赤い獣。黒い鶏。
金曜日の夜。
仕事終わりの会社員で賑わう夜の街。たくさんの居酒屋に明かりが灯り、多くのお客が飲食を楽しむその通りを一瞬にして殺伐とした空気が流れた。
大きな雷鳴が鳴り響いたかと思うと、次に何かがアスファルトに打ちつかれる音が聞こえる。
その音に気づいた多くの人間が打ちつかれたものに視線を向ける。
1人の女性がそのものを見るや、悲鳴をあげた。
その女性が見たのは頭から血を流し倒れる男。その男は所々破れた紺色のスーツを身にまとい、片手には警棒を持っていた。頭を中心にして大量の血が通りの真ん中を流れている。
すぐに数人のスーツをきた帰り途中のサラリーマンがその男に駆け寄り安否を確認する。
しかし、その男はもう息をしていなかった。
その男を囲む周りのギャラリーも警察を呼べや、救急車を呼べなどと慌てふためいてる。
すると後ろから、こちらに向かって走ってくる足音が聞こえる。
ギャラリーの注目はその男から、一瞬で足音の方へと移される。
走ってきたのは、またも紺色のスーツを着た男。倒れている男と違うのはスーツが比較的綺麗なことと、片手に拳銃を持っていること、顔には血ではなく汗をかいていること、そしてメガネをかけていないことだった。
全速力で走ってくるその男は、半狂乱で何か恐ろしいものから逃げてくるような感じが見て取れた。
倒れている男から逃げてくる男に注目が集まってからわずか数秒。すぐにその注目は別のものへと移された。
空気を裂く音が耳に入ったかと思うとアスファルトの表面を砕く轟音が耳に突き刺さり、一瞬ですべての音がシャットアウトする。
多くの人間がその轟音でその場に尻餅をついた。
その音の正体はと、見上げる。視界を覆うのは赤い巨大な獣。見た事のない巨大な恐怖に声が出ず、ただその場で固まるしかなかった。
それは先ほどまで注目を集めていたら紺色のスーツの男も同様だった。
「や、や、やめてくれ!!……家族がいるんだ……」
男はその獣に命乞いをするかのように目から大量の涙を流しながら、頭を地面にすりつける。
しかし、その獣は言葉が分からないのか聞く耳を持たず、巨大な拳を振り上げた。
男はその場から逃げようとするが、恐怖で足がすくみまったく動けない。
「た……」
赤く巨大な拳は無惨にも男の頭上から振り下ろされ、勢いが衰えることなくそのままアスファルトの表面を打ち砕く。それと同時に大量の赤い血が、その周りに飛散した。
周りにいたギャラリーは何かに突き動かされるように生気を取り戻し、その場から1歩でも離れようと、我が物顔で走り去る。
獣はその耳障りとも思われる足音に気を取られる様子もなく、振り下ろした拳を上げて、余韻に浸っていた。
「くそ……間に合わなかったか……」
獣は声の主のいる後ろを振り返る。
そこにいたのは漆黒のスーツを着た1人のモノ。
黒い毛が顔を覆い、頭部には、鶏のような錆がかった赤色の鶏冠が角のように生え、黄土色の嘴が口についていた。両の瞳は、真紅に染まっている。
「鶏冠さーん」
相撲取りのように大きな巨体を揺らしながら、男が息を切らし走ってきた。彼もまた漆黒のスーツを着ている。
「大聲、お前が遅すぎるんだ」
鶏冠は獣から視線をずらすこと無くそう言う。
赤い獣もまたその視線に応えるかのように鶏男を睨み続ける。
つい数十分前まで仕事終わりのサラリーマンで賑わっていた居酒屋通りは人気を消し、鶏冠と巨大な獣との硬着状態が続いている。
「2人のUCA隊員を殺したんだ。ロシアのハンターだかなんだか知らんが容赦なくいく……」
そう言うと鶏冠は前傾姿勢で1歩前へと右足を踏み出す。
「グォォォォッッ!!!!」
赤い獣は遠吠えを上げて、鶏冠に数秒遅れて、巨大な足を踏み出す。
獣が重たい腕とは思えないほどのスピードで鶏冠を捕まえようと両手で掴みにかかる。
しかし、鶏冠は左足で地面を強く蹴り飛び上がる。そして体を丸め、そのまま空中で半回転。頭が地面を向いたところで右足を宙へと突き出し、そのまま獣の頭上へと振り下ろす。
鶏冠のかかと落としは見事、獣の頭に直撃し、頭上でピタッと静止する。勝負が決まったと思われた、次の瞬間、獣の赤い左手が鶏冠の右足首を摘み、そのまま宙ぶらりん状態となる。
獣は掴んだ獲物めがけて、右の拳を放つ。鶏冠は咄嗟に腹筋を使いその拳をかわし、右手首を鋭い嘴で突き思い切り切り裂く。赤い血が飛び散ると足首を掴んでいた獣の左手が開き、鶏冠は解放されムーンサルトで後ろへ後退。獣の血と思わしき血を地べたに吐き出す。
「馬鹿力の怪物が」
鶏冠は口元から垂れる獣の血を拭き取る。
そして、背中で折りたたんでいた翼を2つ開く。片翼がむしり取られたかのようなその翼が歴戦の戦士だと言うことを物語っていた。
片翼の男は、獣へと駆け、飛び上がり右腕にしがみつく。
獣は振りほどこうとブンブン腕を振り回すがまったく効果がない。
鶏冠は巨大な片翼の遠心力を利用し、獣の腕にしがみついたまま半回転。獣の腕はねじれ、筋肉が引き裂かれる音がした。
獣は歯を食いしばり声を出さないようにしたが、あまりの苦痛に声が漏れる。
獣の右腕は力を無くしたかのように地面にうなだれる。
獣は反撃しようと、がむしゃらに左腕を振り回すが、鶏冠はそれを見事な反射神経で避け、左腕も先ほどと同様に戦闘不能にする。
両腕がうなだれた獣はまたも大きな獣声を発する。
その姿は決して戦意喪失した獣ではなかった。
理性を無くした獣は、大きな足音と共に獣声をあげて向かってくる。
鶏冠も腰のホルダーから黒い刀身のナイフを手に握ると前傾姿勢で獣へと向かう。
そして獣が目前に近づくと獣の股めがけてスライディング。
後ろへと回り込むと、赤い獣の両足、かかとの少し上を切りつけ、続いて膝裏を切りつける。すると獣は大きな音を立てて崩れ落ちる。
鶏冠は、ホルダーから拳銃を取り出し、倒れた獣に止めを刺そうとゆっくりと歩み寄り獣の頭部の前へと移動する。
「狩られる側の気持ちはどうだ?」
鶏冠はそう言うと拳銃のセーフティーレバーを解除した。
獣は答えることなくただただ叫びもがき続けた。
トリガーが引かれ拳銃から弾丸が放たれ、目の前の獣に命中した。
「大聲!!回収班の要請頼む」
「はひぃっ!!」
今まで口を開けぽかんとしていた大聲はすぐに仕事に取りかかった。
鶏冠は拳銃片手に犠牲となった、2人のUCA隊員の元へと歩み寄る。
「こんなことしといて……麻酔銃とはな……」
鶏冠はそう言うと、左の拳を強く強く握り締めた。