第15話 《白昼夢⑤》感謝は伝えられる時に伝えるべき。
15話目です。
『悪い、急用が出来た。今日から数日はノービスの近くって言うか一緒にユニーククエストを進めて行くことが難しくなりそうだ。
あと多分クレハってプレイヤーが俺を探しにノービスに接触して来ると思うが俺に関しては何も言わずに適当にはぐらかしておいてくれ。ぜってぇ俺の居場所について言及すんなよ?』
「……何かしら、この書き置き」
翌日。
前回のログアウト地点である宿屋の一室で目を覚ましたノービスは部屋に備え付けてあるサカマキからの書き置きに一通り目を通し、そう呟いた。
文面から察するにクレハなる人物から逃げる為に姿を眩ました様だが少々自由過ぎやしないだろうか。
と、言うか、
「ヴェンデルとの対戦はどうするのよ……」
騎士団長ヴェンデル・ファルカトラとの手合わせが目前に差し迫っている最中、ノービスはサカマキにドタキャンを食らった。
ぜったいぶんなぐってやる。
◇◇◇◇◇
とは言え、である。
以前言った様にパーティーとして戦う事になればノービスの尖りに尖りまくった即死スキルである【死神の接触】が邪魔になるのもまた事実。
(……あら?)
失踪したサカマキに思いを馳せていると、書き置きの裏にも何か書かれている事が分かった。
裏面をめくり、サカマキの文面を目にしたノービスは――
「――ふふ」
(何だかんだ言ってサカマキもトリスの事を気に掛けてるのね)
次にサカマキと出会っても取りあえず殴るのは止めておこうと思い直すノービスだった。
『トリスに適した職業一覧。詳細は各項目を参照』
と、そう書かれた書き置きを二つ折りにしてストレージに仕舞い込み、ノービスは宿屋を後にした。
「さて、約束の時間は正午、現在の時間は約十時頃。二時間どうしようかしら」
今日の為にちょっと早めにログインする事を認めて貰ったのだ、時間は有効に使わねば。
……尚、説教の途中に『あの、明日十時からゲームやっても良いですか』と宣う双葉に彼女の主治医とナースが修羅と化したのは全くの余談である。
むしろ修羅と化した二人を相手にその許可をもぎ取った双葉は称賛に値するだろう。原動力はゲームだが。
という訳で取り敢えず王都内を散策しようと思い立ったノービスだったが、そんな彼女の目の前に佇むフードの被った謎の人物にその目論見は破壊されていた。
「……」
「……どちら様でしょうか?」
「……」
視線は感じるが喋る気は無いご様子。
久々に【鑑定】スキルを使用してみる事にした。
◇――◇――◇――◇
PN:クレハ
LV:――(閲覧不可)
職業:――(閲覧不可)
HP:―――/―――(閲覧不可)
MP:―――/―――(閲覧不可)
STR:――(閲覧不可)
CON:――(閲覧不可)
DEX:―――(閲覧不可)
AGI:――――(閲覧不可)
INT:―――(閲覧不可)
MIN:――(閲覧不可)
LUK:――(閲覧不可)
スキル:所有数――(閲覧不可)
アビリティ:【――――(閲覧不可)】
武器:無し
上半身:隠匿のシャツ
下半身:隠匿のズボン
装飾:断絶の外套・断絶の指輪
◇――◇――◇――◇
デイドリーム以来のステータス閲覧不可の嵐である。
あからさまな不審者ではあるが、名前を見てどんな用件でノービスの前に現れたのかは理解出来た。
恐らく目の前のプレイヤーはサカマキに会いに来たのだろうが、少し早過ぎやしないだろうか。
書き置きに目を通して即エンカウントとかどうしろと。
などとノービスが取り留めの無い思考を巡らせていると目の前のプレイヤー――クレハが口を開いた。
「ノービス、で合ってるか?」
「? えぇ、私がノービスで合ってるけれど」
「そうか……良かった」
クレハはほっとした様に息を吐くと、フードを下ろしてノービスを見た。
頭頂部からピョコンと覗く獣耳、縦に割れた肉食獣を彷彿とさせる瞳孔などから察するに、ステータス上に種族の表示は無いが所謂“獣人”である事は想定できた。
と、言うか、
(……女の子だったのね)
フードを下ろしてその端正な顔立ちを見せるまでノービスはクレハが女性か男性か検討がつかなかった。
何が原因かは不明だがフードを被っている間は声質が男女どちらとも取れる声に変質していたのと、中性的な体格をしていた為だ。
……詳しい言及は避けるが、外套越しとは言え女性的な膨らみが確認出来なかった事も理由の一つとして挙げられるだろう、彼女の尊厳の為に言及は避けるが。
そんな思考をおくびにも出さないノービスにクレハは続ける。
