第28話 《白昼夢⑱》飛翔、流星の如く煌いて
ここを切るのは違うよなと思いましたので丸々投稿。
ともあれ白昼夢編、最終話です。
夕日が照らす“天鈴山”の頂上を彩るように白い残像を残し、“白昼夢 デイドリーム”はトリスに肉薄する。
“白昼夢”の爆発的な強化の仕組みは至極単純なもので、ただ他に割いていた能力を己に還元しただけである。
詰まる所、“白昼夢”は始めから手を抜かず、本気で戦っていたのだ。力を向けていた先が異なるだけで。
「――くっ」
だが、驚異的な強化を経た“白昼夢”の攻撃を、トリスは避けきった。
戦闘開始と同時に本気を出していれば、反撃する暇を与えずにトリスを殺す事が出来た。トリスのステータスが“白昼夢”を上回るよりも早くこの姿になっていれば攻撃を回避される事は無かった。
しかし現実に攻撃は回避され、ほらこの間にも反撃とばかりに突き出された刃が皮を、肉を深く抉る。どうやら“白昼夢”が本気を出すには少しばかり遅すぎたらしい。
それならそれで構わない。どう足掻いても死ぬと言うのなら、全員を噛み殺してから死んでやろう。
『■■■――』
「笑ってんのか」
あぁ、笑うさ、笑うとも。
ここまでの高揚は久方ぶり、……いや、もしかしたら初めてかもしれないな。己の責務すら忘れてここまで全力で戦える日が来ようとは。
『■■■■■――――!!!』
「本当に楽しそうじゃねぇか」
それはそうさ、トリス。そしてお前もそうだろう? 笑っているぞ? 宿敵との血で血を洗う闘争は楽しかろう?
「お前が何を言いたいのか分かってきたよ。……一緒にすんじゃねぇ。お前とは違うんだ」
そうだろう、それはそうだろう。私は私、お前はお前。違って当然だ。
「お前は倒す。絶対に」
やってみろ。お前にはそれだけの力がある。
“白昼夢”が己に掛けた幻覚、“限界突破”。本来フィールド全域を覆い尽くすほど強力な幻覚の能力を自身に全て掛ける事により概念の領域に片足を突っ込むレベルにまで昇華した。
本来の黒毛から伸びる白毛は高密度に凝縮された実体を持つ幻影。明らかに世界から逸脱したその“白昼夢”の異様な力も固有種なればこそ。
白くたなびく白毛を揺らし、残像を残す速度で“白昼夢”はトリスに迫る。トリスの間合いの少し手前から自身と全く同じ幻影を作り出し“白昼夢”はトリスの背後へと回る。
瞬間的に狙う対象を増やし一瞬でも隙を作れれば上々、しかしトリスはまやかしに惑わされる事無く“白昼夢”のみを見据えていた。
――ぞぶり。
“白昼夢の首元から奇怪な音が聞こえた。それはトリスの持つ剣が首筋の奥深くまで潜り込んだ音であり、“白昼夢 デイドリーム”が遂に一番の致命傷を受けたという事である。
己の勝利を確信したトリスはようやっと手に入れたチャンスを無駄にすまいと己の剣を更に突き立てる。故にトリスは気付かない。“白昼夢”がこの状況をこそ望んでいた事を。
『■■■■■――――!!!』
ゼロ距離の咆哮。それを受け、一瞬視界がブラックアウトしたトリスは直ぐにその場から離れた。
視界が復活し、トリスは己の剣を回収し損ねた事に気付いた。
同時に、首を貫かれても尚トリスを殺さんと迫る“白昼夢”の姿にも。
◇◇◇◇◇
「……32」
ノービスの持つ細剣がモンスターの一体を貫く。輪郭が崩れ、塵と化すのを尻目に次のモンスターへと目を向ける。
「……29」
アーツ《ペネトレイト》が発動し、三体のモンスターを纏めて葬る。効果が切れた【強運】を掛け直し、次を切る。
「……26」
右手に持った“天聖鈴の細剣”を打ち下ろしから逆袈裟、レの形に振って二体。左側から迫っていたモンスターを“残照の細剣”で貫く。
「……21」
貫いた勢いをそのままに“残照の細剣”は火花を散らす。《二之針 灰桜》が発動した証だ。内部から爆散する5体のモンスターの塵を払い次に目を向ける。
