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<第三話:夜、場末の酒場にて>

 町は眠ることがない。


 昼には行商と興行で盛り上がり、夜は娼婦と酒場が輝きを取り戻し歓楽街としての顔を見せる。


 銀河辺境の『未開拓星』と呼ばれていたこの場所も徐々に不眠不休の町になりつつある。


 それでも建物や文化水準が他星、特に地球と比べて低いことは間違いない。


 あれほど歴史もあり、文化水準も法も何もかもが整備された星と比べるのがそもそも間違いなのだ。


 粗末な小屋と生きるためにその道を選んだ娼婦たちが、上客を求めてひしめき合う姿は御世辞にも治安が良さそうには見えない。


 私は迷うこと無く路地裏を潜りぬけ、一件の飲み屋にたどり着いた。

 

 お酒を嗜むわけじゃない。知人が経営しているという肩書きが付かなければ、こんな場末の場所で美味しいとは思えないものを飲む趣味はない。


 木製のドアを開こうとして、あることに気付かされる。ドアノブが無くなっていた。よく見れば押し込み強盗にでもあったのかドアは見事な蜂の巣になっていた。


 ため息をついて、ゆっくりとドアを押した。するとドアは前のめりに倒れた。倒れた衝撃で砂埃が巻き上がる。私のせいじゃない。きっと私が来る前に壊れていたのだ。自分に言い聞かせながら入店する。


 テーブルと椅子は穴だらけでチーズを連想させる。窓ガラスは割れ、埃混じりの生ぬるい夜風が流れこむ。


 大半の照明は割れており、わずかに残った照明は床についた赤黒い血痕を映していた。まだ新しい血のようだ。


 薄暗いカウンターの上にはシャツに短パンというラフな服装をした女性があぐらをかいていた。時折、赤味がかったポニーテールを揺らしながら、琥珀色の液体で満たされた瓶を右手で掲げるようしてにラッパ飲みしていた。左肩には軍用の突撃銃アサルトライフルを掛けており、枕替わりにして寄りかかっていた。


 場末を通り越して、戦地を想い出させる光景がそこにあった。


 おそらく私がその女性と知り合いで無ければ、見なかったことにしたであろう。けれども私は彼女を訪ねに来たわけだから、無視して帰るわけにもいかない。何よりお腹が空いていた。


 まともじゃなくていい。何か適当に栄養素の取れる物をくれればいい。そう思いながら私は背中を向けたままの彼女に声をかけた。


「少尉、まだやってますか?」


 彼女――少尉はボトルから口を離して視線を私に向けた。


「ん、あぁ、軍曹か。食うものなら冷蔵庫に多分、何かあるよ。そっちは死守したからな」


 少尉は指で奥のほうを示す。彼女は私を旧式(オールド)とは呼ばない数少ない人間の一人だ。というのも彼女自身も機械人形であり、戦前は同じ部隊の上司と部下の関係だった。そのためお互いに階級で呼び合う癖が抜けない。


「勝手に頂いても?」


「構わんよ。食った分、後で適当に精算してくれ」


 単価がわからないから精算のしようがない。という言葉は飲み込んで、とりあえず、冷蔵庫にあった調理済みのオートミールを拝借する。飲み物は水のボトルがあったので、それにした。こういうとき無意識に食べ慣れたものを選んでしまうのは何故だろうかと不思議に思う。


 加熱するのも面倒だったので、そのまま食べ始めた。


「軍曹、昨日も大活躍だったみたいじゃないか」


「はぁ、まぁ」


 私は曖昧に返事をしながら、冷たいオートミールを機械的に口へと運ぶ。パサついた食感は決して美味しいとは思えない。けれどもこのご時世に一々贅沢を言っても始まらない。どこでも食料を始めとした物資は不足している。 食べられただけマシだと自分に言い聞かせる。


「おかげで今日も賭けとしては儲けさせてもらったよ。まぁ、見ての有様だが」


「修理費で飛びそうですね」


 業務的な食事を終え、私は顔をあげる。かすかな照明に照らされる少尉の顔。自分の店を粉微塵にされたというのにその顔はとても愉快そうに見えた。かつての任務で敵地に乗り込む強襲作戦で戦果を上げたときの顔に似ている。


「いやいや、軍曹。それがそうでもないのさ。まぁ、聞いてくれ。今日の私は機嫌がいい」


「拝聴させて頂きます」


 私は水のボトルを開けて口の中身と一緒に流し込んだ。実に味気ない夜食だ。


「アレはそう、深夜二時くらいか。客足も引いたし、さて、閉めるかと思った矢先にそいつらは現れた。四人組で真新しいマシンガンを持って『金を出せ』ってね。この私にだぞ? 信じられるか?」


 正気を疑う話である。ある意味では私より有名なこの人物を知らない人間ということは下手したら元軍人ですら無いのかも知れない。


「だから私は言ってやったのさ『お前、所属部隊は何処だ?』ってね。そしたら、やつらなんて言ったと思う? 『いいからさっさと金を出せ』ってな」


 少尉は時折、笑いを噛み殺すようにしながら、ボトルを傾けて水でも飲むかのような勢いでアルコールを摂取する。濡れた口元を右手で拭う。


「私はおとなしく従うことにしたよ。店の奥に引っ込んで、ヤツらに7.62mm弾の現生をくれてやった。いやいや、久々に撃ったがやはり快感だな。チャールズ・ホイットマンの気持ちがよくわかる」


