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<第十三話:午前、興行中にて>

 全く、最悪の日だ。

 

 私はこの状況を心底から面倒に感じていた。まず、自宅に戻る間もなくいきなり試合が組まれているというのもそうであるし、工房での治療費が気がついたときには私の口座から事務所名義でまとめて引き落とされているというのも腹立たしい。気づいてすぐにベッドの上からスティングに確認の連絡を入れると返ってきたのは『出すとは言ったが、やるとは言ってない』の一言だ。全く忌々しい。


 焼け付くように暑い炎天下の中で私は本日の対戦相手である少女型軍用機械人形『鬼灯ホオズキ』と何度目になるかわからない交戦をする。


 盾付機関砲ガトリング・シールドの銃口を向け、真正面にいる相手に銃弾の嵐を一斉に叩き込む。歴戦の感覚に人工知能の計算を併用した精度の極めて高い破壊行為。


 鬼灯ホオズキは白い盾を構えて弾丸を待ち構える。私の銃か、相手の盾か。先に限界をむかえたほうが負ける。


 銃口が爆裂音をあげながら火を吐く。さながら物語のドラゴンを思わせる苛烈さだ。


 

<警告:盾付機関砲:弾数100>


 換装に備えてカートリッジを握っておく。自分でも分かるほど手のひらが汗ばんでいる。焦るな、自分に何度も言い聞かせた。


<警告:盾付機関砲:弾数0>


 すぐにカートリッジを取り出し、スキを与えず換装する。訓練された動きによどみはない。


<補充:盾付機関砲:弾数600>


 訓練された換装作業は数秒未満のスキしか生んでいない。相手は当然動けるはずもない。事実、鬼灯ホオズキはその場から一歩も動けていない。

 再び私は目標に向かって機関砲ガトリングの一斉掃射を開始する。どうか残りの600発で盾が壊れて欲しい。


 500、400、300……


 10秒単位で100発ずつ減っていく弾。残数が減る度に私の中にある焦りが増していく。早く、速く、すべて砕け散れ。その願いを込めて私はトリガーを強く引く。


 大量の弾幕は砂塵を巻き上げ、私の視界を完全に奪う。


<警告:盾付機関砲:弾数0>


 カラになった弾倉が煙を吐きながら空虚な回転音を鳴らす。私はトリガーから指を離した。機関砲ガトリングが回転を止める。全弾命中と言って差し支えのない状況だが手応えが無かった。何かの間違いで盾を壊したり出来ていないだろうか。この不運な一日に何か一つくらい幸福が欲しかった。


 弾幕と砂埃が風に流される。砂煙の先に白い盾が見えた。私は苛立ちを隠しきれず舌打ちをする。多数の銃創こそ負っているが盾は健在だった。状況は私に不利だ。何で出来ているか知らないが、6mm弾を予備弾倉も含めて千発近くも受けて健在している盾というのはとても普通の仕様とは考え難い。またDJが何か細工をしたということだけは推測出来た。相変わらず余計なことをする老人だ。


 試合は終盤をむかえていた。興行に制限時間があるわけではない。ギブアップかどちらかが死ぬまで続く一対一のデスゲーム。新人の頃は終わりが見えなくて『とにかく殺せばいい』と言い聞かせてきたが、今は違う。試合がどの程度の展開をむかえているのか経験則で理解する。


 興行の終盤は大抵お互いの身体に損傷が見られる。更には武器も損傷が出てくる。


 彼女の武器は先程から後ろに隠れるようにして構えている白の盾。間違いなく戦時中に作られた軍用の防弾盾だ。だが、これほどの強度のものは初めて見た。重量が重く取り回しは悪そうだが、防御に関してならおそらく機械人形が単独で持てるものでは最高クラスのものではないだろうか。


 しかし守っているだけでは興行は勝利することが出来ない。事前情報によると彼女の武器は突撃銃アサルトライフルと軍用ナイフ、そして拳銃だったはずだ。この内突撃銃アサルトライフルは弾数を吐き出したのか盾での守りに入る前に廃棄していたし、拳銃も交戦の際に何度か撃っていたのであまり弾数は残っていないはず。


 獲物のリーチは私の手斧ハンドアックスのほうが長い。白兵戦は苦手だがアドバンテージの差は大きい。問題は盾だ。あの盾を突破しない限り私に勝機はない。


 銃弾を相当数打ち込んだからにはそれなりの損傷は与えているとは思うが、あくまでも希望的観測に過ぎない。拳銃と手斧ハンドアックスで壊せる保証はまったくない。


 

