第20話 《白昼夢⑩》頑張って場を持たせようとするのはは程々でやめておくべき。
20話目です。
「双葉さーん! 私、ついに双葉さんの持ってるゲーム手に入れましたよ!」
薄明かりの差し込む病室での事。
一条双葉の定期的なマッサージの為に双葉の病室に訪れたナース、美香は開口一番にそう言った。
「あら、おめでとうございます。前にその内やるって言ってましたもんね」
「ありがとうございます! いやー、本体設定に手間取っててまだ出来ませんけど数日中には入れると思いますよ。良ければ一緒にプレイしません?」
「喜んで。美香さんはどういった職業に就くおつもりで?」
「いやまあ、何と言ってもナースですからねー。回復支援タイプの【僧侶】一択でしょうよ」
「ナース関係無いと思うんですが……」
「大有りですよー、私は双葉さんのナースなんですから。……これで消灯時間過ぎても双葉さんがゲームやめないなんて事になる前に連れ戻せますよ」
えっ。
◇◇◇◇◇
貴族街の通用門を守る警備兵であるアルバの仕事は思いの外少ない。
まだ異邦人の中で通行許可証を所持している者が数える程しかいないので、今の所通行するのは騎士団や冒険者ギルドの職員ばかりである。
貴族は外出する際は大抵貴族街の中で済ませるので通用門を通る事はあまり無い。あったとしても事前にその家の使用人が通行の許可を貰いに来るのでアルバとしては楽な物である。
王族に関しては外出するにしてもかなりの大所帯になる上に失礼があってはいけないのでそこら辺はアルバの上司の管轄だ。
という訳で最終的にアルバの一日の仕事は、ギルド職員や騎士等に通行の許可をだす、通用門周辺の事件の解決に赴く、不法侵入者を警戒する、道案内を行うの四つである。
詰め所にはぺルカというカードゲームもあるし、オークディアーから取れる樹液を使った菓子も完備している。休憩するまで大体立ちっぱなしという点を除けばアルバにとって最高の職場なのだ。
そういえばクロガネから、最近樹液を使って何かを作っている最中だと聞いたが、一体何を作るつもりなのだろうか。
閑話休題。
安穏な職務を続けていたアルバだが、最近になってある仕事が増えた。
いや、仕事と言うのは変な言い方になるだろう。それは目の前の異邦人に対して失礼だろうから。
「おはよう、アルバ。早速で悪いのだけど近場で経験地効率が良くて金稼ぎにもなる狩場って知らない?」
「随分と俗物的なリクエストですね、何故金を?」
「仕方無いじゃない、金欠気味なんだから。クロガネに色々作ってもらってる最中なんだけど思ったよりお金かかっちゃって、暫くの間はレベル上げと金策の同時進行ね」
「左様で。では“天鈴山”の麓などはどうでしょうか? 主な生息モンスターはスタブボアやサンドゴーレム等々。今スタブボアの牙が品薄状態だと工房連合が言っていましたね」
「なら暫くはそこに通う事にしましょうか。……現実世界ならこうも時間をかける事も無かったのだけれど、まぁ、仕方無いわね」
そこで初めて、今までやや事務的に話していたアルバの興味がノービスに向く。
「現実世界、というのはあなた方異邦人の故郷であるこことは違う世界の事ですか?」
アルバから並々ならぬ関心を向けられたノービスはややたじろぐ。これは簡単に答えてもいいものなのだろうか、こちらの世界のNPCに対してゲームの事を仄めかすのはあまりよろしくない気がするがしかしここで嘘を吐いても何のメリットも無い訳であるしそもそも別世界の事はアルバは知っている様だったので本当の事を言っても何ら差し支えは無い様に思えるしいいやもう面倒くさい話してしまおう。
内心の葛藤を表に出さない様にノービスはアルバの問い掛けに応じた。
「そうね、プレイヤー……異邦人は全員がアルバの言った通り別世界から来てる筈よ。アルバは私達についてどれくらいの事を知ってるのかしら?」
「神託で伝えられた事の殆どは知っていますよ。何時か異邦人から話を聞きたいと思っていたのです」
「……神託?」
「おや、あなた方異邦人が何故か最初に訪れる“イワン”でその辺りの説明はされている筈ですが……、まぁ、いいでしょう。神託とはここ王都の中心部に位置する王城内部に作られた大聖堂で時折聞く事が出来る神の声です」
聞けば、約二年程前に初めて神託を聞いた人物がいたそうで。その人物の名はスレア・アルヴ、一般に“神通の巫女姫”だとか“聖女”だとか呼ばれている存在の様だ。
神託の内容は、限界まで簡略化すれば『ちょくちょくそっちに不死身の人間送るから受け入れ態勢よろ』という感じの事を厳かに言っていたそうである。
そういう特別なNPCという可能性も捨て切れなかったが、話の内容からして恐らく神=運営だと思われる。インフォメーションを神託という形を取って行っているのだろうか?
