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シード・オブ・ユグドラシル~幸運極振り死神さんは、確定必中即死使い~  作者: 砂場の黒兎
白昼夢と流星雨 The Daydream and Stardust
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第26話 《白昼夢⑯》英傑、青年の決意

長らくお待たせしました。

26話目です。



『アンタは、何て名前なんだい?』


 ――……?


『おーい? アンタの名前だよ。聞こえてるかぁ?』


 ――あな、たは?


『おっとこりゃ失敬。アタシから名乗るべきだったね。アタシは、……うーん、取り敢えずスズとでも名乗ろうか。さて、アンタの名前は?』


 ――……私、は、一条、双葉……。


『うんうん、……うん? イチジョーってのはもしかしてこの世界以外での名前かい? ……参ったなぁ。それ以外は?』


 ――ノー、ビス……?


『うーん、合ってるみたいだ。……おろ? アンタ、わんこと戦いに来たのは二人だけなのかい?』


 ――なに、を……。


『あー、んーまぁ、そうだろーなぁ。まぁ、いっか。じゃあノービス、話が変わるようで悪いのだけど――馬鹿なのかい? アンタって奴は』


 ――え。


『幾らアンタに死の力が使えるって言ってもアンタ自身は生きてるんだ。切羽詰った戦いになれば視界が狭まるのは当然さ。でもね、わんこの攻撃を害は無いと高をくくって何もせず受けるとか何考えてんだい全く……』


 ――……いきなりそんな事言われても……。


『いきなり? いいや違うね。アタシはずっとアンタに語りかけてた。今までアンタはそれを知覚出来ていなかった。ったく、面倒くさいったらありゃしない』


 ――……え。


『初の会話がこれたぁねぇ。アタシ等の扱いくらいちゃんとしてくれよ。これじゃ残照のが浮かばれねぇわ』


 ――……もしかして。


『察しが良い奴は嫌いじゃあない。まぁ何だ。聖剣とかは喋るもんだろ?』


 ――そういうものかしら……。


『そういうものさ。さて、アンタは残照の奴をピカピカ光るだけの剣としか認識してねぇ、本当の能力をアンタは知らねぇんだ。だからこの短い時間で教えてやるよ。細剣の基本的な扱いは、……まぁ、諦めろ』


 ――えぇ……。


『仕方ねぇだろーがよぉ。スキルに頼りきりだからこうなるんだ。……おっと、いよいよ時間が無くなって来た。いいか、これは別に難しい事じゃない。“残照”が世界に齎す結果と、そいつの存在理由を知るだけさ』



◇◇◇◇◇



 ノービスは目を覚ます。頭が思うように働かないが気絶でもしていたのだろうか?

 目を覚ます前の記憶は朧げだが、モンスターの群れがノービスに向かって殺意をむき出しに襲い掛かってきていた事は覚えている。先程の夢に出てきたスズとの会話も。


「お、やっと目覚めたか」


 一週間ぶりに聞く、その声にノービスは顔を歪める。


「この一週間何してたのよ、サカマキ」


 そう言えばモンスターに襲われる前にサカマキの声を聞いた気がする。……これで二回目か。

 体勢的にノービスをお姫様抱っこしているのだろうサカマキはノービスの愚痴を聞き流し、眼下に目を向ける。

 ……眼下?


「久しぶりだな。ノービス」


「あら? クレハじゃない、久しぶり。私どれ位寝てた?」


「十秒もたってないんじゃないか? ノービスがその気なら直ぐにでも戦線に復帰出来ると思うが」


 サカマキと同じ様に上からノービスの顔を覗くクレハと挨拶を交わすが、クレハの言葉でそれ所じゃない状況だった事を思い出す。

 慌てて辺りを確認して、硬直する。


「……ん、え、何で空?」


 ノービスを抱えたサカマキとクレハが立っていたのは辺りにスナイプホークが飛び交う“白昼夢”の頭上――


 ――の、遥か上空であった。


 先程よりもずっと星が鮮明に心なしか酸素が薄い様に感じながらもノービスは下を見る。サカマキ達は空に浮かんでいる訳ではなく、“天鈴山”のどこかから生えている茨の様な物を足場にしている様だが、正直言って理解が追いつかない。

 こんな高度まで伸びる茨がある訳が無いし、細い茨が二人+一人の体重を支えきれる訳が無いし。だが、まぁ、魔法とかがあるのだからそういう物なのだろうと思う事にした。

 肝心な“天鈴山”の頂上に目を凝らすノービスだが、その必要も無い程はっきりと頂上に変化が現れた。


 “天鈴山”の頂上を覆う、シャボン玉の様に光が歪んでいる様に見える球形の空間。ヴェンデルが戦っていた時から展開していたのだろうその結界が徐々にその色を黒く染めつつある。


