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<第一話:昼、工房にて>

 化学物質で汚染された砂埃が舞う。 町中は粗末な作りの建物がいたる所に並び、常に喧騒に満ちている。

 そこにあるのは人々による日々の営み。

 ある者は商売を。ある者は傭兵を。ある者は娼婦を。ある者は恐喝を。

 それぞれ自分に向いていると判断した職業を選び、合法非合法問わず日銭を稼いでいる。


 人種も言語も性別も出身も経歴も何もかもが違う。


 共通しているのは価値観。『何をしてでも絶対に生き延びる』そんな原始的な意志がこの町の住民全てに共通して宿っていた。


 便利か不便か問われれば、圧倒的に不便な町を選んだ。いや、選ばざるを得なかった人間だからこそ出来る人を喰らって生きる獣の眼。きっと私もそんな目をしているのだろう。


 私は雑踏を掻い潜り、町の外れにあるバラック小屋のドアを左手で押した。


「オゥ、オールド。待ってましたーヨ」


 枯れ木のような寂しい頭頂部をした老人が私を出迎える。分厚いメガネのせいで表情は読めないがどことなく上機嫌そうに思えた。


「三日ぶりね、DJディージェイ


 私はいつも利用している治療用ベッドに横たわる。やけに寝心地がいい。買い換えたのだろうか。腰の感覚を通して柔らかな質感が伝わってくる。


「今回もハデにやりましたーネ」


 DJは私の右腕を見て、歯を見せながら笑った。


「えぇ、お陰さまで。まさか自分の店の常連客を試し打ちに使うとは予想して無かったわ」


「オウ、分かりましたーカ」


「分かるわよ。杭打機パイルバンカーなんて正規にない装備を扱ってる工房なんてこの町の中でここしかないじゃない」


 今日の対戦相手が装備していた杭打機パイルバンカー


 重くて、取り回しが悪く、貫通力があるだけの兵器だが見栄えはする。そんな実用性がないものを正規軍が使うはずもない。

 

 そして、正規軍が取り扱っていない装備というものは私の中にデータとしてない。

 

