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<第二十二話:昼、事務所にて>

 

 やたらと身体がダルかった。


 目を覚ました私は薄ぼんやりとした思考のまま、緩慢な動作で上体を起こした。ロリータ服のフリルに挟まっていた携帯食料の食べかすがパラパラと床に落ちる。ソファーの周りには携帯食料の空き箱やカラのペットボトルが散乱していた。


 あの試合後、私は身体を引きずるようにしながらようやく事務所に戻った。そして今日に至る。想像以上に消耗が激しかったのか、『寝る』、『食べる』以外の動作を極力せずに過ごしていた。その間、家主であるはずのスティングとは一度も会っていない。あるいは私が寝ている間に帰ってきているだけかもしれない。どちらにせよ姿は全く見ていない。


 片付けるか。私は乱れきった髪をかきながら、あくびをする。めんどくさいがこのままの状態をスティングに見られたら何を言われるかわかったものじゃない。


 カードキーのロックが解錠される音が聞こえた。スティングが帰ってきたのだろう。反射的に銃へと手を伸ばし、警戒しながらスティングを待つ。


「失礼しますわ……まぁ! お姉さま」


 澄み切った少女の声に対し、私は9mmの銃口をすばやく向ける。白いドレスのような衣装に身を包んだ機械人形、その名はプリムラ。決してこの場にいるはずの無い人物がここにいた。


「……待て、旧式オールド銃を下ろせ。俺の部屋まで蜂の巣にする気か」


 プリムラの背後に立つスティングは淡々とした口調で私に告げた。


「スティング、なぜ、この女がここにいるの?」


 私は視線だけを動かしてスティングに質問する。銃口を向けられたプリムラは邪気のない顔で微笑みながら、その場で静止している。


「わかった。説明する、だからまず銃を下ろせ」


 私は鋼の銃口をゆっくりと降ろした。


* * *


 来客用のテーブルを挟んで、私とプリムラは対面している。スティングは私が散らかしたリビングを文句いいながら手早く片付けると、コーヒーを淹れに給湯室へ向かった。


 この状況が全く理解できない。ただでさえ悪い気分がより一層悪くなる。今にも吐き出しそうだ。


「……お顔が真っ青ですわ、大丈夫ですの? お姉さま」


 プリムラはニコニコとして無垢な笑顔を私に向ける。戦闘中に感じていたプレッシャーは一切感じない。まるで人間のように私を心配しているのがわかった。


 それでも私はその好意を素直に受け取ることはできない。


「……なんであんたここに居るの?」


 私は頭を抱えながら、聞こえるように大きくため息をついた。頭痛が増していく。滞在期間はもうとっくに過ぎているはず。彼女がどうしてこの場にいるのか全く理解出来なかった。


