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<第八話:昼、パーラーにて>

 規模としてはあまり大きいとは言えないお店だった。


 小じんまりとした店内にはバニラの甘い香りが漂っている。随所に置かれた品の良い小物や乳白色の客席で統一された店内は外とは別世界のようで好感が持てた。


 質素ではあるが清潔な制服に身を包んだ給仕はまさに『パーラー』と呼べるだけの品格を持ち合わせており、仕草も無駄がない。一体、どこの物好きがこんな場末にここまで上品な店を出す気になったのか不思議で仕方なかった。


 私はメニューに目を通し、値段の一番高いパフェと紅茶を注文する。レイラも同じものを頼んだ。どうせ次の『興行』で死ぬかも知れない身だ。贅沢は出来るときに出し惜しみなくしておきたい。


「それで?」


「はい?」


「何か私に話があるんじゃないの?」


 買い物の途中でわざわざ誘ったくらいだ。何か伝えておきたいことでもあるのだと思った。レイラは首を横に振る。


「いえ、そういえば少女ロリータさんとゆっくりお話したことなかったなぁと思って、もしかして迷惑でした?」


「そんなことは無いけど。私、別に話すの嫌いじゃないし」


 こんなに雰囲気のいい店内なら尚更。今度から少尉の店じゃなくて、こっちに入り浸ることにしよう。

メニューの値段を見る限り、『興行』を三日おきくらいでやれば毎日通えそうな値段だ。俄然、労働意欲が湧いてくる。


 そんなことを考えていると給仕が悠然とした仕草でパフェを私の目の前に置いた。


 透明なガラスに色とりどりに盛られた季節のフルーツ、混じりけのない純粋な牛乳から作られたクリーム、少尉の店で頂いたアイスと同じような高級感あふれるバニラの香りがそれぞれ一体となって私の感覚を楽しませる。


 私は恐る恐る専用の長いスプーンで一匙すくって食べる。嫌味のない芳醇なミルクの風味が口の中いっぱいに広がる。人工的ではない本物の味。今日の帰り道、レイラと出会えた幸運を心から感謝したい気分だった。


「あの、少女ロリータさんってそんなに甘いもの好きだったんですか?」


 きょとんとした愛らしい表情をしてレイラが尋ねる。


「好き。これがあるからずっと戦地でもやって行けたし、今こうやって生きる気力になってるのもこれがあるからって言ってもいいくらい。基本的に甘いモノは全般的に好き、でも天然モノには滅多に出会えないから、日頃は人工甘味料で我慢してるんだけど、やっぱり天然モノはいいわね。生き返る。生きててよかったって思える」


 パフェを口に運びながら私は話し続ける。機嫌がいいと饒舌になるものらしい。今の私なら何を聞かれても答えそうだ。


「はぁ、そうなんですかぁ。意外な感じです」


「そう?」


「はい、私の知ってる軍人さんってみんなお酒かタバコってイメージだったので」


 確かに。そういうタイプのほうが多い。というのも軍からの支給品の中にある嗜好品が大体、酒と煙草なので必然的にそうなってしまう。私も前線にいた頃は他に娯楽がないので酒と煙草を嗜んでいた。ただ、少尉のように元々好きというわけではなかったので、退役後にお金が無くなると同時にすっぱりやめた。今ではたまの甘いモノが手に入らない時の代用品にしか嗜まない。


「例外もいるってことよ。何事に対しても、ね」


 私はいつの間にかパフェを平らげていた。レイラのほうを見るとまだ半分も残っている。がっついて食べ過ぎたかも知れない。もう少し味わえば良かったと後悔する。もう一つ追加で頼むには所持金が心もとなかった。


 私が食べ終えたタイミングを見計らったかのように給仕が紅茶を運んできた。


 戦地で現地調達していたお茶とは違う。明らかに香りでわかるほどの上質の茶葉。時間をかけてゆっくり丁寧と発酵させた茶葉をきちんとした温度と質の伴うお湯を使い、正しい手順で入れなければこの香りは出ない、と同僚の一人が言っていたことを思い出す。


 皆、何処で何をしているのだろうか。少し、会ってみたい気持ちになった。


「あの、聞いてもいいですか?」


 レイラが上目遣いで尋ねる。


「私に答えられる範囲なら」


少女ロリータさんは軍属だったんですよね?」


「そうよ。第七強襲用機械人形部隊所属。ちなみに階級は軍曹」


 民間人にはあまり軍のことは話したくない。解散した部隊なので機密は無いが、大抵の相手にとっては別に楽しい話題でもないし、盛り上がりもしないからだ。ただ、今日は機嫌がいいし、聞かれた以上答えるつもりでいた。向こうから聞いてきた以上、盛り下がることもないだろう。


