火ヶ丸班side day 1 ~区議会議員 後編~
事は一ヶ月ほど前。
賓崎は羽枦区内で起きていた連続通り魔と遭遇した。
その時に賓崎は、命の恩人と出逢った。
その人物は同じ区議会議員の野神行武だった。
野神は最近、区議会議員に加わった60歳ぐらいで、立花と同じようにがたいのいい男だった。
しかし、違うのは立花のように高圧的な態度を感じとれなかったこと。
賓崎は友人と飲んだ帰りを通り魔に狙われた。
通り魔は賓崎の背後から忍び寄り、賓崎が路地に入ったところを見図ってでナイフを手にして襲いかかった。
7m間隔で配置されている外灯の光に照らされて僅かに光るナイフの刃は暗闇を切り裂き賓崎の背中を切りつけた。
しかし、ナイフは服を切りつけただけで賓崎の身体には触れなかった。
その時偶然、野神が通りかかった。
野神は賓崎が襲われている様子を見ると察し、その通り魔の前に立ち塞がる。
「大丈夫ですか賓崎さん?」
その時賓崎は街灯の灯りの下で野神が黒い牛に変貌する姿を見た。
「異能者…。」
牛に変貌した野神は、震え上がった通り魔を威嚇し簡単に片腕で通り魔を持ち上げた。通り魔は、恐怖のあまり失神した。
すると野神はもとの人間の姿へと戻った。
「賓崎さん。私はこの人を交番に届けるので賓崎さんも来て事情を話して頂けませんか?」
賓崎はさっきの光景に口を丸くあけ唖然としてただ頷くことしか出来なかった。
そして、野神と賓崎は近くの交番にいき事情を話し通り魔を引き渡した。
「私はこれで失礼します」
野神はそう言うと笑顔で帰っていた。
これが賓崎にとって野神が命の恩人となった出来事だった。
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そしてその20日後、事件は起きる。
その日は区議会議場で会議が開かれていた。
そこには、もちろん立花、そして野神がいた。議題は内閣で今問題になっている異能者人権保護法についての討論に先駆け、羽枦区での異能者人権保護法実施についてだった。
結果は、賛成多数だった。しかし羽枦区での権力が強い立花が一言。
「この議題は実に難しい。日を改め後日また話し合いましょう」
そして後日、結果は逆転した。
その日の議会が終わった後の会議室で賓崎は、立花と野神が激しく言い争っているのを見てしまった。
そして次の日。立花が殺されたというニュースが流れたのだった。
一方の火ヶ丸はというと。
火ヶ丸もまた区議会議員の一人に話を聞くためその議員の自宅を訪れていた。
玄関のベルを鳴らすと玄関のドアが開いた。
顔を見せたのは大柄な男だった。
「お久しぶりです。野神さん」
火ヶ丸はいつものような適当な様子とは真逆で丁寧に挨拶をした。
「おおUCAの野良犬か。久しぶりだな」
その野神という男は火ヶ丸の顔をじっくりと眺めてからそういった。
「はい。野神さんが引退してから会ってないので6,7年振りですかね」
野神行武。
元UCA S級隊員。異能:野牛。
野牛の能力を得る。とてつもない力と体力で相手を圧倒する。
ミノタウロスという異名で名を轟かせた。
UCA引退後、羽枦区で区議会議員を勤める。そしてその人格の良さで2年後に議長に就任し、今に至る。
火ヶ丸がはじめて野神に会ったのは、養成学校の先生と生徒という形でだった。
「今日はどうしたんだ火ヶ丸?」
「はい。早速ですが……」
火ヶ丸がそこまで言うと言葉を遮るかのように野神が声を出した。
「とりあえず中に入れよ」
野神に促され火ヶ丸は野神宅に足を踏み入れた。
外見から分かるように中も和の府陰気を醸し出した内装だった。
火ヶ丸は、野神に案内され障子を引いた先にある畳の部屋に入った。