「? なんでと言われましても……お姉さま」


 プリムラは困惑した様子で聞き返す。濁りのない特徴的なエメラルド色の瞳がわずかに動揺の色を見せる。


 彼女の両肩の辺りからちらりと鋼鉄の翼の一部が見えた。身体と一体化しているのであろう。普段は生活に支障が出ない程度の大きさまで格納出来るようだ。


「地球に帰るんじゃないの?」


 彼女の滞在は期間限定であると。スティングからはそう聞いていた。だから急いで興行を行う必要があるのだと。


「? なぜプリムラが地球に帰るのでしょうか?」


 プリムラは無垢に首をかしげる。豊かな金色の髪が揺れた。話がびっくりするくらい噛み合わない。


 奥から両手にコーヒーカップを持ったスティングが出て来る。自分のモノではない来客用のマグカップだ。それをプリムラの前に置いた。


「ありがとうございます、ご主人様ミスター・スティング


 プリムラの呼称に耳を疑った。私はスティングを睨みつける。


「どういうこと?」


「さて、どこから説明して欲しい」


 スティングはデスクに腰を下ろした。


「まず、なんでアンタがご主人様ミスター・スティングなんて呼ばれているのか?」


「言葉どおりだ。君と一緒だ、旧式オールド。彼女は俺が引き取った」


 初耳だ。スティングは無表情のままコーヒーに口をつけた。用意されたカップは2つ。私の分は無いらしい。


「ソレ、いつの話?」


 スティングは指折りをして数える。


「1週間前だな」


 日数的には興行の前段階の話である。その前にプリムラがスティングと関係があったのだとすれば、私のやった興行の目的は一つしかない。


「……八百長じゃん」


 私は頭を抱えた。


「ご名答。キミにしては察しがはやい」


 スティングはわざとらしく大きな拍手をする。プリムラも苦笑しながら拍手をする。


 そしてそこが分かれば、全ての事柄がキレイにつながっていく。


 つまり、今回のスティングの筋書きはこうだ。


『地球連邦政府の新式VS無敗の旧式』の一戦を自分の仕切りのみで行う。しかも、“お互いに殺し合わない”という条件付きで。そのために一芝居打つ必要があったわけだ。


 だから、騎士道シィヴァルリィルールなんて茶番めいた試合形式だったのだ。スティングからすればせっかく手に入れた最高クラスの選手だ。ある程度の名声は欲しいが、何かの間違いで死んでしまったら元も子もない。


 試合を急がせたのは私とプリムラの接触回数を減らすためだ。一度、町中でうっかり会ってしまったから焦って試合を組んだのだと言えば合点がいく。


「先日、地球連邦政府から試作機プリムラの廃棄の打診があってな。普通に興行をやっても良かったんだが、せっかくだし一度くらい地球連邦政府名義で試合くらいしてもいいんじゃないかと思ったんだよ」


 スティングは全く悪びれもせず、コーヒーカップを傾けながら平然と告げる。


 確かに。同じ事務所同士の選手で興行を行えば、まず間違いなく八百長を疑われる。実際、登録所はそれを防ぐために存在している。だから地球連邦政府なんて肩書を使ったのだ。いくら登録所が権力を持っていると言ってもそれはこの町での話だ。地球連邦政府直属の試作機なんて名目の機体なら、面倒を嫌って詳細を調べなくても不思議ではない。事前検査が簡易だったのもそれが理由なのかもしれない。


 それにしても人脈の多い男だとは思っていたが、まさか連邦政府軍ともつながりがあるのは知らなかった。


 ここまで大胆にしかけたということは、場合によっては私が負けた場合のシナリオも用意していたに違いない。全く気に入らない。


「キミだって悪くなかっただろう。それなりに金は入るし、命に危険性は無かったわけだし……」


 こっちは大変気分が悪かった。三日間まともに動くことさえままならなかった。そもそも狂戦士機能システム・バーサークは機体の生存や生還を想定したプログラムじゃない。無茶苦茶な駆動のせいで身体にも脳にも絶大な負担がかかる。茶番だと知ってれば、プリムラが飛行した時点でさっさとギブアップしていた。


「それにキミ、八百長って言ったら本気でやらないだろう?」


 スティングの冷徹な視線が私を捉える。


「……それは、まぁ」


 見抜かれていた。そのとおりだ。私は本気で八百長が出来るほど器用な性分じゃない。そんなに巧妙ならもう少しマシに生きている。


 私は大きくため息をついた。結局、全部スティングの手の上のことだったのだ。


 家は吹き飛ばされる。心身ともにボロボロ、おまけに仕事は八百長ときた。なんて散々なお話なのだ。


――しかし、それでも。私は対面に座るプリムラを見る。プリムラは両手でマグカップを包み込むようにして持ちコーヒーを飲んでいた。


 彼女は私の視線に気づいたのか、顔をあげた。


「どうかしましたか? お姉さま」


「別に。またアンタとやり合わなくて済んだのは良かった……かな」


 生きるために殺すのは仕方がないことだ。そんなことで感傷にひたれるほど私は純情ではない。


 けれど、積極的に殺したいわけではない。可能であるならば私が築く屍の山は少ないほうが良い。


「ですわね。これからは味方ですわ、お姉さま」


 プリムラは手を差し出す。彼女のあまりにも自然な動作に私は一瞬、たじろいた。


「……えぇ、よろしく」


 私は手を握り返した。やわらかな手を持つ、この広い世界で初めて出会えた妹。正直に言えば、まだ受け入れ切れてはいない。


 しかし、私は彼女と共に歩んでいこう、旧式オールド新式ニュータイプ


 本来、二人は決して出会うはずではなかったという事実を噛み締めながら。

 

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