UCA入隊式 後編
休憩時間残り5分ほどになるとほとんどの席は埋まっていた。
そして5分経ち休憩時間が終わり、体育館に午後の部開始のアナウンスが司会のほうからなされる。
「それでは、午後の部開始いたします。ご着席ください」
そのアナウンスを聞きトイレへの通路から複数の人間が自分の席へと急いで戻る。
「それでは、午後の個名は火ヶ丸犬尤SS級隊員お願いします…………」
司会はそういうと自分の左側にある入隊式で役を与えられた現役隊員達が座る席の方に視線を移す。
が、司会はなかなか登壇しない火ヶ丸を見かねて様子を伺う。
「……えーと、火ヶ丸さん大丈夫ですか?」
司会の男は火ヶ丸だけに向けて言ったつもりだったようだが、マイクにその音が拾われていたため体育館中に声が響いた。
体育館両脇にいる現役隊員達の顔は、なぜこいつに頼んだんだというような呆れ果てた顔をして深くため息をついている。
司会や現役隊員達がそう思うのも無理はないだろう。
その火ヶ丸という男は、垂れた目の下に黒いクマ。だらしなく生えた髭。それにボサボサの髪。それに加えてなぜか足元をふらつかせている。
「あーだいじぶだいじょぶ志牙来君。昨日飲み過ぎただけよ……」
火ヶ丸はそう言うと、眼鏡をかけた志牙来(司会)の肩をとんとんと二回叩いたあと個名表を受け取り危なげに足元をふらつかせながら壇上に上がった。
午前の部の冴季夜ウーマとは違い火ヶ丸の個名のほうは、名前を間違えて呼んでしまい、その度に司会が火ヶ丸のもとへ行き、耳打ちをしては火ヶ丸が名前を呼び直すというのを繰り返していた。
「えーと古末鉄太。進宿署所属」
鉄太は大きな声でハイッと返事をし、その場に直立。そしてその場で敬礼をし着席する。
それからまた多くの新入隊者の名前が呼ばれていき。そして……。
「拳堂ダン。羽枦署所属」
「はい!!」
拳堂は返事をするとその場で立ち壇上に体を向け敬礼をする。
すると火ヶ丸はそれに対して答礼を行った。
「おお、君がコンビニ君かぁ~よろしくね」
火ヶ丸はニヤッとした表情で再び軽く敬礼を行った。
しかし拳堂は顔を真っ赤にし、目を丸くし呆然とした。
「ちょっと火ヶ丸さん、コンビニって……」
当然ながら司会はその場で火ヶ丸に注意をする。
「あいあい分かってますよ。それじゃあ続き呼びますよ」
拳堂は我に返り席に座った。そして、残りの新入隊員の名前を呼び終えると火ヶ丸は、一礼をし壇上から降りた。そしてふたたび司会の肩をトントンと叩く。
「ったく……続いて新入隊員挨拶。代表、焔ジン」
司会の舌打ちもしっかりとマイクに拾われたが現役隊員も同じ気持ちだったため注意をしようという人物はいなかった。
焔ジンは全養成学校の中で成績No.1の男だった。
焔は堂々とした様子で壇上に上がった。そして敬礼をすると壇上のマイクに一歩近づく。
「はじめまして焔ジンです。この度は私達のためにこのような場を設けていただきありがとうございます。これからUCAの尽力していけるよう精進します。……そして僕は先輩方を越えUCAのトップに立ち犯罪者を撲滅します。よろしくお願いします」
焔は新入隊員とは思えないほど堂々と雄弁に語った。
新入隊員の両脇に並ぶ先輩隊員達は『先輩方を越え』という言葉にざわざわとなっていた。
が、焔は気にも止めない様子で深く礼をし壇上を降りていく。
「お静かに……えー最後に階級授与。夜岬叶絵B級隊員お願いします」
司会はやれやれといったような感じで疲れ果てた口調で言った。
夜岬は20代ぐらいの女性で、長い紫色の髪をしているのが特長。それに赤縁の眼鏡をかけスラッとしたモデル系の長身。長い紫色の髪をひらひらと揺らし壇上への階段を登ってゆく。
「以上846名をC級隊員に任命します」
夜岬はふたたび髪をひらひらさせながら壇上を降りていく。
「最後になります。閉会の言葉。氷鳥炎坐SSS級隊員お願いします」
氷鳥炎坐。通称 氷死鳥。まだ22歳にしてSSS級に登り詰めた最強の隊員。
氷の力と不死鳥の圧倒的回復力を持つ。世にも珍しい二つの能力を持つ男。水色の髪をし、顔の左 目の下あたりから火傷の跡があるのが特徴だった。
「はじめまして、氷鳥です。いきなりですが今UCAは多くの異能犯罪者の出現に手を焼いています。当然ながら殉職する隊員も数多くいます。僕の同期も何人も死んでいきました。いまいる君達の800人以上の同期も一年も経てばどれぐらい減っているかは僕には分かりません」
会場にいる新入隊員達は周りにいるお互いの顔を見てから一斉にゴクリと唾を飲む。
両脇にいる現役の隊員達は、それぞれ仲間が死んだことを思い目をつぶる。
「しかし……僕もその中で生き残り、いまではこうして君達の前に立っています。強い者だけが生きていける世界に君達は入ったということを、しっかり肝に命じておくように」
体育館内を一瞬、寒気とともに静けさが襲う。
「君達の健闘を祈ります。以上で入隊式を終わります」
氷鳥は深く一礼をしたあと壇上を降りた。
その後、体育館では沈黙がしばらく続いていた。
そしてようやく第20回UCA入隊式が終わった。
拳堂は火ヶ丸からコンビニ君と言われたことで他の新入隊員達の餌食となり注目の的となってしまった。
そのあと備品配付の放送が入ったことで一旦難を逃れた拳堂は、再び餌食にならないように一人体育館の隅に立っていた。
そこに現れたのがトイレで会った鉄太だった。
「羽枦署っていい噂聞かないぜ」
拳堂はしつこいなと思いつつも、またお腹が痛くなってきた。
「まずそこの署長が糞みたいな人間だって聞くし。なんでもUCAが邪魔に思ってる奴の島流し場だってよ」
鉄太は拳堂のことを気の毒だと思い肩に手ををポンと置く。
しかし、拳堂にはうつむいた鉄太の顔が苦笑いしているのが分かった。
「……悪い帰るわ」
肩を落とし消沈した拳堂は小さな声でボソッと呟いた。
「あっ、ああ連絡しろよなー」
鉄太はそういい、思いの外小さくなった拳堂の背中を見送った。
羽枦区にある三階建てのマンション ハネバシドミールにつくと、拳堂はポストを確認したあと二階へ上がる。
そして205号室に入り、手洗いうがいもせずに一目散に部屋のタンスの上にある写真の前に立つ。
「父さん母さんやっと……。一歩近づいたよ」
写真には拳堂、父、母、そして妹が笑顔で写っている。
そして拳堂は明日の準備を整え眠りについた。