第24話 《白昼夢⑭》幻惑、白狼の嘲笑
前話の狼さんの台詞で「数年前」という単語が出てん?となった方に言っておきますと“白昼夢 デイドリーム”に関わらず固有種はどいつもこいつも長命な奴ばかりでして全体的に時間にルーズです。中には数百年前の事を最近とか言う不老不死の奴もいますのでそれと比べたら狼さんは割りと時間を気にする方ではあります。
前話のあれは狼さん視点なので“白昼夢 デイドリーム”が実際に先代騎士団長シルヴィアを喰ったのは何十年も前の話です。
ともあれ24話目です。
“天鈴山”山頂。
出現モンスターはたった二種類のみであり、上空から狙いを定め急降下で相手を貫く“スナイプホーク”と石の蹄を持つ“ロックディアー”以外のモンスターは生息していない。
それは頂上に咲くある珍しい花が原因なのだが、それは今は置いておく。
それらのモンスターはある時期になると死に絶えてしまったかの様に姿を隠す。満月の夜、彼らは圧倒的上位者たる“白昼夢 デイドリーム”から逃げているのだ。
しかし、“白昼夢”の前ではその様な行動は全くの無意味だ。“白昼夢”は圧倒的上位者であり、それ以外は須らく非捕食者。それが如何なる者であろうとも覆す事が出来ない純然たる摂理なのだから。
とあるプレイヤーが過去に一度だけ、“白昼夢 デイドリーム”の捕食シーンを観測した事があった。
誰にもその情報を話さず秘匿していた彼女はその時の“白昼夢”に捕食されていたモンスターに対しこう述べている。
“正面に“白昼夢”がいるのに全く気が付かず、むしろ“白昼夢”の方に自分から進んでいく。まるで自分から食われに行っているかの様だった”――と。
◇◇◇◇◇
ノービス達がやっとの思いで山頂へと辿り着き目にした物。
全身から血が噴出し地に倒れ伏すヴェンデルと、その死に体のヴェンデルを前足で押さえつけた“白昼夢 デイドリーム”の姿。
(間に合った、とは言い難いか)
“白昼夢”に押さえつけられているヴェンデルの全身から溢れる血液の量は刻一刻と増えていき、このままでは失血死の可能性が出てくる。
何とかしてヴェンデルに回復ポーションを飲ませたい所だが、“白昼夢”が前足の力を強める前にヴェンデルを救い出す事は不可能。救命は絶望的だ。
そして更にやばい事もある。
(……十秒と持ちそうに無いわね)
トリスが今すぐにでも飛び出そうとしている。それだけは不味い。そうなっては“白昼夢”を倒せない。
「……トリス」
「……分かってる」
ノービスの制止も“白昼夢”の行動如何で振り切ってしまうだろう。
どうすれば――
『■■■■■』
「え?」
“白昼夢”が唸り声を上げる。言っている意味は分からないが何となく、歓喜の色が見えた気がした。
一体何をするつもりなのかと警戒していると、“白昼夢”は押さえつけていた右前足でヴェンデルをこちらに投げてきた。転がすのではなく投げてきたのだ。
器用な事をすると思うよりも早く、咄嗟に体が動きノービスは飛んできたヴェンデルを受け止めようとして、受け止めきれずに尻餅をついてしまう。
貧弱な体力に嘆く暇は無いので手早くHP回復ポーションをヴェンデルに飲ませて様子を見る。
「ヴェンデル! しっかりして!」
「……ぐっ、うぅ……。……シル、ヴィア……?」
「……え?」
「ぐぅ……、なん、で……」
どうやらノービスを誰かと間違えている様で、出血は治まったものの未だ焦点の合わぬ瞳でノービスを見ながらヴェンデルが呟く。
この一週間でノービス達が終ぞ土を舐めさせる事が出来なかったヴェンデルでさえ生死の境を彷徨っているというのにたった二人だけで勝てるのか不安がノービスの心中を渦巻くが、そんな自分に対して僅かに苦笑が零れた。
