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彼らの生きてきた証②

連続更新。こっちは二話目です。



 今日、夜天に満月が昇るとシルヴィアに告げられたアルバは朝から馬の世話をしていた。

 騎士にとって己の半身とも言える馬――正確には馬に似た四足獣型の魔物だが――に餌をやり、そっと首筋を撫でる。くすぐったそうに嘶く己の愛馬の毛艶は良く、今日までに体調を崩さなかった事に安心したアルバは先程騎士団のメンバーを集めて全体に伝えられたシルヴィアの言葉を思い出していた。


「……『今日、日が沈むと同時に“天鈴山”の頂上へと向かい、天鈴草の原生地を囲む様にして散開、中心地に固有種がいればそのまま包囲して戦闘を仕掛ける。固有種がいなければ何日か張り込む必要があるが聖女曰くその必要は無い』だ、そうだ。俺もお前も死んでしまうかもしれないが、今更だな」


 愛馬にそう語りかけると心配するなとでも言いたげにアルバを見詰めて嘶いた、言葉こそ分からないが心を通わせる事は出来る。人馬一体こそが騎士の本質なのだから。

 暫く駄弁っていたアルバだが、騎士宿舎が騒がしくなってきた事で出発の時が近いことを悟る。同時に鎧を纏っただれかが近づく音を聞いて立ち上がり、振り返った。


「時間か? ヴェンデル」


「……あぁ、時間だ。いくぞ」


「分かった」


 アルバに出発まで幾許も無い事を伝えに来たヴェンデルは伝えるだけ伝えてさっさと身を翻してしまった為にその内面を窺い知る事は出来なかった。だが、ヴェンデルの事を考えれば固有種を自分の手で打ち倒してしまえば――、とでも考えているのかもしれない。

 ヴェンデルなら或いはと思う反面本当に固有種を倒す事が正しい事なのかどうか、なるようにしかならないと分かっていても信じるべきものが歪むのを、アルバは知らない振りをしてヴェンデルの後について行った。



◇◇◇◇◇



 第一騎士団の実動部隊は精鋭120名から構成されている。“天鈴山”の中腹部にその内30名を警戒用に配置し、残りのシルヴィア率いる90名が頂上へ向かっていた。

 警戒態勢を整える30名と別れ頂上へと向かうシルヴィア達は今まで一度も魔物と相対していない事に疑問を抱いていた。

 王国が幾つか有する観光名所の一つとは言え魔物が一匹たりとも存在しない様な生易しい所ではなく、登山には自身が相応の力を持っているか護衛任務として冒険者を雇うべきと知られるほどには危険なのだ。にも拘らず魔物が一匹も確認できないというのは明らかに異常。


「……少なすぎやしないか?」


「戦力を温存できるのだから別にいいだろう」


 不安からか自分に話しかけてくるまだ年も行ってない若い騎士にそう答えるアルバだったが、そういう答えを求めている様ではなかったので、溜息を吐きながら付け加える。


「……考えられるのは二つ、固有種を脅威に思い森辺りにでも逃げたか、この山の魔物全てを従属させた上で手元に置いているか。たまたまと考えればきりが無いが、まぁこのどちらかだろうな」


「洗脳系統の魔法を扱う可能性があるって事か……ま、そういう搦め手ばっか使う奴は大体本体が弱いって相場が決まってるからなぁ。もしそうなら楽に終わりそうだ」


「おい、油断するなよ、相手の力量は未知数だ。装備品が充実しているとは言え最悪の事態もありえるんだ、気を引き締めろ」


 アルバの忠告を「了解でーす」と話半分に聞き流す同僚にシルヴィアの事を話しかけ、止める。わざわざ士気を下げるような事を言う必要は無いだろう。それに言えば自分がシルヴィアに頼まれた事まで口に出してしまう気がした。

