第17話 《白昼夢⑦》慢心するのはやめておくべき。
17話目です。
「なぁ、ヴェンデル」
「どうした、アルバ」
「お前の将来の夢って『騎士団長になる事』、だったよな」
「そうだ。俺はまだ騎士団長の夢を捨てちゃいない」
「いつかお前の事を敬語で呼ぶ日が来るのか……」
「はっはっは、諦めて俺に媚び諂うがいい。俺が騎士団長になるのは確定しているからな」
「……それは、お前の妻の為か?」
「……」
「悪い事は言わん、敵討ちなどやめておけ。ヴェンデル」
「……敵討ちなんて高尚なもんじゃない、俺はただ憎いだけなんだ」
「今までの功績は全て奴との再戦の為、か」
「あぁ、固有種は英雄を見定める。英雄と呼ばれる者の前に固有種は必ず現れる」
「そうだな、今までのお前の活躍は英雄と呼ばれるに足る物ばかりだった」
「ワイトの掃討作戦も、ヘルフィライトゴーレムの討伐も、ドレイクの狩猟も、流星雨の失墜も、全ては奴を討つ為の踏み台だ」
「そうまでして奴が憎いのか、ヴェンデル・ファルカトラ」
「あぁ、止めてくれるなよ? アルバトロス・グレイシア」
「元騎士団長にして俺の妻だったグランヒルト・ファルカトラを殺めた罪を奴の、“白昼夢 デイドリーム”の命を以って償わせる復讐を」
◇◇◇◇◇
「この程度の力で貴様は敵討ちをと言ったのか、なぁトリスよ」
その声でノービスの意識は覚醒した。
何をされたのか分からなかったが、頭に走る鈍痛から察するに良い一撃を脳天に食らって気絶していた様だ。
ノービスは頭を抑えながら上体を起こし、辺りを見渡した。
未だに痛みに呻いているトリスと、それを見下ろすヴェンデルの姿。それが彼我の実力の差を十二分に物語っていた。
「ほう? ノービスと言ったか。トリスと同等のダメージを与えた筈だが、もう動けるとはな」
「よく分からない内に致命傷を負うのは、慣れてるわ」
「それは重畳じゃな。しかし、何も出来ん内に倒されたのは事実。このままであれば奴に成す術なくころされるぞ」
その言葉はどちらかと言えばトリスに向けられた物の様に思えた。
「のう、トリスよ。お前は“白昼夢”の居場所を知っておるのか?」
「ぐっ」
ノービスが完全に立ち上がる頃投げかけられたヴェンデルのその質問に、トリスは呻いた。
そういえば何となく王都に立ち寄っただけでどこで“白昼夢 デイドリーム”と戦うつもりなのかは全く考えていなかった。
いずれ会えるだろうぐらいの軽い気持ちでいたのだが、ヴェンデルの口振りから察するにそう簡単にはいかない様だ。
トリスの反応に深い溜め息を吐いたヴェンデルは頭を掻きながら言った。
「満月」
「え?」
「満月の夜、奴の力は最大まで強化されるが、代わりにある場所で一日を過ごす。……トリス、お前にも覚えはある筈じゃぞ?」
トリスはヴェンデルに言われるまで忘れていた。
あの日、父が容易く噛み殺された日。
あの日は確か――
「そう、お前の父であるグリム・ファルカトラが殺された場所、“天鈴山”の頂上こそが奴の住処だ」
父、グリムに連れられた天鈴山は満月の光に照らされていた。
「じゃあ、そこに行けばデイドリームと合えるのね?」
初日以来滅多に使わなかったHP回復ポーションを飲み干しながらノービスが聞いた。
「満月の夜にその山の頂上に行けばいいのかしら、……次に満月になるのはいつ?」
「十日後じゃな。さてトリスよ、そろそろ立たんか」
ヴェンデルはトリスの腕を掴んで引き上げた。成されるがままであったトリスだが、彼自身ここまで圧倒的な差があるとは思っていなかった様である。
未だ痛みに呻きながらも何処か混乱していたトリスに近づき、ノービスは余ったポーションを手渡した。
「これで今のお前では儂には敵わない事が分かったじゃろう。高望みなぞせずに鍛えなおせ」
「あぁ……」
すっかり意気消沈してしまい、ふらふらとヴェンデル邸に帰って行くトリスを見送りながらノービスはヴェンデルに話しかけた。
「一つ聞いてもいいかしら」
「何じゃ?」
「なんでそんな事を知ってるのか、は役職的に大体想像出来るから聞かないけれど。執拗にデイドリームとの戦力差を強調したり、デイドリームが必ず現れる場所をこの場で伝えたり、『諦めろ』ではなく『鍛えなおせ』と言ったり、貴方はトリスを戦わせる事に賛成なの?」
貴様の思い上がりを叩き直すとしよう。そうヴェンデルが言った通りこれでトリスが何も考えずにデイドリームと戦いに行く可能性は――殆ど――無くなったと判断して良いだろう。
しかし、本気でトリスを止めようという意思をヴェンデルは持っていないのでは? と、ノービスはそう考えていた。
戦闘は一瞬の内に終わってしまった為、判断材料はその後の会話しかないのだが。
「まぁ、そうだなぁ。儂はトリスを止めるつもりは無い。いや、儂には『敵討ちなぞやめろ』なんざ言う資格は無いからのぅ」
