミタマ、“荒天”“妖狐”“魔人”“鳳凰”“霸獄”の五人を連れて来てくれ」
「“荒天”は自己鍛錬中だから部屋に入りたくないんだが」
「あぁ、そんな時間だったっけ。……そっちは僕が連れて来るから後四人よろしく」
「りょーかい」
ノービスに椅子に座っていてくれと頼みシェイカーとミタマが階段を上っていく。
残されたノービスはナディアに話しかける。
「……とりあえず座りましょう?」
「はい!」
木の椅子に腰掛けたノービスの隣にナディアが座るが特に意に介さず一つの疑問をぶつける。
「ねぇナディア、別に責めるつもりは無いけれど……なんで一回も私に会ってくれなかったの?」
「っ……」
あれほど笑っていたナディアの表情が曇る。責めるつもりは無いと前置きしたのだが若干責め立てる口調になってしまったのかもしれない。
実際ナディアを責めるつもりは全く無い。不注意から病院の世話になってしまった自分に会い続けてくれ等と厚顔無恥な事を言うつもりは無かったし時が経つにつれ疎遠になってしまうのも致し方の無い事だとも理解していた。じゃあ何故会いに来てくれなかったのかと聞くのか。
単純に寂しかったのだろう、有体に言えば。彼が毎日ではないにしろ二年間自分の話し相手になってくれた、それでも話すのは和葉とナースと専属医位のものであり心のどこかでもう少し誰かと話したいとも思っていた。
と言う様な事をナディアに伝え誤解を解いておく。自分を第一に考えろみたいな我が侭を言ったと思われたくは無い。
ナディアはホッとしたように息を吐く。
「ごめんなさいお姉様、あの日から一度も会えず……」
「別に良いのよ、個人の都合にケチつける様な事は――」
「私がしっかりしていればお姉様があの男の毒牙に掛かる事は無かったのに……!」
なんて?
「あぁこれも全て私が不甲斐無いせいです」
「ちょっと」
「取り敢えずあの男を滅してきます!」
「やめなさいってば」
天城は高校時代から何も変わってないなと感傷に浸りながらノービスは面倒事になる前にナディアを拘束する事にした。
ミタマとシェイカーが五人のプレイヤーを連れて来る頃には身をくねらせながら地に伏すナディアの姿があった。
◇◇◇◇◇
新しく出てきた五人のプレイヤーに見詰められ立ち上がろうとするノービスだったがシェイカーに「座ったままでいい」と言われ、ミタマを始めとした他のプレイヤーも構わないと言っていたので再度座りなおす。
「一先ず自己紹介でもしておこうか、僕は知っての通りギルド“ヴァルハラ”のギルドマスター、シェイカー。二つ名は“灰燼”だね」
「その二つ名って?」
「その人のイメージだったりその人にとって一番重要な情報の一つでもあるけど大体はただの格好つけかな、明らかに警戒されるから対人戦では不利なんだけどね。例えば灰燼って単語からは何を連想する?」
「火事で全部が灰になる……火を使って辺り一面が焼け野原になる?」
灰燼に帰すという言葉がある様に知っていればすぐに分かる。
「そう、正に僕の戦い方そのものだ。情報が一度流布されればその分誰に対しても勝ちの目は薄くなる。だから苦手ではあるんだけど大多数は箔が付くからどうでもいいみたいだね。でこっちも知ってる通りサブギルドマスターのミタマ」
シェイカーが指し示す先には相も変わらず胡散臭そうに笑う少年の姿。
「よう久しぶりだな、二つ名は“静寂”だ」
「そこに転がってるのは“流麗”のナディア、ダンサーと吟遊詩人を兼業してる。そしてそこの筋骨隆々の男は“荒天”のサンダーボルトだ」
「君がノービスか、シェイカーから話は聞いている。よろしく頼む」
シェイカーに促されノービスはサンダーボルトと握手を交わす。……?