 相手に溜息を返す事で会話を終わらせ前に視線を向けなおし――白い花弁が宙を舞っている光景を目にする。


「……あれは――」


 ひらりひらりと舞い落ちる白い花びらに手を伸ばし、


「――お前が“白昼夢”か?」


 自分が乗る愛馬の嘶きとシルヴィアの言葉によって意識を前へと向ける。

 いつのまにか“天鈴山”の頂上へと辿り着き、白い花々が咲き誇るその中心地にそれはいた。

 夜天を思わせる漆黒の黒毛、あらゆる感情をも写す事の無い硝子球の様な瞳。今日まで戦って来たあらゆる魔物よりも異質な巨狼に気圧されながら、されどシルヴィアの声に応じて臨戦態勢を整える辺りは流石に王国最強の騎士団といえる。仲間達が乗っているパートナーにも目立った恐怖は見えず、静かな闘気を宿しながら主の命令を待っている。良い兆候だ。


 のそりと緩慢な動きで巨狼の固有種が立ち上がると同時にシルヴィアから交戦開始の合図が放たれた。


「――散開!」


 シルヴィアの声を聞くや否やヴェンデル達は左右から相手を囲む様に移動し、同時に幾人かが弓に鏑矢を番え、夜空へと放つ。ぴう、と特徴的な音を出すその矢は“天鈴山”の中腹地点で警戒に当たっている残りの団員を呼ぶ合図だ。

 同じタイミングで、巨狼の咆哮が木霊する。


『■■■■■――――!!!』


 背筋を伝う悪寒に突き動かされるままマジックアイテムから十文字槍を取り出し背後を切り払う。


「ジフ!」


 愛馬を走らせ一時的に謎の攻撃から逃れたアルバは後ろを振り返る。そこには同士討ちをし始めた同僚達の姿、周囲に目を走らせるがどうやらアルバとヴェンデル、そしてシルヴィアの三人を除く全員がこの異常事態に巻き込まれているらしい。アルバを切りつけてきた、先程まで談笑していた若い仲間もその一人だった。

 確認する暇が無かったとはいえ彼に自分の攻撃が当たらなくてよかったと安堵するが状況が最悪に限りなく近いことには変わりない。


「アルバトロス! 晴らせ!」


 どこから手を付けたものかと思案しているアルバの元にヴェンデルが駆け寄る。


「ヴェンデル、シルヴィアは?」


「十五秒稼ぐと言っていた。『一人で出来る限り押さえ込む。その間に殿の陽を灯せ』と、お前は詠唱に集中してろ! 俺があいつらを凌ぐ」


「……分かった」


 こちらに向かってくる幾人かに向かいヴェンデルは剣を翳す。それに応える為、十文字槍からとあるスティレットに持ち替えたアルバは口を開いた。


 ――残されし陽はここに在り。殿を担う陽光は、炎を灯し、大地を照らす。


 アルバの紡ぐ言霊に何かを感じたのか傀儡状態の騎士が白い花を踏み分けて殺到する。


 ――最期の種火はここに在り。受け継ぐ紅き篝火は、光を宿し、闇を焼く。


 だが、ヴェンデルが先の宣言通りに誰一人としてアルバにその凶刃を届かせる事は無く全てを防ぎきった。


 ――残照よ、ここに在れ、渦巻く闇を照らし、掃え。


 シルヴィアがいるであろう方向から激しい剣戟の音に紛れて巨狼の唸り声が聞こえるが、それが何かをするよりも早くアルバの紡ぐ言葉は終わりを告げた。


 ――【掃討の残照】。


 瞬間、夜天は黄昏によって覆い隠された。

 彼らに植え付けられていた魔の幻惑は振り払われ、正気を取り戻す。この場に殿の陽が昇る間、二度と同じ事は起こらない。

 アルバの耳に多数の足音が届く。中腹に残しておいた増援がもうすぐ到着するのだろう。


「さぁ、形成逆転――」


 ヴェンデルが笑いながら言ったそれを遮る様に巨狼の背後から何十、何百と魔物が現れた。焦点の合わないその瞳は先程まで相対していた仲間のそれと同じものだった。


「――とはいかないようだな。恐らくこの山の全ての魔物が奴の管理下にある。……どうする? ヴェンデル」


「決まってんだろ、さっさと片付けてシルヴィアの助けに向かうのさ。ついでにこの山も綺麗に掃除しちまおう」


 戦意を漲らせるヴェンデルにつられて笑いを零したアルバは振り返って仲間の様子を見る。操られていた時間が少なかった為かさしたる後遺症も見受けられず、即座に戦線復帰が可能になるだろう。

