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ティーパーティー①

閑章その一。



 己を構成する糸が一本、また一本と解けていく様な感覚。はらり、はらりと解けていく中、誰かの声を聞いた気がした。


「世界には、どうする事も出来ない不条理ばかりが溢れている。世界を我が物顔で歩く理不尽は、当たり前のように周囲を蹂躙していく。でも、世界にはその不条理を打ち倒す者がいる。人はそれを奇跡と呼んだ」


 ゆっくりと、声を聞いて己の体が再構築されていく様な気がした。


「奇跡。不条理にとっての“不条理”を、されど私は好ましく思う」


 視界が形作られ、真っ白な空間に一つのテーブルを見つけた。テーブルを囲うように置かれた三つの椅子の一つに座る、蒼い服を着た誰かの姿も。


「歓迎するわ。奇跡に打ち倒されし新たなる不条理よ、世界は貴方を受け入れた」


 直後、自身の意識が完全に覚醒した。

 こちらを見詰め、静かに微笑む蒼を纏った女性の元に、何となく歩み寄った。ふと歩いている己の体に違和感を覚え、視線を下に移すとそこに黒い毛皮は存在せず、人間の様に細い腕があった。

 というか、もしやこの体は――


(まぁ、動けているのだから問題はないか)


 そう自分の中で完結させ、人の体という事実を特に意に介さずテーブルと椅子に座る女性の元へ辿りつく。


「気付いた上でさして驚きもしないなんて、ね。まぁいいわ、取り敢えず座りなさいな」


「あぁ、ありがとう」


 勧められるがままに椅子に座り、感謝を示す。己の喉から出る声に、疑念は確信へと変わった。

 この腕は、この声は、この体は、――シルヴィア、かつて己に憧憬の念を抱かせた人間の物だった。


「まぁ、自己紹介でもしておきましょうか。私の名は【蒼薔薇 ブルーローズ】、貴方と似たような、そうね……人間が言う所の固有種って奴よ。貴方は?」


「……私は、【白昼夢 デイドリーム】、と、呼ばれていた。本当に私がその名なのかは、分からない」


「能力と合致するし命名法則も守ってるから十中八九それで合ってるとは思うけど。さて、【白昼夢 デイドリーム】、貴方には二つ選択肢があるわ」


「選択肢……?」


 死した身で何を選択出来るというのか。


「貴方が死んだ今も尚、貴方の全ては貴方の物。遺すも生かすも貴方の自由なのよ? 選択肢の一つは血も、肉も、牙も、爪も、目玉も、心臓も、能力も、魂も、全ての貴方の物を貴方を倒した者に受け渡す」


「……【蒼薔薇 ブルーローズ】、貴方は何を選択したのだ? 私が彼らと戦っていた時、貴方と思しき者は何処にも見られなかった。それはつまり誰かしらの所有物としてあの場にいたのだろう。だが、貴方が今言った選択を貴方が受け入れたのならば【蒼薔薇 ブルーローズ】は存在しない筈だ、己の全てを英雄の糧にしたのならば」


 【蒼薔薇】は溜息を吐き、【白昼夢】を見据えた。


「話は最後まで聞きなさいな、選択肢は二つと言ったでしょう? まぁ、いいか。……私はね、許せなかったわ」


 今まで台本に書かれた事を反芻する様な喋り方をしていた【蒼薔薇】の声に熱が篭もる。


「ふざけるなと言いたかったわ。今思い出しても腹が立つ、私を倒したから私の全ての所有権がこちらにあると言いたげなあの目を、それがどうした? 私の血は一滴たりとて私の物だ。私の肉は一片たりとて私の物だ。私を構成する全ての物は須らく私の物だ。私は、私だ」


 激昂をその身に宿した【蒼薔薇】は、「だから」と続ける。


「私は力を貸してあげるのよ。あくまで“私の能力”を」


「それが、二つ目の選択肢、か」


「えぇ、どの道私達の力がただの人間に一から扱える訳が無い。拒否権はほぼ無くなるけど大抵の事は出来るもの、私という存在を残せるのならそっちの方がいいわ。さて、私の話はこれでお終い。後は、貴方の選択よ。……一応聞いておくけど、貴方が生きてきた世界に未練は無いわよね?」