その疑問は今更に過ぎる。最早、賽は投げられたのだ。
『■■■■■』
ヴェンデルの応急処置を終えた辺りで“白昼夢”は唸りながらノービス達から距離を離す。どうやらトリスは一応ヴェンデルが無事だった事が功を奏したのかまだ踏み止まってくれているが、“白昼夢”の行動で警戒し直していた。
逃げた、等という選択肢が頭に浮かぶ事は無い。“白昼夢”は追い、ノービス達は追われる、出会った頃の関係性から何一つ変わってなどいないのだから。
「……早く、逃げろ……」
「残念ながらそういう訳にはいかないのよ。でしょう?」
「あぁ、逃げる訳にはいかない。……ノービス、出来れば爺さんを遠くに移動させてくれ」
「分かった」
ヴェンデルの肩を支えて出来るだけ遠くに避難させる。出来る事ならこのままヴェンデルには“天鈴山”から逃げて貰いたいのだが、【危険察知】等というスキルを使わずとも分かる。
“白昼夢 デイドリーム”はこの場からノービス達三人を逃がすつもりは無い。三人の内一人でも安全圏へと逃げようとした瞬間全力でその一人を殺しに掛かる事だろう。
憶測が混じるが、裏を返せば“天鈴山”の頂上周辺にヴェンデルを静養させておけば“白昼夢”がヴェンデルを襲う確率も少なくなるのではないかとノービスは考えている。
先程の場所から十分に離れた大岩にヴェンデルの背中を預け、HP回復ポーションを幾つか置いておく。
トリスの所に戻ろうとノービスが踵を返した所でヴェンデルの力無い呟きが耳に入った。
「……俺は、もう誰も……失いたく、など」
その言葉にノービスは振り返る事無く歩き、言った。
「トリスもそう言っていたわ」
もうこれ以上自分の大切な人を誰も失いたくは無い。
ヴェンデル・ファルカトラもトリス・ファルカトラも、考えている事は同じだった。
◇◇◇◇◇
一歩。
“白昼夢”がまた一歩この場から離れていく。
本来ならば安堵しても良い状況だろう。しかし、トリスが感じていた。ひり付く様な闘争の気配を。
ここまで来てようやくトリスにも理解できた。これは戦う前に距離を置く、戦士の誓いなのだろう。
――また一歩。
「トリス、取り敢えず向こうの岩場にヴェンデルを逃がしたけどあっちは、……待ってくれたみたいね」
トリスの祖父を出来るだけ遠くまで運んで貰う様頼んだノービスが帰って来た。ノービスの言う様に“白昼夢”はこちらの準備が整うまで奇襲を仕掛けてくる事は無かった。以前“白昼夢”と遭遇した時とは違うのだろう。
思わず苦笑が零れたが直ぐに表情を引き締めなおす。
“白昼夢”が歩みを止め、こちらに向き直る。
途端に溢れ出す異質なプレッシャーがトリス達に叩きつけられるが、その程度で臆する二人ではない。己の武器を握り締め、ノービスとトリスは“白昼夢”を一挙一動を見逃すまいと見据え続けた。
その二人を見て相対する黒狼はやはり嬉しそうに口元を歪め――夜天を見仰ぐ。
『■■■■■――――!!!』
“天鈴山”の頂上に、“白昼夢 デイドリーム”の咆哮が木霊する。
直後、世界が変質した。
◇◇◇◇◇
“白昼夢”の力を見るのはこれで二度目になるのか。
世界が変質してもその場から動かない「白狼」を前にノービスは考えた。
“白昼夢 デイドリーム”という名とノービスが実際に相対した経験から、相手の能力はもう見当が付いている。
一定範囲内の世界に幻術を掛け、敵対者を騙す能力で間違いない。問題は“白昼夢”が相手をどこまで騙す事が出来るか、だが。恐らく限界など無いのだろう。少なくとも会話が不可能になるのはあの森で経験済みだ。
初手からこちらの視界を黒く塗り潰すなどしてこないだけまだ戦えるなとノービスは自分の隣に目を向け、――トリスの姿が何処にも無い事を理解する。
(……あー、そう。成る程?)
