<第十五話:午後、自宅前にて>
私は瓦礫の前でうずくまり頭を抱えていた。かつて自宅だった場所が文字通り廃墟になっていたからだ。見渡す限り堆積されたコンクリートと鉄筋の破片。崩壊したまま放置していたとしてか思えない積み重ねられたゴミをみるだけで、あまりの絶望感に胸が苦しくなる。砂混じりの埃っぽい風が足の間を通り抜けた。
スティングの事務所をあとにした私は彼の発言の真偽を確かめるために久しぶりに自宅がある場所まで戻った。スティングが嘘を言うことはないと思うが、自分の目で見ないことにはにわかには信じがたい一言だったからだ。そして己の目で確認して結論を下す。彼の言っていたことは狂いなく事実だった。
一体、私の知らない間に何があったんだ。これほど無残に崩壊した理由を知りたかった。別段失って困るものはないが、かつて自室だったものが粉微塵に吹き飛んだ事の顛末は気になる。あんな家でも家賃は払っていたのだ。
私の基本的な収入源は興行によるものなので、一見した額は多くても定収入が得られるわけではない。興行の開催はそもそも不定期であるし、収入金額そのものルールや対戦相手、観客の入り方などに金額が左右され非常に不安定だ。そこからさらに手数料、修理費、弾薬代まで引かれるのだからたまったものではない。本当に業務内容に対して実入りの悪い仕事だ。
だから私はなるべくお金があるときにまとめて数ヶ月分払うようにしている。今回の家賃は夜男爵事件の時にまとまって入った違約金で半年分くらいまとめて払った。なので、都合半年分の家賃が何もしないまま吹き飛んだ形となる。私からすれば文字通り命を賭けた決して安くない金額である。新しい家を探さなくてはならない、そもそも機械人形に部屋を貸してくれるオーナーはこの町では片手で数えるほどしかいない。私は本日何度目かわからない大きなため息をついた。
「軍曹か、復帰したのだな」
私の後ろから聞き覚えのある声がしたので振り返った。少尉だ。右肩にはアサルトライフルを抱えている。特徴的な赤茶色の髪をかきながら、くわえタバコのままばつの悪そうな顔をして立っていた。癖の強い香りのする紫煙。好きではないが不快ではない香りだった。
「少尉、何があったかご存知ですか?」
少尉は町外れで酒場を経営している。酒場には様々な人種が集まるので情報が自然と集まりやすい。何か知っているのだろうと直感的に思った。
「あー……それな、その、なんだ」
少尉にしては珍しく歯切れが悪い。
「この間、江戸川興業という団体があっただろう? あそこの残党がここに来てだな」
なるほど、私への腹いせにアパートを消し炭にするほど大暴れしたわけか。全くたちの悪い。とは言えチンピラ風情に出来るのはその程度の嫌がらせくらいだろう。
「……たまたま居合わせた私とドンパチすることになった」
私は怪訝な顔をして少尉の目を見る。なんとなく先の展開は予想出来るが黙って聞くことにした。
「その、すまんな、奴らアパートに籠城しててな、ちょっと手持ちのコイツだけじゃ火力が足りなくて」
コイツとは少尉の持っているアサルトライフルのことだろう。確かに多人数相手に籠城戦をやるとなると一丁では火力が不足する。
「だから店から84mm無反動砲を持ってきてだな、ふっ飛ばしたらあいつらの持ってた爆薬に誘爆してだな……気づいたときにはアパートは粉微塵になっていたよ」
ひどい話である。私は結果的に上官に家を追われる結果となったわけだ。しかし、酒場で武器を管理しているのは知ってたが、まさかそんなものまで持っていたとは。
「そしてその、責任を取りたいところではあるんだが、ウチもこの間やらかしたせいで屋根が無くてな。大変風通しが良い」
前回の銃撃戦からまだ店は復帰出来ていないようだ。営業はしているらしいがおそらく人を宿泊させるスペースはないということだろう。
「本当に申し訳ない。行くアテはあるのか? 安宿でよければいくつか紹介するが? クソみたいな宿だが屋根はあるし、家主は信用できる。無論、金は私が出す」
珍しく早口でまくし立てる少尉に私は慌てて首を横に振る。
「大丈夫です。少尉、スティングの事務所に泊まりますから」
カードキーを見せて、私は笑顔を作った。上官である少尉にそんな迷惑をかけるわけにはいかない。原因は彼女だったとしてもそれは彼女なりに状況を解決しようとした結果だ。その気持だけでもありがたい。
私の一言に少尉は一瞬戸惑いを見せたが、すぐに納得したような顔をして私の右肩をポンポンと決して大きくはない手のひらで叩いた。
「そうか、まぁ、あのスティングは冷たい奴ではあるが、この町ではかなり信用できる男だ。主義主張が一貫していて迷いがない。うん、軍曹が良いパートナーを見つけられたことを私は誇りに思う。存分に世話になるといい……じゃあ、私は仕入れがあるからこの辺でな」
そう言って大きく手を振り、嬉しそうな顔を見せて去っていった。
私は少尉に笑顔が戻ったことを喜ぶと同時に、何か途方もない勘違いをさせてしまった気がしていた。




