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<第十六話:夕方、町中にて>

 黄昏の町は良くないものを呼びやすい。どこからともかく餌を求める野犬の遠吠えが聞こえた。


 廃墟となった自宅を確認した私は陰鬱な気持ちでスティングの事務所に戻ることにした。スティングが戻るまではいい、その後はどこに住めばいいのだろう。多少の手持ちはあっても家賃をまとめ払いするほどの金はない。お金が欲しい。切実にそう思った。屋根のないところで寝るのは流石にゴメンだ。ふと、贅沢になっている自分に苦笑する。軍属時代は寝る時に屋根がないなんてことは別に普通のことだったのに。


「放してくださいっ!」


 私の思考を遮るように少女の叫び声がバラック小屋の裏から聞こえた。聞き覚えのある特徴的な甘い声。勘違いであって欲しいと願いながら私は声のする方へ向かう。


 店の前で一人の少女が二人の男に言い寄られていた。この星に女性は少ない。歩いていればナンパなんていうのは挨拶くらいの勢いでされる。だから大抵の女性は男にとって都合の良い娼婦になるか、男にとって都合の悪い銃使いになるか、どちらかしか生きていく道はない。私は後者ができたし、後者しか出来なかった。男二人はともかく、女性の方には見覚えがあった、クセのある独特の栗毛色の髪は間違いなくレイラだ。レイラの隣には全身を白いローブのようなもので全身を覆った人物が寄り添うように立っていた。レイラと同じくらいの身体つき、見る限りでは女性のように思えた。


 男たちは次々に卑猥な言葉を口にして、鼻息を荒くしながら後ろに私が立っているのにも気づかずレイラたちに迫る。


 正直、関わりたくはない。このまま事務所に戻って冷房のきいた部屋でぐったりとソファーの上でだらけていたい。心からそう思った。けれどここでレイラを見捨てて彼女が翌日になって言葉にするのもはばかられるような状態でゴミ箱から発見される、なんて事態になったらさすがに夢見が悪い。


 私はこの日何度目になるかわからない大きなため息をついてから背後から男に声をかける。


「ねぇ、その子達から手を離してくれない? 私の知り合いなの」


 太もものホルスターに差した拳銃はいつでも抜けるようにしてある。機械人形同士でも早打ちには自信がある。ましてや人間相手など勝負にもなりはしない。


「あん? てめぇ、何だぁ? 殺されてぇのか?」


――遅い。


 スキンヘッドの男が銃を構えた時点で、すでに彼の喉笛には私の銃が突きつけられていた。冷たい銃口の感触で受けてようやく状況が飲み込めたのか、男からは一滴の汗が滴り落ちた。


 はっきり言って場末のチンピラと軍用の機械人形では銃に対する練度が違う、こっちは生まれたときから銃の扱いを教わっているのだ。さらに潜ってきた死線の数が違う、付け加えて勝ってきた相手が違う。私がその気ならこの男はもう首に風穴が空いて死んでいる。数秒未満の時間でお互いの優劣がはっきりした。


 状況を察したのか、もう一人の男が私の背後に回る。手には当然のように拳銃が握られていた。


「こいつ、旧式オールドじゃねぇか、この糞暑いのにヒラヒラ着やがって。ナメてんのか」


 私の格好を見て安っぽい挑発をする。趣味で着ているわけではないので、余計にイラつく。


「おうおう、スティングんとこのやつか」


 さらに二人、小屋の隙間から出てくる。まだいたのか。夏場によく見る不快な虫みたいなやつらだ。


「この間の試合の借り返して貰おうじゃねぇか」


 どの試合のことを言っているのか検討もつかない。こなしてきた試合数が多すぎて、どの試合のことかわからない。口には出さず内心で抗議しながら状況を観察する。


 全部で4人、全員が拳銃を所持している、一人で相手取るには少し多い。私はレイラたちに銃弾の被害が及ばないように銃を構えたまま射線の計算をしつつ少し後ろ向きに動く。

 