「どうして、軍の人がこの街に多いのか知ってますか?」


 あまりにも素朴な質問に私のほうが呆気に取られた。そうか、彼女は知らないのだ。この街、いや、この星がどういう目的で存在しているかを。普通の機械人形なら標準搭載している『情報索引データベースプログラム』から知ることが出来る。ただ、彼女はDJお手製の『新式ニュータイプ』なのだ。

『普通』の機能を持たないがために『知らない』知識があっても不思議ではない。言語障壁ワードプロテクトといい、DJはこの子を物語に出てくるような上品でおとなしい物知らずなお姫様に育てたいらしい。


 私は極力、暗部に触れないように言葉を選びながら話し始めることにした。さて、どこから話したものか。


「この星が未開拓惑星って呼ばれてるのは知ってる?」


「はい。第三次世界大戦前に発見されたものの戦争によって開拓できなかった地球に似た環境の星、ですよね?」


「そう。そしてそれらは戦後、政府の指示によって新たな人間の住居として開拓されることが決定したの」


 私は紅茶を一口すすり、言葉を続ける。


「開拓には労働力がいるわ。けれども好き好んでそんな厳しい労働をやりたがる人間なんて終戦直後当時でもいなかった。何しろ、物資も不足していて賃金どころか明日の食事もわからないような土地に行きたがる人間なんていないもの。だから、連邦政府はこう考えたのよ。『犯罪者への刑罰として未開拓惑星の開拓を命じたらどうか』とね。そしてその犯罪者にはあらゆるものが適応された。それは民法、刑法だけに留まらず、とうとう軍法まで巻き込んだ。戦時中に起きた犯罪のほとんどは戦後、略式軍法扱いで裁かれる軍人が多かったから、結果として軍人崩れが多くなっただけよ」


 もっとも略式軍法で扱われる犯罪など基本的に人間関係のもつれで勝手に起きたでっち上げのようなものが多い。ろくな取り調べも行われず、噂程度の犯罪で流された人間も多いと聞く。


「じゃあ、少女ロリータさんも」


「私たち機械人形は軍属だし、何より政府は扱いに困っていたのよ。戦争のために作られたただの兵器なら廃棄すればいい。でも厄介なことに私たちには人間の脳を埋め込んでしまったことで生じてしまう自我があった。だから、人権の尊重という名目でこの星への開拓任務を命じられたの」


 もっとも終戦後に地球連邦から給料を受け取ったことなどないので、事実上の廃棄と変わらない。ただ、そのことはわざと伏せておいた。戦後生まれで人の役に立つために開発された『新式ニュータイプ』である彼女が人を殺すためだけに生まれた殺戮機械であるだけの『旧式オールド』のことなど知る必要なんてない。DJもおそらくそう考えている。だから彼女に余計な知識を与えなかった。


「犯罪者や軍人崩れが集まっても意外と社会は成り立つものでね。社会にとってのお荷物と判断された私たちのような存在でもある程度こうして政治や経済が成り立ってる。そのことを考えると政府の判断は間違って無かったわね。いずれ未開拓惑星の肩書きも無くなるんじゃない」


「そんな歴史があったんですかぁ、知らなかったです」


 とは言え、この街の治安が悪いことには変わらない。そもそも『興行』として機械人形の殺し合いなんてものをしている時点で未開拓惑星の肩書きは外れないだろう。それでも私はそれ以外で生きていく道を知らない。


 冷め切った紅茶を飲み干して、私は立ち上がった。


「もう、行かれるんですか?」


 レイラが温暖な柔らかい瞳を向ける。青色の瞳はいつか戦地で見た蒼穹に似ていた。


「えぇ、いい店を紹介してくれてありがとう」


 私はテーブルの横に設置された専用端末に自分の携帯端末をかざして支払いを済ませる。一応、レイラの分も私が払っておくことにした。明日があるかわからない私と違い、彼女には明日があるのだから金は大切にするべきだ。


「今度の興行が終わったら、また一緒にお茶してくれますよね?」


 レイラが私の背中に声をかける。私には勿体無いくらいの優しい言葉。それは少尉の気遣いとはまた違う感じがした。戦地を知らない『新式ニュータイプ』だからこそ言える言葉なのかも知れない。


 私は背中を向けたまま、短く肯定の返事をして、店を後にした。



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