「…………17」
前から来る鹿を蹴り【死神の接触】を使用し、そのまま兎の頭蓋を踏み砕き左右から来た猪を両手の細剣で同時に屠る。
「…………10」
《三之針 蒼雹》を使い一斉にノービスに向かって飛び掛って来た兎蛙猪鹿etc・・・七体を凍て付かせ、小石よりも細かく砕かれた。
「…………9」
【危険感知】の警鐘が背後から迫る危険をノービスに伝える。振り向くよりも前に左の肩に噛み付かれる。“白昼夢”の幻影による痛みに比べればたいした事は無いが、ノービスのHPでは直ぐに削り切られてしまう、そう考えるよりも早く“天聖鈴の細剣”の柄頭で殴りつけて一体を殺した。
「…………5」
左腕がうまく上がらない。気力を振り絞り《一之針 紫電》を発動させるも、連続して倒せたモンスターは四体のみ。
「………………4」
貫き、
「………………3」
貫き、
「………………2」
貫き、
「………………1」
貫いて――
「……………………0ッ」
――膝を突いた。
「――ッはぁ、これで全部、よね?」
荒い息を整えようと地面に突き刺した“天聖鈴の細剣”に体重をかけながら深呼吸をした。何となく抗議の念が漂っている気がするが無視。
震える手でHPポーションを飲み干すが全回復には至らなかった。あれだけ買い込んだ筈のアイテムを全部使い切ってしまったのだろうか。
(つらかった、もうちょっと慎重に戦えてたら少しだけでも楽になった――)
『■■■■■――――!!!』
純然たる殺意が込められた咆哮を聞き、ノービスは自身の肌が粟立つのを感じた。慌ててトリスが戦っている戦場へと目を向け――
――ぐらつき、武器を手放したトリスに“白昼夢”が刃の如き爪を突き立てんとする光景を見る。
「――トリスッ!」
トリスの元へ駆け寄ろうとしたノービスが一歩目を踏み出し、そのまま崩れ落ちる。まるで体が鉛にでもなった様に動きが鈍くなった。状態異常に掛かった訳ではなく、単純な疲労によってノービスは自分の体をコントロール出来なくなってしまっていた。
ノービスは思わず手を伸ばす。最早届かないと分かっていてもノービスはそうせざるを得なかった。足は動かず、手は土くれを掴む。それでもノービスは前を向き、声を荒げる。
「逃げてッ!」
ノービスが呼びかけた事が功を奏したのか、幸運にもトリスは転がる様にして“白昼夢”の爪を紙一重で回避した。
しかし、完全に体勢を崩し身動きが取れなくなったトリスに再度“白昼夢”の凶刃が襲い掛かり――
一陣の風が吹く。
次の瞬間辺りに響いた音は、硬質な物が肉を断つ様なものではなく、刃同士をかち合わせた様な甲高い金属音だった。
“白昼夢”の攻撃を防いだのはヴェンデルが持つ剣であった。
(良かった……)
ノービス達がここにたどり着いた時にはヴェンデルの戦闘は終わっていた。戦意を失ったものとして無意識に戦力から外していたが、トリスの戦いを見て何か思う所でもあったのかもしれない。万全の態勢でヴェンデルが挑み、されど勝つことが出来なかった“白昼夢”だが、トリスが止めを刺すまでの時間は十分に稼いでくれるだろう。
しかし、トリスの持っていた剣は“白昼夢”の体に深く突き刺さっている。武器が無ければ――
ふと、土くれを掴んでいた右手とは反対の手に持ち続けていた物を思い出す。こちらはトリスの扱えるものとは外れるだろうが、もしかしたら、もう片方の“聖剣”ならば。
◇◇◇◇◇
己に迫る死を防いで見せたのはトリスの祖父、ヴェンデル・ファルカトラだった。
「な、んで」
「ここまで、殺意を剥き出しにして来た“白昼夢”を見るのはこれが二度目だ。儂ではこいつの本気をッ――!」
ヴェンデルが持つ剣がギリギリと不吉な音を出す。
「――自分の手で見ることが、出来なかったッ!」
剣に罅が入る。
