第11話 《白昼夢②》重要な話はしっかりと聞いておくべき。
11話目です。
森林深部の、少し道から外れた場所でノービスは走っていた。
否、正確にはあるモンスターからノービスは逃げていた。荷物を抱えた状態で。
ノービスが担ぐ荷物――青年は逃走を始めた直後に【白昼夢 デイドリーム】の爪で殺されていた。
現在は【死霊術】のアーツ《損傷維持》を使用し続け、延命している最中だ。町に戻ればかなり高額になるが蘇生アイテムを購入出来る。
こんな状況になるならば事前に蘇生アイテムを買っておくべきだったかと焦燥を浮かべるノービスだが、【死霊術】の効果適用外になれば《軽量化システム》が働かなくなるのでアイテムがあっても使う事は無かっただろう。
「また来た!」
途端に鳴り響く【危険感知】の警鐘。
感覚からして左後方から攻撃してくると感じてノービスは急いで右前方に走り、姿の見えない何者かの攻撃をやり過ごす。
先程からこの繰り返しであった。
小石や木の根に躓く事は無いが、代わりにそこそこ重い青年の体を担ぎながら全力疾走するというのは、非力なノービスにとって今すぐに限界を迎えそうな程の重労働であった。
加えて先程から繰り出されている視覚外からの攻撃に対する回避や、逆に白狼の攻撃に見えるナニカに対して反応しない事など、神経を磨り減らす様な行動はゆっくりと、しかし確実にノービスの集中力を奪い去って行く。
だから、担いでいた青年が多少風に煽られただけでノービスの体勢が崩れてしまったのも、仕方の無い事だと言えた。
「――きゃっ!?」
崩れた体勢を立て直そうとしたノービスに対し、狙い済ましたかの様に鳴り響く【危険感知】の警鐘。
「やばっ――」
反応は頭上。
奇しくも白狼の攻撃の軌道と一致している。
(――一緒の攻撃したら幻影の意味ないじゃない……)
ノービス自身も自分が何を考えたかは認識しておらず、体はこの攻撃範囲から逃れようと反射的に行動していた。
だが、あぁ、それでも、間に合わない。
白昼夢の放った不可視の一撃がノービスに直撃しようとしていた。
その時だった。
「《エスケープ》」
そんな声が聞こえたのは。
気付けばノービスは先程までいた場所を離脱し、現在も離れている最中だった。
先程聞いた誰かの声やノービスのスタミナが徐々にではあるが回復している事。
そして、先程の場所や周囲の光景が奥へと流れていく所を見るに、現在ノービスは後ろ向きに担がれているのでは、とまで考えてからノービスは青年を探して辺りを見回した。
「おわっ! あんま暴れんなよ、さっきのお前みたいになるぞ!」
「あ、ごめんなさい、って、あら? さっきまでの事全部見てたのかしら?」
「んな事ぁ後で話すよ! NPCも助けたから、後は街まで逃げれば良いのか!?」
ふと隣りを見ると未だにノービスが延命している青年だったが、“白昼夢”から逃げていくに――街に近付いていくに――つれて感覚的に青年の生命力も磨り減っていく様だった。
出会いからこれまでの言動から察するにこの青年が白昼夢との関わりの中でキーパーソンとなるのは間違いない筈であり、背後から――現在のノービスから見れば正面からだが――ユニークモンスターが追って来ている以上は青年の安全を第一に考えるべき。
つまりは――
「このまま森を抜けて街へ!」
「了っ解!」
名も知れぬプレイヤーは、左にノービスを、右に死に続けている青年を抱えたまま地面を踏み締めた。
◇◇◇◇◇
いつからだろう、あの悪夢が、“白昼夢 デイドリーム”が追って来なくなったのは。
森を抜けた辺りかもしれないし、街に入る前かもしれない。
いずれにせよノービス達が無事に街に入れたのは事実だった。
《ユニーククエスト“流星の如く煌めいて”アクト1“真昼の悪夢からの逃走劇”のクリアを確認。アクト1成功報酬を成功に直接関わったプレイヤーに分配します》
そんな音声を聞き流し、即座に購入した蘇生アイテムを青年に使用しながら、ノービスは第二の街まで運んでくれた男プレイヤーに目を向ける。
森林深部のあの広場からここまでは1kmもない筈だったが、体感ではフルマラソンを完走した様に感じた。ノービスではなく男プレイヤーが、だが。
彼が力尽きない様に、ノービスがゲームを始めた際に支給され結局使わなかった初心者様ポーションを使い切る勢いで使用し、“白昼夢”の攻撃を【危険感知】で予見して男プレイヤーに伝えるなど、ノービス自身も手を尽くした。
人二人抱えながら走ってもなお、ノービスの全力疾走の何倍も速かったのでもしかすると余計なお世話だったのかもしれない。
不可解な点があるとすれば“白昼夢”の速度だろうか。
あの広場から“白昼夢”は終始付かず離れずこちらを攻撃して来た。ノービスが逃げた時も、そのノービスの何倍も速い男プレイヤーが逃げた時も。
明らかに速度が違った二者を同じ様にぎりぎり逃げられる距離感で襲って来たという事はつまり……
