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<第十九話:午前、控え室にて>

 今回の検査は簡易ということで、試合前に行われることとなった。かんたんな身体検査と使用武器の申告だけ。場所もいつもの登録所ではなく、試合場の控え室で行われている。


 一晩考えて、私が選んだのはお馴染みの手斧ハンドアックスだ。


 何よりも使い慣れた武器が一番信用できるというのと、相手の武器が申告どおりの日本刀なら近接戦が不得手な私でも強度と重量で無理やり押し返せると判断した結果だ。


 登録所の職員が検査用の器具で私の身体と脳内にある補助人工知能、そして手斧ハンドアックスに違反改造等がないか検査していく。


 特に不審な点はなかったようで、検査はすぐに終わった。


「っと、検査終わりです。旧式オールドのねーさん」


 若い職員が朗らかな笑顔を見せる。


「ありがとう」


 私は少しだけ微笑んであいさつを返した。


「いや、いいっすよ、仕事なんで」


 油まみれのつなぎの袖で汗を拭きながら青年は応えた。仕事か。青年の一言が妙に引っかかった。仕事か。


「ねぇ、あなたはどうしてこの仕事を選んだの?」


 登録所の職員は地味か派手かでいえば地味だ。そしてこの町では地味だから堅実とは限らない。どこに所属していようが、何をしていようが死ぬときは死ぬ。皆、死にたくない。だから少しでも派手で実入りの良い仕事を選ぶ。時には法を曲げてでも、あるいは法のスキマを縫うような悪徳をしながら生きている。


「んー、そうっすね。色々理由はあるんすけど……」


 青年はポリポリと頭を掻く。ボサボサに伸びた髪から髪の毛が何本か落ちた。


「俺、ここに流れ着いた時にアテもなくてもう強盗でもやるしかねーってなったところを職員の人に拾ってもらったんすよ。そんでずっと……ってほどじゃないっすけど、まぁ、それなりにやらせてもらってます」


 大雑把な説明だった。しかし、この質問は聞いた私が悪かった。誰も似たようなものらしい。


 こんな好青年が流されるような刑に処されるとは思わないが、戦後のゴタゴタの中だ。何があっても不思議ではない。


「そういうねーさんは?」


「私?」


 目を細め、過去の記憶を回想する。戦い続けていく中で、そんなことを考えたこともなかった。


 それはもう、だいぶ昔のことのように感じる。未開拓惑星に流れ着いた私を待っていたのは金と暴力による極めて原始的な人間による支配だ。銃弾の雨をくぐり抜け、ときには殺しに手を染めながら、町から町に流れる生活をしているうちに、気がついたときにはスティングにスカウトされて興行を始めていた。


 本当に、それだけだっただろうか。もっと、いろいろ、あったような気がする。思い出せない。まるで頭にノイズがかかったように。


「……よく覚えてないわね」


「えー、それはないでしょ」


 青年の言うとおりだ。私たち機械人形は人間と違って、頭部に補助用の人工知能を搭載している。あらゆる記憶は索引インデックスが付けられ、その記憶は生涯に渡り、補助人工知能に記録されている。必要があれば解析も可能だ。


……そういう機能のはずなのだ。だが、どういうわけか思い出せない。索引インデックスでも引き出せない。過去のことなんていままで考えたことも無かった。これはどういうことなのだろう。ほんの少しだが、私の中にひっかかりのようなものが芽生える。


「……まぁ、乙女の過去には秘密があるということで」


「いやいや、めちゃくちゃ不公平じゃないっすか」


 青年はほほを膨らませ不満げな顔を見せる。年齢に似合わないおさない仕草が少しだけ可愛らしかった。


 控え室のドアが開いてスティングが入ってきた。


「終わったか?」


 淡々とした口調でスティングは問う。


「えぇ」


 私も極めて事務的に返す。彼に対して愛想笑いなど必要ない。それだけ慣れ親しんだ間柄だ。少なくとも私はそう思っている。


「じゃ、俺はこの辺で……」


 青年は逃げるように控え室からそそくさと立ち去った。


 私は古びたドアが閉まるのを確認してから、補助人工知能の検査プログラムを走らせる。


 

<武装検査算譜:開始/>


<手斧:状態:良好>


</武装検査算譜:終了>



<身体検査算譜:開始/>


<破損箇所:該当:無>


<血液油残量:10割>


<全身体:異常:無>


</身体検査算譜:終了>



<補助用人工知能検査算譜:開始/>


<補助用人工知能:近接格闘戦:適応>


<全思考:近接格闘戦:最適済>


<適応:終了>


</補助用人工知能検査算譜:終了>



「ルールの確認をするぞ」

 

 スティングの言葉を合図にして、私は記憶索引インデックス機能を起動させる。


<記憶索引:開始/>


<当該:試合要項:重要部分>


</記憶索引終了>


「えぇ、今回は騎士道シィヴァルリィルール、勝利条件ならびに敗北条件はギブアップのみ。危険と判断した場合、審査員の申請でマネージャーが保持する強制終了プログラムによって動作を静止させる、でいいのよね?」


 私は索引インデックスをもとに記憶のメモを引っ張り出し、今回のルールの重要部分を暗唱する。そう、些細な事でもこうやって思い出せるはずなのだ。


「完璧だ」


 スティングは満足そうに頷いた。そしていつものように控え室を退室する。


 私は鏡で軽く身だしなみを整えて目を閉じる。


――今は思い出せなくてもいい。目の前の問題はそこではないのだから。


 私の過去に何があったのか。なぜ思い出せないのか。そんなことはどうでもいい。


 まずは今を生き延びる。そして、明日を得る。昔の記憶などそのあとで考えればいい。


 大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。私の中にある全てを捨て去るようにして。


 目を開く。揺るぎなく、狂いなく、極めて正常に。


 戦場に舞い降りた黒衣の淑女。連戦無敗の漆黒。


――旧式少女オールド・ロリータがそこにいる。


 さて、そろそろ時間だ。観客が、そして新式ニュータイプが待ち焦がれている。


 私は手斧ハンドアックスをしっかりと握りしめ、二度、三度と振る。重たい鉄が空気を切り裂く。


 大丈夫だ。私は戦える。


 その体に一切の不安はない。私は一歩ずつ踏みしめるようにして、光と喧騒のあふれる入場門へと足を進めた。

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