第19話 《白昼夢⑨》チンピラはそっとしておくべき。その二
明確な敵ではない悪人って書くの難しいですね。
ともあれ19話目です。
何合か剣を交わして――とは言え、大きさが違いすぎるのでほぼ触れる様な交わし方だが――分かってきた事がある。
取り敢えず長期戦になるとたったの二分でノービスのスタミナが尽きるという事。
使用頻度が異様に低いHP回復ポーションには微量ながらも疲労回復効果が含まれていたらしいという事。
初日からお世話になっている穿鉄の細剣が思っていた以上に頑丈だったという事。
破壊されたフィールドはそのまま残り続けるという事。
「おらぁ!」
オルトロスの直線的な攻撃を安全マージンを取りながら避け、疲労回復の為にポーションを一本空にする。
周囲に目を通せば先程よりも増えた職人の観客達、何が面白いのかは分からないがノービスがピンチになると「あぁ!」などと声を上げていた。そしてオルトロスが振り下ろし続けた大剣の攻撃により辺りには抉れた石畳と砕けて散らばった無数の小石。
――そろそろかな。
ようやく、反撃の下地が整った。
ノービスは足元の石ころを拾いながら祈る。
(ここから先は【健脚】と【投擲】の出番ね、どうか躓きません様に)
ノービスは手に持っていた石ころを頭上に放り投げ、オルトロスに向かって駆け出した。
◇◇◇◇◇
――腹立たしい。
オルトロスの心中は負の感情で埋め尽くされていたが、集約すればその一言に尽きた。
ただのNPC風情がプレイヤーを優遇しないのがムカつく。
本来なら売れ残った物を全て受け取るオルトロスに感謝すべきではないか。
――腹立たしい。
そんなNPCを庇う女にイライラする。
お前も同じプレイヤーの筈だろう? 何でそれを庇う?
――腹立たしい。
今、その女と決闘をしている自分に腹が立つ。
成り行きとは言え、善戦以上に出来ない自分自身が、何よりも、誰よりも、
――腹立たしい。
(あぁ、クッソ。何で当たらねぇ!?)
相手のノービスは地を這う様に行動し、それを叩き潰す様にオルトロスが大剣を振り下ろす。
しかしてその一撃は虚しく空を切り、ノービスに当たる筈だった一撃は石畳の一部を砕くに留まる。先程から十数回は繰り返された光景だ。
(移動速度やらスタミナやらは見る限り俺の方が圧倒的に上。初期装備風情が俺よりレベルが上なんて事はありえねぇ。コイツが持ってる細剣はレア物だろうが、俺に細剣を当てようとしてこねぇんならおそらく極端に攻撃力が高いなんて事は無い。俺の攻撃を防いだり弾いたりしないって事ぁ補正値合わせてもステがゴミってこった。俺が負ける筈がねぇ)
事実、オルトロスの考えは全て的を得ていた。ノービスが持つ穿鉄の細剣が持つのは少しの――とは言え初心者武器に比べれば圧倒的な――攻撃力と膨大な耐久力のみであり、ステータスに関しても二次職に達しているオルトロスと比べれば――LUKを除いた全てが――かけ離れている。
(なのに何で当たらねぇ! これじゃまるで俺がこの雑魚に踊らされてるみてぇじゃねえか!)
オルトロスがノービスに抱いたイメージはひらひらと宙を舞う枯れ葉であった。こちらが徒に武器を振り回したとして、果たして葉を切り裂く事は出来るのだろうか――。
じんわりとした不安を振り払うかの様にオルトロスは声を上げる。
「おらぁ!」
しかし、その攻撃も空を切り、瞬間ノービスが攻勢に移った。
オルトロスの声が原因か、はたまた別の何かが原因か。分かるのは先程までの様に距離を詰めてオルトロスの攻撃を誘発させる事を目的とするのでは無く、明らかな攻撃の意思を持って間合いを詰めてきたという事。
(なら今度こそ砕いてやる!)