「行かなきゃ――!」


「まぁ待て」


 地表からは程遠い遥か上空であるにも関わらずノービスはサカマキの腕を振り払い“天鈴山”の頂上に向けて落ちようとするが、直前にクレハが腕を掴み落下を阻止する。

 サカマキは止める気は無かった様だがクレハとしては流石に無謀と分かりきっている自殺行為は看過出来なかった。赤子の手を捻る様にノービスの行いを阻止する事に成功したクレハは、その気になれば一番簡単にノービスを止める事が出来たサカマキに目を向ける。


「何で止めない」


「んー? そりゃお前面白そうだからな」


「……サカマキ、お前……」


「んあ? あー、いや、お前何か勘違いしてねぇか?」


「はぁ?」


 暴れるノービスを小脇に抱え、クレハは疑問の声を上げる。

 先程から何かに集中しているのか何処か上の空になっているサカマキはクレハに向かって何でもない様に告げた。


「そいつ、今ならこの高さから落ちても死なないぞ?」


「……は?」


「んー、何て言えば良いか……。あー、さっきな? ノービスの会話を聞かせてもらった」


 ノービスの動きが止まる。サカマキの発言とノービスの反応からその何かしらの会話に落下死しない理由があるのだろうが、繋がりが見えずクレハは次いで質問する。


「何でそれが死なない理由に繋がる。いや、そもそも誰と話したんだ?」


「それなんだがな」


 ぼうっとしていたサカマキはそこで言葉を切り、驚愕と困惑が入り混じる表情を浮かべたノービスに向き直る。


「ノービス、お前……魔剣、いや、“聖剣”を持ってるんだろ」


「――ッ!?」


 ノービスに投げ掛けられた確認。答えを確信しているであろうサカマキは硬直したノービスから目を逸らし、再び眼下に目を向ける。

 “天鈴山”の頂上が黒く蝕まれていく。この調子ならあと数十秒で山頂は闇に包まれる事だろう。


「俺、っつーか俺を含めた数人はそういう声が聞こえちまうんだ。まー、普通は不可能なんだがな?」


「……」


「という訳で話は聞かせて貰った。“聖剣”が出来る限りの手助けをするって事もな」


「なるほど、把握した。その“聖剣”とやらが落下ダメージ軽減のバフを所有者に掛けている訳か。しかしその言い草だと明らかにインテリジェンスアイテムだよなそれ、何処で手に入れたんだか。……で、だ」


 若干脱力して来たノービスを抱え直し、先程からずっとぼうっとしているサカマキに問いかける。


「さっきからお前、何してんだ?」


「んー、この山にもいる筈なんだよなぁ」


 全く問いに対する答えとはなっていないが、クレハはその言葉が何を意味するのかを悟った。


「まさか――ッ!?」


「おう。ノービスにゃ悪いが暫く付き合って貰うぜ」


「あぁ、そりゃ不可能だな、だからか」


「まぁな。おっと、トリスが危ない様なら直ぐ助けに行くから心配すんな」


「……それ、私がここにいる必要ある?」


 本音を言ってしまえば直ぐにでもトリスの元に行きたいノービスだったが、その願いは却下される。


「ダメだ。この場に二人も集まっている。その状況が必要なんだからな」


(二人……?)


 この場の人数との相違に疑問を抱きつつ、下ろす気が無いのならと残り少ないポーションを飲み干し、コンディションを整える。

 クレハに抱えられているせいで非常に飲みにくいのだが、飲みにくさの原因はそれだけではないのだとノービスが気付いたのはサカマキ達の足場の変化に気付いてからだった。


 ――幾重にも重なる茨が蠢いた。


 端から徐々に黒く染まっていく球形の空間が完全に漆黒に包まれる間際、“白昼夢”が幻影で隠していたのか、山頂に辿り着いた直後は気付く事が出来なかった火口が顕わとなり、その中で蠢くナニカが――