「……穴倉に置いてきた我が子の事は少し気がかりだが、まぁ、私の子達だ。二匹で生きていけるだろう」


「――は?」


 軽く零した【白昼夢】の未練に信じられない事を聞いたと【蒼薔薇】は驚愕の声を出す。


「え、は? 貴方、子供がいるの?」


「? あぁ、二匹程」


「……固有種よ? 何で子供が、え、種の存続が可能な固有種とか聞いた事が、……一応聞くけど、単性生殖とかじゃなくてあれよね? 番であれこれをした結果よね? 相手が同じ固有種ならあるいは」


「そこらの白いのを適当に捕まえて幻影で」


 【蒼薔薇】は白いテーブルに突っ伏した。美しい蒼髪を波立たせ、ぼそぼそと呟く。


「……blue rose、固有種が子を成すなんて。個として確立され、完成した生命体として世界が定めた筈なのに、……世界でも欺いて見せたって言うの?」


「……どうしたんだ? 大丈夫か?」


 少し心配に思えてきた【白昼夢】は困惑しながら声を掛ける。顔を上げた【蒼薔薇】はこちらにジト目を向けながら答えた。


「……えぇ、大丈夫。割り切ろう、【白昼夢 デイドリーム】はそういうタイプだった。総合的な力が弱い固有種が子を成す事が出来るのか、形が普通の魔物に似た固有種はその近似種と子を成す事が出来るのか、はたまた別の理由かは分からないけど。もしかしたら魂の受け渡しも出来てたかもしれないけれど……、まぁ、終わった話よね」


「私が弱いのか?」


 先程の呟きや今の、恐らく独り言、【蒼薔薇】が言っていた事が殆ど分からなかった【白昼夢】は辛うじて意味が分かった力が弱いという部分に反応する。


「総合的に見れば、ね。身体的なステータスで見れば私の足元にも及ばないし、様々な場所で自分に有利な状況に戦場を変化させられるその能力の強さは認めるけれど、応用力しかないのなら一点特化の私には叶わない。純粋な理不尽さも、無理が通る範囲も、世界の改変能力も」


 全く気負う事無く【蒼薔薇】はそう言ってのけた。それは純然たる事実を述べているようであり、事実としてその通りなのだろうと思わせられる程、自然に殺意を練り始めていた。

 偽りの殺意なのだろうと何となく分かってはいたが、次の瞬間には己の喉笛を食い千切られるのではないかと錯覚するほどに濃密な殺気を受け、【白昼夢】は額に汗が伝う感覚を受けた。


(これが冷や汗を流す、と言う感覚か。なる程、気持ちのいい感覚ではないな)


「言葉遣いを改めた方がいいか?」


「結構よ、貴方の幻影は世界を自分の思い通りに塗り替える強力な能力だけど、弱点もある。己の想像力に比例して幻影の力が高まっていく、つまり想像力が皆無なら幻影もまた無力という事。教育を受けられるのなら話は別だけど固有種にそんな環境が望めるわけも無い。だったらどうするか、教育を受けた、つまるところ人間の発想を借りればいい」


 人差し指で長い髪を絡めながら【蒼薔薇】は語りかける。


「子供じみた頭でも相手の頭の良さを利用するって考えは浮かんだんでしょうね。捕まえた相手の知識を幻影で引き出して己に還元する、それで人間の考える事が段々分かってきたんでしょう? さっきの言葉使いを~って流す方法、人間でないと浮かばないもの。普通は抵抗か服従か、よ。まぁ、人間の知性を手に入れる途中で英雄に会いたくなったりして、余計にこそこそ出来なくなったんだから良く出来てるわよねぇ」


 【白昼夢】の戦力の増強方法、行動理念、どうやって生きて来たかをすらすらと答えていく。


「何でそこまで」


「――それ」


 スッと巻きつけていた髪を解き、人差し指を【白昼夢】に向ける。


「シルヴィアの体よね? 死後もそこまで執着してるなら分かるわよ。まぁ、私は普通じゃないけれど。……にしても所々貴方が入ってるとはいえ外面だけ見れば完璧なまでにシルヴィアねぇ、吸収した想像力を何に使ってるんだか」