 シルヴィアが一人で巨狼を押さえ込んでいる最中、掃討戦が始まった。



◇◇◇◇◇



 そこからは特に苦戦する事無く奴の取り巻きを殲滅する事が出来ました。仮にも王国の最高戦力だったのですから、その程度で苦戦は出来ません。まぁ奴にとって取り巻きに力は求めてなかったのかもしれませんね、自分の思うがままに働く数だけの肉壁としか使っていない様に見受けられましたので。

 魔物を一匹残らず駆逐した我々は即座にシルヴィアの加勢に向かいました。シルヴィアが奴のスタミナを少しでも削ってくれていたのが功を奏したのでしょうね。我々は数を生かして果敢に奴を攻め立てましたが、……それも最初の内だけでした。



◇◇◇◇◇



「――ぐっ!」


 活発的に、言い換えるならばシルヴィアを正面に据えた上で辺りを巻き込むようにして行動し始めた巨狼の、大振りな爪にまた一人吹き飛ばされていく。

 自分達が騎乗していた相棒達は巨狼の苛烈な攻撃について行けず、

 自分達の攻撃に何の痛痒も感じていない訳では無い筈だ。アルバは確信を持ってそう言えた。でなければ脚を引きずり、精彩を欠いた大雑把な動きをする訳が無い。だというのに何故――


(――何故目から光が消えない? 固有種は例外無く高い知性を有していると聞く。であるならば何故死の恐怖が奴の瞳に現れない? 自分は死なないと高を括っているのか? いや、まさか。確かに奴の力で我々の八割は脱落した。だがそれだけだ。ヴェンデルもシルヴィアも未だ健在。このまま行けば奴の死は免れない)


 実際アルバの読みは正しい。巨狼――“白昼夢 デイドリーム”は広く深く確実な傷跡を残すシルヴィア、的確に急所を切り抜くヴェンデル、そして白昼夢がその二人に危害を加えようとする度に多種多様な技で出鼻を挫くアルバの連携によりもはやその命は風前の灯と言える範囲にまで追い込まれていた。

 “白昼夢”が命の危機に恐怖していない訳では無い。それを遥かに上回る高揚がその心中を満たしていただけだ。


 ――素晴らしい。この命が沸き立つまでの高揚を感じたのは初めてだ。


 獣が嗤う。尋常ならざる威圧を感じ、攻め込むべきか逡巡するアルバだったが、そんな迷いに構わずシルヴィアとヴェンデルは即座に飛び出した。一瞬で巨狼との距離を詰めにかかる二人の姿を確認し、何があってもすぐサポートに回れるようにアルバはその場に待機する事を決めた。

 体を丸め込むようにして息を吸い込んだ“白昼夢”の姿から次の行動を予測したアルバは持っていたカタールを収納し、新たに短槍を取り出して先に飛び出した二人に危機を告げる。


「咆哮だ! 屈め!」


 言い終わるや否や持っていた短槍を“白昼夢”に向かって投げつけた。アルバの手から離れた短槍は白く火花を散らし瞬く間に加速していき、“白昼夢”の体に深く突き刺さる。


『■■■――』


 自分の体を貫く異物に煩わしげに息を吐く“白昼夢”に追い討ちをかける様に短槍が内側から爆発した。黒煙が“白昼夢”を取り囲み、徐々に金属に似た硬質な光を帯びていく。恐らく戸惑いの表情を浮かべているであろう“白昼夢”に先程投擲したものと同じ物をもう一本取り出し、投げつけた。


