彼らの生きてきた証①
これだけ時間をかけておきながら蛇足ではないかという疑問が脳内を駆け巡る。もうこれ以上時間かけられないので連続投稿で閑章終わらせます。
食堂の机に細々とした修理器具を置き、実戦で使用する金属鎧を修復するアルバは、後ろの席にたむろする同僚達の話を盗み聞きしていた。
革が伸びてきたベルトに穴を開け直し、丁度良い長さになるまでベルトの端を切り落とす。
「そういや団長が結婚してからもう一ヶ月辺りか、ヴェンデルが両家のゴタゴタに巻き込まれてるって聞いたが正直ざまぁとしか思えんな。いや、あいつが嫌いって訳じゃないけど」
「まぁ実力面から見ればあいつ以上の適任はいないんだよな、天才は天才に惹かれるってか? 惹かれて即致すのは頭おかしいと思うが、……しかし、そうか、もう直ぐ出産か?」
切り落とした面のベルト端を革糸で縫い付け、補強し終えたアルバは次の装備に手を伸ばす。
チェーンメイルは鎖部分に錆びが付いていない事を確認し破れていた鎖を数個取り替えて油を散布しておく。後程風通しの良い場所で保管すると頭の片隅に留め次に手を伸ばす。
「いいねぇ、二人の子供はどんな優秀な騎士に育つか楽しみだ」
「魔術師になるかもしれんぞ?」
「強くはなるんじゃねぇの? しかしシルヴィア殿は復帰するのかねぇ?」
プレートアーマーは面倒だが、幾つか大きな歪みや凹みを見つけた。フリースペースである食堂では煩いので後程自室で歪みを叩いて直す事にして、表面の油汚れを綺麗な布で拭き取り、目の粗い布やすりを用いて錆びを完全に落とす。
「ちっと小耳に挟んだんだが、二人とも復帰するらしいぜ?」
「おいおいまじか、新婚なのに良くやるぜ」
「最近は結構暇だから別に気を使わなくていいのになぁ?」
手入れ道具を片付け、アルバは振り返る。
「……暇だと言うのなら鍛錬でもしたらどうなんだ?」
先程まで和気藹々と話していた三人は痛い所を突かれたとでも言いたげに目を逸らす。
「いやぁ、毎日欠かさずやってはいるんだが、なぁ?」
バトンタッチ。
「え、あぁ、なんつーか訓練が身につかない感じなんだよな、心が上の空っつーか」
「シルヴィア騎士団長の鬼のしごきが無くなったせいかもな」
三人目が冗談めかして言うが、実際シルヴィアが一時的に団を離れた事によるほんの少しの弛みは察してはいた。リーダーが出来る様なタマでは無いので今まで無視してきたアルバだがこれは結構重症かもしれない。
溜息を吐き、「気を引き締めていかないと他の奴らから馬鹿にされるぞ」と言い放つ。ぐったりしている同僚を尻目にアルバは鎧類と手入れ道具を持って自室へと向かう。この後は己の愛剣達の手入れをしなければならないので彼らに構ってはいられない、アルバに出来るのは出来る限り早くシルヴィア達が復帰する事を祈る事だけだった。
シルヴィア・グランソートが騎士団長として第一騎士団に復帰するのは翌日の事である。
◇◇◇◇◇
ある日の事。いつかと同じ様に第一騎士団の宿舎に隣接する訓練場の片隅で実直に訓練に打ち込む男と、その訓練風景を木陰で涼みながら見ている男がいた。
「自主鍛錬に精が出るな」
「当、然だろッ!」
以前と違う点は休憩を行っているのはアルバであり、自分の限界に挑む様にして訓練を行っているのがヴェンデルという所だ。アルバはともかくヴェンデルがこうも自主的に鍛錬に打ち込んでるのは他の騎士からしてみれば驚くべき事だった。いつも寝そべってばかりいるヴェンデルがここまで熱心にしている原因は恐らくシルヴィアだろう。
アルバはやや離れた場所で同僚と打ち合いをしているシルヴィアへと目を向ける。多少衰えた体を以前と同じレベルにまで持ち直すと言っていたシルヴィアだが、それだけであそこまで鬼気迫る様な形相を浮かべるだろうか? 彼女の表情と行動からは第一騎士団全体の戦闘力の向上に加え、ほんの少しの八つ当たりを感じる。