 戦闘用補助人工知能を起動させる。


<状況開始:自動補助>


「へ、こいつ足引きやがって、ビビってますぜ」


 都合よく勘違いした男が銃を構え取り囲む。わかっているのだろうか、私の対面には彼らにとっては仲間がいることを。


 さらに残りの二人も銃を構え私を一周するように取り囲む。心のなかで舌打ちをした。銃を持ったまま両手をかかげる。ここまでバカとは思わなかった。


「へっ、いくらお前でも4人に囲まれちゃ無理だろう」


「……そうね、降参だわ」


 私は上空に銃を投げる。軍用拳銃が宙に舞った。全く、なんて一日だ。私は大きくおなかをふくらまし息を吸う。


「レイラ、頭をおさえてしゃがみなさい!」


<跳躍補助:空中姿勢制御:自動制御:開始>


 私は叫ぶと同時にその場で跳躍する。脚力を利用した垂直跳び。予想外の事態に困惑した男がそれに反応してそのままトリガーを引き、真正面にそのまま発泡する。当然、そこに私の姿はなく、対面にいた仲間の頭部を撃ち抜く。見るまでもなく即死だ。私は上空で銃を受け取り、落下しながら牽制のために発泡する。


 怯んだ残りの二人は上空に銃口を向け打つが、私の体は放たれる弾丸の射程距離には入っていない。私は身体を旋回し、射線上から逃れる。更には最初に発泡した男の肩に着地し、銃口を突きつけそのまま引き金を引いた。男の頭に9mmの風穴が空いた。生暖かい返り血が私の顔を濡らす。生臭い、人の死の香り。


「ヤロウッ!」


 怒りに顔を染めた男が私に銃口を定める。私は死体に隠れるように盾にして男の銃弾を二発やり過ごした後、再び男の身体を踏み台にして跳躍した。


 今度は前方に進む大きな跳躍、人間には出来ない機械人形ならではの圧倒的な運動能力に男は驚愕し、狙いもロクに定まらない弾丸を連射する。私は着地を待つこともなく、上空から男の頭部を狙い首を撃ち抜いた。衝撃を和らげるために空中で一度前転して着地する。


 最後に残った一人と対峙する。


 男は手を上げていた。視線を流し見する、レイラは連れの少女をかばうようにしながら、丸くなり小刻みに震えていた。あの様子なら無事そうだ。


「降参?」


「あぁ! 降参だ! ちょっと魔が差しただけなんだ。すまん、このとおりだ見逃してくれ」


 男は銃を捨て、あたまを地面にこすりつけるようにして土下座をする。妙に物分りが良すぎる。私は周囲に視線を動かす。


 男の背後、視線の先に小さな穴のあるバラック小屋が見えた。穴の中から見えた一瞬の光の反射を私は見逃さなかった。銃口だ。直感的に左に斜めに飛んでから私は小屋に空いた穴をめがけて二発ほど威嚇射撃をする。二発分の小さな発砲音がした後、先程まで私が立っていた地面に小さな着弾音がして砂を巻き上げた。


 そして、土下座をしていた男が態勢を立て直す前に頭を撃ち抜く。しばらくすると小屋から両手を上げた男が出てきた。右腕からは血を流している。でたらめな射撃だが当たったようだ。


 私はまだ余熱の残る銃を構えたまま、腕から血を流す男に近づく。男はズボンを濡らしていた。だが、ココまで来たら許すわけにはいかない。スティング社の旧式オールドを甘く見た代償、それを知らしめる必要がある。男の額にあたたかい銃口を突きつけた。


「弾薬代と治療費、そして慰謝料を出しなさい。それでこの場は収めてあげる」


「か、金なんてあるわけねぇだろ? 見逃してくれよ!」


 私は銃口を少しずらして、男の右足を撃ち抜いた。薬莢が地面に転がる。太ももに穴が空き、ズボンには血が滲んでいく。男は激痛に顔を歪め転げ回る。仕掛けてきたのはそっちだろうに文句を言わないでほしものである。


「もう一度言うわ、出しなさい。次、無理だと言ったら私の弾丸はあなたの頭を貫くわ」


 私は悪魔のように口元を釣り上げて笑った。

 

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