「――やれ!」


 二度目の爆発。最早“白昼夢”は満足に体を動かす事が出来ず、仮に拘束を破れるとしても数秒は動けない筈。ならばその数秒で二人が片を付けてくれる事を祈るしかない。

 アルバの短槍による黒煙が徐々に硬質化していき、そこにヴェンデル、次いでシルヴィアが“白昼夢”の命を奪わんと距離を詰めていく。

 ――ふと、先ほど感じた威圧が辺りを支配している事にアルバは気が付いた。全身が粟立つほど鋭く冷たい殺意が背筋を伝う。あの二人がこの殺気に気付けない筈が無い、だというのにアルバは反射的に叫んでしまった。


「気を――」


『■■■■■――――!!!』


 だが、アルバの警告はシルヴィアとヴェンデルに届く事は無く、“白昼夢”の咆哮が“天鈴山”を支配した。


 アルバは残照を宿す細剣を手にし、


 “白昼夢”を封じる黒煙が容易く引き裂かれ、


 白くたなびく“白昼夢”の変わり果てた姿にヴェンデルが切り掛かり、


 それを遥かに上回る速度で“白昼夢”はヴェンデルに喰らいつかんと口を開き、


 シルヴィアがヴェンデルを突き飛ばした。


 この一連の出来事が一瞬の内に全て起こり、アルバがシルヴィアを食い千切ろうとした“白昼夢”を全霊を込めた突きで吹き飛ばす頃には全てが終わっていた。

 ヴェンデルは突然の出来事に数瞬呆けていたが、シルヴィアの右腕が肩から肘にかけて食い千切られているのを見て慌てて駆けつけた。


「――シルヴィア!」


「……ッつ、ははは、よかったなヴェンデル、下手したらお前がこうなってたかもな」


「そんな事はどうだっていい! 早く止血を――」


「あぁーいや、私はいいや。多分無理だ」


「何言ってるんだ! なんでそんな」


 シルヴィアの左手の人差し指がヴェンデルの口元に触れる。たったそれだけの事でヴェンデルの焦燥は息を潜めた。そのことに満足そうに頷いたシルヴィアはアルバへと目を向ける。


「アルバ、私の腕はどこに飛んでいった?」


 聞かれるがままに辺りを見回し、さほど遠くない場所に聖剣を握り締めたまま食い千切られたシルヴィアの右腕が転がっていた。“白昼夢”が復帰する気配が感じられないうちにその腕とシルヴィアの剣を持ってきた。


「おーよかったよかった。流石にそれ壊されたらきついからなぁ。……で、だ。アルバ、覚えているな?」


 言葉少なに告げられたシルヴィアの言葉に、アルバは顔をしかめる。あの日告げられた命令を忘れる筈が無い。だが、それをするには早すぎるのではないだろうか。

 聖剣はまだ手元にある。ヴェンデルが持っていたポーションでシルヴィアの右腕の止血も終わった。


「……いいや、ここら辺が潮時だね」


 まだ戦える筈だ。そう思ったアルバの考えを読んだかのようにシルヴィアがポツリと呟いた。ヴェンデルがシルヴィアの言葉を理解したくないと言う様に弱弱しく首を振る。

 シルヴィアがヴェンデルの頭に手を回し、そっと抱きしめる。


「――」


「……ヴェンデル、グリムをちゃんと育ててよ? 私の分まで」


 隻腕ではあるがシルヴィアがヴェンデルに向ける愛が翳る事は無い、ある筈が無い。たとえどのような体になったとて、たとえどちらかが死んでしまったとしても、変わらず互いを愛す。そう誓ったのだ。だからこそ、シルヴィアは信じている。ヴェンデルに最後まで伝えなかったアルバの役目も時間をかけて理解してくれると。

 だからこそシルヴィアは最後に命令を出す。


「アルバ、役目を果たせ。肯定以外の返事はもう受け付けない。問答する時間も無くなった」


 見れば白毛を靡かせこちらを凝視する“白昼夢”が同僚達の首を幾つも見せ付けるように咥えていた。次はお前達だとでも言う様に背後の大穴へと首を投げ捨てる姿に、アルバは静かな憤りを感じた。