「いきなり声をかけてすまなかった。私はクレハと言う」
何故かクレハはそこで区切りノービスを見つめていた。
「…………」
「……えっと、何か?」
「……いや、何でもない。急に黙って悪かった」
突然謝罪を口にしたクレハは心なしか周囲に気を配っている様に思えた。
「用件を聞きましょうか、私の部屋で良いかしら?」
「分かった、案内してくれるか?」
クレハと共に再び宿屋に入ったノービスは彼女について思考を巡らせる。
(サカマキの書置きからしてクレハはサカマキと何らかの関係性を持っている。敵か味方かで言えば、先程の辺りを憚る様な反応を鑑みるにおそらく味方。サカマキの味方であるのなら十中八九PKの筈で、……ふむ、「極悪PKだ!」みたいな反応を期待してたのかしら)
ノービス達が個室に入る頃には取り留めの無い思考も一旦の落ち着きを見せていた。
ベッドに腰掛けるノービスに対してクレハは扉を背に立った状態で話し始めた。
「単刀直入に聞かせて貰うが、うちの馬鹿、サカマキの居場所は分かるか?」
やはりサカマキの書置き通りの質問が来た。答える前にノービスは疑問をクレハに投げかける。
「フレンド機能か何かでサカマキの場所分からないの?」
「君は想定していた反応を悉く外してくるな……。フレンド機能だったか? 不可能ではないが、当人にブロックされてしまうと探知が不可能になる。今はブロックされているんだよ」
「うーん、あなたには悪いけど私サカマキの居場所は知らないわよ? ログインしたら書置きがあっただけだし」
と、ノービスはクレハにサカマキの書置きを見せてみる。
反応は劇的だった。
「っ少し見せてくれないか!?」
「えっ」
「少しだけで良い!」
クレハは奪い取る様に書置きを手にし、食い入る様に文面を読み上げた。
「……適当にはぐらかしておいてくれ、だと? ノービス、確認するがサカマキは居場所を伝えずに逃げたんだな?」
「えぇ」
数秒目を合わせ、嘘は吐いてないと判断したのか再び書置きに視線を落としたクレハは、
おもむろに書置きを鼻に近づけた。
「……は?」
「ふ、ふふふ、舐められたものだな。ここまでくれば貴様を追うのは造作も無い事だというのに」
「え?」
「微かな残り香程度では追跡出来ないと高をくくったか? 馬鹿め」
呆然とするノービスを他所にクレハは書置きを鼻に当てながら外に繋がる窓を開けた。
「……あっちか、見つけたぞサカマキ。覚悟しておけ直ぐに行きゅにゃあ!?」
「落ち着きなさい」
一人でトリップしていたクレハを止めようとしたら凄い声を出された。
尻尾を掴んだのが悪かったのか。
「何するんだ!?」
「落ち着きなさいってば、もしかして今のでサカマキの居場所が分かったの?」
「ぬ、あぁ、“獣人”のパッシブスキルで【嗅覚強化】と言う物があってな、流石に犬系獣人程ではないがこれ位なら気合でいける」
「獣人? キャラ作成の時はいじれなかったけど」
「30レベルになれば職業と共に教会で変更が可能になる。……もういいか?」
「じゃああと二つ。取り敢えず書置きは返してもらっていいかしら」
「ぬ」
しぶしぶ返して貰った書置きの裏に目を向けたノービスは気付かれなかった事にそっと息を吐く。
そして最後の用件を彼女に告げた。
「サカマキに会ったら『情報提供感謝する』って伝えて貰えるかしら」
後から考えれば普通にメッセージを送れば良かった訳だが、即座に飛び出して行ったクレハに「やっぱ無しで」と伝える事は不可能だった。
◇◇◇◇◇
嵐の如く飛び出したクレハは自身の嗅覚を頼りに街中を駆け抜けていた。
重心を崩す事無く走るクレハは先程の書置きについて考える。
ノービスは咄嗟に裏の文章を消していた様だったが、高位の観察眼を持つクレハにその隠蔽は無意味であった。
「『トリスに適した職業一覧』? あの馬鹿今度は何を企んでんだ一体」
まぁ、一回シメれば全部吐くか。
そう考えながらクレハは走り去って行った。
◇◇◇◇◇
《書置き》
・「キーボード打つより紙に書く方が早いっす」と言う人向けの情報伝達用ツール。
・《書置きセット》内訳、白紙5枚+方眼紙5枚+鉛筆1本+ナイフ(小)。雑貨屋にて100Gで販売中。
《種族変更》
・職業変更と同じく30レベルとなった段階で教会より変更可能。次に変更可能になるのは変更時から30レベル後。
・最初に変更可能となる種族は犬系獣人、猫系獣人、エルフ、ドワーフ、+α。変更を重ねる度にどんどん変更先が豪華になる。
◇◇◇◇◇
次回、瞬殺。