部屋の中には腰の低い木の机と座布団が二つ置いてあった。
火ヶ丸は立花に指図されるままにその座布団に正座して座った。
火ヶ丸は座布団に座るなりすぐに口を開く。
「立花さんがなくなったのはご存知ですか?」
「ああ、あの立花がな。惨い死に方で……残念だよ」
「そうですね……ちなみに立花さんは、どんな方でしたか? なにか恨みを持つような人間はいたとか?」
「あいつは傲慢な奴だったからな、恨みを持つやつは、多かっただろうな」
「そうですか。仕事振りはどうでした?」
「副議長を務めていてしっかりと仕事していたよ。頼れるやつだったよ」
「そうですか……とりあえず今日はこれで失礼します」
「ああ……またな」
「はい」
火ヶ丸はそういうと深く礼をし出ていった。
立花宅を出ると土伊と泳斗に電話をかけた。電話の内容は、捜査が一区切りついたら羽枦区にあるファミレスに集まってくれ、という内容だった。
羽枦署のメンバーは夕飯を兼ねてファミレスに集まりそれぞれの得た情報を交換することとなった。
「みんなお疲れ様」
火ヶ丸はそういうと既に揃っていた他の四人が座る六人がけのソファー席にドシッと腰を降ろした。
「みんなは頼んだのか?」
「火ヶ丸さんが遅いんでもう頼んじゃいましたよ」
土伊は待たされたことへの怒りを露にしてそういった。
火ヶ丸はそうかと言うとメニューを一通りめくった。そしてもう一度メニューをゆっくりと眺めながらめくり、呼び出しボタンを押した。
すると、わずか10秒ほどで女性店員が席に来た。
「チーズINハンバーグとライス大盛。あとドリンクバーお願いします」
店員は、火ヶ丸の頼んだメニューを繰り返して確認したあとドリンクバーの場所を案内してさっていった。
火ヶ丸はドリンクバーに飲み物を取りにいった。
ちょうどその時、四人が頼んでいたメニューを先ほどの店員が運んできた。
火ヶ丸が席に戻ってくる前に、四人は既に食べ始めていたが火ヶ丸が邪魔するように一言。
「じゃあまず土伊達のほうはどうだった?」
土伊は事情を聞いた区議会議員について詳しく話した。土伊と羊谷は、思江に話を聞いたあと他の二人の議員にも話を聞いたが参考になるような情報は、得られなかった。
火ヶ丸に促され拳堂が賓崎とそのあとに事情を聞いた他の二人の区議会議員の情報を話した。
その話が終わる頃に、先ほどの店員がまた机に来た。
今度は火ヶ丸が頼んだメニューが机に並んだ。
火ヶ丸がやっときたかというような顔でフォークとナイフを手に取ったとき今度はお返しにと土伊が一言。
「課長のほうはどうだったんですか?」
火ヶ丸は観念したように話はじめた。
他の四人はまだ半分ほど残っていた夕飯を一斉にガツガツと食べ始めた。
火ヶ丸は野神行武に話を聞くまえに館山という区議会議員にも話を聞いていたが得られた情報は立花の悪評ばかりでこれといって重要な情報は、得られなかった。
火ヶ丸が話終える頃にはもう他の四人は、夕飯を食べ終わりデザートを頼もうかという相談をしていた。
「聞いてたか?」
「はいはい、課長はどう思いますか?」
土伊はメニューのデザート欄を見ながら火ヶ丸に聞いた。
「とりあえず野神さんについて調べようと思う」
火ヶ丸は何か気にかかることがあるような口調でそういった。
「課長がそう言うならそれでいきましょ」
泳斗がそういうと土伊、羊谷、拳堂も一回頷く。
火ヶ丸は一回頷くと少し冷めてしまったチーズINハンバーグとライスの大盛に手をつけ始めた。
火ヶ丸が食べ終わるのを待ちその日は解散となった。
「まあとりあえずだ、明日は立花の親族関係について調べるぞ、よろしくな。おつかれさん」
大きな進展を迎えたのは次の日のことだった。