「この世界は随分と神が身近なのね。その神様って何かしらの名前は付いてるの?」
「さぁて、私もそこまでは。巫女姫様なら知っているかもしれませんが、そんな些事を聞ける程私も偉くありませんから」
「成る程」
「と、いうか。あなたはここを通るのですか? 貴族街に用事があるのなら早めに向かうべきでは……?」
「あ」
ヴェンデルに用があるんだった、と走り去っていくノービスを見たアルバの口元には微苦笑が滲んでいた。
どうにも彼女を見ていると先代の騎士団長の姿が脳裏を過ぎる。こんな事を言ってしまってはヴェンデルに殴り飛ばされるだろうが、彼がノービスに【ファルカトラ流剣術】を教える流れになったのはノービスが先代騎士団長であるシルヴィアと似通った雰囲気を持っているというのも原因の一つではないだろうか。
(彼女は白昼夢に遭遇して生き残ったと言っていましたね。……やはり“異邦人”は何処かずるい)
満月の夜、“あの日”以降の若き頃のヴェンデルは幾度と無く白昼夢に挑み、そしてその度に負けてきた。
それを見てきたアルバはいつもヴェンデルが言っていた事を思い出す。
“固有種は英雄を見定める。英雄と呼ばれる者の前に固有種は必ず現れる”という言葉を。
(これを言うとヴェンデルは怒るかもしれないが、シルヴィアやグリムが白昼夢と出会い殺されたのは英雄足り得ないと判断されたからじゃないか?)
であるならば、何度も白昼夢と戦い生き残ってきたヴェンデルはまだ、英雄と認められているのではないだろうか。
勿論満月になる度に白昼夢に挑んでいたのはもう何年も前の事であり、王に“天鈴山”の侵入を禁じられてからは部下との訓練に勤しんでいた為にとっくの昔に英雄と呼ばれる存在から外れてしまっているかもしれない。
それでもアルバは、ヴェンデル・ファルカトラに英雄であり続けて欲しいと望む。腐れ縁の大親友に、“白昼夢 デイドリーム”を打ち倒して欲しいと望むから。
(トリスやノービスを見て確信出来た、英雄は一人じゃない。お前一人で白昼夢に挑む必要は無いんだ)
幸か不幸か王宮は何やらごたついているらしく、今回のタイミングならヴェンデルを縛り付ける権力の枷を着けられる事は無い。
満月の夜まで残り僅かである。
◇◇◇◇◇
ヴェンデル邸の訓練場。
何時ぞやノービスがヴェンデルに一撃で伸された裏庭に再びノービスはヴェンデルと相対している。あの時とは違い、ノービスの隣にトリスはいなかった。
彼はどこにいるのかと尋ねた所、
「あいつはまだ部屋に篭もっとる。散々外に出ろと言ったのだがな……」
という答えを頂戴した。
未だにヴェンデルに負けた事を引きずっているのだろうか? だとしたら後程様子を見に行かねばなるまい。
「で、だ。昨日お前に【ファルカトラ流剣術】を教えると言ったが、実はそれ程面倒な稽古はつけんでも習得自体は直ぐに出来る。この後直ぐに神殿に行って来い」
ヴェンデルが言うには、【ファルカトラ流剣術】を見る事でとある職業に転職可能となり、その職業の専用スキルが【ファルカトラ流剣術】との事。
ヴェンデルには目視する暇も無く叩きのめされたのだが、判定基準はそこではないだろうなと思い、ノービスは口を噤む。
しかし、システムアシストらしき補助を受けているにも関わらずヴェンデルとトリスでは攻撃速度に差が出るのは、スキルレベルの違いなのだろうか?