(……手加減されていた。そういう事、よね)
わざわざ生かされた理由は分からないが、それもまずは青年が目覚めてから考えるべき事だろう。
青年の様子を伺うと、やはり街に来た事が関係しているのか、少し唸っていたがもう少しで目覚めそうに見えた。
「なぁ嬢ちゃん。ノービス、で名前合ってるか?」
その声にノービスは顔を向ける。
何故かノービスが有名になっている事はシェイカー達から聞いていた為に、自身の名前が知られている事に対して驚くことは無い。
「自己紹介が遅れましたね、私は貴方の言う様にノービスと申します。今回は助けて頂き――」
「あぁ、いや、そんな畏まらなくて良いさ。というか、お前さん例の接触で発動させる即死スキル試さなかったのか?」
ノービスは顔を強張らせない様苦心した。
ノービスの持つ【死神の接触】、スキル名は誰も知らないだろうがスキル効果を知っているのはノービス自身とシェイカー、ミタマの三人だけだった筈。
以前のPK三人組は自分達が何故死んだのか理解出来ていなかった筈であるからその三人組から漏れた可能性は無い――。
(――いや、違うか)
ノービスは思い出す、何故自分が有名になったかを。
PK三人組との交戦が録画されていたのが原因だったと聞いた。
録画した人物はミタマが要注意人物だと危惧したプレイヤーであった筈。
確かそのプレイヤーの名前は――
「――サカマキ」
「……ほぅ」
ノービスを助けた男プレイヤー――サカマキは感心した様に息を吐いた。
「良く分かったな。さすが“灰燼”のお気に入りといった所か」
「“灰燼”のお気に入りって誰が言ってるのかしらありがとう。まぁ、私のあれについて知ってる人はそう多くないし、ミタマが『サカマキには気を付けろ』って言ってたし。PK三人組との戦いも客観的に見れば何かおかしいって気付くだろうし……」
「なるほど、嬢ちゃんの洞察力も中々の物だが、そうか“静寂”から警戒されてたか。あ~あ悲しいな、何もしてないってのに」
「それは――」
ノービスはサカマキの言葉に被せる様にして言った。
「――攻略最前線を進んでいたギルドを丸ごと一つ潰した人が言う台詞ではないわね」
「……ほぅ」
先程と同じ様に、サカマキは目を細めながら息を吐いた。
「懐かしいなぁ、“ブレイバーズ潰し”。あぁ、そういやヴァルハラん所の“流麗”がブレイバーズに所属してたっけか。あいつめ、さては相当口軽いな?」
「で、その極悪PKさんが何で人助けなんてしてくれたのかしらね? 勿論、助けてくれた事には感謝してるわ。ただ、純粋に疑問に思ったのよ、ミタマから聞いた印象とは随分と違ったから」
「……それは――」
「――う……こ、ここは……?」
聞こえて来た第三者の声。
ノービス達が目を向けると、蘇生した青年が目覚めて起き上がっている所だった。
「……話はひとまず終わりにしようか」
「……そうね」
そう言ったサカマキは、少し、助かった様な表情を浮かべていた。
《ユニーククエスト“流星の如く煌めいて”アクト2“青年の追懐”スタート》
◇◇◇◇◇
「あの白昼夢は、俺の父さん、グリム・ファルカトラを喰い殺したんだ……!」
そう言って青年――トリス・ファルカトラは悔しげに拳を固めた。
場所は第二の街の正門前から離れてとある軽食屋の個室の中、そこでノービスとサカマキはトリスと名乗った青年の話を聞いていた。
どうでもいいが、軽食屋はどこも個室付きなのだろうか。などと、そんな事を考えながらノービスはフレンチトーストを口に運んでいた。
満腹度が割りとシャレにならないレベルで減少していたので食べ始めて暫くは味がしなかったのだが。
「ようやく見つけた白昼夢だったが今の俺では勝てなかった。お願いだ! 奴を倒すのに協力してくれ!」
この通りだ! と頭を下げるトリスを見てノービスは悩む。
この様な事を頼まれる前、トリスが目覚めて少しした頃にノービス達は何故あんな所でユニークモンスターと戦っていたのかを尋ねていた。
要点だけを纏めるとこうなる。
王都にある、あらゆる武術を継承出来る道場を経営していたと言う、トリスの父親であるグリム。
彼はある日トリスを連れて近場の山奥にある王都全域を見渡せる様な高台――所謂絶景スポット――に赴き、たまたま遭遇したユニークモンスター“白昼夢 デイドリーム”に殺された。
ユニークモンスターとは思考し移動する災害と同義であり、出会えば死を覚悟しなければならない程の存在。
結果としてあらゆる流派に精通していたグリムはその力を一つとして届かせる事無く喰い殺され、しかしトリスに対しては一瞥もくれずに去って行った。
まるで相手にする価値すら無いと言わんばかりに。
それからトリスは父親の敵を討つ為に己を鍛え、この街の周辺の森林で白昼夢と偶然にも遭遇し、自分の手で倒そうとしたが結果として力及ばず殺されかけた。