 だから初見で対応が遅れた結果、相手が新人にも関わらず右腕を犠牲にするハメになったというわけだ。全く笑えない話である。


「ハハハッ、ちょっとした実験デース」


 その実験のためにこの男はあの少女型機械人形と私の右腕を犠牲にしたのだから、実にイカれているとしか言いようがない。DJは楽しくても私にとっては不愉快でしかない。


「それで? スティングに言われた修理だけでいいんですカー?」


「他になにする気よ? あぁ、杭打機パイルバンカーとか別にいらないから」


 今日ぶつけられたばかりの鉄杭の感触を思い出す。ああいうのは私向きじゃない。慣れない武器を使って死ぬのはごめんだ。


「それは残念デース」


 DJは笑いながら、私の右腕を専用の工具で外して、工房の奥に持ち去っていく。


 入れ替わるように看護服に身を包んだ少女が現れた。綺麗な栗毛色の髪と人懐っこい子犬のような瞳が印象的だった。


「どうぞ、お茶ですぅ」


 砂糖菓子のような甘い声。印象だけだと、とてもこの街の住民とは思えない。新しく流れ着いた人間だろうか。疑問に思い、聞いてみることにした。


「あなた新人? 初めて見るけど」


「はい、先日からここで働くことになりましたぁ。レイラと言いますぅ」


「そう」


 私は出されたカップを口に運ぶ、かすかな苦味と口の中に広がる甘み。お茶なのは間違いないと思う。けれども私はこんな飲み物を飲んだことが無かった。


「何? これ?」


「あ、お口に合いませんでしたか?」


「いや、どっちかっていうと美味しいけど。初めて飲むから」


 レイラと名乗った少女は微笑んだ。


「それ、ギョクロなんですよ」


「ギョクロ?」


 聞きなれない単語。私はすぐに標準搭載の辞典用データベースを起動させる。


<検索開始/>


<検索単語:ギョクロ>


<検索結果:該当/玉露:煎茶の優良品。日覆いをして育てた茶樹の若葉を原料とする>


<検索結果:該当/煎茶:緑茶の一種。茶葉の新芽を製したもの>


<検索結果:該当/緑茶:茶の若葉を摘んで蒸し、焙炉の上で揉みながら、葉の緑色を損なわないように乾燥させた茶>


</検索終了>



「なるほどね。こんなお茶があるんだ。お茶って言うと紅茶しか飲んだこと無いからわからなかった」


 わからない言葉があるときのデータベースプログラムは本当に便利だ。世界基準のデータベースを基準にして脳内言語で適正化出来るので、すぐに会話を合わせることが出来る。


 元々軍事用に開発された技術だが数少ない戦争が産んだ功利のように思える。


 それにしても美味しいお茶だ。地球製のよほど上等な茶葉でも使っているのだろうか。


「あの、お名前伺ってもいいですか?」


 そういえば名乗っていなかったことを思い出す。


「オールド。大体、みんなそう呼ぶわ」


 レイラは少し考えるようにして口を開いた。


「大体じゃない人は?」


「……少数派になりたいタイプなの?」


「いえ、そういう意味じゃなくて、その」


 レイラはうつむいて口ごもり、しばらくして意を決したように口を開いた。


「――■■」


「え?」


 私は一瞬耳を疑った。先ほどまでの甘い声とは違う、合成した機械音のような不快な音。この音には聞き覚えがあった。


「なるほど、言語障壁ワードプロテクトがかけられてるのね」


 言語障壁(ワードプロテクト)。機械人形が特定の言語を発声することが出来ないようにするプログラム。


 戦時中は機密事項を漏らさないようにするための処置だったが、現在は主に差別用語によるトラブルを防ぐために使用されている。

 

 実際、私の通称である『旧式(オールド)』は差別用語として扱われることもある。『旧式』を名乗る機械人形は少数派だ。


 皆、自分が前時代の遺物であり、世界にとっての異物であることを認めたくないからだ。

 おそらくレイラの開発者がどうでもいい人権団体か何かにそそのかされて搭載させたのだろう。

「はい、ですので」


「じゃあロリータならどう? みんなオールドって呼ぶけど。一応、登録上は旧式少女(オールド・ロリータ)になってるから」


「ロリータさんですね、ちゃんと呼べてますか?」


「呼べてる、呼べてる。ただ、それだと不便じゃない?」


 少女(ロリータ)をリングネームにしている機械人形は意外に多い。語感が可愛らしいから人気がある。


 しかし、彼女は私の専属というわけではない。DJの工房にで働いている以上、多くの機械人形を診るのだ。その際、不便そうな気がした。


「そうですね、確かにちょっと不便かも知れませんね。本名で呼んじゃダメですか?」


「本名は無いわ」


「え?」


 レイラが意外そうな顔をする。けど、私にとってそれは紛れもない事実なので言葉を続けた。


「私には名前なんてないの。生まれた時から軍属で形式番号か階級以外で呼ばれたことがないから」


 実際、軍属の旧式機械人形なんてそんなものだ。物心付いたときにはすでに脳以外を機械の部品にされた。戦地に送り出されるためだけに。

 