 バンと【蒼薔薇】の左腕が白いテーブルの天板を叩く。瞬時に天板が鏡面へと変わり、【蒼薔薇】と【白昼夢】を映し出す。

 どう考えてもありえない事だったが、【白昼夢】以上と断言されてしまった【蒼薔薇】の力による物ならば出来ても不思議ではないのかもしれない。


 薄く、白みが差した肌に健康的な赤い唇、左右で色の違う宝石の様な瞳、何の取っ掛かりも無く流れる黒の長髪は毛先が白く染まり、時々ノイズの様な物を発している。

 両目と毛先は【白昼夢】の物と見て間違いないだろうが、それ以外は全てシルヴィアの物だ。

 借り物とはいえ少し【白昼夢】の口元が緩む。


「……何笑ってるのよ、思った以上に可愛かったのがそんなに嬉しいのかしら?」


「いや、それは」


「まぁ、いいわ。話を戻しましょうか。最初の選択よ。貴方は貴方の存在を証明する全てを貴方を倒した英雄に受け渡す事を望むかしら? それとも貴方を構成する血肉を渡す事無く、代わりに貴方の能力の全てを貸し与える事を望むのかしら」


「……私は」


「久しぶりの話し相手だからゆっくり選んで欲しいとは思ってるけど、あまり時間も無いわ。今すぐに決めて頂戴」


 少し、考える。自分がどうしたいのか。ついさっきまでの【白昼夢 デイドリーム】としては英雄に殺されたあの場で果てても問題無かった。だが、形は違えど生き永らえる道もある。今から完全な死を選ぶ事も出来るが、そこまで死に固執するのもおかしな話だ。

 選べる道は二つに一つ。全てをかなぐり捨て、己を打ち倒した英雄の糧となるか、己の力を貸し与え、英雄の行く先を指し示す道標となるか。英雄という言葉に憧れ、その名を持つ者の手で死にたいと思い、その願いは叶えられた。この選択で次の願いが叶うのなら、己を倒した英雄がこの先何を為すのかを見てみたい。そう、【白昼夢】は考えた。


「――そう、それがあなたの選択なのね」


 【白昼夢】の思いを悟ったのだろう。【蒼薔薇】は微笑み、席を立つ。


「残念だけれど、私はこれ以上ここにはいられないわ。さっさと帰らないと怒られちゃうものね。【白昼夢】、貴方とのお喋りは楽しかったわ。また会いましょう」


 【白昼夢】に背を向け、歩き出す【蒼薔薇】の姿が薄まっていく。この世界から消える間際、「あぁ、そうそう」と【蒼薔薇】は思い出したかの様に振り返る。


「そっちのおちびさんとも、また会える日を楽しみにしているわ」


 【白昼夢】の隣を指差し、今度こそ「じゃあね」と【蒼薔薇】の姿は掻き消えた。

 先程【蒼薔薇】が指し示した場所には何も無く、何を言っていたのかと結局元に戻ってない白いテーブルの天蓋を見て、――そこに約十歳程の少女の姿が映し出されていた。


「……ばれた」


 【白昼夢】の耳にその少女の物と思しき声が届く。先程は誰もいなかった筈だが、どうやって現れたのかと考えて違うか、と思い直す。


(そっちのおちびさん、と言っていた【蒼薔薇】は少なくともこの少女の事が認識出来ていた。今まで隠れていただけか。私の認識から)


「……違う、貴方が見えなかっただけだよ。夜空を見上げて特定の星一つだけに注目し続ける事が出来る? 普通は無視するよね」


「何者だ?」


「……私の事?」


 この少女以外に誰がいるというのか。


「……難しい。取り敢えず、私はかつて【流星雨 スターダスト】と呼ばれた固有種。その成れの果て」


「成れの果て……?」


「……うん。私には役割があった。けどそれを果たす前に倒されて十三の破片に分断されちゃったの。他の私達は剣とか指輪とかに分かれてる中で、私はペンダントだった。力が弱いから使い手を選ぶなんて事は出来なかった、変わりに呪いの装備になる事は出来たけど」