どうやらトリスの姿が見えなくなる幻覚を掛けてきた様だが、これと同じものがトリスにも掛けられていたら戦闘の継続すら不可能となる。
前言撤回。
どうにかしてトリスと合流しなければ、詰むかもしれない。
(とは言えトリスは多分近くにいる筈。これは私がトリスを知覚出来ていないって――おっと【危険感知】)
脳内に響く警鐘を頼りにノービスはその場から動いた。直後空を切る攻撃の気配を悟ろうとするが、やはり知覚出来ない。この攻撃が剣による物なのかどうかも分からないのはやはり攻撃が見えないのもあるだろう。
(最初の内はとにかく捕捉されない様に動き回れって言ったから多分“白昼夢”だとは思うけど……、埒があかないわね。運試しでもしましょうか)
何者かの攻撃から逃げ切ったノービスは腰に付けておいたスリングショットを所持していた穿孔鉄の細剣と持ち替え、工房連合から支給されたパチンコ球もどきを天に打ち上げる。【強運】を使用して3150となったノービスの幸運値ならば“白昼夢”に全く当たらないという事もあるまい。
幾ら世界を騙しても重力に任せた攻撃なら“白昼夢”の能力の及ぶ所ではない。
ノービスの予想通り、頭上に放たれたパチンコ球は風のあおりを受けて逃げ回るノービスの背後の空間で何かにぶつかったかの様に動きを止めた。
すかさずノービスは細剣を振り抜くが手応えは無し。どうやら避けられた様だが、これで分かった事が一つ。自分の攻撃であればパチンコ球だろうと暫くは見える。
恐らく放った弓矢も何かに突き刺さるまでは見えているのではなかろうか。それとも球が見えたのは一度“白昼夢”の能力範囲外に出たからなのだろうか。
トリスの行方が気になるが、ここまでノービスを狙い撃ちにしている以上はそこまで心配しなくてもいいのだろう。そう考えながらノービスは度々鳴り響く脳内の警鐘に従い、背後を窺っていた頭を前に戻し――
――巨狼の開いた口を至近距離で目撃する。
「くう、おぉお!?」
おかしな声を口から零したノービスは咄嗟に身を屈めて死を運ぶ顎を掻い潜り、両足と左手を地面に付けた状態から右手に持ち直した穿孔鉄の細剣を渾身の力で“白昼夢”の腹に当たる部分に突き立てた。
が、
(――白!?)
頭上を通り過ぎる巨狼の白い毛皮に突き立てられたノービスの細剣は少しの手応えすらも無く、狼の体を透過する。
そして直後にまるで計ったかの様に――いや、事実計られたのだろう――ノービスの脳内に【危険感知】による最大限の警鐘が鳴り響く。
(避けられ、な――)
無理な体勢からの渾身の一撃はノービス自身に致命的な隙をもたらした。
視界がスローモーションの様にゆっくりと流れていく。
朧げながらも黒狼、本物の“白昼夢”が口を開けてノービスを喰らわんとする光景が目に浮かぶ。
(……あれ、これ――)
時が遅く流れる視界の中、戻す事すら間に合わなかったノービスの右腕に“白昼夢”が横から喰らいつき――
――ノービスの体から迸る金色の光によって阻まれた。
「え?」
『■■■――!?』
攻撃が阻まれた事に両者は驚愕したが、先に立ち直ったのはノービスだった。原因についてある程度の見当をつけたノービスは再度噛み付かれない様に右腕をあえて振り抜き地に背をつけた勢いをそのままに“白昼夢”に対して蹴りを叩き込む。しかし、蹴りまでの繋ぎが甘かったのか口元に細剣の一撃を喰らった筈の“白昼夢”がさらりと蹴りを避ける。
(見えた!)
