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*7 蓮見研

 ……暑い。


3月だというのにどうしてここはこんなに暑いのか。


何故かうちの大学は必要のない時期には暑く、必要な時期には寒い。


これでは光熱費の節約なのか無駄遣いなのかわからないじゃないか。


「おはよございます」


 一応挨拶を口にしながら研究室のドアを開ける。


「おー、市田じゃん。おはよー」


「……あれ、樋田さんだけですか?」


 研究室にはM1(修士課程1年目)の樋田さんの姿しかなかった。


「あー、今昼メシ調達に行ってるわ。俺はそれを待ってるとこ。市田こそ一人?」


「そうですよ? って一人じゃなかったら誰と来るって言うんですか」


 自分のデスクにバッグを置き、PCの電源を入れる。

 

「誰って……佐伯あたり?」


「平日なら可能性はありますね」


「まぁ、ないとは言わないよな。んで、市田は? 今日は?」


 休日にわざわざ出て来た理由を尋ねられる。


「まだ、草案ですけどね。家だとどうも落ち着かなくて」


「まぁ、わかるけどな。気が散ってしょうがねぇ」


 樋田さんはそう言ってにかっと笑った。


「あ、蓮見先生いますかね?」


 蓮見先生はここの研究室の准教授で、僕の直接の指導教官にあたる。


普段はこの研究室のすぐ隣の部屋にいるはずだった。


「いるんじゃね?今日出かけるとは聞いてないなぁ」


「じゃ、行ってみます」


 ポケットに煙草のケースがあることを確認して、家で出力してきた草案を手にデスクから離れる。

 

「お~、健闘を祈る」


 樋田さんはイチゴオレのストローを咥えながら、空いている手をひらひらさせた。


 いくら直属の教官で、普段から親しくさせてもらってると言えども、こういう時には緊張する。


きっと僕の論文の草案は真っ赤になって帰って来るんだろうなぁ。


(赤ペンで沢山直されるの意)


 准教授室の前でひとつ深呼吸をする。


こんな姿を彼女に見られたらきっと『意外と小心者』だなんて言われるに決まってる。


大体、人を買い被り過ぎてる。


 意を決してノックをする。


「どうぞ」


「失礼します」


 ドアを開けると窓際に置かれたデスクに付いていた蓮見先生が立ち上がった。

 

 低くて渋い声とは裏腹に柔和な顔と雰囲気を持つ蓮見先生は、学内の一部の女生徒に密かに人気だという。


「あぁ! 市田君、どうかしたのか?」


 休日出勤だというのにきっちりネクタイを締めている先生がニコニコ笑う。


「あ、はい。論文の草案が出来たので見て頂きたくて」


「預からせて貰うよ。返すのは明日でもいいかい?」


「はい。よろしくお願いします」


 原稿を手渡すと、蓮見先生はそれをぱらぱらとめくった。


「しかし、君は仕事が早いね。樋田君達にも見習って貰いたいくらいだ」


 樋田さんは提出物はいつもギリギリまで提出しない。


面倒なのだそうだ。


そのくせ、良い出来の物を持ってくる。


あれは『やれば出来るけどやりたくない』んだろうな、きっと。

 

「市田君。コーヒーはどう? さっき樋田君が淹れてったんだ」


「頂きます」


 目の前にカップに注がれたコーヒーが置かれる。


「本当に市田君は仕事が早いなぁ」


 さっき僕が添削をお願いしたばかりの論文をパラパラとめくりながら、感心したように蓮見先生が言う。


「そんなことはないですよ」


「いや、〆切りに先回りして提出してくるのはきみくらいのものだよ」


「提出期限ギリギリってどうも焦っちゃうんです」


 ただ単に自分が落ち着かないだけだったりする。


 せっかくいれてもらったコーヒーに口をつけた。


誰が買ってきたものかはわからないが、良い豆だというのはわかった。

 

「市田君はうちの良心だな。期待してるよ」


 そう言いながら蓮見先生は湯飲みに急須からお茶を注ぐ。

 

どうやら番茶のようだ。

 

蓮見先生は渋い趣味らしい。




 それからしばらく、蓮見先生とは研究のことだったり、日常の話題を中心に話をした。


ふいに、時計を見上げた蓮見先生が言う。


「……そろそろ研究室に戻ったほうが良いかも」

 

「え?」

 

「伊勢に捕まりたくなかったら。そろそろ来そうな気がするから。彼、君を自分の研究室に引き抜きたいらしい」

 

 そんな蓮見先生の言葉に、僕は慌てて退室した。

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