オルトロスは大剣で薙ぎ払うアーツを使用し――
「ごっ!?」
後頭部に何かが直撃した。視界がぐらつく。
一体何が起きたのかと考え、すぐに思い至る。ノービスが攻勢に移った瞬間に何かを投げていた様に見えた。しかしノービスがインベントリを開いた気配は無く、スキルを使っていたとも思えなかった。
(何を投げ、)
――砕け散る石畳。地を這う様な相手の行動。
「ぁああくっそがあああ! 誘導かよ畜生!」
体制を立て直そうとするが適当に適当に踏みしめた地面は既にオルトロスが壊した石畳だった物。上手く体制を立て直す事が出来ず、気付けばノービスが眼前まで迫って来ていた。
ノービスは右手に持った細剣を弓の様に引き絞り――
「まぁだだぁあああ!」
不安定な姿勢の中オルトロスは我武者羅に剣を振るう。十全の力で切る事は出来なかったが、偶然にも当たったノービスの細剣を弾き飛ばす程の力はあった様だ。
勿論オルトロスは知る由も無いが、オルトロスが姿勢を崩した丁度その瞬間にノービスの【強運】の効果は切れ、オルトロスとノービスのLUKの能力値は僅かに縮まっていた。
オルトロスがLUK上昇のアクセサリーを複数所持していなければこれ程の奇跡は起こらなかっただろう。しかし彼はこれで最後の運を使い果たしてしまった。
大きく振り抜かれた大剣はそのままに、何故か驚愕を顔に浮かべたノービスが彼の体に触れ、抵抗出来ないままオルトロスの意識は暗く染まった。
◇◇◇◇◇
オルトロスのHPが0となり、ノービスの目の前に“Win”と書かれたウィンドウが浮かぶ。
しかしノービスにはそれが当然だとは考える事が出来なかった。いや、彼我の実力差を鑑みて勝てると確信したのならばそれはそれで現実が見えていないと言わざるを得ないだろうが。
ノービスの脳裏を過ぎるのは先程のオルトロスが放った最後の一撃。ステータス的に圧倒的に不利なノービスが防御に回らざるを得ないタイミングでの一撃であった。
オルトロスの事を沸点が低いと思っていたノービスだったが、意外と冷静だったのかも知れない。
でなければ――
「おう、お疲れさん」
「あら、クロガネさん。ずっと見てたんですか?」
「当たりめぇだろ、俺があの猿焚きつけたんだから。……まぁ、ああなるとは思ってなかったがよ」
「……クロガネさん、追加注文しても?」
「あぁ、あれがお前の細剣か? 随分ぼろぼろになっちまったもんだなぁ」
――あの一瞬でノービスの細剣を折りに来る事は無かっただろう。
クロガネの視線の先にはオルトロスに弾き飛ばされた穿鉄の細剣が砕けた石畳の上に転がっていた。
高い耐久力が幸いしたのか、根本から真っ二つに折れるという事にはならなかったが、素人目から見てもはっきりと分かる程に損傷してしまった。
クロガネが修理を請け負ってくれる様なので消失を心配する必要は無いだろうが、暫くの間は初心者の細剣にお世話になる事だろう。
「さっきの防具の依頼と合わせて幾らぐらいかかるかしら」
「防具60000Gの武器修理15000Gでしめて75000Gって所か」
わお。
「……くっそが」
今後の金策についてノービスが思案を巡らせていると、横たわっていたオルトロスからそんな声が聞こえた。どうやら目を覚ました様である。
流石にノービスも迷惑を掛けられたクロガネ達が謝罪を要求しない限りこの状況下でオルトロスに謝罪をさせるつもりは無いが、どうにかして禍根を残さずにご退去願いたい所。
「具合はどうかしら」
「……最悪だよ、テメェ本当に初心者か?」
「プレイ時間で言えば初心者には間違いないわね」
ただ少し運が良かっただけなのだ。
寝転がったままオルトロスはウィンドウを操作し、ノービスには見えないが何かを確かめていた。
オルトロスの顔が歪む。
「……やっぱタリスマン取られてやがる。んな事になるならデスマにしなきゃ良かった」
「タリスマン?」
「決闘のランダムドロップだよ、ストレージに入ってる筈だぞ」
言われて見てみるとストレージの一番上に“黄金色のタリスマン”というアイテムが新しく表示されていた。
◇――◇――◇
アイテム名:黄金色のタリスマン
効果:LUK+100、光属性蓄積(微)、アンデッド特効(微)
備考:運気上昇の念が込められた円形のお守り。清廉なる力で清められた黄金は、眩い光を蓄え、不死者を祓う力を持つ。
◇――◇――◇
ノービスの本音を言ってしまえば、欲しい。物凄く欲しい。
しかし、いくら決闘の商品とは言えこれ程高性能な装備を頂いてもいいのだろうかとも思う。
本当に貰っても良いのか? という念を込めてノービスがオルトロスを見ると、若干目を逸らし頭を掻きながらこう言った。
「……分かったよ、謝りゃいいんだろ? クロガネ、だったか? 迷惑掛けて悪かった、今後一切“工房連合”には関わらねぇ。俺も気が立ってたんだ、八つ当たりしてすまなかった」
「……おう、分かってんならとっとと帰んな」
聞きたかったのはそれでは無いのだが、クロガネが言った事に対して既に100人規模に膨れ上がった観客兼職人達が異論を唱えなかったので、それに関してはもう問題は無いだろう。