「……トリス、お前は儂に出来なかった事をやってのけた。正直に言おう、儂はお前が羨ましかった」
剣の罅が広がる。
「だが、それでも儂はな、トリス。お前が誇らしい。お前が儂では届き得ぬ高みへ手を伸ばした事がな」
ヴェンデルはここで己の剣が砕け散る事を悟った。であるならば、その前に伝えねばならない事がある。
「トリス、お前に謝らねばならん事がある。儂は“白昼夢”との戦い、いや、今までの人生の中でお前を“守らなければならない相手”として認識していた。……盲目になったと言われても仕方無いだろうな、お前に弱者という幻影を押し付けていたのだから」
「……」
「――トリス、強くなったな」
それは、トリスにとって一瞬とはいえ全てを忘れるほどに価値がある物だった。視界がぼやけるのもそのままに、トリスは胸に込み上げる何かを吐き出そうと口を開く。
「――俺、は。俺ッ!」
「トリス、今は何も言わなくていい」
トリスの言葉をかき消す様にヴェンデルはトリスに振り返り、そして微笑んだ。
「帰ったら、話したい事がある。その時にでも、聞かせてくれ」
ヴェンデルの剣が砕け散る。阻むものが無くなった“白昼夢”の爪刃がヴェンデルの体を裂き、血飛沫を辺りに撒き散らす。
「――……」
背筋に氷柱が差し込まれたかのような悪寒と焦燥感を抱くトリス。彼の正気を取り戻したのは鈴の様な音を立てて足元に突き刺さった一本の細剣。
これから何をすべきか、使えと言わんばかりに地面に突き刺さった“天聖鈴の細剣”を抜き払い、トリスは背後のノービスを一瞬だけ見た。
ノービスは左手にスリングショットを持ち、トリスに向かって右手で目を隠す様な動作をした後に人差し指を上に向けた。
ノービスの動作の意味を悟ったトリスは右目を閉じて“白昼夢”に向き直る。
『■■■……』
ヴェンデルを切り裂いた後、眩暈を起こした様に紅と蒼の瞳の焦点がぶれる。今までのダメージが積み重なった結果、“白昼夢”はここで致命的な隙を晒す事となった。
“白昼夢”の首元を抉る様に深く突き立てられたトリスのクレイモア。それを足場にし、空高く飛ぶ。
『■■■■■!!!』
歪む視界の中、自身を踏み台にしたトリスを喰らわんと“白昼夢”が口を開く。
だが、“天鈴山”を照らす暁光を上回る閃光が辺りを支配し、結果として“白昼夢”の目が使い物にならなくなった。それはノービスが持つスリングショットの専用弾である“閃光弾”による物。致命的な隙を決定的なものに変えるための一手である。
閃光が止んだ頃にはトリスの跳躍は“白昼夢”の遥か上空で勢いを失い、降下する。
「――清廉なる鈴の音を。荘厳なる山麓を。深雪は霊峰を飾り、極光は神座を彩る。来たれ星天、神の威をここに」
トリスの口から紡がれるその言葉は正しく“天聖鈴の細剣”の力を解放する言霊。
「――【星霊颪】」
“天聖鈴の細剣”が極光を宿し、光が尾を引いて“白昼夢”に衝突する。
星の光を宿したそれが己の体を貫く間際、“白昼夢”は誰かの声が聞こえた。
――何時だったか、お前さんが人間に希望を持ち、英雄に殺されたがる様になった時に殺した何処ぞの誰かさんから仕返しだ。いい加減、黙って殺されろよ、ワンコロ。
『――■■』
その声を聞き、“白昼夢”は笑った。嘲る様な嗤いでは無く、己の命を奪う英雄に対する最大限の賞賛を持って。
「終われぇええええええ!!」
“白昼夢”は最後に声高らかに笑い、眩い光が“白昼夢 デイドリーム”を貫いた。
――それはまるで、流星の如く煌いて。
◇◇◇◇◇
光が止んだ後そこにいたのは心臓をトリスが持つ“天聖鈴の細剣”で刺し貫かれ、力無く横たわる“白昼夢”の姿。塵と化す事が無い所を見るにまだ生きているのだろうがそれも時間の問題だろう。