武器を手に立ち上がり、只管素振りを行っていたヴェンデルの前に立ち、二振りの剣を構える。
こちらの意図を汲んでくれた様でヴェンデルも構え――た直後にアルバはヴェンデルに切り掛かる。
「合図なしかよッ!?」
「いつもお前が木陰で俺に言っていただろう? 『そんなお堅い戦闘方法でモンスターを相手取れるのか?』とな。だから考えてみた。と言うか難なく防ぐ事が出来てるのだからいいだろう別に」
「んなつもりで言ったんじゃねぇっての……!」
アルバのスティレットによる突きは防がれ、反撃とばかりに大上段から襲い来るヴェンデルのクレイモアをマインゴーシュで弾く。乱れる息を整えようと距離を離すヴェンデルに即座に近づき刺突を放つ。
「っぶ!?」
「幾つか聞きたい事がある」
「この状況でか!?」
姿勢を低くしてヴェンデルの懐に潜り込み、弓の弦を引き絞る様にスティレットを持つ手を力を込めて引く。
「シルヴィアと何かあったか?」
「――」
瞬間、ヴェンデルの右腕がぶれ、先ほど弾いた筈のヴェンデルのクレイモアによって左手のマインゴーシュが吹き飛ばされる。
アルバのスティレットもヴェンデルの左目を穿つ寸前で止まっていたが、とっくに振り抜いた筈のクレイモアが自分の首元で止められている時点で勝敗は明白であった。
ふ、と息を吐いたアルバは口を開く。
「……これが真剣での殺し合いなら、俺はお前の左目を貫く事が出来ただろう、そして今のお前ならそうなる前に俺の首を切り落とす事が出来た。以前とは段違いに強くなったが、そうなった原因はシルヴィアだろう?」
スティレットを納め、マインゴーシュを拾いに行くアルバの後姿にヴェンデルは逡巡する。
「……数日前に聖女が俺達、というかシルヴィアに会いに来た」
だがヴェンデルはアルバに話す事にした。他ならぬ、親友に。
「……“神通の巫女姫”が、か? いや、別におかしい事では無いが……」
何処か不安げに話すヴェンデルの元へ向かい、腰を下ろす。
「それで、それがどうしたんだ?」
「あぁ、詳しい事は俺も聞かされてないが、その聖女がシルヴィアと二人きりで話したいって言ったんだ」
やはりおかしな所は無い様に思える、だがここまで来て聖女が全くの無関係という事もあるまい。そう考えアルバは話の先を促す。
「大体20分程で話は終わったんだが、その後にシルヴィアが俺に『死にたくない』って言ったんだ」
「それは……穏やかでは無いな」
「聖女が帰る前に問い詰めたが『いずれ分かる』と白を切り通されたんだ。シルヴィアもそれからは自分が強くなる事に目を向け始めた気がしてな」
新婚早々家庭内不和かと些か不謹慎な事が頭に浮かんだりもしたがそれを口に出したりはしない。いずれにせよシルヴィアがああも騎士団を扱き始めた理由は分かった。
(聖女、か)
聖女の存在が王国の平和の一助となっている事は知っているし、いつだったかのパレードでもその姿を見て聖女の名に相応しい出で立ちをしていた事も記憶している。
だが聖女を聖女たらしめているのは彼女のもう一つの二つ名である“神通の巫女姫”に起因している。国が把握する限り唯一彼女だけが神の声を聞くことが出来、その神託の殆どが王国の危機を救う物だった。特定状況下においては国王よりもその命が優先される程の、ある意味シルヴィアと同じ国の支柱であり、今まで一度として外れたことが無い神託に従ってこの国は生きていると言っても過言ではないだろう。
(そんな聖女様がシルヴィアの死を神託として受け取ったのか? いや、それ程の大事を国に隠して二人きりで話し、あまつさえヴェンデルに秘匿する筈が無い。もっと別の理由か?)