「――見つけたぜ」



 茨は解け、重力は放り出された三人を捕まえて地面に引きずり落とす。


「は? は!? 何やって、んだ馬鹿! 阿呆! あぁクソ着いてくんじゃなかった!」


 クレハの文句も風の音によって遮られ、落下は更に加速する。

 流石にいきなり過ぎた為に愚痴を言いたい気持ちはノービスも同じだったが、元々直ぐに降りようと思っていたので早々に切り替えて両手に二振りの細剣を手にする。

 と、そこに。


「ノービス、一つだけ聞きたい事がある」


「え、今?」


「ここからお前が考える最高の結果は何だ?」


 それはこの状況で聞くにはあまりにも奇妙な質問だった。

 逸る気持ちを抑えてノービスは応える。トリスは一人“白昼夢”と戦い、ノービスが相手取っていた無数のモンスターは総数こそ激減したものの数の暴力というアドバンテージを維持しつつトリスの元に向かうだろう。ヴェンデルは未だに動けない筈で、“白昼夢”の新しい技が今“天鈴山”の山頂に放たれようとしている。

 こんな絶望的な状況で希望的観測を行うとするならば。


「私かトリスが凄い力に目覚めて、一人の犠牲も出さず、“白昼夢”とその他有象無象を全滅させる。かしらね?」


 ノービスが述べた様に、トリスかノービスがヒーローになって全てを解決させる位でしかノービスの願いは叶わないのではないだろうか。


「ははっ、まるで夢物語だな」


 ノービスだって分かりきっている。


「断言してやる。そいつは不可能だ」


 そんな事は百も承知だ。


「だが……だからこそ俺が保証してやろう。お前らなら出来る。その夢はかなう」


 ……?

 風がサカマキの言葉を攫っていく。途切れ途切れの言葉を聞き直す為にサカマキに目を向けると、先程足場だった茨がざわざわと蠢き、サカマキの体を覆っていくのを目にした。

 ノービスの視線を感じたのだろう。こちらに向き直ったサカマキの体は既に半分以上茨に侵食され、その紅い右目と左目を隠す様に咲いた蒼薔薇が妖しく光り輝く。


「それ――」


「おっと文句はこの戦いが終わってからだ。俺が何しようとそれについて語るのはこれの後だ。良いな?」


「……分かったわ」


「よし」


 よし?


「手始めにノービス、お前が持つ最大の技をモンスターにぶちかませ」


 落下が加速するにつれてノービス達の存在に気付き始めたスナイプホークが高度を上げて襲い掛かろうとするが、一定高度――9割以上が黒く染まった“白昼夢”の結界――から高く飛ぶ事は無かった。

 どうやらノービスを殺したと思い込んだ事により気が緩んだのか再び“白昼夢”の庇護下に入ったらしい。


(もう失敗はしない。最短ルートで最善を)


 そして遂にその時が来た。

 ノービスが結界内に侵入すると同時に世界が闇で満たされる。“白昼夢”の幻影の影響か、五感が上手く働かない気もする。


 アーツを発動しようと両手を振りかぶるノービスの視界に自身のペンダントが写る。

 流星を模したのであろうそれは、スナイプホークが迫り行く中自ら光り輝き、そしてノービスが持つ二振りの剣にも同質の光を宿した。


「――“blue rose”」


 全方位に斬撃を放つ《三之針 蒼雹》を放つ間際、隣にいる筈のサカマキから何かが聞こえ――


 ――ノービスのアーツによってモンスターの過半数が一瞬で消し飛んだ。


「は、え!?」


「おー、予想以上」


 この現象を引き起こした原因の半分であるサカマキは飄々とした口振りでそう言った。


「これ――」


「おっと、問答は後だって言った筈だぜ? さぁ、次の間引きだ」


 サカマキに対する問い掛けは途中で切り捨てられ、空中で使用した為に体勢が崩れたノービスの背にサカマキの物であろう足が添えられる。


「え、まさか……」


「一言だけ言わせて貰うが、そいつもちゃんと使ってやれよ?」


 その言葉を皮切りに、添えられた足に力が篭もるのを感じた。


「――“blue rose”」


「ぁぁぁぁああああああ!!!???」


 明らかに何らかのスキルの恩恵を受けたサカマキの脚力によってノービスは射出された。着弾予想地点は今正に“白昼夢”とトリスに向けて大移動を開始している地上のモンスター群。

 サカマキに対して愚痴の一つでも吐きたくなるノービスだったが、目を瞑って気持ちを切り替える。


 右手に持っていた穿孔鉄の細剣をストレージに仕舞い込み、サカマキが言っていた“そいつ”に持ち換える。


(遅くなったわね、スズ)


 右手に持った“天聖鈴の細剣”が淡く輝いた。



◇◇◇◇◇



 後方から聞こえた悲鳴はトリスに焦りを齎し、冷静であろうと努力すればするほどトリスの動きは精彩を欠いていった。

 まず間違いなくノービスの身に何かが起きた。恐らくは“白昼夢”が生み出した白狼の仕業なのだろう。これで尚更白狼には触れられなくなった。レイスなどの霊体ならばまだトリスにも打つ手はあるが、白狼はただの幻。何も無い空間に攻撃して何かが起こる筈も無く。


(――くそっ、ノービスは無事なのか!?)