“白昼夢”の黒毛から伸びる幻覚の白毛が、時間切れによって元通りとなった満天の星空に解けていく。戦闘が終了したと判断したのか【頂への歩み】による強化が解除されたトリスを見詰める“白昼夢”は、微笑を口元に浮かべ、残り少ない命を削り幻術を発動する。
「――くっ、まだ戦うのか!?」
風が顔を叩きつける感覚を受け、トリスは思わず目を閉じてしまった。
『――やっと話せる、な』
暫くして風が止み、目を開けたトリスに掛けられた声は聞いた事も無い、しかし何処か安らぎを覚える女性の声だった。
先程まで“白昼夢”がいた場所には変わらず巨大な黒狼が横たわっていたが、声はそこから聞こえた。この声は……。
『そう、私だ。だが許せ、私は人の声を持たない。故に借り物の声で話させてくれ』
「……その、声は」
『お前にも縁のある物だ。私に闘争の愉しさを教えてくれたシルヴィアの物だ。トリス、お前の、そう、祖母になる女だ』
シルヴィア、その名はトリスにとって強い意味を持つものだった。己の祖父であるヴェンデルの妻、ヴェンデルが“白昼夢”に対する復讐を誓った原因。トリスが終ぞ聞く事の無かった声である。
『死者が残せる物は数少ない。私は私が殺した者の声だけでも残そうと、何時の日からかそう思っていただけだ』
“白昼夢”の声が変質する。それはトリスが最も長く聞いた男の声。
『勿論お前の父であるグリム・ファルカトラの声も持っている。癪に障るようであれば戻すが?』
「……正直、少し複雑だ」
ならば戻そう、と“白昼夢”は再びシルヴィアの声でトリスに語りかける。
『私に、何か聞きたい事がありそうだ。答えられる事であれば幾つか答えよう』
「……何で、親父――グリムを……」
『あぁ、お前はその為に来たのだったな。分かった。だが、それを説明するには少しばかり私の事も語らねばならない』
不思議な事に、この空間にいる時間が延びるにつれ“白昼夢”に対する復讐心が薄れていくのを感じる。そういう幻なのかと疑問に思うトリスに“白昼夢”は語りかける。
『――最期に、話しておきたかった。私の、私が行わなければならなかった、責務について』
「……」
『私には生き続けなければならない理由があった。それは生まれながらの物ではなく、“天鈴山”に住処を移してからの事だった。知っているか? 今でこそ沈静化しているがこの山はかつて活火山でな、少し前まで溶岩も流れていた』
「……それはおかしいだろ? この山に火口なんか無い。“天鈴山”が火山だったなんて聞いた事も――」
『火口が無い様に見えているのは当たり前だ。私が蓋をしたからな。そしてトリス、ここが火山だと聞いた事が無いのも当然だ。ここが火山だと、正確には火口に潜むモノの存在を知っているのは私と、お前達が聖女と持て囃す女だけだ』
「……火口にお前が隠さなきゃならない様な奴がいるのか?」
『あぁ、その通りだ。月光を喰らい幾らでもその体積を増やし続ける“闇”……それが私が、火口に封印しているモノの正体だ。普段の夜は遠くにいたとしても私の幻影で光を隠せば事足りるが、満月の夜はそうはいかない。高い生命力と実体を持つ、楔を打ち込む必要がある』
「――たとえば、人間みたいな?」
『……あぁ、その通りだ。モンスターが五百でもいれば楔にはなり得るが、少しばかり力が足りなかった。出来れば満月が昇る度、最低でもお前達が言う一年に一回は人間を核により深い幻影を掛けなければ“闇”が外に出てしまう。だから満月が昇る前に人間を捕まえていた』
「……」
『そんな事を繰り返す内、聖女と名乗る女が私に接触してきた。今も同じ人間が聖女を名乗っているのか、もう代替わりしているのかは不明だが、ともかく聖女が私に接触した事で出来るだけ隠れて生きていた私の存在が大々的に直ぐそこの人間の国に知れ渡った』