 それについては不便を感じたことは特に無かったし、感傷に浸る暇も無かった。


 戦後、一般的な人々は口をそろえて『可哀想』だとか『人権無視の戦犯』というが、これはこれで便利なこともある。


「そう、だったんですか」


 レイラが申し訳なさそうな顔をする。正直、そんな反応をされると困る。


 私自身は全く気にしていないのだから。旧式(オールド)と呼ばれようが、製造番号だろうが、階級だろうが。要は私という個体が識別出来ればいい。


 工房内の空気が重くなるのを感じた。こういう雰囲気は苦手だ。


「オゥ、右手の修理出来ましたーヨ」


 陽気な顔をして、空気を読まない男が私の右腕を持って現れる。DJの空気を壊す性格に救われたのは私が知る限りこれが初めてだと思う。


「じゃあ、さっさとくっつけてよ。不便なんだけど」


「オゥオゥ、オールド、慌ててはダメでーす。先に血液油の補給しなきゃいけマせーん」


 そうだった。あまりにもお茶が美味しくてすっかり忘れてしまっていた。


「ていうか、補給してから行ってよ」


 普通、手順としてはそっちのほうが先だ。


「スイマセーン、ドゥしても壊れた部品直すのが好キなノデース」


 完全に趣味優先の発言だった。本当にこの街の住民は良識がない。私が言えた義理でもないけれど。


「レイラー、血液油けつえきゆのタンク用意してクダさーイ」


「あ、はい」


 そう言って今度はレイラが奥のほうに逃げるようにして引っ込んでいく。


「あのさ、DJ」


「なんデスカー?」


 DJは破損した盾付機関銃(ガトリングシールド)を専用のデスクの上に置いて整備し始める。会話しながらでも丁寧に銃を分解し、魔術のような速度で修理していく。

人格は最低だが、腕だけは確かだった。


「あのレイラって娘なんなの? どう見てもこっちの住民じゃないでしょ?」


 言語障壁はさておき、あの性格はどう考えてもこの街なら騙されて三日で死亡確定しそうなタイプである。何の罪を犯したかは知らないが、流れつくほどの重罪を犯すようには見えない。勿論、外見だけでの判断なので何とも言えない部分もあるが。


「アレは私の娘デース」


 冗談であって欲しいと思った。しかし、残念なことにこの男は冗談を言わない。嘘をつけないといったほうがより正しい。それは軍属時代からの付き合いで知っている。だから『娘』というのは事実なのだ。


 ここから出てきた私の推測は一つ、この男、自分の娘を機械人形に変えてしまったのだ。薄ら寒いものを感じる。


 脳以外全てが機械で出来た人形。そんなモノに自分の娘を改造するなんて良識も常識も法律も無い人間にしか出来ない。


「……へぇ、アンタ昔から落ちてると思ったけど、とうとうそこまで末期になったか」


 正直、気持ちの悪さを感じた。


「兵士にしなかった辺りが親心デース。私はあの子にイツまでも綺麗で長生きして欲しいのデス」


 確かにDJの感覚からすればそうだろう。


 何が起こっても脳が破壊されない限り、自分の思うがままに修理出来る。


 劣化したら交換すればいい。


 それだけの腕と覚悟と狂気と確信を持つのがDJという天才の能力だ。


「それにしても言語障壁はやり過ぎだと思うわ」


「汚い言葉を喋るあの子など見たくないのデス。オールド」


「その旧式(オールド)って言葉にブロック掛けたのアンタなんだけどね」


「正直、失念してましタ。すっかり私の知人にオールドなんて名乗る変わり者が残っていたことヲ」


 冗談ではなく本気だから困る。常連客を忘れる辺り、こいつは自分を改造するのが先だと心の底から思う。 脳内に記憶補助装置でも植えればいい。


「ハァ、ならあの子はここで一生を送るわけね」


「そういうことにナリマスネー。こんないい環境はないデスカラ」


 それはDJにとってはそうかも知れない。何しろ機械人形を一日中いじくり回すのが趣味の狂人だ。


 機械人形が溢れかえり、改造を誰にも咎められないここの環境は最高だろう。


 だが、あの子はここで生きるには不便過ぎる。戦闘に向かない機械人形の行く末は奴隷か娼婦の二択だ。


 強さのない機械人形に人権など人並みのものなんて与えられない。


 とはいえ、DJお手製の『娘』ならそこら辺の処置はしてありそうなので私が心配しても仕方がない。


「後で娘に愛想尽かされても知らないわよ」


「君が人の心配するのは珍しいネ。オールド」


 言われてみればそれもそうだ。久しぶりに良識のある人間、いや機械人形を見たせいかも知れない。自分が生きるだけで精一杯の身だと言うのに不思議な感じがした。


「ドクター、タンクの用意出来ました」


 奥のほうから血液油のタンクを持ってきたレイラが顔を覗かせる。


――血液油けつえきゆ。機械人形を動かすために石油から作られた人工血液。


 人間のように食物を摂取することで体内で精製することも可能だが、今回は失った量がちょっと多い。

 

 当たり前だが、脳に酸素が行かなくなれば機械人形でも死ぬ。


 逆を言えば機械人形は脳が死なない限りは死なない。まさに戦争のための兵士に相応しい性能であると言えるだろう。


「OK、デハ修理を始めマース」


 私の左腕に針が刺される。全身の痛みと意識を喪失させる麻酔。


 この僅かな痛みはあまり好きじゃない。


 私は目を閉じると共に意識を失った。


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