 アルバは考える。ここで激情に身を任せ奴に切り掛かれば彼らの様に首だけになるのは明白。故にこの選択は最適ではない。

 アルバは考える。であればヴェンデル、シルヴィアの二人と共に戦えば奴に勝てるのか。答えは否。シルヴィアが片腕を失い、ヴェンデルの状態が不安定である以上先程の様に“白昼夢”に喰らい付く事は最早不可能と言える。故にこの選択は最適ではない。

 アルバは考える。奴と戦う事が不可能ならば、敗走が正しいのだろう。だがこの状況下でシルヴィアとヴェンデルを連れて逃げられる筈がない。シルヴィアが殿を務めれば話は別だろうが、それはこの場においての最適解からは遠く――


「これが最善だ。従えアルバトロス」


 立ち上がり片腕で聖剣を握り締めたシルヴィアが食い千切られた自らの右腕を刺し貫いた。それは淡く光り輝くと同時に形を崩し、一振りの剣へと姿を変える。


「これは国宝だ。アルバに預ける。その後どうするかもお前の判断に任せる。いいな」


 いいなと聞きながら断定させる力強さに、シルヴィアの決意を計り知る。アルバは黙って“天聖鈴の細剣”を受け取り、マジックアイテムに収納した。同時にとある短剣を取り出す。


「……承りました。これよりヴェンデル・ファルカトラを連れて王都へと帰還します」


 そう言い終えたアルバはヴェンデルの喉笛に持っていた短剣を押し付け、一気に掻き切った。だがそこに傷跡は無く、血の一滴も流れる事は無かった。意識を失い倒れこむヴェンデルを受け止め、担ぎ上げる。

 アルバが持つ“識絶の短剣”は対象の意識のみを切り裂き、一切ダメージを与えない特殊な武器だ。目覚めに多少の時間差はあれど例外無く相手の意識を絶つ。

 “識絶の短剣”から所持者の身体能力を恒久的に上昇させる刀剣へと持ち替え、アルバは王都へと逃走を開始した。


「……ご武運を」


 唯一つ、絶対に叶う事の無い健闘の祈りを残して。












「……“白昼夢 デイドリーム”私の願いを聞いてくれ。お前があの大穴についてどれ程の事を知っているのかは私には分からない。だが、あれの力を抑えるには私の力が必要なのだろう? 私の願いを聞いてくれれば大人しくこの命を与えよう。近いうちヴェンデルがお前を殺そうとやってくるだろう、復讐に心を縛られて。だがそれはあいつが乗り越えるべきものだ、安易に崩していいものでも忘れていいものでもない。……ヴェンデルがそれを乗り越えるまで、あいつの命を奪わないと約束してくれ。

 あいつは必ず私を超える。私はそう信じているから、ヴェンデルを殺さないでくれないか? それに、こんな事を言いたくは無いが騎士団の皆の分で当分の時間稼ぎにはなっただろう? 私だって彼らにこんな最期を迎えて欲しくはなかった。だが、これで王国を守る事が出来るなら彼らは喜んで受け入れただろう。私にはそれが分かって、だからこそ皆を連れてここへ来た。独りよがりな私の思い込みなのかも知れない、だが私に命を預けてくれた彼らの働きに応えてやりたいんだ。

 ヴェンデルと王都に危害を加えないと約束してくれ。それが出来ないというのなら、私は私の全霊を持って貴様を殺す」


 命の輝きを灯す剣を構えて刺し違える覚悟を持って自身を睨むシルヴィアに、“白昼夢”は目を瞑り、そっと頷いた。


「……そうか、良かった――」


 それがシルヴィア・ファルカトラの最期の言葉となった。



◇◇◇◇◇



 山を降りた私達に“白昼夢”が追いかけてくる事はありませんでした。シルヴィアがどうやって食い止めたのかは分かりませんが、ヴェンデルを生かして返す事が出来た、それだけであの戦いに意味はあったのだと今となってはそう思うようにしています。王国に辿り着いた私はまず王城へと向かいました。