トリスの聞いた事のある“白昼夢”の逸話の中では人目を憚る様に行動していたという記述は一つも無いのだが、強大なモンスターがいるという噂程度には抑えられていたのだろうか? もしかしたら幻影を使っていたのかもしれない。
『奴は「神託を受けて」等と言っていたが、聖女の影響力は素晴らしい物だな。正体が露見して直ぐに騎士団が送られてきた。……この辺りからだろう、お前が知っているのは』
「……シルヴィア騎士団長率いる精鋭部隊数十名は僅か二人を残し戦死した。生き残ったヴェンデル・ファルカトラが次期騎士団長になった」
『あぁ、そうらしいな。……そういえば、無数の武器を扱う男も中々に強かった。ノービスが持っていたのはあの男の武器だろう? 何処かで見たと思っていた』
「……いい加減話してくれないか? 俺の親父について」
そうトリスは“白昼夢”を急かすが、何があったのかは既に予想が出来ていた。“天鈴山”には“白昼夢”を凌駕するナニカが封印されている。そのナニカの封印を維持するには人間の体が必要だった。ならばグリムがどうなったのかは想像に難くない。
『……そう、だな。結末から言おう。お前の父、グリム・ファルカトラには封印の核になって貰った。ある願いと引き換えに』
やはり。だが、それはそれで妙だ。些か不謹慎かもしれないが、シルヴィア率いる精鋭部隊の壊滅でストックはある筈なのだが。……?
「願い……?」
『あぁ、不思議な事に、……あぁ、本当に不思議な事に何故か聖女が“闇”と封印の事を知っていた。だからか、「神から神託を授かったと偽り一年に一度秘密裏に信者を送り込む、代わりに自衛を除き人間を殺すのをやめて欲しい」と言われた。だが、……ふふ、もしかしたらそれがいけなかったのだろうな』
それはつまり、――生贄、という事だろうか。
『もしかしたらお前も疑問に思っているかもしれないが、私はストックを溜め込んできた。何時封印が剥がれ落ちても良いように。だが、私の封印では人間を核にしても持たなくなっていた。年を重ねる毎に“闇”が強くなっていってるのだ。……世界が“闇”を起こそうとしているのかもしれない』
一拍。
『だから、私が今ここで死ななかったとしても時間の問題だっただろう。それを何らかの方法で察知した聖女が、……お前の父親を送った』
封印の生贄が足りなかったから増やした、という事だろうか。であるならば父親の命を奪った元凶は聖女――
『それは違う。大局的に見れば聖女は正しい事をした。恨むのであれば“闇”か私を恨む事だ』
「……何でか、お前と話してから憎む気持ちが薄れてってる。お前の事は許せない筈なのに、……目の前で、親父を食い殺した筈なのに!」
『……そうだった、そうだろうな。グリム・ファルカトラが天鈴山に来た時、傍らには小さな人間の子がいた。ただの自己満足だが、……ふふっ、生贄としてここに来た者には出来るだけ願いを叶えてやろうと思っていて、な。まぁ、死ぬ時くらいは、……幻影だろうと幸福であって欲しいと、そう、思ってしまった』
先程までしっかりと出来ていた受け答えが乱れ始め、周囲の空間にノイズが走る。
『あいつは、子を見て、私を見て、「この子を英雄にしてくれ」、って、そう言って、それは、幻影にしか頼れない私にも出来る事だった。だから、「目の前で親を食い殺す」という幻影を、前後の光景だけ、切り抜いて、子に掛けた。……あぁ、そうだな。それがトリスだ。お前は、何時お前の父親が殺された光景を見たか、正確に覚えているか?』
「それは……!」
覚えていない。だが、「グリム・ファルカトラが目の前で食い殺された」光景はいつも目に焼きついていて、だから今日まで復讐心を絶やす事は無かったし、その忌々しい過去に考えを巡らせる事は無かった。