何にせよ後で神殿に赴く事にしたノービスだったが、その前にヴェンデルに頼みごとを聞いて貰った。
「トリスの部屋まで見舞いに行っても構わないかしら?」
「むしろこちらから頼みたい。エレーネにトリスの部屋まで案内させよう」
そう言うとヴェンデルは館の方に向かって「エレーネ! いるか!」と言った――直後に眼前にメイド服を見に纏った金髪の女性が現れた。
「ここに」
「来たか。彼女をトリスの部屋まで案内してやれ」
「畏まりました。さぁお客様、こちらに」
「え、あ、はい」
彼女の登場方法についてはスルーですか。
攻撃速度といい移動速度といい、どうやらヴェンデル邸の住人は高速で動くのがデフォルトの様である。
そんな他愛も無い事を考えながら、ノービスは通常のスピードで歩くエレーネの後ろをてくてくと歩いていった。
「……」
「……」
……使用人というものは沈黙を気にしないらしい。ノービスも伊達に病院生活を送っている訳ではないので会話が無くてもそれ程苦に思う事は無かったのだが、ゲーム内とは言え人との交流が格段に増えた為か何となく気まずい。
何か適切な話題は無いものかと考え、ふと思いつく。ヴェンデルの呼びかけから一秒足らずで駆けつけた使用人エレーネ。彼女のステータス構成はどのような物なのだろうか、と。
話題作りからは些かかけ離れている気もするが、無言よりかは幾分マシになるかも知れない。そう思ったノービスは久々に【鑑定】スキルを使用した。
◇――◇――◇――◇
NPN:エレーネ・ハイネス
LV:――(閲覧不可)
職業:メイド
HP:――/――(閲覧不可)
MP:――/――(閲覧不可)
STR:――(閲覧不可)
CON:――(閲覧不可)
DEX:――(閲覧不可)
AGI:――――(閲覧不可)
INT:――(閲覧不可)
MIN:――(閲覧不可)
LUK:――(閲覧不可)
スキル:所有数――(閲覧不可)
アビリティ:【メイドの極意】
武器:無し
上半身:メイド服(鎖帷子)
下半身:メイド服(仕込みダーツ×20)
装飾:黄金鼈甲の髪飾り(仕込み針)・万年筆(仕込み毒)・星型ペンダント(仕込み刃)
※このステータスは偽装されている恐れがあります。
◇――◇――◇――◇
さて、どう話を持っていくべきか。
(……思ったより強かった……。というか詳しい数値は分からなかったけれどAGIだけ4桁で表示されてなかった? あと武器持ってないって書いてあるけど完全に嘘よねこれ? 完全に暗殺者じゃない)
内心二人だけで歩いている事に戦々恐々としているノービスに声がかかる。
「……お客様」
「ぇ、あ、はい?」
取り乱す様な声こそ上げなかったが少し返事が遅れてしまった。
「お客様は、トリス様の事をどう思っていますか?」
「どう、って……」
「トリス様と行動を共にして、どのような印象を抱かれたのでしょうか」
……ふむ。
「とても真っ直ぐな心を持っている一方で何処か不安定な、言い方は悪いけど少し子供っぽい様に思えるわね。打たれ弱い部分もあるんでしょうけど、それ以上に家族思いな青年、って所かしら」
「……そう思われたのなら良かった事です」
あ、何か危険を回避した気がする。
実際デイドリームから逃げ出し、トリスの話を聞いた限りでは家族思いな一面を垣間見ることが出来たし、今回ヴェンデルに叩きのめされてからはこうして立ち直れずにいる様であるし、ノービスの言葉はまるっきり嘘という訳ではない。