 しれっととんでも無い事を口に出す【流星雨】、聖剣魔剣の類程ではないにせよ自分の意思で装着者に呪いを掛けられるペンダントは十分強力だとは思うが。


「……取り敢えず私は挨拶に来ただけ。【蒼薔薇】が言ってたみたいに久しぶりに話し相手が出来たから嬉しかった」


「そうか、あぁ、二つほど聞いていいか?」


「……内容による」


 そう言う【流星雨】だったが、屈託のない笑みを浮かべており何でも答えてくれそうな雰囲気ではある。先程言っていた様に話し相手が出来た事が余程嬉しいようだった。


「今更なんだが、ここは何処なんだ?」


「……ここはお茶会の会場。二体以上の固有種の残滓が集まるとこうして談合の為の空間が形成される。ここでは幾らでもお茶が飲めたりお菓子が食べられるからお茶会って呼んでる。お菓子が好きな固有種があまりいないからお茶会は出来無いけど」


「なるほど?」


 試しに紅茶とクッキーを二人分作り出してみる。取り込んだ人間の記憶を頼りに念じると、幻影を作り出す感覚で割と簡単に空間から紅茶とクッキーが出てきた。


「なるほど……」


 クッキーは作り出した直後に【流星雨】が掻っ攫っていったので紅茶の方に口をつける。

 まず苦味、次いで何かの葉の香りが鼻腔をくすぐり、最後に微かな甘みが喉を通り過ぎた。今まで飲んできた物といえば川の水か敵の血ぐらいなものだった【白昼夢】にとって紅茶とは初めて味わう不思議な物だった。


「……甘みが雑、初めて作ったにしてもクッキーとしては及第点すら与えられない」


 ザクザクとクッキーを咀嚼しながら文句を零す【流星雨】だったが、残さず平らげた後で紅茶を啜り「でも」と続けた。


「……紅茶は美味しい」


「そうか」


 そう言われると、何となく嬉しくなってくる。何と言うか、ここに来てから人間らしくなっている気がする。以前よりも丸くなっている様な感覚を覚えるのだ。

 だからといって一口飲んだ後で角砂糖とミルクを大量に投入した上で一息に飲み干していたのは無性に腹が立ったが。


「……で、聞きたい事ってこれで終わり?」


「あぁ、そうだった。お前の事は何と呼べばいい? 少なくとも【流星雨 スターダスト】は十三体いるのだろう?」


「……全く考えた事が無かった。私の事は、……んー、めんどくさい。【白昼夢】が付けて」


「クッキー」


「却下」


 【流星雨】が付けろと言ったにも関わらずこの仕打ちである。やけに即答だったし、そこまで嫌なのかと。


「何番目に分かれたとかないのか? 流石に何も無い状態から名付けは……」


「……ほぼ同時だったけど強いて言うなら9番目」


「9、……9か」


 暫く悩み、己の持つ知識をフル稼働させる事しばし。


「……ノウェム、とかはどうだ」


 ノウェム、ラテン語で9を意味する言葉だが、【白昼夢】が今まで吸収してきた人間の記憶には無く、薄っすらとノービスの記憶を垣間見た事によって覚えた新たな知識である。

 何故今までの人間が知らなかったのかは正直今はどうでも良かった。


「……ノウェム、うん、ノウェムか。ありがとう【白昼夢】、私は今からノウェム」


 気に入ってくれたようで何よりである。


「……じゃ、【白昼夢】またその内」


「また合う日があるといいが」


 そう【白昼夢】が言うとさっき言った事を忘れたのかとでも言いたげにこちらを見る。


「……お茶会会場の発生条件は二体以上の固有種の残滓の接近」


「……んう?」


「……そして見る限り能力の行使権限の大半はトリス・ファルカトラに宿ったみたいだけど本体はノービスに宿ってる」


「そうなのか」


「……私もノービスの所有物で今能力を開放してあげた。つまり私と【白昼夢】は常に接近状態」


「……なるほど、何時でもお茶会が開けるのか」


「……その通り」


 どれだけお茶会に飢えているのかと呆れはしたものの、話し相手をずっと欲していたのだと思い直し、【白昼夢】は笑って次のお茶会の約束を取り付ける事にしたのだった。


「分かった。ノウェムがお茶会を開きたいのならば何時でも会場を作るとしよう」


 白テーブルと椅子だけの簡素な世界が崩れていく。この後自分達は魂が宿る場所にそれぞれ帰るらしい。ノウェムはペンダントに、【白昼夢】は宿主のどこかしらへと。


 ――こうして一回目の茶会はお開きとなった。



何か思ったより膨れ上がりそうで不安。

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