そう、動揺が表に出ていたのか黒い毛皮を持つ、恐らく本物の“白昼夢 デイドリーム”がぼんやりとではあるが視認出来た。であるならば――、そうノービスは辺りを見渡した。
体勢を立て直すまでの時間稼ぎの為にノービスは即座に右腕を“白昼夢”の口元から離し、スキル【死霊術】を使用。ストレージからスタブボアの死骸を三体取り出して『視界内の巨狼を追え』という簡易的な命令を下す。
自分の姿が見えている事に“白昼夢”はすぐに気付くだろうが、それならそれで構わない。辺りを見渡した時に認識出来たトリスの元へ向かえるだけの時間があればいい。
素早く体勢を立て直す事に成功したノービスはスタブボアの死骸を更に一体ストレージから取り出し、『トリスの元へ向かう』という命令を与えたスタブボアの背中に乗り、トリスの元に辿り着くまでの数秒の間に自身のステータスを確認する。
◇――◇――◇――◇
PN:ノービス
LV:48
職業:星屑細剣士
HP:210/210
MP:210/210
STR:0
CON:0
DEX:0
AGI:0(+20+4)
INT:0
MIN:0
LUK:830(+100+20+100)
スキル:所有数12
【投擲ⅡLV.11】
【幸運上昇LV.10】
【強運LV.10】
【危険感知LV.8】
【死神の接触LV.9】
【死霊術LV.10】
【鑑定LV.10】
【テイム:――LV.1】
【細剣術LV.6】
【健脚LV.10】
【韋駄天Lv2】
【ファルカトラ流細剣術LV.7】
【――――】
【――――】
アビリティ:【白霧の導き】【流星の瞬き】
武器:穿孔鉄の細剣・ディアーホーンスリングショット
上半身:白鉄の鎖帷子・クロード鋼の部分鎧・砂塵核の籠手
下半身:白鉄糸のスカート・クロード鋼の脚甲
装飾:砂塵のスカーフ・迷彩トカゲの外套・刺突の指輪・流星雨のペンダント・黄金色のタリスマン
◇――◇――◇――◇
(やっぱり)
ノービスは己のステータス上から“押し付けがましい神の加護”なるものが消えている事に気付く。となればあの光は“押し付けがましい神の加護”による物で間違いないだろう。苦手意識は未だに拭えないが、あの十字架には感謝しなければなるまい。
そう思いながらステータスを閉じたノービスはトリスがこちらに気付いたのを確認してスタブボアを一旦止める。
「久しぶり、トリス」
「久しぶりって、呑気だな……。まぁいいや、乗ってもいいか?」
「あ、待って。この子はもう命令しちゃったから」
現時点のノービスの【死霊術】では死体に二回以上の命令を下す事は出来ない。ランクアップすれば可能になるかもしれないが、今のノービスではランクアップの為の条件は満たされていない様だ。
役目を終えて塵と化していくスタブボアの背中から飛び降り、新たに二体のダイヤウルフの死体を取り出してノービスとトリスはダイヤウルフの背に跨った。分類上はゾンビになるが二体の狼は生前の俊敏さを欠片も損なわず走っていく。
それもそうだろう。この一週間手数を増やす事にも着手していたノービスは“天鈴山”及び王都周辺の森林に生息するモンスターを軒並みストレージにぶち込んで【死霊術】で簡易爆弾を作り続けていたが、その時に使用した【死神の接触】のお陰で生きていた時よりも足が遅いという事態にならずに済んだ。普通、【死霊術】の《損傷維持》を行おうと思えば当たり前の話だが相手のHPを完全にゼロにしなければならない。それまでの過程で確実に相手には傷が付く。
剣で切ろうが槍で突こうが魔法を使ったとしても相手のHPがゼロになる頃には体にHPとはまた違う、言わば損傷が蓄積される。場合によっては四肢が欠損する事もあるだろう。そうなってしまえば最早その死体には爆弾か案山子かの道しか無い。《損傷維持》はその名の通りその時の損傷を維持するだけのアーツ、肉体の損傷をリセットする物では無い。
その為【死霊術】スキルの所持者は如何に外傷を残さずにモンスターを倒すかが重要になってくるのだが。ノービスの持つ【死神の接触】は触れた者に何の外傷も残さずに命だけを刈り取るスキル。その為生前と何ら変わりない姿を維持する事が可能となり、そのモンスターの能力を最大限引き出しオプションを追加する【死霊術】とはこれ以上無い程に相性の良いスキルなのだ。
「ずっとこっちに攻撃して来てたけどトリスの方は何かあった?」
「いや、全然こっちには来なかった」
「各個撃破でも狙ってたのかしら……。ともかくトリスは自由に動けるだけの時間はあったのね、どう? 重ねられた?」
「あぁ、何とか――」
『■■■■■――――ッッ!!!』
ノービス達が話し合っていたその瞬間、けたたましい咆哮が背後から鳴り響く。
(抜けられた!? スタブボアじゃ碌に足止めも出来ないって事……?)
走るのはダイヤウルフに任せ、後ろを振り返るとスタブボアの活動停止の結果であろう多量の塵を振り払い、こちらに向かって走り出す“白昼夢”の姿が見て取れた。
次回、量と質。