 可哀想な強盗団である。明らかに脅迫する相手を間違えている。おそらく流れて間も無かったのだろう。とりあえず、愚か者であることは間違いない。


「しかし、それだと死体の処理で金額がかさむのでは?」


 この町では人殺しそのものはすぐに処理できる。日常的によくあるからだ。しかし、処理業者を呼ぶのも金がいる。四人いたという少尉の話を聞く限りではどう考えてもマイナスの勘定になる。


 少尉は肩をすくめた。


「まさか。私がそんな良心的な存在に見えるのか、軍曹。幸いヤツら若い人間でな、うちに出入りする人買いに連絡して買い取ってもらったよ。銃は撃てる。金は入る。万々歳だ」


 唇を悪意で歪めて少尉は笑う。ただ、それだと疑問が残ることがある。


「少尉殿の話を聞く限りですと割れたガラスや散乱したテーブルがあるのが分かりません。少尉殿の腕ならば、その程度の相手を撃つのは目をつぶっても出来るでしょうに」


 殺すならともかく人買いに引き渡すのならそれなりに『状態』が良くないと買取手も値引きしてくる。売ることを前提で撃ったのなら、極力、傷を残さないために最低限の弾丸で足を撃ち抜くのが定石だ。少尉はそれが出来ないほど未熟なトリガーハッピーではない。彼女は私の上官なのだ。最低限の弾丸で最大限の結果をもたらせる有能さは良く知っている。


「それがな、軍曹。あいつらは銃を持ってるくせに実は人に向かって発砲したことがないというマヌケでね。私に足を撃ちぬかれた後、発狂しながら無様に乱射し続けたのさ。使い慣れん武器で調べもしない場所に乗り込むからそうなる。そう、昨日の軍曹の試合のように、だ」


「つまり店の損害は」


「ヤツらのせいさ、だからこそ償ってもらった。男だからどうなったかは知らんがね」


 口元を歪ませ、暗い笑みを浮かべる。相変わらず恐ろしい人だ。味方で良かったとつくづく思う。


「冷蔵庫を守るためにテーブルを犠牲にすることになったのは計算外だったが。まぁ、それを差し引いてもプラスだよ。やはり四人という人数が効いたな。そんなわけで機嫌がいい」


『死守』と言ったのはそういう意味か。私はようやく納得できた。おそらく流れ弾を防ぐためのバリケードとして冷蔵庫の前にテーブルや椅子を寄せたのだろう。さすがの少尉でも高価な冷蔵庫を撃ちぬかれる事態は防ぎたかったのだ。


 少尉はアルコールのボトルを空にするとカウンターに瓶を置いた。


「というわけで軍曹。もう一本持ってきてくれ」


「飲み過ぎでは?」


「構わんさ、どうせしばらくは商売にならん」


 私は立ち上がり、酒が並ぶ木箱から少尉が先程まで飲んでいたものと同じ銘柄を取り出して渡した。


「おっと、悪いな。駄賃、というわけじゃないが冷蔵庫の横に冷凍庫があるだろう。その二段目の引き出しにアイスがある。好きなだけ食べるといい」


 意外な言葉に私は耳を疑った。酒飲みしか集まらないこの店にアイスがあるのは不自然だ。


「祝いだよ、軍曹。君の勝利への。まぁ、たまたま知り合いが置いていったというのもあるがね。何でも地球製で、しかもその中でも高級なヤツなんだそうだ」


 私は勢い良く椅子から立ち上がり、冷凍庫を確かめる。高そうなカップに入ったアイスが六つ並んでいた。それぞれが違う味でどれを食べようか迷う。


「軍曹は酒も煙草もやらんが、そいつは好きだったよな。なんだったら全部食べるといい。私は甘いモノは食わんし、他にそんな高級品をくれてやりたいやつもいない」


「はい、ありがたく頂きます」


 私は検討の末、『バニラ』と書かれたカップを取り出し、カウンターの椅子に再び座る。先程までの味気ない食事とは違う、正真正銘楽しめる食事だ。


 蓋を開けて一匙すくって口に運ぶ。ほんのりとしたバニラの風味が口の中で上品に溶ける。

 人工的な強い甘さではない慈愛に満ちた天使のような自然な味。こんな味に出会えたのは戦中以来だ。嬉しくて泣きそうになる。


 このご時世、甘味は貴重だ。金額以前に物資自体が手に入らないから甘味のような嗜好品はどうしても後回しになる。そのため実際に出回ること自体が珍しい文字通りの高級品だ。


 同じ嗜好品でも酒や煙草は軍からの支給品が頻繁に違法ルートで流れてくることを考えると実に不平等な話である。


「旨いか?」


 少尉は私の顔を見て満足そうに微笑む。先程までの嗜虐的な笑みとは異なる私たち『部隊』の人間に見せていた顔だ。


 私はさじを咥えたまま無言で頷く。少尉は変わらない。

 

 敵は徹底して容赦なく葬り、味方には些細な事でも気を配る。

 

 私たち機械人形部隊をまとめていた小隊長。凛々しく気高い、先の大戦における英雄の一人。


 機械人形でありながら唯一前線部隊の指揮を任された伝説的存在。

 

 コード・ネーム『戦乙女ヴァルキュリア』は戦時中と変わらぬ姿で私の目の前にいる。


「良し。そうしていれば軍曹も可愛い少女に見える。さて、朝まで付き合ってもらうぞ」


「サー」


 私は貴重な氷菓子を嗜みながら夜明けまで少尉の酒に付き合った。

 


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