<第九話:午後、試合場にて>
『興行』が行われる『試合場』は町の真ん中に堂々と存在している。
この町における唯一の大型娯楽であると呼んでもいい。
皆がその暴力的な試合に熱狂し、それを見るために金を払い、時には儲けを狙って賭ける。
私は選手専用の裏口から入場し、専用受付で『選手免許』を見せるとすぐに選手控え室に案内された。
古びたロッカーと少し割れた姿見と今にも折れそうなか細いパイプ椅子だけの粗末な控室。私のマネージャーであるスティングがペンキのはげた壁に寄り掛かるようにして立っていた。
スティングは私の気配に気づいたのか、ゆっくりと閉じていた目を開く。
「一時間前か、いつもどおりだな。旧式」
スティングは腕にはめた金色の時計で時間を確かめて言った。人工知能や携帯端末で時間を確認できるこのご時世にわざわざ腕時計で時間を確認する人間はごく一部の時計マニアだけだ。彼は彼で何かしらのこだわりを持っているのかも知れない。
「えぇ」
私は軽く返事だけして、パイプ椅子の上に抱えていたボストンバックを下ろす。
ファスナーを開けボストンバッグから装備を取り出す。まずは左手に盾付機関砲。保護用の布を解き、目視で点検してから装着する。盾付機関砲は対人用に小型化され、フルオートなら1分間で600発もの6mm弾を撃ち尽くす六連装ガトリングと白兵戦用のシールドが一体化された機械人形専用の装備である。終戦直前に何丁か部隊に導入されたが、重量がありすぎ、取り回しが悪いため正式採用は見送られた。しかし、私にとっては相性が良かったようで、これまでずっと使ってきている。命を何度も預けてきた相棒だ。今更手放せない。
背中に設けた専用の鞘に手斧を収め、右太ももにホルスターを取り付けた。ホルスターには拳銃一丁と拳銃の予備弾倉を一つ。
右足の重量が重くなるが、左上での盾付機関砲の重さを考えれば、これでようやく身体のバランスがとれるくらいだ。
装着はすぐに終わった。
「レギュレーションの確認をするぞ」
私が装備をつけ終えるのを確認するとスティングはそう言った。
一々言わなくても把握しているが、まれに変則的なルールが組まれることもあるので、スティングは説明を怠らない。これが彼のマネージャーとしての気遣いなのか、性格なのかはわからない。
ここに来てから一番長い付き合いなのに私は彼のことを何も知らない。素性も目的も理由も何もかも面と向かってきちんと話し合ったことはない。だが、互いの素性を聞かないのは別段ここでは珍しいことでもないので、わざわざあらためて聞く気にはならなかった。
皆、何かしらの理由があってここで生きることになった。私も含め誰にでも一つくらいは後ろ暗い、話したくもない過去がある。そう考えるとレイラという存在があまりにも美しく思えた。
彼女は過去を知ろうとし過ぎる。無垢で在るが故に。
「聞いてるのか、旧式」
スティングの声で私の意識は思考から現実へと引き戻される。
「勝利条件は相手の完全破壊か相手のギブアップ宣言、でしょ?」
聞くまでもない。いつものルールだ。
「分かっているのならいい」
そう言い残してスティングは控え室から去っていく。
さて、ここからは集中の時間だ。
私は軽く身体を動かしながら、補助人工知能の検査プログラムを走らせる。
<武装検査算譜:開始>
<盾付対人機関砲:弾数:600/状態:良好>
<手斧:状態:良好>
<拳銃:弾数:16/状態:良好>
<全登録武装検査完了>
<武装検査算譜:終了>
<身体検査算譜:開始>
<破損箇所:該当:無>
<血液油残量:10割>
<全身体:異常:無>
<身体検査算譜:終了>
<補助用人工知能検査算譜:開始>
<補助用人工知能:白兵戦:適応>
<全思考:白兵戦:最適済>
<適応終了>
<補助用人工知能検査算譜:終了>
点検を終える。DJに整備してもらい、自分の目で確かめ、人工知能のお墨付きももらった。これで不具合が起きたらそれは運が無かった時だろう。
私は準備運動を終え、備え付けられてる鏡で全身をチェックする。
装備とついでに髪と服装。試合が始まればどうせ乱れるが、気にしないほど私は無遠慮でもない。
ふんわりパニエで広がったスカートにまだ清潔なブラウス。磨かれたブーツはまるで戦場とは無縁の存在に思える。
髪を手ぐしで整えて一応の身だしなみを終える。
この衣装は私のデビューに際してスティングが持ってきたものだ。
この町でこんなひらひらした服を着たモノはいない。スティングからすればそれだけで話題になると思ったのだろう。
あの日以来、私は軍服を着た『軍曹』から黒のロリータで戦う『旧式少女』へと肩書きが変わった。
黒の瀟洒なロリータ服とはあまりにも不釣り合いな荒々しい武装を施した少女型機械人形。
――旧式少女が紛れもなくそこにいる。
私は控え室を出ると、石造りの入場門へと向かっていく。
一歩ずつ足を進めるごとに観客のざわめきが少しずつ大きくなり私の耳にも鮮明に聞こえてくる。
私はその声を浴びながら、石段を踏みしめる。
これは死刑台への階段なのか、それとも明日に続く架け橋なのか。
それは試合が終わればわかることだろう。
石造りの入場門をくぐると、ひときわ大きな歓声が上がる。
流れ弾防止の防弾ネット越しの観客席から聞こえる旧式のコールに左手、盾付機関砲を掲げて応じる。こんな風に観客に応じるのは初めてだ。レイラが、検査員の男の子が、私を少しだけ変えたのだろうか。ふと、そんなことを思ったが、その甘い思考をすぐ切り替える。
そんなことを考えるのは試合が終わってからでも遅くない。
私は正面から彼と向き合った。今日の対戦相手。私にとっては喰らうか喰らわれるかの関係にある存在。彼には悪いが今日も生き残るのは私だ。
決意を新たに胸に秘め。
――夜男爵と対峙した。