しかして答えはYESであった。
「今のトリスに昔の儂を重ねているからか、本気で止めようとはどうしても思えないんじゃよ。……儂からも一ついいか?」
「何かしら?」
「何故お前はあの時死の力を使わなかった?」
「それってさっきの模擬戦のことかしら、早すぎて使えなかっただけよ。あぁ、だんだん思い出してきた。そうよ、触れたと思った瞬間に模擬戦終わってたんだから使える筈無いじゃないの、何よあの剣速――」
「触れたと認識さえ出来れば使えた筈じゃが」
「……」
ヴェンデルの推測、というより確認は半分以上的を得ていた。
実際の所ノービスの【死神の接触】の武器接触状態での効果発動は自分の武器を介してだけでなく相手の武器を介してでもスキル効果が使用可能なのだ。朝の狩りでゴブリン相手に散々試したので間違いない。
両手足からしか使用出来ないのも運任せで適当に手を出せば恐らく解決出来た。
頑張れば両手と引き換えにヴェンデルを殺す事もノービスの運次第で出来ない事も無かった。
しかし今回の開幕ブッパはノービスには知覚出来なかったのでそれが出来た可能性は凄まじく低い。
とは言え、どの道ノービスには、
「貴方を殺すつもりは無かったもの」
そういう事である。
舐めプで瞬殺されていては世話ないが。
「ふむ」
傲慢にも聞こえるノービスの台詞にヴェンデルはしばし思案気な面持ちとなる。
考えが纏まったのかヴェンデルはノービスに向けて手を伸ばしながら言った。
「ノービス、一回儂にその力を使ってみろ」
「……え、いや、殺す気は無いって」
「安心しろ、恐らく儂は死なん」
「いやいや死なんってそんな」
「心配なら儂の蘇生アイテムでも使えば良い」
「どうなっても知らないわよ?」
さっさとせんか、と殺害を軽々しく催促してくるヴェンデルの腕をノービスは諦めた様に掴んだ。
そしてノービスは【死神の接触】を使用して――
――直接接触時【死神の接触】最終スキル発動確率0%
効果が発動する事は無かった。
「……は?」
「やはりか、お前の力はまだ無効化出来るものでしかない。それに頼りすぎては直ぐに足元を掬われるぞ?」
「……何をしたの?」
「自己強化と弱体化の複合とだけ言っておこう。ふむ、明日トリスと共に訓練に参加する気はあるか? もしその気があるならば、【ファルカトラ流剣術】を伝授しようと思う」
◇◇◇◇◇
『後、次来るまでにその貧相な防具をどうにかしておけ』とヴェンデルに言い渡されたノービスの足はそのまま貴族街の通用門に伸びていた。
しかし、今回の模擬戦では戦闘面においては驚くほど何も得るものが無かったが、次回の模擬戦に参加すれば凄いものが手に入りそうである。
しかし防具の件は正直頭から抜け落ちていた。「紙体力なんだから防御力上げた所でなぁ」と思ってたのだが騎士団長様からすれば見るに耐えないものだったらしい。
「……それで何故こちらに? 世間話をしに来たので?」
「アルバさんなら腕の良い鍛冶屋を知ってるかと思って」
「そういった事は異邦人の方々の方が得意なのでは? “工房連合”の方々が嘆いておられましたよ」
「私はプ……異邦人の中で腕が立つ職人を知らないのよ。と、言うかやっぱり知ってるのね? 何処にあるの“工房連合”って」
「我々警備兵が懇意にしている職人達のグループですよ。これが地図です」
そう言ってアルバは懐から一枚の紙を取り出した。
「……用意周到なのね」
「よく道案内もするので。……で、現在地がここなので大通りに沿って歩いた先の、ここからが工房連合のエリアです」
「道案内ありがとうアルバさん。……あの、アルバさんに聞きたい事が一つあるんですけど」
「アルバでかまいませんよ。で、聞きたい事とは?」
「あ、えっと、昼に貰ったあのペンダントなんですけど」
ノービスは流星雨のペンダントを見せようとしたが昼にアルバに言われた事を思い出し、実物は見せなかった。
アルバもその説明で察したのか「あぁ」と何処か納得したように頷き、言う。
「もしや聞きたいのはあれが一体どういった物なのか、という事ですか?」
その通りだった。
「あれについては私の口から言える事ではありません。貴方が【ファルカトラ流剣術】を会得し、尚且つ騎士団長様が何も仰らないのでしたらその時改めて伝えましょう」
ヴェンデル・ファルカトラという男について。
そう言ってアルバは口を閉じた。
「……そう、分かったわ。ありがとう」
ノービスはアルバに背を向け、工房連合を目指して歩き始めた。
ヴェンデルやトリス、アルバについてノービスは殆ど何も知らないが、それを知る日はいつか必ず訪れるのだろう。
来る“白昼夢 デイドリーム”との邂逅に向けてノービスは静かに戦意を燻らせていた。
次回、新調。