 『固有種の討伐に向かうも第一騎士団はほぼ壊滅、シルヴィアが戦死した上生き残りはヴェンデル・ファルカトラとアルバトロス・グレイシア二名のみ』という報告をしなければなりませんでしたから。

 この結果は王国にとって看過出来ないものでした。第一騎士団の壊滅よりも問題は『聖女の命を受けて魔物を討伐へ向かったのに敗北した』という一点。聖女の神託が外れたという事実はこの国が揺らぐ程の衝撃、それほどまでに聖女の神託に狂いは無く、王国はそれに依存していました。


 ですが、王城へ辿り着いた我々を出迎えたのはその聖女自身でした。聖女はただ一言「よくやってくれました、生き残った貴方達の処遇は悪い様には致しません」と。

 その言葉通りヴェンデルは罪に問われる事は無く、騎士団長へと移転して今に至ります。

 ヴェンデルの屋敷を覗きましたか? あれはかつての第一騎士団の宿舎をヴェンデルが建て直したものです。その時裏の訓練場の人目につかない所にヴェンデルが墓を作りました。魂の拠り所とでも言うのでしょうかね、シルヴィアに連なるものは何一つ埋めてはいないと言うのに、彼女がそこにいるのではないか、そう錯覚してしまいます。

 あぁ、トリスに会いに行くというのであればこのワインを持っていってくれませんか? シルヴィアの墓に供えてやりたいのですが私は今ここを離れられませんので。


 最初に言ったようにこれは貴女にとって関係の無い、既に終わった事ですよ、蛇足と言ってもいい。貴女には貴女の物語がある。貴女にも、何かを選択する時が訪れる。

 その時悔いの無い選択をして下さい。シルヴィアも、ヴェンデルも、それを選んだ結果が今に繋がっている。その時が来たと分かった時には最早考える時間など無いでしょうが、くれぐれも軽率な決断は避けて下さい。


 ……はい? 何故私がここにいるのか? 私があの時の不始末を全て背負い込んだからですよ。『固有種に勝つ事が不可能だと判断し、独断でヴェンデル・ファルカトラと国宝を持って帰還した』事で国属騎士から外れ一衛兵になったのです。正直に言えばこの程度で済んで助かりました。私は無尽蔵の武器庫の様なものなのでその有用性が考慮された結果かもしれませんが。

 私が“天聖鈴の細剣”を所持していたのも、武器を安置するのであれば私のマジックアイテム以上に安全な場所が無かった為です。他にも幾つか国が有する聖剣を持っていますが、……今の王国でそれを知っている者は貴女で7人。下手をすれば貴女で4人ですね。


 さて、私の話はこれで終わりです。ノービス様、お通りください。何時か貴女の助けになれる日を待っています。



次回、移動の脚。


追記、第17話において前半部分にヴェンデルとアルバの会話がありますが時系列的には“白昼夢”から命からがら逃げ帰り、アルバがヴェンデルの分の咎を背負い込んで衛兵へとランクダウンして一ヶ月くらい経った後です。ヴェンデルとしては騎士団長となり持てる権限の全てを使って装備を充実させた上で“白昼夢”に挑もうと思っており、その為に国から下された条件である「王国内の甚大な脅威の排除」を単身終えていよいよ騎士団長の座を貰えそうな時です。イメージ的には。

ちなみにこの時“流星雨 スターダスト”が砕かれました。

アルバからすればこの一ヶ月で“白昼夢”が報復に来なかった事からシルヴィアと戦った時に何かあったのではないか、何かしらの均衡が保たれている状況であるならばヴェンデルが復讐に向かう事で状況が悪化するのではないかと思っていました。ヴェンデルを守らねばシルヴィアの願いを反故にしてしまうとも考えています。だからあの段階ではアルバはヴェンデルの敵討ちに反対していました。

心情の変化はトリスの父であるグリムをその目で見た辺りからですかね。書きませんが。

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