放たれし黒煙の拳
泳斗と速世が戦闘を始めたその頃。
拳堂の15mほど前方には、長身の男 透道。そしてその後ろには、金庫を開けようと奮闘している犯人の一人がいた。
透道は、目出し帽を取り床に捨てる。
姿を見せたのは金色の短髪に、こちらを睨むようにつり上がった金色の眉とこちらを見て目をぎらつかせる30代ぐらいの男。
透道は一歩一歩、着実に拳堂のほうへと近付いていく。
「はじめまして異隊の隊員さん。あなた見たことない顔ですね。もしかしてC級隊員ですか……新人さんですかね?」
「……そうだ」
拳堂はゴクリと唾を飲む。そして拳堂の体はブルッと震え、冷や汗が背中を伝う。透道を目の前にした拳堂は、強者のプレッシャーをひしひしと感じていた。
拳堂は手にはめたグローブをもう一度しっかりと引っ張りはめ直した。
「君の未来は、今日で終わりだ。ざーんねん」
透道は不敵な笑みを浮かべながら、ナイフを右手に持ち、走りかかってきた。
拳堂はそれに対抗しようと、右足を前に出し攻撃の構えをとる。
しかし、透道の姿がほんの3mほどまで近づいてきたところで透道の姿が目の前から一瞬で消える。
そして、拳堂の横をかすかな足音が通過する。
そのすぐあと拳堂は後ろから殺気を感じとり、振り返る。
そのとき消えたはずだった透道が姿を現し、ナイフの切っ先を拳堂の腹に向けて突進しようとしていた。
拳堂はとっさに避けた、が、一瞬間に合わない。透道のナイフは、拳堂の右腹に確かに刺さった。右腹から大量の血が流れ出たかと思うと、透道は間髪いれずに刺したナイフを抜き、もう一度、今度は胸を狙い刺そうとした。
しかし、拳堂は咄嗟に両手をクロスさせ透道の手首を捉え防御。しかし透道は空いた左手で拳堂の腹を強打。拳堂はその衝撃に耐えられず口から血をたらし右腹からも血をどろどろと流した。
「どうした? もう終わりかな?」
透道はさらに笑みを浮かべ手加減なしで襲いかかる。
拳堂は防御していた手をほどき、右アッパーを放つ。
しかし透道は後ろに飛び避けそれを華麗にかわした。
拳堂は間髪入れずに左半身とともに左手を引き力を込め拳を放った。その拳は空気の弾となり、透道へと飛んでいく。透道はその空気の弾に気づかずに後ろに跳ね飛ばされる。拳堂の飛ばした空気の弾は、透道の後ろで倉庫を開けていた男にも届き、その男は背中に拳を受け、気を失いその場に倒れ込んだ。
「これが君の異能か……」
透道は起き上がるとニヤリと笑みをこぼす、そしてふたたび姿を消した。
やはり足音が微かに聞こえるが姿は見えない。
透道の異能は、透明。一定の時間、体を透明化させることが出来る。
足音が拳堂に近づいてくるとナイフで切りつけられ、また透道の足音は遠ざかっていく。拳堂は透道の放つ殺気でなんとか致命傷を避け続けていたが、先ほど刺された右腹の痛みで動きがどんどん鈍くなっていくのを感じていた。
「見えない相手には勝てないんだよ新人君。一つ学んだね」
そう言いながらも透道は休むことなく襲い続ける。
『考えるんだ。どうすれば奴を倒せるのか。』
透道の攻撃を辛うじてかわしながら、拳堂は考え続けた。
やがて拳堂の頭にある考えが浮かんだ。
今戦っている場所は幸いにも一本の通路。進む方向は前後ろしかない。音も狭い通路ゆえに響くためよく聞こえる。
透道は再び姿を露にした。そしてズボンのベルトにつけていたウエストポーチから小さな鎌をとりだした。
拳堂もまた、顔に着けたゴーグルをつけ直し臨戦態勢をとる。
そして、透道の動きを注視、足音だけに耳を澄ました。
「お遊びはおしまいだよ。インビシブルリッパー」
透道は、ふたたび姿を消した。そして手に鎌を持ち拳堂へ突進。その鎌は、拳堂の左太ももに刺さり血を流し、拳堂は左膝を床についた。
それでも拳堂は痛みを耐え立ち上がる。拳堂の立ち上がったのは、曲がり角の手前だった。そして拳を透道に放つ。またも透道は後ろに跳びのけ、それを避ける。
「まだ立つのか……」
透道はまだ倒れない拳堂に怒りと焦りそして、ほんの少しの喜びを感じていた。
「……当たり前だお前を倒すまでは…………」
拳堂は足をがたつかせ口から血がポタポタと流れ落ちる。
拳堂の立つ足元の床に血の水溜まりを作る。
「じゃあこれで最後にしよう」
透道はナイフを両手に持った。その手を手首のところでクロスさせ、姿を消し突進した。
「インビシブルジャック……」
拳堂は目をつぶった。全ての音を遮断し足音が近づいてくる音だけに集中。
トントンと次第に近づいてくる静かな足音。
拳堂はグローブを引っ張った、そして右拳とともに右半身を後ろに大きく引く。
すると、拳堂の右拳を焼ける匂いとともに黒い煙が包む。
後ろには壁しかない、敵は前からしか来ない。
あとは足音を聞き拳を放つだけだった。
トンッ
透道の足音があと一歩というところまで到達した瞬間。
拳堂は黒い煙を帯びた右拳を、思いっきり前に突き出した。
「黒煙弾!!」
拳堂の出した右拳はドンッという音とともに確かな感触を感じた。目を開けると拳は目の前まで迫っていた透道が姿を現し、透道の腹を捕らえていた。
透道の姿があらわになり、煙りに包まれた透道の体は弾丸のように金庫の方へと吹き飛ぶ。そして金庫にぶつかり崩れ落ちた。
「……よし…………」
拳堂はそれを見届けると力尽きたようにその場に倒れた。
しかし拳堂が倒れる寸前、拳堂の体を支える腕があった。
「まったくよくやる奴だな」
泳斗は倒れる拳堂を支え、そして腰の無線機をとる。
「火ヶ丸さん。二人とも倒しました。至急、救急車の手配をお願いします」
「ご苦労さん」
無線機をもとの拳堂の腰に戻す。
そして倒れて気を失った透道に駆け寄り手錠をかけた。
「ん。金庫開けてたやつがいねぇな」
そう言うと泳斗は辺りを見渡す。
透道が倒れていた床には換気扇と思われるものとプラスチックの格子が落ちていた。そこには黒く焼け焦げた後があり、近くには薬莢が落ちていた。
泳斗が頭上を見上げると上には、もう一人の犯人が逃げたであろう通路があった。