トリスと出会ってまだ一週間も経ってないノービスの思いではあるが、深くトリスと関わってきたエレーネがお気に召した考えであるならばこれ以上考える必要は無いだろう。
しかし言葉を間違えていたらどうなっていたのだろうかとノービスが考えている内に、エレーネの歩みが止まる。――トリスの部屋である。
「こちらです」
ノービスの目の前には木製の重厚な扉が一つ。今まで通ってきた通路の扉と同じ物だ。
(あぁ、懐かしいわね。風邪で休んでいたクラスメイトにプリントを届けに行った時を思い出すわ)
あの時は確かお見舞いとして目の前でリンゴを切ってやったのだったか。風邪で寝込んでいたクラスメイトの女子が大喜びしていたので覚えていた。
程ほどの所で思い出を切り上げて扉に徐にノック。
「トリス? ノービスだけど、いる?」
「え、ノービスか!? 何でここに!?」
「定期的にここに通う事になったのよ。そういえばトリスには言ってなかった気がするわね。取り敢えず入ってもいい?」
「は!?え、良いけど何で!?」
扉越しに聞こえる戸惑いの声を無視して入室。
室内はノービスが利用している宿屋の一室と似通った構造をしていた。ベッドや書き物机、クローゼットなど最低限の家具があればいいという様な部屋であった。
しかし、さすがは貴族の邸宅と言った所か、すっきりとした部屋ではあるが配置されている家具は全て一級品のそれである。
それ自体が光沢を持つ特殊な木で作られたシックな色合いのクローゼット、猫足の机には所々に星の意匠が彫られており、ベッドに至ってはあれクイーンサイズの天蓋付きベッドではないだろか。
部屋中央に引かれているカーペットも双葉の実家の応接室にある物と同等の美しさを誇っており、所々に星が散りばめられた一枚の絵画の如きそれはまるでペルシャ絨毯の様な魅力の結晶であった。
そんな部屋の中でベッドに座っていたトリスは突然押し入ってきたノービスに困惑の視線を向けるばかりである。
「……何でいきなり」
「ヴェンデルから聞いたのよ。トリスが部屋から出てこないって」
「なるほど……、俺を部屋から引っ張り出して来いって頼まれて来た訳か」
「いいえ? 別に頼まれたからトリスの部屋に来たわけじゃないわ。私は私でトリスと一緒に行きたい場所があったからあなたに会いに来たのよ」
「行きたい場所?」
「えぇ――」
怪訝そうに聞き返すトリスに頷き、言った。
「――狩りに行きましょう」
やべぇ、金策まで行けてねぇ。
◇◇◇◇◇
【星屑細剣士】
・ファルカトラ家の【ファルカトラ流○○(剣術以外でも可)】を目視する事でジョブ開放条件が達成される。この状態で神殿に行けば本来の転職先と同系列で【星屑○○士】という選択肢が出る。
・別の職業に転職してもその選択肢が消える事は無く、転職可能になればいつでも【星屑○○士】に転職可能となる。
・ノービスの主武器が細剣なので選択可能な職業は【星屑細剣士】となったが、もしミタマが条件を満たせば【星屑槍斧士】又は【星屑投針士】となる。
・多少厳しくてもカタカナ表記が使われる事は無い。
・持ち物で進化先が変わってくる珍しい職業。
◇◇◇◇◇
ペルシャ絨毯っていいよね。
次回、今度こそ金策。