 徐々にトリスへの攻撃を激しくしていく“白昼夢”を前にして、そんな事を考えている暇は無いと分かってはいた。しかし願わずにはいられない。

 ノービスが無事でいる事を。


『■■■■■』


 “白昼夢”の唸り声が聞こえる。何度目かの世界の変質を悟ったトリスはしかしその事に頭を巡らせることは無い。


 《共鳴のフィドル》連続使用回数7回、《英傑のバグパイプ》連続使用回数13回。

 やっとここまで来たのだ。少しもヘマは出来ない。


 だんだんと早くなっていくとは言え何故か愚直な突進しか繰り返さない白狼を少し大げさに回避しつつ8回目の《共鳴のフィドル》を使用する。

 これで暫くは回避が楽になるだろう。そう考えたトリスは鋭敏化した感覚で背後から何か大量の質量が移動する音を聞いた。


 やはり何かあったのだ。ノービスがあのモンスターの群れを処理し切れなかったとは考えられない。


 背後を振り向きたくなる衝動を抑え、眼前の“白昼夢”を見据える。


『■■■■■――――』


「――」


 笑って、いた。

 そこからどうするのか、お前に何が出来るのか。

 期待と嘲りを混ぜた瞳で、口角を吊り上げ、“白昼夢”は笑っていた。


「――ッハ」


 だから、笑ってやった。

 嘘偽り無き心情で。

 虚勢だろうと構わない。

 精一杯の勇気を持って。


「ただで死んでたまるかよ」


 お前の思い通りになどなるものかと宣言する。

 重厚なバグパイプの音色が辺りに響き渡る。


「これであと1回だ」


『■■■■■――――』


 邪魔が入る? 知った事か。

 有象無象諸共切り伏せてやる。死ぬならお前も道連れだ、“白昼夢”!


 覚悟を決めたトリスは高らかに笑う。笑い、歌う。擦弦楽器の音が辺りを支配する。

 今の彼を見て気でも触れたのではないかと思う者もいるだろう。それは勇気ではなく蛮勇だと言う者も。

 だが、彼は決意を持った。それは“白昼夢”にとって英雄足り得る姿だった。


『■■■■■――――!!!』


 一歩。トリスが“白昼夢”の元へ進もうと足を踏み出すのと同じタイミングで世界が暗転する。


 二歩。それでもトリスは止まらない。幾度ものスキル使用により肥大化した己の身体能力を最低限制御して、一直線に駆け抜ける。


 三歩。“白昼夢”は己の分身体である白狼をけしかける。だが、視界を遮られている筈のトリスは三体の白狼を難なく躱し、トリスは尚も止まらない。


 四歩。モンスターで足を止めようと考えた“白昼夢”は己の結界内部の全モンスターの敵愾心をトリス・ファルカトラに向け――スナイプホークの異変を悟る。


 五歩。――空中で待機させていたモンスターの過半数がこちらまで届く清廉な鈴の音と共に消え去ったのを“白昼夢”は感じ取る。


「――ハハハ!!!」


 トリスは口元を大きく歪め、一直線に“白昼夢”がいるであろう方向へ駆ける。

 何も見えず何も聞こえない暗闇の中、トリスは直感した。ノービスは無事だ。


(良かった)


 トリスは口の中で呟き、最後の《英傑のバグパイプ》を使用する。

 これまでとは一線を画す複数のバグパイプによる演奏が辺りを支配する。重く、魂に響く様なその曲は周囲に根差す悪意を振り払い、不屈の闘志を英傑に与える。

 これこそが《英傑のバグパイプ》の力。高き大地にて戦い続ける山岳の民【ハイランダー】が奏でる聖歌である。


 トリスの視界に差す暗黒は晴れ、視界に漆黒の狼を捉える。


 かつての悪夢、“白昼夢 デイドリーム”との距離は僅か数歩。最早手の届かぬ高みでは無くなった。



ハイランダーはかなり脚色を加えているので正直不安です。あと「お前らどんだけ高い所から飛び降りたんだ、滞空時間長すぎだろ」はサカマキの薔薇に言ってください。


次回、幕引き。

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