<動作命令:盾付機関砲:回線切断>



 私は予備弾倉まで撃ち尽くした盾付機関砲ガトリング・シールドをパージした。鋼の銃身が重力に従い落下して少量の砂埃を巻き上げる。


 手持ちの火力で正面から盾を破壊して突破するのは不可能だ。なら背後に周りたいがあまりにも距離が離れすぎている。


 銃で牽制しながら近づいて接近戦に持ち込むしか無い。そう判断してホルスターから拳銃を抜いて構える。


 鬼灯ホオズキは先程までと同様に大型の盾を構えて沈黙している。相手も決め手にかけているのだろうか。全く動きを見せない。


 前回の不注意で手痛い目にあってしまっただけにこの静けさはとても不気味だ。拳銃の照準をあわせながらゆっくりと足をすすめる。


 大型の盾は近接での小回りは利かないし、さらに言えば守っているだけでは興行には勝てない。何かしら切り札は残しているはずだ。


 鬼灯ほおずきがわずかに後方に移動した。移動する際に私の耳がかすかな金属音を耳にした。鉄球がこすれるような独特の音。それはシューズに内蔵するタイプの電動のローラーダッシュシステムが駆動する際に発する高い金属音だ。まだそんなものを隠し持っていたのか。

 

<警告:前方敵機:熱源反応>


 補助人工知能が警告する。相手機体からの高熱源反応を察知。視界で見る限り機体前方ではない、おそらく背後搭載型のモノ。となると推力システム辺りだろう。


 私がそこまで推理した瞬間、鬼灯ホオズキは盾を正面に構えたまま、急加速してこちらに飛び込んできた。甲高い金属音を立てながら接近するその有り様はさながら鋼の弾丸だ。


 私は直感的に大きく横へ飛び、敷き詰められた砂の中に飛び込んだ。紙一重でかわすことが出来た。背後のほうで大きな衝突音が聞こえた。黒のロリータは無様に砂にまみれていた。身体に裂傷とかすかな痛みが走る。


<損傷警告>


<右腕部:軽症>


<状況:戦闘続行可能>


 補助人工知能が淡々と事実を告げる。おおかた何か石にでも腕を引っ掛けたのだろう。血液油けつえきゆが少しだけ漏れ出している。


 起き上がり衝撃音がした方に向き直す。試合の壁に人型くらいの大きな穴が空いていた。周囲には飛散した破片、おそらく試合上に設けられた壁だと思しき灰色の破片が散らばっている。その側には穴を作った張本人である鬼灯ホオズキが仰向けになって倒れている。おおかた壁との衝撃に耐えられず失神したのだろう。興行用の試合場は特殊な素材で出来ており、少々の弾丸を打ち込んだり機械人形がぶつかったりしたくらいでは壊れはしない。彼女はそれを壊すだけの威力の反動を全身に受けたのだ、立ち上がれないのも無理はなかった。


 そして以上の情報から得られる結論はただ一つ……勝った。あまりにもあっけない幕切れに私は拳銃を握ったまましばらく呆気にとられていた。


 しばらくして幕切れに気づいた観客たちは一斉に声を荒げ始めた。


「ざけんな! ばかやろー!」


「金返せ! 今夜どうすりゃいいんだ!」


「八百長か! 旧式オールドっ!」


「この■■■、■■■も使えないクソが」


 なかなか手厳しいヤジが外野から飛んできた。その声で私も我に返った。中には試合場には瓶や空き箱などのゴミが投げ入れる輩までいる。目の前に茶色いビール瓶が落ちてきて、パリンと音を立てて割れた。


 生活費を賭けている観客たちからすればこんな無様な試合は怒りの対象でしか無いのだろう。


 だが、こちらからすればこれも紙一重の勝負だ。鬼灯ホオズキ最後の切り札。推進力を利用した急加速と超硬度を誇る盾を武器にしたタックル。ほんのすこし反応が遅ければ私の身体は跳ね飛ばされ、ボロ布よりもひどい状態で地面に転がっていただろう。機械人形の重量+盾の重量×加速度でここまでの被害を出すとは恐ろしい切り札である。


 しかしこの状況でも手は抜かない。私は拳銃を持ったまま歩いて彼女に接近する。彼女は身動き一つ取らない。


 歩きながら安全装置を解除し、スライドを引いて薬室に弾を送り込む。冷たい鉄に鉛の殺意がこもった。


 そして仰向けに倒れた鬼灯ホオズキの頭に銃を向ける。


「降参?」


 意識があるかわからないが聞いておく。意識がなかったら起きるまで待つか、このまま撃つしか無い。そして待つほど私の時間に余裕はない。


「こーさん……はー、アレ、かわすかぁ」


 鬼灯ほおずきは仰向けのまま悔しそうな、けれどもどこか清々しい顔で返答する。


 私はその一言を聞いてセーフティをかけて銃をホルスターに収める。


「勝負としては紙一重だったと思うわ。正直、あんな風にツッコんでくるとは思わなかった」


「いやー、私も切り札使わなきゃいけないとは思わなかった。さすが旧式オールド強いね」


 鬼灯ホオズキは朗らかに笑う。興行は殺し合いを認めてはいるが、積極的に許しているわけではない。一部の流血が見たい観客にとっては降参は退屈だろうがこっちとしては殺さなくて済む分こっちのほうが嬉しい。


 その瞬間、スピーカーから試合終了を告げるファンファーレが鳴った。


――なんとか、今日も生き延びれた。


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