<第二十話:昼、興行中にて>
急な開催にも関わらず、観客席は大勢の人で埋まっていた。耳が痛くなるほどの圧倒的な騒音とむせ返りそうな程の熱気がそのことを物語る。
数多の視線に晒されながら、私は今日の対戦相手、プリムラと対峙した。
プリムラは町中で出会ったときと同様に、顔以外の部分を大きな白いマントで覆っていた。薄い笑いを浮かべる表情からにじみ出るのは絶対的な自信。負けるはずがないという確信を感じられた。
マントからわずかに覗かせる右手に握られているのは白木の鞘に収められた一振りの日本刀。事前情報通り。新式のわりにずいぶんと古臭い武器だ。
試合開始のファンファーレが鳴った。私は先手を取るべくダッシュして距離を詰める。
斧と日本刀なら強度は間違いなくこちらが上だ。先手を取って仕掛け、重量と速度で押し切る。長期戦になれば性能差の分、こちらが不利だ。短期決戦で終わらせる。
私は意を決して足を踏み込む。プリムラ対して手斧の届く距離まで最速かつ最短距離で接近し、手斧を大きく振りかぶった。
ふいに私の視界が布状の“何か”によってさえぎられた。一瞬にして視界を奪われる。おそらく彼女が羽織っていたマントを投げつけられたのだろう。
私は感覚のままに斧を振りかざすが、手斧には全く手応えがない。完全に空を切っていた。
――かわされたっ!
私はマントを引き剥がすようにして捨て、プリムラの姿を探す。周囲を見回すが彼女の姿がない。
<上空:熱量感知>
補助人工知能の警告にしたがい空を見上げ……私は言葉を失った。
彼女、プリムラは上空に静止していた。自慢の金髪に光を乱反射させ、銀色の大きな翼を広げ、バックパックバーニアを吹かせながら、上空5m程度の高さで私を見下ろすようにして顕在していた。その姿はさながら鋼鉄製の天使。旧きものに裁きを与える断罪の女神。
その光景に私は息を呑む。絶望的なまでに神々しい高さ。思わず気圧され、一歩だけ後ずさりする。乾いた笑いが出そうになるのを歯を食いしばりこらえた。目をそらすな。どれほど現実感が無かろうとも目の間にいる敵が飛行しているという事実は変わらない。
――完全自立飛行型機械人形。確かに戦中から構想はあった。しかし、DJですら完成させられなかった机上の空論みたいな機体だ。もちろん開発が進まなかったのには理由がある。飛行型は確かに見た目は派手だが、機体および装備の軽量化を図った結果、重火器などの重量のある武器の携行が極めてむずかしい。ましてや今回は騎士道ルール。かならず接近してくる以上、私にもまだ勝機はある。自分に言い聞かせるようにして私は下半身に力を入れた。踏みしめたブーツがジャリっと砂地を鳴らした。
「では、お姉さま、覚悟してくださいまし」
天から告げられる攻撃宣言に対し、慌てて迎撃に備える。汗ばむ手のひらで手斧を強く握った。
プリムラは日本刀を抜き、白木の鞘を捨てた。鞘はくるくると空中を旋回しながら落下して砂の山に墓標のように突き刺さる。彼女は大きく息を吸い、絹を裂くような高音の叫び声を上げながら私に向かって急降下してきた。
急加速に重量を上乗せした必殺の一撃を私は間一髪で身体を捻ってかわす。持ち直してから降りてきたところへ手斧を振り下ろすが、虚しく空を切る。気がついたときには彼女の姿は再び上空へ消えていた。
一撃で当てて逃げる。普通なら近接戦闘でそんな戦略を取ることは不可能だ。だが、機体単独での高速接近および高速離脱が同時に可能なら、何度でも施行可能な極めて実用的な戦略になりうる。少なくとも興行においては十分使える戦い方だ。何しろ彼女以外、空を飛べるという利点を持った機体はいないのだから。
私は舌打ちをした。ルールが裏目に出ている。盾付機関砲があればまだしも、手斧の重くて遅い斬撃だけでは当てることもままならない。そもそも私は近接格闘があまり得意ではない。だからリーチが長くて強度の高い手斧を使っているのだ。刀や剣と違い、手斧なら技量無く力任せに振り回しているだけでもそれなりの威力は出る。しかし、今日はそれではダメだ。いくらリーチがあろうとも当たらなければ意味がない。射撃ばかりしてきたツケをここに来て払うことになるとは思わなかった。
純粋な技量で先を取れないのなら予測に頼るしか無い。補助人工知能に推定データを入力し、降下予測地点を計算させる。
<落下地点予測:算譜開始/>
<地点計測:現地点:誤差0.01m>
<落下時間:予測:0.4秒後>
</落下地点予測:算譜終了>
人工知能の計算算譜に従い、コンマ数秒後を予測して当たるように手斧を振り回す。
「無駄、ですわ」
プリムラは私の人工知能が出した降下予測をわずかにずらした軌道で私を斬りつける。無理やり体を捻り、迫る刃を紙一重でかわした。
無茶な体制に人工筋肉が軋みをあげる。ちぎれるような筋肉の痛みに眉をしかめた。わずかに触れた刃が黒のロリータをわずかだが引き裂く。
ダメだ。私の速さでは彼女の高さと速さには届かない。絶対的な機体の性能差から生み出される溝。次第に焦燥感が満ちていく。
私の予測よりも速い動作が必要だ。それこそ彼女の予想外を引き出す必要がある。
旧式である私が新式である彼女に勝っている部分。一瞬でいい、彼女の上を取る方法はないか。必死で頭を巡らせる。
そして、私の中で一つの案が思い浮かんだ。