そう考えを巡らせるアルバに件のシルヴィアが声を掛ける。
「アルバにヴェンデル、後で私の部屋に来てくれ」
振り返るが既に何事も無かったかのように鍛錬を行っていた為にその表情を窺い知る事は出来ない。
「……結婚しても名前呼びはそのままなんだな」
背筋を伝う嫌な予感に、アルバはそう軽口を吐く事しか出来なかった。
◇◇◇◇◇
「……聖女が神託を受けた」
前とは異なる重苦しい空気の中、騎士団長執務室に集まったアルバとヴェンデルにシルヴィアは口を開く。
聖女の神託、割と各方面に顔が広いアルバが知らないそれをシルヴィアが口にするという事は王国又は王都に危険が迫っており、解決できる者がシルヴィア率いる第一騎士団しかいないという事である。
「聖女様はなんと?」
ヴェンデルが顔を険しくさせて尋ねる。ようやっとシルヴィアが結婚したというのに厄介事を持ってくる聖女に憤りを感じているのかもしれない。
だが、
「……固有種の出現だ」
厄介事は肥大する。
ヴェンデルの方から大きな歯軋りが聞こえるのを無視してアルバは詳しい内容を聞く。
「場所はどこですか?」
「通常は王都近郊の大森林奥地、満月の夜は天鈴山の山頂に陣取っているそうだ」
「どちらも王都から目と鼻の先じゃないですか、しかも聞く限り固定型ではなく自由に動き回るタイプですね……、行動パターンが少しとは言え分かってるのはせめてもの救いでしょうかね。もう少し情報が手に入れば全員で行けますかね」
「アルバッ!」
途端ヴェンデルがアルバの襟を掴み上げた。
突然の事ではあったがヴェンデルがいきなりこういう行動に出た理由は分からなくも無い。だがそれは優先するべき感情ではない。
「……ヴェンデル、まさかとは思うがお前、『固有種と戦う事に反対』とか思っているんじゃなかろうな?」
「そうじゃねぇ! だが」
「なら、『シルヴィアがいなくても大丈夫』、か? 自惚れるなよ、聖女はシルヴィア騎士団長に神託を告げたんだ。シルヴィアがいれば何とかなるとな」
「……」
アルバもヴェンデルがシルヴィアを危険に晒したくないという事は分かっている。だが、安全どうこう以前に我等は騎士であり王国の要なのだ。
自分たちが戦わないというのなら誰が戦うというのか。
「俺たちは騎士だろう?」
「……クソッ」
アルバを突き放したヴェンデルはシルヴィアに許可を取らずに退出していった。後を追おうとするアルバだったが、その前にシルヴィアの声が掛かった。
「今は追うな」
「ですが……」
「大丈夫だ、後で私から言っておく。そしてアルバトロス・グレイシア、お前に頼みたい事がある」
「……何なりと」
ヴェンデルを呼び戻す気配も無くアルバにのみ頼む、何を命令するのか分からないが命令ならば受けるしかない。
「自分の裁量でいい、騎士団の壊滅を確認したら直ぐにヴェンデルを連れて逃げろ」
「――ッ」
それは、まるで己の死を予見していたかのようで。
「聖女が、その神託を受けたのですか?」
「……少し違う、勝てないのではなく、我々は勝ってはいけないんだ」
「それはどういう――」
「――生贄なんだ。我々は」
生贄、誉れある第一騎士団が固有種の生贄になるべきと聖女は言ったのか。
「そんなのッ、別の誰かにさせればいい! 何故私達が抵抗も許されず魔物如きの生贄にならなければならないのですか!」
「アルバ、お前までヴェンデルと同じ事を言うつもりか? 相手は固有種、我々が戦わずして誰が戦うというのだ。そして付け加えるが生贄といっても発見された固有種の餌として、ではない。むしろその固有種は見方によっては仲間では無いにせよ敵の敵といえる」
敵の敵という表現に引っ掛かりを覚えたが、考えを振り払う。死ぬべきだと言われてもそれがシルヴィアが死んでいい理由に等ならない。ヴェンデルが聞けば絶対にシルヴィアを生かそうとするだろう、だからこそ彼を一旦引かせて話を聞かせまいとしたのだろうから。
だが、
「アルバ、私にしか出来ない事なんだ」
シルヴィアから全てを受け入れた透徹とした眼を向けられ、アルバはこれ以上反論を重ねる事が出来なかった。
「……受諾致しました、第一騎士団の壊滅を確認出来次第ヴェンデルを連れて王都へと帰還します。……ヴェンデルには?」
「その時が来るまで言わないでおいてくれ。さて、私は他の者達にもこの件について話してくる。決行日は次の満月が昇る夜だ、それまで体を整えておけ」
◇◇◇◇◇
この時はまだシルヴィアがやろうとしている事が理解出来ていませんでした。
固有種とはいえ魔物は魔物、そんなものに命を捧げるなど正気の沙汰では無いと、そう思っていました。私自身あれ以前に固有種という存在を目にした事が無かったので、多少強いだけの魔物としか思えず、ましてやそんな存在が更なる脅威の封印等という芸当をしているなんて思いもしませんでしたから。
それから私は固有種の討伐に向かうまではずっと訓練を続けていました。ヴェンデルも私以上に訓練を重ね、その時を待ち侘びているかのように日に日に顔を険しくさせて……。
……いえ、そうですね。それから私たちはその日までに万全な態勢を整え、そして満月が昇る日がやってきました。
次回、その②。