何やら静電気が流れた様な……。
「こっちの狐の尻尾が三本生えてる人はイナリ。種族は狐系獣人で二つ名は“妖狐”」
「はぁい、よろしくねぇ」
キセルを持ち和装を身に纏う女性はニッコリと微笑んでノービスに挨拶してきた。よろしくお願いしますと挨拶を返すとうんうんと頷きながら部屋の隅へと移動してしまった。
「イナリ、後で今回のイベントに関する会議もするからちゃんと話は聞いてくれよ?」
「分かってるわよぉ」
「まぁいいか。で、こっちのマフラーをしている方が――」
「“魔人”ウィルキラと呼ばれてる、よろしく。動画は見させてもらったけどここにいる皆は大体手の内を晒されてる。本当に隠したい切り札を編み出したのであればソロで行動するかうちの訓練所を使うといい」
ウィルキラと名乗った青年のマフラーがひとりでに動き手の形を取ってノービスの前に差し出される。それが握手なのだと気付くまで数瞬を要したが物騒な二つ名の割りに優しそうで安心した。
「この綺麗な羽の娘はフェネクス、“鳳凰”と呼ばれていて鳥系獣人で現状最強クラスの実力を持つ」
「はじめまして! フェネはね、フェネクスって言うの! びゅーんって飛んでどっかーんって落としたりして戦うの! よろしくね!」
極彩色の羽を持つ快活な少女は屈託の無い笑みを浮かべ物騒な自己紹介をしてくれた。制空権を奪取出来る以上その攻撃方法は効率が良いのだろうが。しかし、そうか、獣人の中には鳥も選択肢に入っているのか。
いずれ空を飛んでみたいが自力で飛ぶのならそれはかなり先になるだろう。
「最後に種族竜人のグロウス。うちで最も硬いアーマーで“覇獄”の二つ名を持つ」
「……よろしく」
グロウスと呼ばれた男性は口数も少なくウィルキラの元へ向かっていった。
「あぁ、彼はどうでもいい事にはとことん首を突っ込まない主義だから仕方無いよ。以上で僕直属のパーティーメンバーの紹介を終わろう、僕たち以外にも彼らの元で教育を受けてるプレイヤーがいたり、そいつらが新人を勧誘してたりするけどまぁ僕を含めた八人がこのギルドの主力だよ」
今回のイベントも全員が参加する予定だ。とシェイカーは言う。
「そういえば今回のイベントに関してだったわね、私は何をすればいいのかしら」
「それなんだけど、もうちょっと待っててくれる? ノービス、もう少しで全員揃う――」
シェイカーがウィンドウで時間を見ているとギルドハウスのドアがノックされる。
「ごめんくださーい、白猫の者ですが」
聞いた事のある声、数時間前に会った、彼女の物だ。
「お入り下さい、セフィラさん!」
シェイカーの声に従いドアを開けて現れたのは白の修道服を身に纏い、無骨ながらも清廉な気配を漂わせる杖を持つ――セフィラだった。
宿屋、飲食店、集会所、冒険者ギルド。一般的なプレイヤーが立ち入る事の出来る施設の中で外から会話を聞かれる事の無い『個室』がある施設である。これらは最初から町の中に組み込まれており、簡単に言えばNPCが運営するものばかりだ。
しかし王都を始めとしたプレイヤーの出入りが圧倒的に多い街ではこれらに当てはまらない場所を作る事が可能となる。プレイヤーメイドの個人運営店舗、そしてプレイヤーギルドだ。
プレイヤーギルドと冒険者ギルドの違いを簡潔に説明するならば、真っ先に挙げられるのはギルドに入る依頼の質の違いだろう。
冒険者ギルドもプレイヤーギルドも住人から入る依頼によって資金を確保している。例外はあれど主な収入源である事に変わりは無い。
だが設立したばかりのプレイヤーギルドでは高ランクの依頼が入り込む可能性が上がる“信頼度”が0の状態であり、可能性とは言ったものの一プレイヤーが幾らLUKを高めた所で意味は無い。
そこで先程述べた例外の資金源兼“信頼度”稼ぎとなる手段として最良に当たるのが“指定モンスターの大量討伐”である。割と各町の周辺で頻繁に起こる特定モンスターの大量発生を抑える事でプレイヤーギルドは“信頼度”を獲得し、近隣住民から――引いては国からクエストを受ける事が可能となる。
とは言えそれ相応の行動さえしていれば徐々に“信頼度”は上昇する。具体的にはPK、NPK、泥棒等を行わなければそれだけで徐々に上昇していく。
ではPKギルドは“信頼度”を得る事が出来ないのかという疑問についてはそもそもの算出方法からして真逆なので所謂良い事をしても全く意味が無いのだが……。
閑話休題。
長ったらしくなってしまったがノービスは現在シェイカーのギルド“ヴァルハラ”の一室にいた。
椅子に座るノービスの反対側には丸テーブルを隔ててシェイカーとミタマ、そしてこちらを興味深そうに観察する筋骨隆々の男。
ノービスが周りに目を向ければ彼ら以外にも幾人かがこの部屋でこちらに注目していた。
壁際のソファーでは三本の狐の尾を持つイナリと極彩色の翼を持つフェネクスが談笑しており、後方のテーブルではマフラーを纏ったウィルキラと爬虫類の尻尾を持つグロウスが謎のカードゲームに興じている。
そしてノービスの足元で「お姉様の愛が五臓六腑に染み渡るぅうへへへへ……」と妄言を吐きながらのた打ち回るナディアを視界からフェードアウトさせてノービスは意識を自分の隣でニコニコと微笑むプレイヤー――白を多く使われた修道服を纏う銀髪のセフィラ――に向け直す。
二つのギルドの会合が始まる。
分けるべきだったかもしれない。