『すまなかった、……許せ。私は、人間を動かす方法を“復讐”という形でしか知らなかった。それはきっと、ヴェンデルの姿が頭に浮かんだから。だいぶ苦労したのだろうな。……他人事のように言うと、お前は思っているか? そう、だな。私では、お前の気持ちを真に理解する事は出来ない、だろうな』
トリスの全てを見通すように開いていた目はいつの間にか閉じられていた。
『だが、お前は見事私を、……倒してくれた。……あぁ、私は何度も夢見ていた。私の生を終わらせる英雄が現れる事を』
“白昼夢”によって形作られていた世界が崩れていく。
『“闇”の事は、当面は大丈夫だろう。今、“闇”が封印される気配を、感じた』
「お前以外にも封印出来る奴がいるのか……?」
『あぁ、……私と似通った力を、感じる。……いや、似ているのは、もっと、根本的な、所かもしれない、な。……最期に、あぁ、これが本当に最期だろう。トリス、“天鈴草”を知っているか? ……私の幻影を糧に、花を咲かせるという、とても不思議な花だ』
“白昼夢”が辺りに自身の血を撒き散らしながら、ゆっくりと立ち上がる。
『その花を墓前に添えてみるといい。肉体はとうに無くとも、魂はそこにある』
偽られた世界の崩壊が加速する中、巨大な体を歪め、――咆哮。
『■■■■■――――!!!』
(あぁ、私は幸せだ。幸せだったのだ――)
◇◇◇◇◇
崩れかけた世界は薄く、白く染め上げられ再構築された。そしてすぐに幻影に満たされた世界は終わりを告げ、満点の星空が姿を現した。
“天鈴山”の頂上に、淡く光る鈴蘭の様な花が咲き乱れる。蛍の様な光の粒子が辺りを飛び交い、未だに夢の中にいるのではないかと思わせられるほどに、それは美しい光景だった。
だが、“天鈴草”の花畑に横たわる“白昼夢 デイドリーム”の死して塵に変わりゆく躯が、これが現実であると知らせてくれる。
《ユニーククエスト“流星の如く煌めいて”アクトFinal“白昼夢と英雄”のクリアを確認。全アクト成功報酬を成功に直接関わったプレイヤーに分配します》
無機質な機械音声と幻想的な花々がトリス達三人を祝福する。
己の父親を殺した“白昼夢”へ対する復讐心、これまでその感情を主軸に生きてきた。だがそれは的外れともいえる物であり、結果として英雄に殺された“白昼夢”と、危険な固有種を討伐した英雄が残された。
正しい事をしたのだろうか? トリスが知る皆は「正しい事だ」と言ってくれるかもしれない。でも――
「分からなくなっちまった。英雄を名乗っていいのかどうか」
“白昼夢”の元へ歩いていき、足元の“天鈴草”を二輪摘み取り、一本を白昼夢の心臓へと捧げた。
「ありがとうよ、“白昼夢”」
やがて“白昼夢の体の全てが塵へと還り、二本の剣が“天鈴草”の上に落ちる。
「……終わったか?」
トリスが振り返るとそこには脱力したノービスを小脇に抱えた亜人種の女性、そしてヴェンデルにHP回復ポーションを振り掛けるサカマキの姿があった。
意識が無いとはいえ呼吸が安定したヴェンデルを見て安堵の吐息を吐いたトリスは答える。
「――あぁ、終わった」
女性はノービスを、サカマキはヴェンデルを、そしてトリスは二本の剣と一輪の花を抱え、“天鈴山”を後にする。
こうして、一匹の巨狼を巡る一夜の戦いは幕を下ろした。“白昼夢”から聞かされた“闇”の存在に何処か薄ら寒いものを覚えながらも、彼らは帰路に着く。帰ったら何をしようか。まずは、祖父が目を覚ますまで傍らで待っていよう。
それから、沢山話をしよう。
――夜が、明けるまで。
さ、番外編三話くらい書かないと……。サカマキの奴とアルバの奴とあれが残ってるんだよなぁ。
後、正直に申し上げまして今回突貫工事的な部分がちらほら見受けられるかと思います。もし誤字脱字、ここおかしくねぇ?などの疑問がありましたら感想でお伝え下さい。出来る限り早めに修正いたしますので何卒よろしくお願いいたします。