というのが今回のバックストーリーらしい。
表情にこそ出さなかったが、ノービスはトリスの話を聞いて一つの疑問を感じていた。
(あのモンスターは――デイドリームは随分と手加減してくれた様に思えたけれど……)
ノービスの脳裏を過ぎるのはトリスを担ぎながらの決死の逃走劇。
スキル【危険感知】の反応を思い出す限り、攻撃力こそ即死級のそれだったが速度は抑えられていた様な気がする。
加えて言えばノービスが森林深部で出会う前からトリスはデイドリーム相手に戦っていた様に思える。というか戦えていたのだろう。
彼は『姿を顕せ白昼夢』と言っていたし、先程白昼夢と遭遇したと聞いたので最低限の姿合わせはした筈、デイドリームがノービスの思っている様な能力を持っているなら不意打ちで殺せた筈なのに。
(先程トリス本人が言っていた。ユニークモンスターとは思考し移動する災害だと、ならば言い方は悪いけれどトリスがあんなステータスを持つ化け物に殺されなかったのはおかしい。……ゲームだからで片付く問題かもしれないけれど、やはりこれは――)
「――おい、ノービスどうした?」
思考を強制的に中断させられたノービスは声を掛けたサカマキに顔を向けた。
「どう、とは?」
「このクエストを続行させるのかって事だよ。ユニークモンスターが関わっている以上今俺たちが進めているこれは十中八九ユニーククエストだ。ユニーククエストにはアクトっつうシナリオの区切りがあるんだが、プレイヤーはアクトとアクトの間のタイミングで途中退場できる。……もう一度聞くが、ここで止めるか?」
その選択は、偶発的にクエストに巻き込まれたプレイヤーが取るべき物なのだろう。
ならばノービスもその選択をするべきだ。
しかし――
「――それを選択した場合、NPCは……トリスはどうなるの?」
その選択肢で無事になるのは、プレイヤーだけなのではないか。
そんなノービスの懸念は、サカマキに肯定される。
「……ユニーククエストはプレイヤーの行動次第で関係しているNPCの安否が決まる。ユニーククエストを辞退するなら……トリス・ファルカトラの行動原理は父親の敵討ちだから、おそらく単身白昼夢にリベンジを挑み……」
今度こそ死ぬ。
サカマキは言葉には出さなかったがノービスにはそう言おうとしていたのが分かった。
途中で言葉を止めたのは、ノービスが半ばその存在を忘れていたトリス本人の姿を見ての事だろう。
しかし、NPCであろうと、ゲームであろうと、ノービスが原因で人が死ぬのは――。
「――頂けないわね」
「ノービス?」
「頂けないわ、全く持って頂けない。誰かの判断ミスで誰かの生涯を閉ざすなんて、もう懲り懲りよ」
前回は自分だけだった。
命に別状は無かったものの、絶望に苛まれた日々を彼女は忘れない。
NPCは蘇らない、今回はトラックとは訳が違うのだ。
「トリス・ファルカトラ、私は貴方に協力する。貴方が悪夢を晴らす為、父の敵を取るならば、私達が共に往く。白昼夢を倒す為に、一緒に強くなりましょう?」
そう言ってノービスはトリスに手を差し延べた。
横目でサカマキを見てみるが、特に異論は無い様だ。
「ありがとう……! ノービス、サカマキ!」
トリスはノービスの手を取った。
トリスの行動原理が父の敵を討つ事ならば、ノービスの行動原理は何なのか。
(決まってるじゃない。私は――)
――逃れようの無い死の運命から、私の友を救い出す。
あぁ、やってやる。
この世界で手に入れた、命を助けるには適さないノービスの能力は絶対的な死の象徴を打ち砕く為にあるのだろう。
理不尽には理不尽を、この世界で足を手に入れたノービスの行動原理は、正にそれだった。
「……大丈夫、次は上手く行く」
口の中で呟かれたそれは、ノービスの決意の証明であった。
《ユニーククエスト“流星の如く煌めいて”アクト2“青年の追懐”クリアを確認。アクト2成功報酬を成功に直接関わったプレイヤーに分配します》
◇◇◇◇◇
《ユニーククエストからの途中退場》
・本文でサカマキが言っていた様にユニーククエストはアクトの切れ目でクエストの進行を断念する事が可能である。
・途中退場を選択した場合、プレイヤーがそのユニーククエストから切り離され尚且つNPCが死に至るパターンと地形の被害は尋常じゃない事になるがNPCが死ぬ事は無く何度もユニーククエストをやり直せるパターンが存在する。
・ノービスが現在進行中の【白昼夢】は前者だが、掲示板で有名な【摩天楼】と【鋼鉄城】は後者である。
・シェイカーとミタマがそれぞれ討伐に成功した【灰燼焔】と【月光蝶】は両者の複合型とも言えるパターンであり、何度も挑戦が可能だがユニークモンスターの討伐に失敗する度に地形とNPCの両方に甚大な被害を撒き散らす。
・両者の場合一回目で殺っとかないと加速度的にやべぇ事になる。
◇◇◇◇◇
次回、検証。