それよりノービスはオルトロスの発言の一部が気になった。まるでいつもならこんな事はしなかったとでも言いたげである。
「八つ当たりって、何でそんな事に?」
「……昨日ヴァルハラが最前線のボスを倒した事は知ってるか?」
「いいえ?」
「……そうか」
ノービスは掲示板を覗いた事が無いのでそういった最新情報には疎い。まだ情報網の構築が十分ではないのだ。
即答したノービスに若干落ち込んだ様子でオルトロスが立ち上がる。下半身の砂を払い落とし、ノービスに向き直った。
「俺達のパーティーリーダーがヴァルハラを毛嫌いしてるから釣られて苛立ってただけだ。悪かったな、そのタリスマンは売るなり何なりしてくれや」
「売らないわよ、勿体無い。ありがたく頂くわ」
「そうかい」
そう言い残してオルトロスは去っていった。恐らく、もうこの一角に彼が訪れる事は無いだろう。
激烈な出会いだったが、もしかしたら根はいい奴なのかもしれない。そう思いながら、ノービスは黄金色のタリスマンを身に着けた。
◇――◇――◇――◇
PN:ノービス
LV:30
職業:放浪者
HP:120/120
MP:120/120
STR:0
CON:0
DEX:0
AGI:0(+20)
INT:0
MIN:0
LUK:680(+100+20+100)
スキル:所有数10
【投擲ⅡLV.5】
【幸運上昇LV.10】
【強運LV.5】
【危険感知LV.5】
【死神の接触LV.5】
【死霊術LV.6】
【鑑定LV.8】
【テイム:――LV.1】
【細剣術LV.6】
【健脚LV.7】
【――――】
アビリティ:【白霧の導き】
武器:穿鉄の細剣
上半身:放浪者のシャツ
下半身:放浪者のズボン
装飾:放浪者の外套・刺突の指輪・流星雨のペンダント・黄金色のタリスマン
◇――◇――◇――◇
◇◇◇◇◇
「――ふぅ」
双葉は病室で一人息を吐く。
あの後クロガネと別れ、宿屋まで戻ったノービスはステータスの確認を済ませてログアウトした。今日はいつもと比べて密度が高い一日だった様に思える。
サカマキの夜逃げ、クレハの襲来、アルバとの出会い、ヴェンデルとの模擬戦、クロガネへの依頼、オルトロスとの決闘。
中でもオルトロスとの決闘であの時のノービスが受けた衝撃は相当な物だった。
武器が手元から離れた時の攻撃手段を用意しておくべきだと双葉はあの時の戦闘で教えられた。
以前にシード・オブ・ユグドラシルの情報サイトでユニークモンスターについて調べていた事があったが、その流れで格闘技経験者の視点で語るサイトを見つけた。やはり現実で格闘技などを習っていると戦闘での立ち回りが良くなる様だが、スキル等を使用すると格闘技で培ったリズムが崩れて途端に戦闘不能になるらしい。
スキルの発動条件を考えればそれも仕方無いのかもしれないが、逆に考えればスキルを使用しなくても有効な攻撃手段として使えるという事。
双葉が手数を増やす為の手段としてこれを選ぶのは当然の帰結であった。
であれば最大にして最悪の問題となるのは双葉の両足の状態である。ピクリとも動かないこの両足では格闘技を習うどころかジムに向かう事すら不可能。
(やっぱり別の方法を――)
ふと、双葉は以前にミタマを亡き者にせんと放った下段蹴りが思いの外上手くいっていた事を思い出す。
現実世界で格闘技の動画を見て、シード・オブ・ユグドラシルの世界で再現すればいいのではないか、そんな突飛な考えが頭に浮かぶ。一種の見取り稽古とも言えるだろうが、一週間では付け焼刃レベルにしかならないだろう。
だが、もし主武器が手元から離れた際の攻撃手段を格闘に絞るならこのVR見取り稽古が一番現実的であろう事もまた事実。投擲に関してはクロガネに頼んだ物の出来栄え次第だろう。
(そうと決まればどういった格闘技が良さ気なのかちょっと見てみましょうか。……あ、カポエイラ格好いいな)
――白昼夢との再戦まで、残り六日。
◇◇◇◇◇
《決闘制度》
・双葉がノービスとしてゲームを始める少し前に行われた大型アップデートで導入されたシステム。
・誰かさんが以前PKで英雄並みの功績を挙げてしまった為に、ゲーム内でのいざこざは全てPKで片付ける風潮が蔓延する前に運営が仕込んだ。喧嘩するなら陰湿なPK合戦より正々堂々と決闘で解決させようぜ!
・決闘には大きく分けて、死んでもペナルティは無くアイテムのドロップも無いノーリスクノーリターンの一対一“デュエル”、三人以上のパーティー同士で行い敗者は勝者に1000G以上の貨幣価値を持つアイテムを渡さなくてはならない“コンバット”、一対多や多対一共闘暗殺何でもありで勝者は敗者から幾らでも巻き上げる事が出来る“デスマッチ”の三種類がある。
・ノービスはろくに確認しなかったので作中では説明は無かったが、オルトロスが挑んできた決闘は“デスマッチ”。
・ノービスはアイテムを選択していなかったので自動的に選ばれた。
・他二つには無いが“デスマッチ”にはデスペナルティがある。
・デスペナとして敗者には中度の空腹ペナルティと同等の効果が与えられる。
◇◇◇◇◇
次回、職業変更。




